完全実写化不可能?「見世物(小屋)」が舞台・テーマの漫画3冊

更新:2021.12.13

ここ最近になって、堰を切ったようにアングラ漫画が続々と実写化されています。2016年2月13日に上映が始まった『ライチ☆光クラブ』、そして同時期に映画実写化が発表された丸尾末広の『少女椿』。前者はグランギニョル(説明は後ほど)、後者は日本の見世物小屋が舞台・テーマとなっています。「グランギニョル?見世物小屋?なんだそれ?」という方もいらっしゃるのではないでしょうか。そこで今回は、妖しくも魅力的な「見世物(小屋)」が舞台・テーマの漫画を3冊ご紹介します。

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みっともなくてごめんなさい なさけなくってごめんなさい

2016年2月に実写化が発表された丸尾末広の『少女椿』。本作は浪花清雲の街頭紙芝居『少女椿』に脚色を加えたもので、戦後昭和に流行した"貧しい家の少女が両親と生き別れ苦難を経て幸せを得る"という母子不幸ものによくある筋書きを根底にしています。今回の実写化のニュースを受けて、多くのファンが期待と不安を抱いているようです。漫画の実写化にはそれがつきものですが、これはちょっとばかしその様相が異なります。それでは、その世界をちょっと覗いてみましょう。

著者
丸尾 末広
出版日

貧しい家に生まれ、花売りをしながら病身の母と2人暮らしの生活を送る少女みどりは、母親が無残な姿で死んでしまったある日の夜を境に孤児となってしまいます。以前、彼女に声をかけた山高帽のおじさんのもとへ向かい、連れて来られたのは異形の芸人たちが働く『赤猫座』という見世物小屋(寺社の境内や盛り場で臨時に掛小屋して芸能および種々の珍奇なものを見せて、入場料をとる興行物)でした。そう、山高帽のおじさんはそこの主人だったのです。

見世物小屋の下働きとして使われるはめになってしまったみどりですが、小屋の芸人たちはなにかにつけてみどりを虐め、彼女もまた障がいを持つ芸人たちを化け物呼ばわりし、嫌悪感を露にして罵ります。

ある日、手品使いと称して不思議な幻術を操る小人症の芸人・ワンダー正光が仲間入りしてから、みどりを巡る状況も一変していくのですが…。

紙芝居版では、母子不幸ものの筋書きをならってハッピーエンド(?)を迎えるのに対し、丸尾の漫画版では、終始エログロ描写と暗い雰囲気が漂い、結末も後味の悪いものになっています。

ファンからすると、「見世物小屋」と「異形の芸人たち」の描写がどのようになるのか、というところが懸念事項としてあるようです。どちらも現代ではいわゆる「見てはいけないもの」「露出してはいけないもの」というカテゴライズをされており、一時期はメディアでも取り上げられていた芸人たちもパッタリと登場しなくなりました。見世物小屋も今では風前の灯火で、そこで見せる芸も「規制」がどんどんかかってしまっています。

「規制」だらけの現代、この作品をいま実写化するという試みはかなりの挑戦だと思います。どこまでが許され、どこまでが許されないのか、行く末を見守るばかりです。

『少女椿』について詳しく知りたい方は<漫画『少女椿』の魅力をネタバレ考察!グロくて悲惨なのに、どこか美しい?>をご覧ください。

常人にあらざる異形の者にこそ神は宿る

所変わってフランスの首都・パリには、19世紀末〜20世紀半ばまで大衆芝居・見世物小屋、グラン・ギニョール劇場がありました。そこから転じて、「荒唐無稽な」、「血なまぐさい」、あるいは「こけおどしめいた」芝居のことを「グランギニョル(グランギニョール)」と言います。その名を受け継いだ劇団「東京グランギニョル」(主宰:飴屋法水)が1985年に上演、当時高校二年生だった古屋兎丸が鑑賞し、魅了され、2006年に漫画化したのが『ライチ☆光クラブ』です。

著者
["古屋 兎丸", "東京グランギニョル「ライチ光クラブ」"]
出版日
2006-06-01

螢光町の片隅にある少年たちの秘密基地「光クラブ」では、帝王として君臨するゼラを筆頭とする9人の少年が集い、ある崇高な目的のために「機械」を作り、「ライチ」と名付けます。ライチは「美しいもの」を連れて来るよう命令されますが、「美しいもの」とは一体何なのかが理解できず、見当違いなものばかりを集めてきます。

そんなある日、特殊な設定を施されたライチはようやく「美しいもの」が何なのか理解できるようになり、1人の美しい少女「カノン」と数人の少女を光クラブに連れて来ます。光クラブの面々はカノンを玉座に据えて女神として崇め、次の目的へと進もうとするのですが…。

妖しげなものにはなんともいえない「美しさ」があります。その「美しさ」、特に未成熟なものの美しさに固執した少年たちのお話とも言い換えることができるでしょう。厳密に言えば見世物小屋が舞台の作品とは言い難いのですが、「光クラブ」で繰り広げられる、少年たちの幼さゆえの狂気と愚かしさ、彼等に作られた機械(マシン)と少女に芽生える恋を描いたグランギニョルは、ある種の見世物的要素があるとも言えます。『少女椿』とはまた違ったグロテスクさと、少年たちの醸し出すエロティシズムが紙面いっぱいに広がる一作です。ちなみにこちらはつい最近映画実写化されました(2016年2月13日公開)。

こちらの世界のかりそめの自分が死んだらまた心はあそこへ戻っていく

津原泰水の幻想短編を近藤ようこが漫画化した『五色の舟』は、『少女椿』と同じく日本の見世物小屋を題材にした作品です。第18回文化庁メディア芸術祭・マンガ部門大賞を受賞した本作は、他の二冊とは打って変わってアングラ色はほとんどなく、どちらかというと静的でシンプルなタッチで描かれています。しかし、それゆえにエロティックでどこか儚い美しさに満ちた作風となっています。

著者
近藤ようこ 津原泰水
出版日
2014-03-24

舞台は戦争末期。抑圧的で先の見えない時代に、見世物小屋の一座として糊口をしのぐ、「異形の家族」がいました。

その「家族」は、両足を脱疽で失った元花形役者だった「お父さん」こと雪之助を筆頭に、小人症でありながら怪力の持ち主である昭助。元シャム双生児で分離手術を受けて蛇女として生きる桜。膝の関節が逆に曲がるのを逆手に取って牛女を演じる清子。そして、この物語の主人公といえる両腕のない少年の和郎(かずお)で構成され、それぞれが辛い過去を抱えつつ、たくましく旅生活を送っていました。

ある日、人間の顔をした牛の化物で、人の未来をぴたりと言い当てるという「くだん」がいるという噂を聞きつけ、一座は広島県岩国を目指します。しかし、すでに軍が「くだん」を匿ってしまい、すげなく追い返されてしまいます。

とはいえ、そんな簡単に諦められなかった雪之助は、花形役者時代のパトロンで、軍と関係を持つ医者を頼って、「くだん」に会おうと試みますが…。

少しネタバレになってしまいますが、「くだん」によって「家族」は二つの世界に分かれてしまいます。現実に起こる世界と、あったかもしれない世界と。特に1ページ丸ごと使った「産業奨励館」(これが何のことかは実際に読んでみてのお楽しみ)の華やかな描写とそれにまつわるエピソードは鳥肌モノです。SF好きにオススメです。

もしこの原作を丸尾末広や古屋兎丸が描いていたら、きっとエログロ満載なまさに「見世物」という感じになっていたかもしれません(それもちょっと読んでみたいですが…)。しかし、いかにもエログロというよりも、シンプルだからこそ醸し出されるエロティシズムにグッとくる、のかもしれません。

いかがでしたか? 見世物小屋の魅力は、密室の小屋の中で行われている「いま―ここ」を共有した共犯者としてしまう空間、そして、だまし/だまされつつも暗黙の了解としてそれが許される空間です。しかし、前述したように様々な「規制」が厳しくなった現在、見世物興行は風前の灯火となっています。それは、見世物(小屋)が舞台となった作品も同様です。今回紹介した作品を通して、少しでもそれらの魅力が共有できたら幸いです(『少女椿』と『ライチ☆光クラブ』はエログロ描写が強めなので、耐性のない方には『五色の舟』をおすすめします)。

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