「目のつけどころ」を変えてしまう占星術の良書(前篇)

更新:2021.12.12

私はここで、手っ取り早く「星占い業者」になるための本は紹介しません。占星術の専門知識をいくら覚えこんで、頭の働きをよくしたからと言って、殆どなにも変わらないからです。占星術で何かが変わるとすれば、それは目の付け所や視線の巡りでしょう。つまり生の現実と直に対面し、そこからハッと我に返る際に感じられる驚きや当惑を通じて、あらぬ方向へと乱反射が起きていく。何かを変えるには、まずそういう体験ができるかどうか否かが分かれ道となります。今回はそんなプリズムのような占星術本をご紹介していきたいと思います。

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地球儀を廻していくうち感じる「何か微妙なもの」

著者
野尻 抱影
出版日

一冊目は、日本の星座伝説研究の第一人者であり、冥王星という和訳名の命名者としても知られる野尻抱影(1885-1977)の『星の民俗学』です。まず、はしがきの冒頭だけでも読んでみてください。

「私は時々地球儀を廻しながら、東京を貫く緯度の線に沿って指先をすべらしてみる。その道筋に近い南、北、時には真上には、古えの洛陽や長安がある。テヘラン、バグダードがある。地中海に入って、クレーテ、シチリアの島々がある。ジブラルタルを抜け、大西洋を越えて、米大陸ではワシントンからサンフランシスコへと通る。これははなはだ平凡なことだが、私は地球が自転するにつれ、それらの土地土地で毎夜送迎すると同じ星座を、東京の空にも次ぎ次ぎと送迎していることを思って、何か微妙なものを感じるのである。」

洋の東西、そして長大な時を超えて、人類が同じものを見つめてきたことを想像するよすがとしての星の民俗・伝説について、野尻さんが縦横無尽に書き綴っているのが本書です。

例えば「北斗七星」という一篇では、熊野那智神社に伝わる田植え歌に言及したかと思えば、ギリシャ神話において赤ん坊のゼウスを育てたと伝わる二匹の熊にも触れていきます。あるいは、寒空に輝くシリウスを仰げば、ホメロスが語るトロイア戦争の英雄アキレスの円楯を連想し、夏の宵に紅く光るアンタレスを見れば、酔った李白が一気呵成に筆を進めるきっかけとなった「大火」に思いを馳せる。

そんな野尻さんの流れ星のような文章を追っていると、野外で火を起こすときのように、「何か微妙なもの」への「感じ」が自分の中にもじわじわ広がっていくのが感じられるはずです。30篇からなる「読む地球儀」とも言えるエッセイ集なので、たまに開いて気になったところから読んでみるのもいいでしょう。

なお、本書は中公文庫BIBLIOから出ている『星と伝説』と中身は同じです。

占星術師たちの多様性を知る

著者
出版日

『星の民俗学』で星と人との洋の東西を超えた深い結びつきを感じて、もう少し身近な、星にまつわる人間的ドラマを知りたくなったら『占星術の本』を手に取ってみましょう。

書名の通り占星術についてのムック本なので、占星術の歴史の流れや思想背景はもちろん、実践的な基礎知識、各技法の解説などが豊富な図像とともにコンパクトにまとまっています。そのため初心者への入門書としても良い本なのですが、この際それらは脇へ置いておきましょう。この本では、とくに古代ローマから20世紀アメリカまで、歴史を動かした占星術師15名の人物列伝を扱った第二章が面白いんです。

アレクサンドリアの荒廃した図書館の塵の下から偶然古い文献を発掘したことで、バビロニア以来の占星術の命脈を保ち、やがてその大成者となったプトレマイオス。バクダッドで活躍し、100歳まで生きたと言われる伝説的な占星術師アブー・マーシャル。その名声とは裏腹に几帳面で小心な学者だったコペルニクス。きわめて攻撃的かつ挑発的な性格で、至る所で衝突を繰り返したがゆえに生涯を遍歴のうちに過ごさざるを得なかったパラケルスス。人類史上はじめて、占星術を儲かるビジネスに転化することに成功したウィリアム・リリー。ナチス対連合国の占星術戦争や、レーガン大統領夫妻の専属アドバイザーとなり冷戦終結を導いたとされるジョーン・キグリーなどなど。短いながらも各人のスケールの大きさが、その人柄とともに伺えるエピソードが散りばめられています。

それらのエピソードについて、他人事のように余裕しゃくしゃくで食い散らかすもよし、あるいは「彼らと同じ状況に立たされ、発言しろといわれたとき、自分ならどんなことが言えるだろうか」と想像して天を仰ぐもよし。とにかく想像しやすい人から想像してみる、そこで「この人は自分だっ!」と思えたら儲けものです。

小さな物語から「星座」を浮かび上がらせる

なお、より正確でディープな歴史の流れが知りたくなったら、現代の歴史学者家であると同時にばりばりの占星術実践者でもあるニコラス・キャンピオン(1953~)の『世界史と西洋占星術』にも目を通しましょう。

ただしこちらは固有名詞のオンパレードなので最初から最後まで順に読み通していくというより、まず索引や目次を見て、そこで気になった人物やテーマについて参照するデータベースくらいのつもりで使っていくとちょうどいいかもしれません。そこはまた、大御所や有名人ばかりで作られ語られる大きな物語の影に隠れた、小さな物語の宝庫でもあります。

「自分こそが世界の中心にいる」というコスモスとしての世界感覚を持つには、大文字の歴史より小文字の歴史の中にこそ、そのヒントが埋まっているはず。占星術の歴史の主流には属さない(しかし魅力的な)多くの個人や、個人同士のつながりから浮かび上がってくる、自分だけの「星座」を見出していきましょう。

著者
ニコラス キャンピオン
出版日

後編につづきます。

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