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特集!あの人の本棚
310.

平野啓一郎   (小説家)


平野啓一郎が『ある男』でたどり着いた、愛のかたち

平野啓一郎
「現代日本文学の旗手」をひとり挙げるとしたら、平野啓一郎さんで異論はありますまい。

『日蝕』で1990年代に鮮烈なデビューを飾り、その後も『葬送』『決壊』『空白を満たしなさい』『マチネの終わりに』など注目作を着々と積み重ね、平成文学史の中心を担ってきました。

そしてこのたび、新作『ある男』を刊行。いっそうの広がりと深まりを見せる平野文学はどのようにできているのか。ご本人の言葉から読み解いてまいりましょう。
平野啓一郎が『ある男』でたどり着いた、愛のかたち

平野啓一郎がたどり着いた愛のかたち

―― ああ、小説を読んだな……。

平野啓一郎さんの新作『ある男』を読み終えると、そんな満足感にくるり全身が包まれる。この感覚、いったいどこからくるのかと不思議に思えてしまう。

平野啓一郎(以下、平野) 読者にそう感じてもらえるとしたらうれしいですね。読み終えたときの充実感、それは読み応えというものでしょうけれど、それは僕が小説を書くときに何より気にかけていることのひとつです。

 僕自身、誰かの小説を読んで不満が残るのは、読み応えを感じられなかったとき。読んだー、という実感がないと、どうしても読書体験として薄いものになってしまうんですよね。

―― ではその「読み応え」は、どう実現されるのか。作家独自の文体をたっぷり味わえるとか、鮮やかな小説技法が駆使されているといったこともあろうけれど、それだけじゃない。

 読後にこちらの頭の中に、新しい概念が植え付けられるような感覚。自分の思考が改変された気分。それが訪れると、確固たる読み応えを感じられるのだ。

『ある男』なら、それは愛は幾度でも築き直されて成立するものだということじゃないか。

平野 小説を書くとき、以前から僕の頭の中にあるテーマのひとつが、アイデンティティの問題です。自分も40歳を過ぎてから、人生が一度きりということをよく考えるようになりました。誰にとってもたった一回の人生を、けっこううまくいっていると感じる人もいれば、うまくいっていないと感じる人もいるでしょう。

 生まれ育ちの問題というのが、このところ格差社会の問題とともによく語られます。自分はこんな親から生まれたくなかった、どうしてもそう思ってしまうような家に生まれていたら、いったい自分はどうしただろう。

 根性論で生まれ育ちを乗り越えていこうという話で済めばいいですが、「違う人間になってしまいたい」と願うことだってあるんじゃないか。  そんなことを考えていて、登場人物が他人の人生を生きるという着想を得ました。

 くわえて、もしそうした小説を書くのなら、登場人物が孤独なまま人生を終えるのではなくて、どこかの時点で他人から承認され、愛され、受け入れられる経験をする、そういう救いのあるものにしたいとも思った。

 その人が受け入れられるためには、ときに嘘も必要となるでしょう。そうすると、その嘘ともども相手を受け入れる側にも、「愛とは何か」を考え直すきっかけが訪れる。そうした過程で人は、愛とは持続しなければならない、恋のように瞬間的に燃え上がるものとは違うのだということに気づいていくのではないか。

 愛は続けようとすればするほど、途上でいろんなことが起こります。ならば、新しい条件を受け入れながら何度も愛し直すことだってしていかなければならない。そうしてようやく愛というものは成るんじゃないか。そんな考えが、全体の大きなテーマになっていきました。

―― なるほど、どうすれば愛は成り立ち生き永らえるかを問うために、ある人が違う人物になりすますという設定が生まれたのだ。

平野 そうです。作中でXと呼ばれる人物が隠していた秘密は、結果的にひじょうに大きなものです。でも、僕らの日常を考えても、みんな誰かと付き合い出すときって、隠していることがけっこういっぱいあるんじゃないですか(笑)? 

 それを一生ずっと隠したままのこともあるだろうし、隠しているのがつらくて、いつか相手と共有することもある。そのあたりは、自分自身に引き付けながら読んでもらえるといいかなと思います。

『ある男』平野 啓一郎

―― 他人の人生を生き抜こうとする人物が出てくる展開は読んでいて衝撃的だし、そこに巨大な謎が生まれる。秘密が解明されていくことを期待して、読者としてはストーリーにどんどん引き込まれていく。

 ただしその謎は、物語の展開を牽引していくものとして設定されたわけでないのだ。

平野 結果的には、謎めいた人の真相を探っていくミステリーのかたちになっていますけど、そこを意識したわけではありません。そもそも最初は人物設定も違っていて、ある人が旅行先で大事故に遭って、救急搬送されるときに保険証などから自分が別人になっていることが判明して……。自分はいったい誰なんだ? と探っていく話を考えていました。

 その物語も魅力的なところがあるけれど、自分のアイデンティティを探る話になると、「解離」など精神医学的な面に踏み込んでいくことになる。

 今回は、謎の人のことを他の人物が探っていくかたちに分離させたほうが、内面を探る話よりダイナミズムが生じるだろうと思ったのです。

―― 『ある男』は、語り手や場面の転換などに工夫が凝らされ、小説としての構造が堅固だし、努めて客観的な描写が保たれていたりする。これは情に訴え内面を探るに留まらない、ダイナミズムを持った作品とするためのものだったのだろうか。

平野 『ある男』では、距離感のコントロールは強く意識しましたね。

 たとえば『決壊』を書いたときとは作品と書き手の距離感がかなり違うし、ということは作品と読者の距離感も異なってくる。

 僕の好きな作家で長らく読み込んできたドストエフスキーの作中には、歯ぎしりだとか荒れた息遣いなど身体反応の表現がすごく多いんですよ。『決壊』では僕も、身体反応を相当書き込みました。

 すると、文章に一種の魔術的な効果が生じて、読者も苦しみを追体験し、本当に息苦しくなったりしてしまう。それで『決壊』のときは、「読み通すのが苦しい」といった感想も多く目にしました。

 そうしたリアリティの追求があの小説でしたが、読者にありありと何らかの感情を伝播させる効果は、物語の重要なテーマを咀嚼しづらくさせる面もある。読者が物語を受け入れるキャパシティが、苦しみなどの追体験でいっぱいになってしまうんですね。

『ある男』では、感情の追体験だけでなく、核となるテーマを静かな思索とともに伝えたかった。たしかに今回だって、離婚をして父親が亡くなり……、といった登場人物・里枝の経験を、『決壊』のような人物に寄り添った距離感で書くことはできました。が、そうすると読者は、話の前半でもう息苦しくなってしまって、この小説全体で描き出そうとしているテーマに至るまでついてきてくれないんじゃないかという心配があった。

 そこで、微妙に距離をとったストーリーテリングをすることにした。里枝の身に起こることは悲惨ではあるけれど、なるべく淡々と事実を記していくようにしてあります。

―― いま、小説が立ち向かうテーマは何か。

 平野啓一郎さんは作品を書く際、それをいつも念頭に置いている。小説にかぎらずあらゆる表現は、時代とともにあるのだ。

 そんな平野さんが今回、「距離感」を常に意識しつつ浮かび上がらせようとしたテーマが、「愛は可能か」というものだった。これこそいま書くテーマとして最重要と感じたゆえか。

平野 いまは世界的に対立と分断の時代で、愛とは何かがすごく問われていると思います。作品を通して読者と接していて、どうも現実に疲れているようなこともよく感じます。そんな疲れている状態にいるのに、そのうえ小説を読んでよけい疲れたくなんてない! というのが本音というか。

 どちらかというと、現実で満たされないものを小説を通じて体験したいという雰囲気のほうが強くあるようです。それで前作『マチネの終わりに』では、ある種の憧れを持って読めるような美的な恋愛譚によって、読者に束の間現実を忘れてもらうようなことをしました。

 対して『ある男』では、人間性の深みのほうへと読者を導きたかった。ある特殊な状況にいる人物像を描くことによって、日常の中では経験できないものや、そういうときにこそ発揮される人間の優しさに触れてもらいたくて。

 弁護士の城戸や、否応なく出来事に巻き込まれていく里枝らの姿を通して、他人を理解することで優しくなれて、それが自分への理解を深めることにもつながっていくさまを書けたらいいと考えました。それがいまを生きる現代人に必要なことなんじゃないかと思ったので。

―― 平野啓一郎さんは一作ごと、作品を書く意味を厳しく自問し続ける作家である。自身のこれまでの仕事をみずから「期」に分けて整理し提示していることからもそれはよくわかる。

 いわく、デビュー作の『日蝕』から『一月物語』、『葬送』をロマン主義三部作と銘打ち、これを第1期とする。その後、実験的な短編を続々と世に問う。『高瀬川』『滴り落ちる時計たちの波紋』『顔のない裸体たち』『あなたが、いなかった、あなた』としてまとめられ、これらが第2期を成す。

 また長編へと戻り、『決壊』『ドーン』『かたちだけの愛』『空白を満たしなさい』を著した。この時期はアイデンティティの問題に鋭く切り込み、個人に対する「分人」という概念を提唱。第3期を「前期分人主義」とした。

 近年の『透明な迷宮』『マチネの終わりに』、それに『ある男』は第4期で、いまのところ「後期分人主義」としている。

 これら一作ごとの明確な位置づけ、ひょっとすると作家になる時点で思い描いていたものなのだろうか。

平野 3期くらいまでは、デビュー時から明確にイメージがありました。まずはクラシックなものをしっかり書いて、次いで実験的な短編を書いて、そのあと代表作たり得る長篇を手がける、と。

 三島由紀夫の『金閣寺』、大江健三郎さんの『万延元年のフットボール』、中上健次『枯木灘』や村上龍さん『コインロッカー・ベイビーズ』など、早くにデビューした作家が30歳前後で代表作となるような長編を書いていることは意識していて、そのため僕はその年頃で『決壊』に取り組むことにしました。  小説家としての自分自身の変遷を意識するとともに、表現が時代の産物であることも自明です。それを書く時代のことも、いつだって深く考えざるを得ません。いま強く感じるのは、21世紀になってからのゼロ年代と2010年代だけでも、すごく大きな変化があるということ。

 第3期の『決壊』から『空白を満たしなさい』までは、やっぱりゼロ年代の小説だという雰囲気があるし、『透明な迷宮』からは2010年代、すなわち「3.11」以降の小説だと自分でも感じます。

 ゼロ年代には新自由主義が勢いを得て、金持ちは努力しておりそうでない人は努力が足りないのだという論調が盛んになった。「3.11」のあとは「私」より「公」を優先する風潮に財政問題も絡んで、金持ちでない人は社会の足を引っ張っており、攻撃の対象とみなすような雰囲気すら出てきてしまった。

「失われた10年」「失われた20年」などと呼ばれたゼロ年代はまだ希望が見出せたのに、2010年代は未来への暗さがずっと強くなってしまったと感じます。

―― そんな状況の中、平野さんの小説はむしろ、2010年代の作品のほうが明るさを含むものになっているように感じられる。殺人をめぐる『決壊』や自殺を扱う『空白を満たしなさい』に対して、愛を描く『マチネの終わりに』や『ある男』というように。

平野 結局、『決壊』以降は、僕自身にとっても長いリハビリだったんですね、あそこからどう立ち直るか、という意味で。それに、読者が希望を求めていることも、切実に感じますし。

―― それで「愛」というテーマが浮上してきたということだろうか。

平野 そうですね。陳腐な言い方になってしまいますが、最後はやっぱり愛なんじゃないかと思います。ヨーロッパでは古代ギリシアで愛の概念が見出され、キリスト教を通して人はみな愛されるべき存在という考えが浸透していく。一方で日本は、そうした思想的、宗教的背景を非常に異にしている。そんな中でどう愛を考えるか。どのようにして愛が可能か。これはまだまだ追究しがいのあるテーマであると思っています。

―― 『ある男』で愛のかたちを書いた平野啓一郎さんは、これまでの作品でも愛を追究してきた。ではまずどの作品を手に取るといいか。自作を3作、選んでいただいた。

 また、小説は古来、恋愛を数限りなく書いてきたもの。平野さんによる恋愛小説選もどうぞ。

平野啓一郎作品、愛をめぐる小説3選

平野 恋愛小説としてうまくいったと思えるのは、やっぱり『マチネの終わりに』でしょう。でもふりかえってみれば、他にも恋愛が大きなテーマになっている作品は数多い。案外、僕は愛を書いてきた作家なんです。あまり人からはそう言われないけれど(笑)。『一月物語』や『高瀬川』でも愛を扱っているし、『葬送』『かたちだけの愛』なんかでもそうですしね。

 大事なのは、一回ずつ徹底して書くことです。『マチネの終わりに』みたいにきれいな愛を描こうとしたときに、いや恋愛ってもっとドロドロした部分もあるということが気になってしまうと、全体の印象がぼんやりしてしまう。「ドロドロしたところはあの作品で書ききったから」と思えれば、いろんなものを混ぜることなくひとつのスタイルでまとめていけますからね。

『高瀬川』平野 啓一郎 『一月物語』平野 啓一郎 『マチネの終わりに』平野 啓一郎

 

平野啓一郎選、愛をめぐる小説4選

『アンナ・カレーニナ』トルストイ

平野 小説の「うまさ」でいえば究極かもしれない。父と息子が同じ女性を愛してしまう話なのですが、長らく不仲だった父子が和解するシーンは美しい。

『愛の砂漠』モーリヤック

平野 そうですね。陳腐な言い方になってしまいますが、最後はやっぱり愛なんじゃないかと思います。ヨーロッパでは古代ギリシアで愛の概念が見出され、キリスト教を通して人はみな愛されるべき存在という考えが浸透していく。一方で日本は、そうした思想的、宗教的背景を非常に異にしている。そんな中でどう愛を考えるか。どのようにして愛が可能か。これはまだまだ追究しがいのあるテーマであると思っています。

『愛し合う』トゥーサン

平野 一読、いわゆる「薄い」小説のようにも受け止められるのに、読後一つひとつのシーンが鮮烈に頭に残る。ひょっとするとこれはすごくうまい愛の描かれ方がされているんじゃないかと思わせます。

『素粒子』ウェルベック

平野 どこまでも孤独な現代人の愛が書かれています。恋愛においても強い者が勝つという「愛の新自由主義」が貫かれていて衝撃的。現代作家で最も強い影響を受けたのは、このころのウェルベックかもしれません。

宗教的背景を非常に異にしている。そんな中でどう愛を考えるか。どのようにして愛が可能か。これはまだまだ追究しがいのあるテーマであると思っています。

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プロフィール

平野啓一郎
平野啓一郎
小説家

ひらの・けいいちろう/1975年、愛知県生まれ。北九州市で育つ。京都大学法学部卒。大学在学中の1999年、『新潮』に投稿した『日蝕』により、芥川賞を受賞。2009年、『決壊』で芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞、『ドーン』でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。

著書は、小説『決壊』、新書『私とは何か 「個人」から「分人」へ』など。『マチネの終わりに』、映画化決定!近著は小説『ある男』、エッセイ集『考える葦』。各国で翻訳紹介もされている。

ライターについて

Writer yamauchi san square
山内 宏泰

やまうち・ひろやす/アート、文学、教育などをテーマに執筆。著書に『写真のプロフェッショナル』(パイインターナショナル)、『上野に行って2時間で学びなおす西洋絵画史』(星海社)、『文学とワイン』(青幻舎)、『大人の教養としてのアート入門』(ピースオブケイク)など。新刊に『写真を読む夜』(誠文堂新光社)、電子書籍『写真のいま』(コルク)。「写真を読む夜」「文学ワイン会」などの催しも主宰。

プロフィール

平野啓一郎
小説家

ひらの・けいいちろう/1975年、愛知県生まれ。北九州市で育つ。京都大学法学部卒。大学在学中の1999年、『新潮』に投稿した『日蝕』により、芥川賞を受賞。2009年、『決壊』で芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞、『ドーン』でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。

著書は、小説『決壊』、新書『私とは何か 「個人」から「分人」へ』など。『マチネの終わりに』、映画化決定!近著は小説『ある男』、エッセイ集『考える葦』。各国で翻訳紹介もされている。

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