歌詞にも通じる短編集の魅力

歌詞にも通じる短編集の魅力

更新:2021.12.1

WEAVERの河邉です。4月からアルバム『Night Rainbow』を引っさげてのツアーが始まりました。全国9カ所をまわるツアーです。本を読む時間もない、と思いきや移動時間に読書を楽しむことができています。 今回は名作短編集を5冊紹介させていただきます。そもそも短編という言葉の定義も曖昧かと思いますが、とりあえずここでは、「読みやすい長さの物語が複数収録されている本」ということにしておきます。

ブックカルテ リンク
短編やショートショートと呼ばれるものは、その名の通りひとつの物語が短く、起承転結やストーリーの新鮮さがより大切になってきます。また、その短さの中で人を感動させるものを作るのは大変なことだと思います。

僕は短編集を読む時に、歌詞の構成とのちょっとした類似性を感じてしまいます。僕自身、歌詞を書く時に、頭の中にある映像や設定の詳細を、どうやって言葉で形にして人に伝わるものにするのかとても悩みます。無駄な言葉や人物は、短い物語の世界ではどうしても目立ってしまうからです。そういったことを感じことのできる短編集は、長編の物語とはまた違った魅力を持っているものだと思います。

他にも、たくさんのストーリーと出会えることや、空いた時間にキリの良いところまで読めるところなど、短編集にしかない魅力は様々です。ぜひまだ読んだことのない本があれば、手に取ってみてください。

こんな話を聞いた

著者
阿刀田 高
出版日
2007-08-28
私が短編集を好きになったきっかけの本でもある。大学生の頃に熱心に本を読んでいた時期があり、その時に出会った本の一つだ。どの物語も「こんな話を聞いた」というフレーズから始まるという、他の短編集にはない共通点があり、それが一つの本としての世界観を彩っている。そして物語の最後には必ず思いがけない結末が待っている、まさに手品のような作品である。新鮮なアイデアと、素晴らしい起承転結。この二つが組み合わさることで、最高の短編が生み出されるということに気づかせてくれるのだ。

「骨細工」という物語では、主人公がボーンアートを趣味に持つ男と出会い、その作品のいくつかを見せてもらうことになる。男の家に連れて行ってもらうのだが、2人の会話や主人公の心情が巧みに描写されており、主人公の警戒心や男との距離感がこちらまで伝わって来る。そして最後は思いがけない一言でこの物語は締めくくられる。そこはぜひ読んだ時の楽しみにとっておいていただきたい。

とにかく会話やシチュエーションにとても臨場感があり、著者である阿刀田さんの技術の高さに感動させられる。最後に近づくにつれ、BGMの音量が上がっていくかのような高揚感は、この本でしか味わえないだろう。

くたばれPTA

著者
筒井 康隆
出版日
2015-12-22
多数のSF作品を手がける鬼才、筒井康隆さんによるショートショート24編。誰もが知っているであろう映画『時をかける少女』の原作を書いた方でもある。時に皮肉で、時に気持ち悪く、時に意味不明、しかし読み終わった頃には好きになっている不思議な作品達である。

タイトルにもなっている「くたばれPTA」はSF漫画家が主婦達から「子供に悪影響だから書くのをやめろ」というようなことを言われる話である。昭和41年の作品だそうだ。女性たちと漫画家の不毛な争いは、読んでいるこちらまでフラストレーションがたまってくる。女性の愚かさをテーマにしている作品が幾つか見られ、現代ではとても書けないような表現の物語もある。

逆に「猛烈社員無頼控」はバカな男の話である。化粧品のセールスマンである海苔助は度が過ぎた男気の溢れる男で、近所の窓ガラスが割れるほどの大きな声でセールスをする。客は化粧品を買えばその大声から逃れられるということで商品を買い、海苔助の営業の成績は最初は順調であった。しかし最終的に、その大声ゆえに警察に捕まってしまうという物語である。高度経済成長時代の会社員を誇張して描いたものであると言えよう。

他にも物語のテーマは多岐に渡り、アイデアの良さだけでなく、文学としての言葉のリズムの美しさを感じさせてくれる。綺麗なだけではない、独特の味を持つ短編集だ。

短劇

著者
坂木 司
出版日
2011-02-09
坂木司さんによる、読んだ後、気づかないうちに生活に影響されてしまう短編集。上の二つの本のような言葉のトリックや上手さといったものより、アイデアや新しい価値観がそのままの形で飛んでくるような感覚を覚える本である。着飾らない表現であるが故に、その威力は強い。日常のどこかで見たことのある景色と、物語の言葉がリンクするのである。

例えば、「ビル業務」では日常見ている都会の景色に新しい価値観を与えてくれるストーリーだ。主人公がビルのトイレの壁に、人がなんとか通れるほどの隠し扉を見つける。そこを好奇心にまかせ進んでいくと、その先は異世界……などではなく、何とも奇妙な空間にたどり着く。そこで変わったコミュニティと出会うことになるのだ。深く考えてみると、どうしてこんなにたくさんのビルがあるのか、ビルの上層階など不自然なところにあるクリニックは誰が利用してるのか、などといった謎をこの物語が全て解決してくれることになるだろう。

多くの人が見落としてきた、新しい価値観に出会える一冊だ。

悪魔のいる天国

著者
星 新一
出版日
1975-07-29
星新一さんによる作品が36編収録された、読み応えのある本。作品一つ一つのプロットや言葉のトリックが素晴らしく、それぞれの作品に、なるほどと頷かされてしまう。一体どこからこんなにたくさんのアイデアがやってくるのだろうか。短い文章の中に人の愚かさや残酷さ、時には美しさまでを描き出している。『悪魔のいる天国』というこのタイトルにも、読んだ後には合点がいくだろう。また、2ページ程で一つの物語が完結するものもあるので、移り気な方にもお勧めである。

幾つか因果応報とも言える、悪いことをした人が懲らしめられる物語がある。「誘拐」では博士のもとに、子供を誘拐したという電話が犯人からかかってくる。犯人は新しいロボットの設計図を要求するが、博士はその取引の前に子供の安否を確認したいと言う。そして、そのただの安否確認にまさかの仕掛けがあったのだ。こちらもページにすると5ページにも満たないのであるが、しっかりと人を驚かせるトリックが含まれている。こうした不必要なものを省いた、磨きぬかれたストーリーとたくさん出会えるのだ。

もっとたくさんの作品を例に挙げて説明しようと思ったが、こうしたストーリーは一つを解説すると、一つの感動を読む前の人から奪い去ることになる。まだ読んだことのない方は、ぜひ手に取って星新一ワールドにのめり込んでほしい。

鍵のない夢を見る

著者
辻村 深月
出版日
2015-07-10
辻村深月さんによる、直木賞を受賞した作品。五つの珠玉の物語が詰め込まれている。数年前に書店で、タイトルに詩的な響きを感じて手に取ったことを覚えている。そして読んだ後に、これは読んで良かったと強く思えた本だ。

どの物語も主人公が女性であるという共通点があり、様々な女性の側面が描かれている。最後に収録されている「君本家の誘拐」では、子育てをしている女性が主人公である。子育ての大変さや、子供を大切に思うが故に追い詰められていた心理が、数奇な誘拐事件へと繋がっていく。けっして長くはない物語の中でも、時間の流れとその時々の心理状態の変化が細かく描写されており、それが物語に奥行きを与えている。

読み終えると、五つのどの物語にも共通して、波のように寄せては返す緊張感が流れているように感じられた。葛藤、気まずさ、後ろめたさなど、言葉にはし難い心情も上手く表現されている。女性が読むと、また自分とは違った感想を持つのかもしれない。共感するシーンや、その逆のことを思うシーンもあるだろう。男性である私にとっても、理解し難いのに共感できるという、なんとも不思議な心境に至った。

紹介した他の短編集とはまた違った、研ぎ澄まされた刃のような、リアルな存在感のある物語達である。一度読めば心に残って、また誰かに勧めたくなる一冊だ。

この記事が含まれる特集

  • 本と音楽

    バンドマンやソロ・アーティスト、民族楽器奏者や音楽雑誌編集者など音楽に関連するひとびとが、本好きのコンシェルジュとして、おすすめの本を紹介します。小説に漫画、写真集にビジネス書、自然科学書やスピリチュアル本も。幅広い本と出会えます。インタビューも。

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena
もっと見る もっと見る