窓からのりだす知性~夏の最初の朝

更新:2021.12.1

「今、不満の冬が輝く夏に変わる」 シェークスピア作『リチャード3世』の冒頭の一文である。そして、この舞台で実際に展開されるのは、希代の悪漢リチャードによる謀略と殺戮の夏。 一方、現実世界において1991年のバブル崩壊で始まった「不満の冬」が、今、経済指標上ではやっと終息しようとしているかに見える。 そして、現代のリチャードたちが語る数々の「輝く夏」のイメージ。本当にやってくるのはどんな「夏」なのか? 本と言う窓からからだをのりだしてみよう。キーワードは「予測不能性」だ。

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知性を持つテクノロジー

孫正義によれば、コンピュータは2018年に人間の脳細胞を超える能力を持つという。現状の知的発展の枠組みはこの時点で壊れ、人間の知能を超えた次元で科学技術が発展していく。その時点を特異点(シンギュラリティ)と呼ぶ。それでは、過去にはどのような特異点があったのだろうか。

本書『テクニウム』では、人類の最初の特異点は言語の発明だったと、語られている。
 

著者
ケヴィン・ケリー
出版日
2014-06-20

言語は単なるコミュニケーションの道具ではない。言語によって我々は自己と会話し、新たな情報を創造する。発明が発明を生む自律的な創造発展システムが生まれる。この自律的な創造発展システムを筆者は「テクニウム”TECHNIUM”」と呼ぶ。

なぜベルとグレイは同じ日に電話の特許申請をしたのか。そんな偶然を前にすると、そこには、人知の及ばぬ意思により人間を動かす存在が見えてくる。新たな神話として読むも良し。楽観的科学技術論として読むも良し。ここに「予測不能性」の一端をみる。
 

怪物の名前は「19世紀」

19世紀、人類は身分と階級という桎梏(しっこく)の家で暮らしていた。持たざる者は世代を超えて貧しいという社会。(r>g:資本収益率が経済成長率より大きい時代)

その後、2度にわたる世界大戦が人類を解放に向かわせ、「勉強、才能、努力」が「社会的成功」に繋がる社会が現出する。(g>r:経済成長率が資本収益率より大きい時代)

だが、それは束の間の幻想に過ぎない。世界の趨勢は再び「世襲」の金持ちが支配する世の中に向かう。いや既にそうなっている。(r>g:再び)

このような「格差」のあり方を、膨大なデータを基に丹念に解き明かした書が、『21世紀の資本』である。
 

著者
トマ・ピケティ
出版日
2014-12-09

この本の目的は、すでに陳腐となりはてた「格差社会糾弾」ではない。哲学的な思索も倫理的考察も無視して「格差社会への趨勢」の存在を証明しようとする。この本を手にする者は、甦ろうとする「19世紀」の質量と加速度を測定し力を割り出そうとする、理科系の力技を堪能すべきだろう。

ピケティによれば、現状を放置した場合の未来社会は「予測可能」だという。
 

理解と忘却の思想

分厚い書物で語られるケリーの「科学信仰」もピケティの「格差社会論」も即座に消化する日本社会の有能さと不思議さはどこから来たのか?

新しい議論に接した時、「ああ、あれか」と即座に理解して忘れ去る。そしてある時、突然に思い出し行動する。1957年、高度成長前夜の日本で丸山真男は「日本の思想」の特徴を「発見」する。
 

著者
丸山 真男
出版日
1961-11-20

「理論」が構造化されずにバラバラに併存する日本社会は、イメージと感情に基づく決断と行動が先行し、理論は後から追いかける。前から見れば「実感信仰」であり、後から見れば「理論信仰」となる。トライ&エラーは許されず、仮説検証のフィードバックシステムは働かない。そんな日本人の行動は「予測不能」だろう

本と言う名の日常

2011年3月11日、カンボジアでの図書館設置を中心に活動するNGO団体シャンティの広報課長・鎌倉幸子は東京で会議中だった。故郷である東北での巨大地震の報に彼女は戦慄する。4月に現地調査、5月に企画、そして何と7月には軽トラックに本を積んだ「移動図書館」が被災地岩手を走り始めた。

予測不能な大災害から本と言う日常への復帰は果たして可能だったのか?
 

著者
鎌倉 幸子
出版日
2014-01-07

4月、彼女は「まだ本が必要なときではないかもしれない」と考えながら現地に向かった。だが、そこで図書館職員の「今、出会う本が子どもたちの一生の支えになる」と言う言葉に出会う。本は新たな日常を作り出す源になる。本を届けるという本来のミッションに全力をかけることに決めた彼女たちが信じたのは、人々を救う本のチカラだった。

消えた少年と夏

今年で26歳になる息子を見るたびに思う。醤油なしでカツオの刺身を貪り食う原始人、キャンディを頬張ってエンデを読む天才作家、賽銭を盗んですぐに捕まるドジな泥棒。12歳になった時、みんなどこかへ行ってしまった。

でも、この本を開けば彼らが飛び出す。季節は夏。少年たちは自然と同化する。ミツバチ、草花、そして森と風。大人にとっての少年は自然の側にいる。その行動は予測不能にして自己充足的だ。
 

著者
レイ ブラッドベリ
出版日
1997-08-01

青年が恋に落ちた95歳の女性は、自分が白鳥を食べた竜だと言う。そして白鳥はまだ生きているのだと。ブラッドベリの中の少年たちもいつまでも生き続け、「タンポポのお酒」から55年後、続編「さよなら僕の夏」が書かれた。

予測不能な作家ブラッドベリは2012年91歳で亡くなった。少年たちの夏はもう来ない。
 

1951年、マッカーサーは日本を「12歳の少年」と呼んだ。21世紀、年老いた日本は竜になりはて、白鳥を食べ続ける。「知性あるテクノロジー」は竜よりも白鳥を愛するだろうに。だが、白鳥は生きている。竜の中に?それとも本の中に?白鳥も少年も消えはしない。そして、夏の日は必ずやってくる。

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