「音楽が好き」を考え抜いたら、自意識にぶつかった【小塚舞子】 

「音楽が好き」を考え抜いたら、自意識にぶつかった【小塚舞子】 

更新:2021.12.2

「音楽がそのもの嫌い」という人に私はまだ出会ったことがない。けれど、私は音楽が好きにもかかわらず、果たして「音楽が好き」と断言できるほど聴いているのだろうか。という、絶対に答えのでない問い悩む時間を救ってくれるのも音楽だったりする。

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耳を澄ます必要のないほど音楽で溢れている生活

「音楽が嫌いです」。わざわざそう宣言する人はいるだろうか。邦楽なんて聴かない! ロックは苦手! JAZZは眠くなる! なんて人はたくさんいるかもしれない。しかし日常的に音楽を聴かないにしても、音楽そのものが嫌いだという人に私はまだ出会ったことがない。 

もしそんな人がいるなら、今の日本ではあまりにも生きにくいだろう。テレビやラジオはつけられないし、スーパーやコンビニに行っても、そこには常に音楽が流れている。電車に乗るにしても発車音のメロディが流れる。本を読もうとカフェに入っても、朝寝坊したらゴミ収集車が近くに来ていて絶望的な気持ちになったときにも……(これは地域によるが)。ちなみに大阪市のゴミ収集車のメロディは、島倉千代子さんが歌った「小鳥が来る街」。耳を澄ませば、いや澄まさなくとも私たちの生活は音楽で溢れているのだ。

では、「音楽が好きです」と語る人。それはやはり多いだろう。私も趣味なんかを聞かれたら、「本が好きです」「カレーが好きです」「映画が好きです」の前にまず、「音楽が好きです」と答えてしまう。何も考えてなくても口から滑り落ちるように、「音楽が好きです」。すると大方、次の質問がやってくる。「どんな音楽が好きですか? 」。問題はこれだ、これにいつもうまく答えられない。

相手が自分と似たようなものを聴いていたら話は早いが、そうではない場合が圧倒的に多い。クラシックだったりヒップホップだったり、堂々と好きなジャンルを言えたらかっこいいのだが、雑食でいて偏食な私は専門的な知識でも取り入れない限り、音楽をジャンル分けすることができない。ラジオで音楽番組をやっているので(ABCラジオ『Cheers!』毎週日曜日、午後6時~9時放送。よかったら聴いてください)、そのディレクターさんたちや仲の良い人には、小塚さんの好きな音楽は何となく分かる! と言ってもらえるが、それはどんなものかと尋ねてみると皆首をかしげる。
一体自分は何が好きなんだろう。そもそも音楽が好きだなんて断言できるほど聴いているのだろうか。ラジオのリスナーさんたちに偉そうに音楽を語ることなんてしてはいけないのではないだろうか……。などという、絶対に答えの出ないことで悩んでいる時間を救ってくれるのもやはり音楽だったりする。やはり音楽は好きだ。

私は新しい音楽を求めてたびたびタワーレコードに足を運ぶ。気になる新譜をせっせと片っ端から試聴してまわるのは、私にとって至福の時。気付けば数時間店内をウロついていることもあるので店員さんにとってはただの不審者だけど。そういえば数年前、やはりタワーレコードでCDを購入しようとしたときに、店員さんが話しかけてくれたことがあった。「こういうジャンルが好きなんですね」。確か電気グルーヴの新譜と、あと数枚のCDを持っていたと思う。それも恐らく、ジャンルでいうとバラバラなものだったので私はかなり動揺した。
店員さんはあまりにもモジモジしている私に気を使ったのか「僕も好きです! 聖☆おじさん!(電気グルーヴの楽曲)」と、さらに話しかけてくれた。私は何か気の利いた一言でも言いたかった。レジも店内も空いていたとはいえ、レジを打ってCDを黄色い袋に入れ、お金を受け取ればいいだけなのに、にこやかに話してかけてくれているのだ。「あら! 私も好きですよ! それだったら○○なんて曲もお好きなんじゃないですか? 」、なんてスマートに返答したい。

しかし、服屋さんでも何屋さんでも店員さんと話すのは苦手だ。おまけにその○○の選択を間違えて幻滅されたくない。何にカッコつけているのか分からないが、そんなくだらない自意識も働いて私は自分の財布ともうすぐ手に入る新しいCDに目を落としたまま、蚊の鳴くような声で「……はい」と答えるのが精一杯だった。なんと感じの悪い客だと思われたことだろう。せめて店員さんに笑いかけようと少しばかり顔を上げた瞬間、名札が目に入った。

なんと「小塚」だった。これはもう電気グルーヴどころの話じゃない。運命だ。同じ苗字の人にこんな形で出会うなんて、そうあるもんじゃない。しかし、そんなトキメキとは裏腹に私はもうお金を払い終えてしまっているし、CDは黄色い袋に詰められ私の前へと差し出されている。残念な気持ちでそれを受け取り、そそくさと店を後にした。ここで気付いてしまったのだが、私はそんな自意識のために堂々とこれが好き! と言えないのではなかろうか。誤解されたくない。センス悪いと思われたくない。この音楽は好き、でもこっちはあんまり……といったことははっきりしているのだが、それを口にすることで自分がどんな趣味の持ち主かを悟られることを恐れていたのだ。

音楽を語る前に、まずは性格を叩き直そう

今ここで文字にしてみるとなんてどうでもいいことなんだろう。「ロックが好きです! 」そうはっきりと言ってしまえばいいじゃないか! ……いや、でもロックだけを好んで聴いているわけではない。むしろロックの中でも聴くものは限られているし、フォークだってテクノだって聴くし、iPodに入れている音楽のジャンルを見てみるとオルタナティブなんていう馴染みのないジャンルに分類されているものもある。だからと言って「ジャンル問わず聴きます」と言ってしまうと、まるでこだわりがない人のようだ。それはそれで嫌だ。まさに自意識のかたまりである。

音楽のジャンル云々の話ではない。私はこの性格を直さない限り、知識があろうがなかろうが「どんな音楽が好きですか? 」という質問には答えられないだろうし、運命の小塚さんに再会したとしてもまた何もできずに立ち尽くすことだろう。音楽を語るには性格から叩き直す必要がありそうだ。

音楽の楽しさは小沢健二と中島らもが教えてくれる

著者
樋口 毅宏
出版日
2012-01-28
『さようなら小沢健二』を読んで、気になって手に取りました。バイオレンスの描写など女子には恐ろしく感じるものがありますが、作中に登場する小沢健二の「さよならなんて云えないよ」の歌がダークな世界観に彩りと光を与えてくれています。何気なく聴いていた楽曲を特別なものに変えてくれた、オザワ愛あふれる一冊。
著者
中島 らも
出版日
2014-07-15
中島らもさんの急逝により未完に終わっています。この続きが読みたいような、読みたくないような……。主人公の小歩危ルカは68歳の作家。現実にいれば偏屈なおじいさんでしょうが、気の向くまま、曲がったことも真っ直ぐに見えてしまう生き方に憧れます。ダブルネックのギターの音色を「シャリンと梨の味のような甘酸い音」と表現しているところがとても好きで、言葉の持つ魅力をたくさん教えてもらった作品です。

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