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特集!あの人の本棚
18.

朝倉祐介   (ジョッキンゼー代表取締役)


Vol 1. 『ハゲタカ』で知った企業再生の道に、図らずも進むことに - 元ミクシィ社長 朝倉氏インタビュー

朝倉祐介
さまざまなプロフェッショナルの生き方を、その人の読書遍歴、本に対する考え方などからひもといていくインタビュー。今回のゲストは、騎手見習い、東大法学部、マッキンゼー、ベンチャー企業、ミクシィ社長という異色の経歴を持つ朝倉祐介さん。子どもの頃から本好きで、ストレス解消の方法はアマゾンで本を「ポチる」ことだという朝倉さんは、これまでどんな本を読んできたのでしょうか。
Vol 1. 『ハゲタカ』で知った企業再生の道に、図らずも進むことに - 元ミクシィ社長 朝倉氏インタビュー

筒井康隆でルサンチマンの洗礼を受ける

――朝倉さんは、子どもの頃から本を読む方でしたか?

朝倉祐介(以下、朝倉) そうですね、小学校、中学校の頃からたくさん本を読んでいました。そのくらいで、本が好きな子ってけっこう星新一にいくじゃないですか。僕はなぜか、筒井康隆の方が好きだったんですよね。ほぼ全巻読んでいると思います。ものすごく天才的な作家さんだなあと。『残像に口紅を』っていう、各項ごとに一文字ずつ使えなくなっていく小説なんて、あの人にしか書けないですよね。

――設定やストーリー、技巧的な面でも稀有な才能を持った作家ですよね。

朝倉 一方でルサンチマンの塊みたいな部分もあって、それに影響された面もあるかもしれません。

――思春期に読んだことで、多少ひねくれてしまったところも……?(笑)

朝倉 確実にありますね(笑)。あとは、芥川龍之介や坂口安吾なんかも読んでいました。ああそうだ、先日軽井沢に行って、中学生のときに宮本輝の『避暑地の猫』という小説を読んだことを思い出しました。軽井沢が舞台の、愛憎入り混じった、男の妄想が炸裂してるような作品なんですよ(笑)。懐かしくなって、Kindleで買って16年ぶりくらいに読み返しました。

――なんかこう、小中学生の頃から明るい未来に向けたものというより、ニヒリズムというか、退廃的な作品を読まれていたんですね(笑)。では、仕事を決めるときに影響を受けた本などはありますか?

朝倉 社会人になる直前に『ハゲタカ』を読んで、初めてプライベート・エクイティ・ファンド(※)というものの存在を知りました。大学に入ってからずっと経営者になりたいと思っていたんです。仲間と会社をつくったりもしましたしね。それまで経営者というと、大企業の社長やスタートアップを始める起業家のどちらかというイメージしかありませんでした。でも『ハゲタカ』を読んで、落下傘的に経営不振の企業に入って、立て直しを図る経営のスタイルもあるということを知ったんです。

※ MBOファンド、企業再生ファンドとも呼ばれる。中長期での投資を主体とし、成長資金を供給する。もしくは、取締役を派遣し、大規模な経営再建を実施する

――当時は予想もしてなかったかもしれませんが、後にミクシィで自ら企業再生を請け負う経営者となるわけですね。おもしろいめぐり合わせです。

朝倉 その後、著者の真山仁さんとお知り合いになる機会があって、いろいろお話をうかがったんです。真山さんは、「ひとつのテーマを小説という姿を通して描き切るのは、究極のジャーナリズムみたいなところがある」とおっしゃっていました。彼は作品のために徹底的に取材をするのですが、最後の最後までは聞かないんだそうです。一連の事実関係を確認してリアリティを突き詰めた上で、ラストは想像力でジャンプする。だから、小説としてエンターテインメント性のある作品に仕上がる。真山さんの作品のおもしろさは、そこから生まれているんでしょうね。

――真山さんはもともと新聞記者をされていた方ですからね。

朝倉 やっぱりストーリーがあるほうが、内容が頭に入ってきやすいですよね。三枝匡さんの『V字回復の経営』もそうですけど。

――ああ、そうですね。リアリティとストーリーを兼ね備えたビジネス書です。

リアルな決断の話が一番参考になる

朝倉 あと、社会人になったら、小説よりもルポタージュ、ノンフィクションがおもしろいと思うようになりました。特に戦後の日本にスポットライトをあてた本ですね。学生の時は、あまりおもしろいと思えなかったんですよ。近代って戦国時代みたいに合戦があるわけでもないし、地味じゃないですか。司馬遼太郎の歴史小説などのほうが、おもしろく感じていました。

――はい。

朝倉 でも自分が社会に出てみたら、元地検特捜部の田中森一さんが書いた『反転―闇社会の守護神と呼ばれて』や、『同和と銀行―三菱東京UFJ“汚れ役”の黒い回顧録』、などの、戦後の日本が抱えてきた暗部を暴くようなノンフィクションに夢中になりました。あとは、元三井住友銀行頭取の西川善文さんが書かれた『ザ・ラストバンカー』。これはめちゃくちゃおもしろかったです。

――ある種の告白本のようなジャンルですね。

朝倉 客観的に理論が書かれた経営書ってあまりおもしろく思えなくて。ジャック・ウェルチの『ウィニング 勝利の経営』は、僕にとってすばらしい教科書みたいな本ですが、そういう学びがある本は少ない。だったら、その人がビジネスパーソンとしてどういう人生をたどってきたのかを、赤裸々に書いた本のほうがリアリティを持って読めます。

――日経新聞の「私の履歴書」のような。

朝倉 そうそう。あと『エメラルド・カウボーイ』という映画にもなった、早田英志さんの『エメラルド王』っていう本も、クレイジーでたまらないですね。コロンビアで、エメラルド原石業を始めて、そのあと輸出業で事業を拡大して、コロンビア最大のエメラルド輸出商になった人の一代記です。いやあ、これはぶっとんでますよ。

――そういう本を読んで、経営の参考にしたりしたのでしょうか。

朝倉 いや、境遇が違いすぎるし、わけがわからない発想がいっぱい出てきて、全く参考にはならないんです(笑)。でもおもしろいなあ、と。参考にしたといえば、本じゃないんですけど、「岡田武史氏が語る、日本代表監督の仕事とは」という記事は、ミクシィの社長をやっている時に何度も読み返しました。

――サッカーの岡田監督のこの記事、すごく話題になりましたね。早稲田大学でおこなった特別講演をまとめた内容です。

朝倉 すごいですよ、この記事は。リーダーシップの本質が書かれています。岡田監督は、トップやリーダーに一番大事な要素は「開き直り」だと言ってるんです。これだけ聞くと、わけがわからないでしょう? トップやリーダーといえば、ビジョンがあるとか、カリスマ性があるとか、戦略に長けているとか、そういうことが大事だと思うじゃないですか。でも、トップになったら「開き直り」の重要性が、ものすごくよくわかるんです。岡田監督はこう言います。「監督の仕事は一つだけだ。それは、決断すること。そして、それは必死に考えたって正解なんか出ない。最後は勘だ」と。経営も、まったく一緒だと思います。

――どんなに分析をしても、最後は「えいや!」と決めることになる。

朝倉 そうなんです。AとBというオプションがあって、最終的にAと決めたとする。それで悪い結果になった時に、Bを選んでおけばよかったのかというと、そうとも言い切れない。Bのほうがいい結果になったかもしれないけど、さらに悪くなっていた可能性もある。それは誰もわからないんです。だから選ぶときはもう、開き直りですよね。自分はAを選んだ。そのことに全責任を負うんだ、と。

――なるほど。

朝倉 また、岡田監督は1997年のフランスワールドカップの予選の時に、ものすごいバッシングを受けて、何かが吹っ切れたと言っています。そのとき目にした標語のカレンダーに「途中にいるから中途半端、底まで落ちたら地に足がつく」と書いてあったんだそうです。これも、わかるなあって。やはりすさまじいプレッシャーに押しつぶされながら、何かを成し遂げた人の話は突き抜けていますよね。将棋棋士の升田幸三の本(※)とかもそうなんですけど、スポーツ選手やアーティストなど、一つのことを追求した人間の話はおもしろいです。

※ 『名人に香車を引いた男 升田幸三自伝』など




(次回へ続く)

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プロフィール

朝倉祐介
朝倉祐介
ジョッキンゼー代表取締役

あさくら・ゆうすけ/1982年、兵庫県生まれ。小学生の頃から競馬騎手に憧れ、中学卒業後、オーストラリアクイーンズランド州の競馬騎手養成学校に留学。しかし1年で背が伸びすぎてしまい、体重制限のため騎手の夢を諦めざるを得なくなる。帰国後、北海道浦河町で調教助手となるも、バイク事故に遭い競馬の道を断念。大学受験資格を取得できる専門学校に通い、20歳で東京大学に入学。2007年、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。2010年、学生時代に立ち上げたネイキッドテクノロジー社に戻り、CEOに就任。2011年、同社をミクシィに売却したことにより、ミクシィに入社。事業開発などを担当し、12年、執行役員経営企画室長に就任。2013年6月にCEOに就任し、立て直しを図る。2014年6月、CEOを退任し、顧問に。

ライターについて

崎谷実穂
崎谷実穂

さきや・みほ/求人広告、記事広告のライターを経て、現在ビジネス系のインタビューライター。ブックライターでもある。cakes、日経ビジネスオンラインなどで連載担当中。

プロフィール

朝倉祐介
ジョッキンゼー代表取締役

あさくら・ゆうすけ/1982年、兵庫県生まれ。小学生の頃から競馬騎手に憧れ、中学卒業後、オーストラリアクイーンズランド州の競馬騎手養成学校に留学。しかし1年で背が伸びすぎてしまい、体重制限のため騎手の夢を諦めざるを得なくなる。帰国後、北海道浦河町で調教助手となるも、バイク事故に遭い競馬の道を断念。大学受験資格を取得できる専門学校に通い、20歳で東京大学に入学。2007年、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。2010年、学生時代に立ち上げたネイキッドテクノロジー社に戻り、CEOに就任。2011年、同社をミクシィに売却したことにより、ミクシィに入社。事業開発などを担当し、12年、執行役員経営企画室長に就任。2013年6月にCEOに就任し、立て直しを図る。2014年6月、CEOを退任し、顧問に。

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