ポケットに詩を【ハナエ】
仕事に行く時やひとりで出掛ける時は、大抵文庫本を持ち歩いている。小説よりも詩集の場合が多い。さっと読めて、さっと没入できて、さっと世界を色付けてくれる。詩は即効性の高い文学だ。

今回は、わたしの好きな詩集を紹介しようと思う。

ネカティブな感情を肯定してくれる文学

著者
["中原 中也", "吉田 ヒロオ"]
出版日
2000-03-29
哀しみや切なさは、暗くて甘い匂いがする。一度沈むと浮き上がることは容易ではないが、その代わりにすべてを諦めさせてくれるような淡い期待を抱かせる。その暗い甘さを嗅ぎ分けて中原中也の詩集に手を伸ばしたのは、何かと傷つきたがりの十代前半の頃だった。

夭折の詩人、中原中也。30歳で病死するまで、この世に350萹以上の詩を残している。代表作「汚れつちまつた悲しみに……」は教材などでも度々取り上げられ、ご存知の方も多いだろう。この詩のタイトルからも見て取れるように、中也の詩はとにかく哀切だ。生きることへの倦怠感と、失われた純粋へのノスタルジアに満ちている。簡単に言ってしまえば、“もう全部どうでもいい まじ無理死にたい”という感情から織り成される詩なのだ。

哀しくて美しい詩を幾つか知っておくと、何かと便利だ。哀しみに落ちてしまった時、その詩に自分の心情を重ね合わせることで楽になるという対処方法を取ることができる。そういった意味で、中也の詩集はわたしにとって常備薬のような存在だ。ネカティブな感情を肯定してくれる文学は優しい。生きることは、哀しくて、切なくて、恥ずかしくて然るべきだとわたしは思う。

狂気じみた言葉に滅多打ちを喰らう

著者
穂村 弘
出版日
恋に落ちる瞬間、それはほとんど事故とも取れる瞬間なのではないだろうか。駅に、ファミレスに、海に、スクランブル交差点に、もんじゃ焼き屋さんに、高速道路に、給水塔に、冷凍庫に。人が恋に落ちる可能性は、危険性は、そこかしこに潜んでいる。

作者の穂村弘氏は歌人であり、エッセイや詩の名手でもある。穂村氏が恋愛をテーマに送るこの詩集は、ふわふわと可愛くて遊び心に満ちた言葉に彩られている。そしてそんな言葉たちと戯れるように読み進めていたら、いきなり狂気じみた言葉に滅多打ちを喰らう。

あとがきに“もともとこの詩集に収められた作品は前世紀末に失恋した時に書いたもので、ひとりの女性のイメージが全体を覆っているのです”とある。しかも“ひとつ書いてはメーリングリストに流す、という傍迷惑な行動を繰り返して自分の心を癒していた”のだそうだ。

成る程、これは恋の狂気だ。でなければ“なるべく静かに舌で呼び鈴を押す”“ぼくは口が裂けてもあなたとキス”“きみのスニーカーに靴ひもはあるかい? 靴ひもは今 僕の口の中”なんて言葉、思いつくわけがない。なんかへん、とてもへん、へんだけど惹かれる。ゆるふわで変態な恋愛詩集。そんな一冊だ。

胸の中で押し殺した本音

著者
最果 タヒ
出版日
2016-04-22
近年で勢いのある詩人といえば最果タヒさんだろう。彼女の詩は、とても今っぽい。口語を勿体振らずに使うところも、“死”や“愛”や“孤独”のようなストレートな言葉をためらわずに使うところも。誰かにLINEで伝えることなんてできない、Twitterの鍵アカにすらつぶやけない、胸の中で押し殺した本音をもぎ取り眼前に突き出すような詩を彼女は書く。

こんなにもネットが発達した現代、iPhoneひとつで容易く誰かと繋がれるのに、わたしたちはどうしようもなく孤独だ。わたしたち、というその三人称すら、もはや一人称としての意味しか持ち得ないくらいに。孤独の所在などわからない。ググれば何でも出てくるのに、何もわからない。わからないのに、わかったふりをして生きている。その事実すら、たまにわからなくなりそうになる。脳が生ぬるいバグを起こした時、最果さんの詩に触れたくなる。

鋭利な言葉は現実の解像度を上げる。“愛してで事足りるような孤独なんて持っていないよ”。そんな言葉を、わたしは泣き喚きながら誰かの胸で叫びたかったのかもしれない。身も蓋もない、たまに最低なわたしの本当の現実がこの詩集の中にあるような気がした。

「“もう一度探し出したぞ――何を?”と訊かれたら“永遠を”と答えられる人になりなさい」と幼い頃母に言われたことがある。早熟の詩人アルチュール・ランボーの詩の一萹からの引用である。今まで誰かにそんな問いをされたことはないし、これから先もされることはないだろうと思う。しかし、“知っている”ということはそれだけで豊かだ。“それは、太陽と番った海だ”と続くこの詩を思い出すたび、心の透徹を実感する。

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