夏目漱石おすすめ短編5選!忙しいあなたこそ、楽しめる

更新:2021.12.15

誰しもが知る夏目漱石。その作品は近現代の文学史に燦然と輝いています。読みたくても時間がない、という忙ししいあなたのために、今回は夏目漱石の短編小説から厳選してご紹介させていただきます!

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夏目漱石という作家

夏目漱石は明治から大正にかけて傑作の数々を著した作家です。帝国大学(現在の東大)卒業後、中学、高校の教師になり、その後英国へ留学、帰国後は帝国大学で教鞭を執ります。その間に高浜虚子のすすめで発表した『吾輩は猫である』が大評判となり、そこから精力的に作品を発表していきます。

執筆活動に専念するため教職を辞し、朝日新聞社に小説記者として入社するという異色の経歴を持っている作家です。

夏目漱石は短編の名手であることで知られています。彼の発表する長編があまりにも著名なものが多いため、その陰に隠れている感は否めませんが、彼の描く短編世界にはファンも多く、人気は高いです。

もともと日本は短編小説の名手が多い土壌です。夏目漱石の弟子格にあたる芥川龍之介や梶井基次郎の作品は有名ですね。

短歌や俳句など世界で一番短い文学形式は世界でも特異な形式として注目を集めています。限られた方形の世界で宇宙を創造する、茶道の構造にも通ずる世界観です。大陸とは違う狭い国土がそれを育んだといわれています。

では、前置きはこのぐらいにして、さっそく夏目漱石の短編をご紹介していきたいと思います。

夢という迷宮『夢十夜』

著者
夏目 漱石
出版日

夏目漱石にはめずらしい、幻想の世界を描いた短編作品です。一夜ごとの短いストーリーが十夜分描かれ、その不思議な世界に読者は迷い込みます。十夜全てのお話はひとつひとつ独立しています。では、「第一夜」から「第三夜」までの不思議な世界を、少しだけご紹介します。

「第一夜」 死の床に瀕した女が、自分が死んだら墓のそばに100年待っていて欲しいと男に懇願します。男は約束通りに待つのです。しかし、100年はなかなか経ちません。騙されたのかと男は思いますが……。

「第二夜」 和尚は言います。お前は侍なのにまだ悟れていない。だからお前は侍ではない、人間の屑だ。自分は悟ったうえで和尚の首を落とそうと決意します。悟れなければ自刃する……。

「第三夜」 男は自分の6つになる息子を背負っています。息子は目がつぶれています。男は息子をこのまま森に捨てようと思うのです。そう思うと息子は不敵に笑い、見えない森の情景を次々に言い当てていきます……。

このようなストーリーが十夜分続いてゆくのです。漱石作品のなかでも異色であり、マイフェイバリット作品にこれを挙げる通なファンも多いです。

怪談話めいた不気味な世界観が、昔話を読んでいるような楽しさを感じさせます。夢というテーマで人の深層意識に受かびあがる不安や恐怖を描いています。夢の景色は耽美的で美しいです。この世界の中に迷い込んで遊んでいるとあっというまに読み終えてしまいます。

もっと読みたい!と思わせてくれる短編のうちのひとつです。

漱石の白昼夢『永日小品』

著者
夏目 漱石
出版日

漱石の白昼夢『永日小品』

形式が似ていることから前述の『夢十夜』に比較して論じられることの多いこの作品。前者が夜の夢なのに対して後者は日常の風景の切り取りです。こちらもひとつひとつのお話が独立しています。収録されている25編のうち3つのお話のあらすじをご紹介します。

「元日」 正月に漱石宅を訪れる3、4人の若い男。そのうちに虚子も車で来ます。そして2人で謡曲をうたいますが、漱石だけ不評です。虚子は鼓を習っているといいます。それに合わせて謡う漱石ですが……。

「蛇」 大雨の中、流されてくる魚を獲ろうと河のなかに網を投げるおじさんと漱石。なにか長いものがかかったと思い引き上げるとそれは蛇でした。鎌首をもたげる蛇。そして不可解なことが起こります……。

「クレイグ先生」 英国留学中に個人教授をうけたクレイグ先生の思い出。報酬の賃金を前借し、お釣りを返してくれない先生。機械のように情愛の感じられない先生。英国人は100人に1人も詩を解さないと嘆息する先生……。

上記のような小短編が25編集められています。どれも日常的な風景のなかに味わいのある人々が登場します。当時の生活文化も感じられ、興味深いです。

執筆年代として『三四郎』と『それから』の間に位置する作品です。あまり語られる機会のなかった作品ですが、『夢十夜』より実験的でより詩的創造性が多方向に向いているという評価もあります。

劇的な展開や深刻なテーマ性は見えませんが、日常の風景のなかに詩的要素を見つけ出し抽出する漱石の手腕がいかんなく発揮されています。

幻想のロンドン『倫敦塔(ロンドンとう)』

著者
夏目 漱石
出版日
1952-07-22

短いページ数で鮮烈な印象を残す短編。留学中のロンドン塔見学を下敷きに書いた作品です。

漱石はロンドン塔で過去に収監、処刑された人々の幻影を見ます。大僧正クレンマーやエドワード4世の子供たち、そして不気味なカラス、そのカラスを見つめる妖しい女……。

初期漱石の修飾的な文体がこの作品のロマンティシズムを高めます。緊張感のある世界観に引き込まれ、神秘の世界に目を奪われます。

ロンドン塔は実際に13世紀より監獄として用いられていました。宗教的異端者や反逆者などを収監し、処刑していたというバックボーンがあります。そんな歴史的な事実を踏まえて、若い漱石はここに文学的な着想を得たのでしょう。過半は想像の産物だと著者自ら末尾に記しています。

不吉な予感 『琴のそら音』

著者
夏目 漱石
出版日

漱石らしい写実的な小説で読み進めやすいです。

主人公の靖雄は、友人の津田の下宿を久しぶりに訪ねて行き、グチを言います。家賃が高い、迷信に取り付かれた世話人の婆さんがあれこれうるさい、恋人はインフルエンザにかかってしまった……。

迷信好きの婆さんは靖雄に野良犬の鳴き声が変だと告げます。それを不吉な前兆だと。婆さんは引っ越しの際も坊主に助言をもとめ、若い娘が祟られるという嫌な予言を授かってきます。そして婆さんの言う通り、恋人はインフルエンザにかかってしまったので、靖雄はたまりません。

津田はその話を聞いて、親戚の女性がインフルエンザをこじらせて死んだ話を靖雄にします。さらにその女性の夫である軍人の鏡に妻が映り、遠い満州で夫は、妻が死んだことを報せより知っていたのです。

津田と靖雄は夜中に別れます。雨の中、夜道を歩く靖雄は葬式に出くわし、はっと、靖雄は恋人のことを思い浮かべます……。

小品ですが、味があり、どこかユーモラスな日常の光景が展開されます。

迷信を信じる雇われ婆さんのキャラクターが何とも言えない味があり、いきいきと描かれています。全く婆さんの話を聞かない主人公ですが、津田に会ったことにより、徐々にその不安が膨らんでいきます。その過程で読んでいるこちらも、まさか?という気分にさせられ、ページを繰る手が速くなってゆくのです。

興味が出た方はぜひ読んでみてください。

一瞬の恋『趣味の遺伝』

著者
夏目 漱石
出版日
2016-07-20

日露戦争の兵士を中心に据えたドラマティックな恋愛小説です。

このお話は、凱旋する兵士を停車場の広場で出迎える群衆の場面からはじまります。「余」は将軍の姿を見て涙します。戦友に似た兵士が現れ、そしてその若者に突然飛び出した婆さんがぶらさがる喜びのシーンを見て感慨にふけり、戦死した浩さんのことを思い浮かべるのです。

そして浩さんの墓参りに訪れた「余」はそこで浩さんの墓に手を合わせる美しい女性に出会います……。

神秘的でロマンティックなストーリーであり、読むものを魅了する読後感があります。

日露戦争に対して懐疑的な描写が多く、漱石の作家としての社会的立脚点が垣間見えるようです。

短いストーリーですが構成が巧みで最後まで飽きずに引っ張られていきます。果たしてタイトルの『趣味の遺伝』の意味は何なのでしょうか?それはぜひ、自分の目で確かめてみてくださいね。

夏目漱石の長編小説をすでに読んでいるという方も、まだこの作家の作品を読んだことがないという方も、ここで紹介した短編はどれも自信をもっておすすめできるものであり、あっという間に読み終わること請け合いなので、忙しいあなたも隙間時間にこの珠玉の作品たちに触れてみてください。

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