ダニエル・キイスのおすすめ作品5選!『アルジャーノンに花束を』の作者 !

更新:2021.12.17

オハイオ大学名誉教授、アメリカの名誉勲章を受章したサイエンス・フィクションの権威、ダニエル・キイスのおすすめ作品5作をご紹介します。代表作『アルジャーノンに花束を』は、ユースケ・サンタマリア主演でドラマ化もされています。

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人間の孤独を描く心理学者、ダニエル・キイス

ダニエル・キイスは、ニューヨーク州ブルックリンカレッジで心理学を学びました。その後英米文学の修士課程を修め、「マーヴェル・サイエンス・ストーリーズ」や「アトラス・コミック」の編集者を経て、1959年に『アルジャーノンに花束を』を発表しました。

同じく彼の代表作として名高い『24人のビリー・ミリガン』は、1977年に起きた強盗・強姦殺人事件を、容疑者本人からインタビューしたものをまとめたノンフィクションです。本作は、小説のような文体で、同殺人事件から着想を得たフィクションと捉えられることもあるようですが、犯人のミリガン本人が、ダニエル・キイスに「『アルジャーノンに花束を』のように、自分の独白というような形で書いて欲しい」と、自ら依頼したという逸話があります。

その他、コミック原作者として活動したり、ウェイン州立大学で教鞭を取り、創作の後裔を育てるなど、幅広く活動した作家です。アメリカで2000年に名誉勲章を受賞。2014年に自宅で逝去しました。

日本でドラマ化もされた名著『アルジャーノンに花束を』

大人になっても幼児の知能しか持たないチャーリーは、ストラウス博士の勧めにより、IQ向上手術を受けます。本作は、チャーリーの経過報告書として章を進めていきます。チャーリーの知能の成長に伴い、経過報告書は複雑に……。その知能の高さから驕慢な文章を書くようにもなっていきますが、実験は一過性の効果しか持たず、チャーリーの知能は再び退行し、経過報告書は、小説序盤のように再び稚拙に、無垢になっていきます。

 

著者
ダニエル キイス
出版日


70にも満たなかったチャーリーのIQが180超にまで昇り、初めは本人もストラウス博士も純粋に喜びます。しかし徐々にチャーリーは他者を見下し傲慢に振る舞うようになります。

博士に指示されていた経過報告書の提出を怠ったり、恋人をバカにしたり……。「僕はレベルが高すぎて、周りの人間を引かせてしまうんだ」IQピーク時のチャーリーは、そういう事も平気で言いそうな人間になっています。手術後間もなくは「僕の友だちはみんな頭が良い」と言っていたのに、「ともすれば彼らを見下すといった傾向を警戒せねばならぬ」と、天才としての傲慢さまで育てていきます。

知能が向上するにつれて、経過報告書は衒学的に、そして難解になっていき、当初の幼児が日記を書いているような微笑ましさが無くなっていくので、チャーリーに対する親近感が薄れていきます。チャーリーもひとりの大人、それも優秀な大人としての新たな視点を獲得するので、自分の周りの大人に寄せていた信頼が薄れ、冷静な目で他人を評価するようになります。

チャーリーは周囲の大人を警戒し、また周囲の大人もチャーリーを警戒し、ストーリーの緊張感が増していきます。チャーリーが無知であったからこそ、チャーリーを愛し、チャーリーもまた周囲を愛していた、その均衡が実験によって崩されていってしまうのです。

「どうしてまたバカになてしまったかわからない。きっとぼくがいっしょうけんめやらなかったからだ」(『アルジャーノンに花束を』から引用)

IQピーク時には、世間に対して斜に構えた憎たらしさがあったのに、一生懸命やらなかった、と振り返る彼の姿が健気です。読後は、チャーリーへの同情と、元の愛らしいチャーリーに戻ったことへの安堵に、なんだか複雑な気持ちになる作品です。

多重人格に心を痛める繊細な少女『五番目のサリー』

『五番目のサリー』はダニエル・キイス2作目の小説です。『24人のビリー・ミリガン』も、乖離性人格障害者の話とご紹介しましたが、『五番目のサリー』も乖離性人格障害者の人物を描いたノンフィクションで、『24人のビリー・ミリガン』より前の作品です。

 

著者
ダニエル キイス
出版日


『五番目のサリー』は5人の人格に翻弄され、生活をうまく営めないサリーの悲哀が描かれています。しかし、ビリーミリガンがそうであったように、多重人格というのは、決して本人を困らせるために生まれた病気ではないんですよね。多重人格者の大半は、幼少期に虐待などのなんらかのトラウマがあって、本人が本人を守るために、他人格が生まれるといいます。

そして、サリーも他人格を否定することが出来ないため、彼らとどう接していくか、その苦悩が描かれています。ダニエル・キイスは、そのサリーを優しく見つめる保護者のようです。知識人のノラ、歌とダンスが好きなベラ、陽気で人あしらいの上手なデリー、そして憎悪だけの存在ジンクス。

『24人のビリー・ミリガン』もそうですが、多重人格者が主人公の小説は、登場人物が少ないのに、ストーリーに深みがあります。小説なら、各人に割り当てられそうな能力や思想が、ひとりに集結しているからでしょうか。

どの人格も、決してサリーを傷つけようとはしないのですが、サリーが思い悩み傷付きながら、なんとか生きようとする健気な姿が表されています。ダニエル・キイスの他作品のなかで、対象年齢が低く設定されているのか、おとぎ話のような語り口になっています。『オズの魔法使い』へのオマージュと思われるところもあり、人格を統合するまでの「サリーの自分探し」といった作品です。

乖離性人格障害者の孤独『24人のビリー・ミリガン』

1977年、ビリー・ミリガンによる強盗・強姦殺人の事件全容が書かれた、ルポルタージュのような小説です。ダニエル・キイスは1994年に、ビリー・ミリガンのその後を描いた『ビリー・ミリガンと23の棺』という続編も発表しています。

 

著者
ダニエル・キイス
出版日
2015-05-08


1977年にオハイオ州立大学で、3人の女性に強盗、強姦殺人を犯したとして、ビリー・ミリガンは逮捕されました。裁判の席で、「ビリーは今眠っている」と答えるビリー。裁判が続くにつれ、ビリーの妄言ではなく、事件は乖離性人格障害を患う、ビリーの他の人物たちによるものだと分かり、周囲は驚愕します。

俄に信じがたい事件ですが、小説ではなくノンフィクションです。今回ご紹介している5作の中で、『預言』(2009年)の次に新しい作品(1981年に発表)で、ダニエル・キイスは、作家として晩年になるほど、事件性の高い小説を書くようになっているようです。

『24人のビリー・ミリガン』は、「事実は小説より奇なり」ということばがピッタリの1冊。彼はいかにして24人もの人物を使い分けなくてはならない状況になったのか。ひとりの人間から生み出された24人分の声を聞いて見てください。

心を病んだレイヴンのサスペンス・ドラマ『預言』

2014年に亡くなった作者ダニエル・キイスの、有終の美を飾る作品です。心を病んだ米国人女性のレイヴン・スレイドは、ある日テロリストに拉致されるものの、犯人に同情し彼らのテロ行為に加担します。多重人格か記憶喪失か、自身の中に秘めた陰謀の鍵となる「預言」に翻弄されるレイヴンとともに、事件の全容が明らかになっていくサスペンスです。

 

著者
ダニエル キイス
出版日
2014-09-25


9・11ワールド・トレード・センターのテロ事件が意識されている作品です。『五番目のサリー』とはまたカラーが違って、事件のスケールが大きくなっています。

美人で無力な入院患者のレイヴン・スレイドはある日突然拉致されますが、「神の名の元の暴力」に同調し、犯人のテロ行為に加担します。

ダニエル・キイスの作品は、抒情的でひとりの人物の心的変化に焦点を当てたものが多いです。しかし本作品は他作品に比べると、レイヴンの心的変化にも一定以上の比重はあるものの、国際犯罪などアクション映画のような動的な面白みがあります。

レイヴンの心の底には、「なぜ拉致されたのか。なぜ彼女なのか」という答えを握る「預言」が眠っているのですが、彼女はそれを認識できずにいます。預言とテロリストに翻弄されながら、彼女は最後に自分を取り戻すことができるのか。ダニエル・キイスの作品の中で、最もハラハラする1作です。

『アルジャーノンに花束を』の原型が収録されている短編集

『アルジャーノンに花束を』の中編版の他、6作が収録されている、ダニエル・キイスの短編集です。どれも心理学者ダニエル・キイスの辣腕がいかんなく発揮されています。

 

著者
ダニエル キイス
出版日


『アルジャーノンに花束を』の中編版が収録されているということで読む方も多いのですが、他6作もかなり読み応えがあります。例えば「ママ人形」は、超能力を持って他者の弱い心と同調してしまうストーリーです。特殊能力や高い知能が、かならずしも他人や自分を幸せにするものではないというメッセージが述べられており、ダニエルキイスらしい心理描写の巧みさが感じられます。

『アルジャーノンに花束を』の中編版では、長編になかった、チャーリーの知識への渇望や再びバカに戻ってしまうことへの焦りが、短い文密度が濃く描かれています。有名なのは単巻刊行されたものですが、リアルに描かれた物語は長編よりもおすすめしたい仕上がりです。

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