可愛い?と一瞬騙されるトラウマ漫画ワーストランキングベスト5!

更新:2021.12.17

「可愛い」はよく聞く言葉です。動物やファッション、人間の容姿、行動に起因するものなど、「可愛い」は世にあふれています。あえてワーストでご紹介する、「可愛い」とは真逆の「トラウマ可愛い」世界をご紹介します。

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1位:トラウマ必至、ある街に住むフツーの少年の成長と破滅の物語『おやすみプンプン』

プン山プンプンはどこにでもいる普通の少年です。小学生の時に両親が離婚し、性を小野寺と変えたプンプンは、母方に引き取られて暮らしていました。そんな時、転校生の田中愛子に一目惚れし、運命の相手だと確信します。

著者
浅野 いにお
出版日

浅野にいお『おやすみプンプン』は、プンプンという主人公の成長を描いた作品であり、その内容からは少しだけ離れたところで風変わりな作品でもあります。

タイトルはかわいく、エピソードも初恋のもだもだ感を想像させますが、そんなことはありません。プンプンはひよこだったり三角形だったりと、記号や動物の形で表現され、人間の顔や身体を持ちません。それは読者にだけわかる表現で、作中では人間として認識されています。

同じようにプンプンは、モノローグでだけ話します。作品世界では意思の疎通もはかれているので問題はないのですが、その姿と話し方という表現方法が、プンプンを現実世界にはいない、どこか地に足のつかない、普通ではない存在という印象を抱かせます。

プンプンはいたって普通の少年で、いたって普通の青年になります。愛された経験の不足からくる不器用さは人として当たり前で、南条幸との恋人関係も、幸せになるはずのものでした。

しかし、過去に体験した愛子との初恋と、約束を守れなかったという2つの記憶が、プンプンを普通ではない方向へと走らせてしまいます。「普通でいいの。普通で…映画観てお茶して買い物して…」(『おやすみプンプン』より引用)自分の境遇から抜け出せず、誰よりも普通を望んでいた愛子を守るために、普通ではない方向に走らざるを得なくなる展開に、胸が痛みます。

愛子を守るため、結果的に愛子の母を手にかけてしまうプンプン。本作はプンプンが救われない物語です。プンプンにとって死は救いであり癒しでもあるのですが、それは許されず、法の裁きを受けて生き続けます。それは読者にしこりを残す、後味の悪い物語として記憶に残るものとなりました。

しかし、作品世界から離れてみると「人を殺した人が裁きを受ける事」が、当たり前なのだと気がつきます。普通であることは、実はとても難しい。小さなかけ違いや選択の違いで、破滅にたどり着いてしまったプンプンに、息苦しさを覚えます。

もっと詳しく知りたい方はこちらの記事もご覧ください。

『おやすみプンプン』ネタバレありであらすじと魅力を紹介!鬱すぎるプンプンの人生とは?【13巻完結】

『おやすみプンプン』ネタバレありであらすじと魅力を紹介!鬱すぎるプンプンの人生とは?【13巻完結】

名作鬱漫画として多くの人を魅了する、浅野いにおの『おやすみプンプン』。今回は読者の心に傷と感動を与える本作のあらすじと魅力をご紹介します。マンガワンで無料で読むこともできるので、気になった方はまずはそちらで読んでみるのがおすすめです。

2位:怖くて泣ける?青春拗らせ系トラウマオムニバス漫画『空が灰色だから』

阿部共実『空が灰色だから』は、主に中高生を主人公としたオムニバス形式の作品集です。作品の傾向は統一されているわけではなく、共通点は10代の少女が登場するという点のみ。ホラーや後味の悪い作品も多く、可愛くキャッチ―な表紙からギャグ漫画だと思ってページを捲ると手痛いしっぺ返しを食らいます。

著者
阿部 共実
出版日
2012-03-08

『空が灰色だから』でとにかくインパクトのある作品は、第34話『ただ、ひとりでも仲間がほしい』でしょう。虫と人間を融合させたような、奇抜な絵を描く来生さんは、気味悪がられ、クラスに馴染めないでいる少女です。本来は心霊画像をみて電気を消して眠れなくなってしまうほどのビビリ。誰からも理解されない、特別な自分でいるために「自分を解放しなきゃ」(『空が灰色だから』より引用)と大げさに狂気を演出してしまいます。

そんな来生さんを自分の別荘に誘った佐野さんは、自己を解放した姿を見せました。本物の狂気にふれ、悲鳴を上げて逃げ出す来生さん。作られた狂気が本物の狂気を呼び寄せるという構図の本作は、視覚的な気持ち悪さが読者の心をえぐります。

しかし、虫を全身にはわせながら「仲間がほしい」と泣く佐野さんは、来生さんと同じ、誰かに認められたい普通の少女なのです。

本作には、自分の保身のため転校してきた少女を手ひどく裏切ってしまう『歩み』や、母子家庭の母娘のすれ違い気味の愛に涙が誘われる『空が灰色だから手をつなごう』など、泣ける作品も多く収録されています。

彼女たちは他者の言葉に傷つき、息苦しい気持ちを味わっている中で人の痛みを知り、また愛し愛されていることを確認し、成長します。語り手である少女たちを傷つけ、他者を蔑みいじめることで安楽を得る少女たちにたいする救いは、欠片も用意されていません。一つ一つの物語の中に、当たり前のように他者を傷つける存在がいる。そんな世界であることが、恐怖でもあるのです。

10代の頃の自分を忘れたいと願っても、不意に思い出しては未熟だった自分を恥じ、痛々しい過去に悶絶することがあります。しかしその行為は、他者や自分の痛みを思い出す行為。『空が灰色だから』は、あの頃を忘れてはいけないと強く印象付ける、そんな痛々しさを内包する作品集です。

『空が灰色だから』についてはこちらの記事で解説しています。

『空が灰色だから』が5分でわかる!トラウマエピソードベスト10【ネタバレ】

『空が灰色だから』が5分でわかる!トラウマエピソードベスト10【ネタバレ】

今回は『空が灰色だから』で特にトラウマ注意のおすすめエピソードをご紹介。「週刊少年チャンピオン」に連載され、主に10代半ばの少年少女達を主人公にしたエピソードが収録される本作。 主人公がエピソードごとにかわる1話完結のオムニバス形式の作品で、青春漫画でありながら後味の悪いホラーテイストの話もあるなど、それぞれに独特な世界観が楽しめます。

3位:いつも何かが足らない女子中学生の物語『ちーちゃんはちょっと足りない』

中空を見上げ、ぽかんと口を開けたどこか楽しそうな少女がいます。『ちーちゃんはちょっと足りない』に登場するちーちゃんこと南山千恵は、ちょっと足りない女の子。勉強が苦手で行動が幼く、身体も小さなちーちゃんを、クラスメイトが支えています。

著者
阿部 共実
出版日
2014-05-08

ちーちゃんの幼馴染で、同じ団地に住む小林ナツは、気弱で内向的な性格。他者に対する強いコンプレックスを抱えていますが、自身を変えようと努力はせず、ちーちゃんのように、自分を「足りない」存在だと考えています。

女子中学生のちーちゃんとナツが通う学校で起きる日常と、とある事件の顛末を描いた阿部共実『ちーちゃんはちょっと足りない』は、絵柄のかわいらしさから受けるほのぼの感とは正反対の世界が描かれています。

自意識や劣等感に起因する、思春期特有の閉塞感。少し何かが足りず、ほしいものを手に入れられない不満を募らせていただけの中学生の女の子が突然、「足りない」がゆえに犯罪に走ってしまうストーリーは、日常系だと安心しきっていた読者の意識を大きく揺さぶります。

ナツの事が大好きなちーちゃんは、いつも一緒にいてくれるナツに恩返しをしようと、集金していたバスケ部のお金を盗み出しました。ナツは、差し出されたお金が盗まれたものだと知りながら受け取ってしまいます。倫理観が足りないちーちゃんは、「人の物を盗んではいけない」という感覚が薄く、悪いことをしているという意識はありません。

しかし、ちーちゃんが足りないものは、いずれ獲得できるものです。ちーちゃんは教えらえたことを、素直に受け入れ、自分の糧にすることができます。

「私は変化することが怖くて、衝突することが怖くて、消失することが怖くて。私は何もしないただの静かなクズだ」(『ちーちゃんはちょっと足りない』より引用)と考えるナツは、自分を肯定する力がありません。それは自分の目を曇らせ、何かが足りないという不満だけを残します。満たされないものを抱え、息苦しさの中にいるナツは、かつてその年代にいた自分自身の姿。息苦しさの記憶があるからこそ、ナツの自意識や自己肯定力の低さが痛々しく映るのです。

無邪気で他者に受け入れられるちーちゃんと、他者と関わる前から諦めてしまうナツ。物語はナツに対して救いのない結末を迎えるように見えますが、ナツの傍にはまだちーちゃんがいます。ただ無邪気にナツの名前を呼ぶちーちゃんの存在がどれだけ尊いのかを、ナツが気が付く日が来ることをひたすらに願う、そんな作品です。

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パンサー向井が思わず自分を重ねてしまう漫画『ちーちゃんはちょっと足りない』

パンサー向井が思わず自分を重ねてしまう漫画『ちーちゃんはちょっと足りない』

お笑いトリオ・パンサーの向井慧がパーソナリティを務める、地元の中部エリアでのレギュラーラジオ「#むかいの喋り方」。地域を飛び越えて全国で人気を博していることをご存知でしょうか。 リスナーの心を掴む最大の魅力ともいえるのが、向井自身が見聞きした様々な「エンタメ」の独自分析。ある回に紹介していた『ちーちゃんはちょっと足りない』という漫画について、この記事でも紹介していきます。向井がシンパシーを感じたポイントとは?

4位:『ねこぢるうどん』猫が可愛いだけだって誰が言った?一話完結型不条理漫画

人間の傍で暮らしねずみから穀物を守る存在として、また人を癒してくれる家族のような存在として、身近な存在である猫。可愛い猫の姿が世の中にはあふれていますが、猫なのに目力がありすぎて、可愛いような、可愛くないような、判断に迷う猫がいます。

著者
ねこぢる
出版日
1992-07-25

ねこぢる『ねこぢるうどん』にはにゃーことにゃっ太の白猫姉弟が登場します。白くて目が大きくて、見た目は子供の絵のように可愛いのに、黒い目が感情を映さないところが少々不気味。5歳と3歳である2匹の無邪気な行動は、不条理に満ちています。

叱られた不満を、犬を叩くことで発散したり、理由なく殺虫剤で虫を大量に殺したりと、直接的に残虐だと感じる描写が多数登場します。可愛い絵柄のままでも、起こした行動を文字にした時の、残酷さが消えることはありません。その行動を理解しようと作品にのめり込むと、にゃーことにゃっ太の、理由の見えない残虐さに振り回されてしまいます。

子供の頃って、なんだか残酷なことたくさんしたな、という寂寥感やノスタルジックな気持ちを思い出す本作。それらが全て、動物の姿で表現されています。

可愛い絵柄だからこそ、人の奥底にある残酷な面や、他者に対する優越、嫉妬といった負の感情が、前面に押し出されることはありません。よりソフトに、けれど一目で残虐とわかる場面は、読む人に美しくない現実を突きつけ、感情を揺さぶります。奥底で抑圧しているものを、前面に押し出してくるからこそ、人は『ねこぢるうどん』に惹かれ、また拒絶するのです。

作者のねこぢるは1998年に自ら命を絶ち、この世を去りました。ねこぢるに社会を風刺する意図はなかった、と共同著者である夫、漫画家の山野一はコメントしています。

自分の中にあるモヤモヤとした感情を吐き出した結果、多くの人の感情を揺さぶった。本作は、人の心を映す作品でもあるのです。可愛くて残酷、だからこそたったひとかけらほどの嘘も存在しない、ありのままの人の心がここにはあります。

5位:美少女に盛大に裏切られる!トラウマ可愛い閲覧注意の奇作『恋の超時空砲』

漫画において、ストーリーはもちろんのこと、画力も作品の評価につながります。画力が高い作品は、その美麗さから人の目に留まりやすくなる、作者の持つ武器のひとつです。しかし、表紙買いして失敗した、などという話は本好きあるあるなのではないでしょうか。中身を開かなければわからない世界がある、それが漫画の醍醐味でもあるのです。

著者
駕籠真太郎
出版日
2015-05-30

『恋の超時空砲』は、美少女を集めた短編集です。線の細かい絵画的な少女が書かれた表紙絵に、まず目を奪われます。特徴的ではありますが、少し見ただけでも女性の身体を正確に描くデッサン力の高さがうかがえます。

タイトルから察するに、可愛らしい話だろうと安心してはいけません。ページを捲れば自称怪奇漫画家、駕籠真太郎が描くグロテスクかつエロティックな作品世界が広がります。

ブラックユーモアは好きだけど行き過ぎた描写は苦手という方や、人体切断、異食といったグロテスク作品に耐性のない方は要注意。とはいえ、精緻な絵で構成された画面は現実世界からは遠く、完成された作品世界を客観的に楽しむことができます。

本作は、前後左右どこを見ても美少女ばかりが登場します。その最たる作品である『日本一の美少女の町』は、美少女を生産するというシュールな設定。破損し、美貌が損なわれた場合、すぐに新品の少女が配達されるという、あくまでも「商品」として扱われる姿がどこか現実的で恐ろしく感じられます。

他にも好きな男子が触ったものを収集する少女を描く『あつめもの 触』や、彼氏の浮気を疑った女子大生が、女性の口は付き合っている男性の性器の形に変形する、という言葉を信じ、自分と同じ形をした口を探す『口腔観戦症候群』など、他にはない奇抜さが新しい駕籠ワールドが広がります。

格話のインパクトが大きすぎる本作ですが、恋や冒険、人間的な成長を描くだけが漫画なのではない、ということを教えてくれます。絵画的魅力を持つ、エログロナンセンスな世界は、駕籠真太郎の表現方法のひとつ。切れ味鋭い駕籠ワールド、可愛いだけじゃない美少女だらけの作品世界に価値観がひっくり返るかもしれません。


トラウマは強い衝撃によって生まれます。作者の熱と感情をこめられた作品は、それだけ強く読者の心に傷を残すのでしょう。残された傷は、強く記憶にとどまり続ける作品となるのです。

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