大学内書店員が選ぶ~ センター試験出題で話題! ゲーム理論の本棚

更新:2021.12.13

2016年1月のセンター試験の「政治・経済」でゲーム理論が出題され、主にインターネット上で話題になりました。ゲーム理論とは「ニンテンドー3DS」や「Play Station」、「スマートフォンゲーム」などを攻略するための理論……のことでは「ありません」。数学から生まれ、経済学、国際政治、さらには生物の進化理論にまで応用されています。その一方で、日常的に起こる問題をゲーム理論で説明できることも少なくありません。今回はゲーム理論にまつわる本を紹介します。

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マンガで入門

ウィキペディアの「ゲーム理論」の項目では難解な言葉が並んでいますが、最初に紹介する本『マンガでわかるゲーム理論』(SBクリエイティブ)では、あえて簡潔に「競争相手の行動を考え、自分が一番得する方法を合理的に考えるもの」と説明されています。

本書では「デート」「プロポーズ」、「背水の陣」「度胸試しゲーム(チキンゲーム)」、「仕事をしない上司」「サービス残業」といった、身近な例を用いてゲーム理論が解説されています。また、最初に紹介した本書の定義では「競争相手」となっていましたが「協調ゲーム」「協力ゲーム」についても触れられています。

さらに、センター試験で出題された問題を解答する際に必要な考え方である「囚人のジレンマ」「支配戦略」「ナッシュ均衡」や、「同時手番ゲーム」「逐次手番ゲーム」「ミニマックス戦略」といったゲーム理論における基礎がマンガで理解できる1冊です。
著者
ポーポー・ポロダクション
出版日
2014-06-17
ゲーム理論の本は、本書の他にも新書、ビジネス書、学術書など多数刊行されており、Amazon.co.jpで「ゲーム理論」で検索すると3000件以上の本がヒットします(2016年4月時点)。ゲーム理論を全くご存知なかった方は本書から、また既に理論をご存知の方はそれぞれの知識や関心に合った本をお読みいただくとして、以下ではその成り立ちや、ビジネス書では書かれていないゲーム理論の奥深い世界を紹介したいと思います。

フォン・ノイマン

ゲーム理論には、その歴史に必ずといっていいほど登場する2人の天才がいます。

そのうちの1人、フォン・ノイマンは1903年にウィーンで生まれ、アインシュタインが1度落第したチューリッヒ連邦工科大学にストレート入学しました。しかしその後、ドイツでのナチス台頭によりアメリカへ移住し、プリンストン大学高等研究所に赴任することになります。

彼の研究活動は多岐に渡り、数学、量子力学やコンピュータ科学をはじめ、マンハッタン計画に参加し原水爆の開発にも関わりました。太平洋戦争では日本への原爆投下について京都への投下を提唱し、広島への原爆投下後はその衝撃波の計算に埋没したといいます。その後も精力的に核兵器開発に関わり、冷戦時はソ連への核攻撃を主張しました。

キューブリック監督の映画『博士の異常な愛情-私はいかにして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』(1964年)に登場するストレンジラヴ博士のモデルの一人とされるなど、マッドサイエンティストとして評価される側面もありますが、これは幼年期の共産主義からの迫害経験が、対ソ連への敵対心へとつながったという意見があります(ちなみにストレンジラヴ博士という名前は、核兵器がテーマの1つでもあるテレビゲーム『メタルギア・ソリッド』シリーズの作品『ピース・ウォーカー』でも兵器科学者として登場します)。

それらの多岐に渡る活動の傍ら、ノイマンが経済学者のモルゲンシュテルンと共同で著したのが協力ゲーム理論やn人ゲーム(参加者が3名以上のゲーム)について論じた『ゲーム理論と経済行動』でした。
しかし、本書は現在でこそゲーム理論の基礎を築いた古典として重要な位置づけがされていますが、出版当時はゲーム理論そのものへの関心・理解の低さから、評価は芳しくなかったようです。

以上のような多様なノイマンの生涯や業績について、各学問の最前線で活躍している研究者によって紹介・特集されているのが『現代思想2013年8月臨時増刊号』です。もちろんゲーム理論の理論そのものについても解説されています。濃い内容に対して1500円とお手軽な価格ですので、興味のある部分だけ読んでも十分に元がとれる1冊です
著者
J・フォン・ノイマン K・ゲーデル 西川アサキ 野崎昭弘 佐藤文隆 今野浩 高橋昌一郎 小島寛之 小澤正直 池上高志
出版日
2013-07-12

ジョン・ナッシュ

フォン・ノイマン以上にゲーム理論において登場する名前がジョン・ナッシュです。それは、現在のゲーム理論に欠かせない「ナッシュ均衡」という概念のためでもあります。彼の一生はノイマン以上に波乱に満ちたもので、『ビューティフル・マインド』という伝記がラッセル・クロウ主演で映画化されています。
著者
シルヴィア ナサー
出版日
2013-10-28
ナッシュは1928年に生まれ、「この人物は天才です」という一文のみの推薦状によって、当時ノイマンやアインシュタインのいたプリンストンの大学院へ進学します。「協力ゲーム理論」についての理論を打ち立てたノイマンに対し、ナッシュは「非協力ゲーム理論」についての均衡理論を組み立てました。この理論は映画版では「200年間信じられてきたアダム・スミスを覆す理論」と表現されています。どういうことでしょうか。

アダム・スミスが『諸国民の富(国富論)』で提唱した「見えざる手」は、大雑把に言えば「個人それぞれが自分の利益を最大化しようとすれば、社会全体としても利益が最大化する」といった意味で受け止められています(ただし同じくスミスの著書である『道徳感情論』の視点から、上記の考え方には批判が多くあります)。
一方、ナッシュは、個人が自己の利益を最大化する最適な選択や行動をしても、全体の利益が最大化するとは限らないことを数学的に証明したのです。

しかしナッシュの均衡理論はその後、数十年間、学術界に大きな影響を与えませんでした。
それは彼の理論がノイマンから不評を買っただけでなく、彼が患った統合失調症により、学問のエリートコースから外れてしまったこととも無関係ではないでしょう。

本書『ビューティフル・マインド』は、ナッシュの学術的な貢献よりも、その人間性、統合失調症との闘い、家族との関わり、そして奇跡の復活と1994年のノーベル経済学賞受賞へと至る彼の半生を描いた伝記です。文庫版で950ページもの厚みのある物語ですが、それがそのままナッシュの歩んだ数奇な人生の道のりの長さでもあります。なお、ナッシュは2015年に自動車事故により他界しています。

ゲーム理論のこれから

ナッシュ均衡は、ゲーム理論を大きく進展させました。それは最初に紹介した「競争相手の行動を考え、自分が一番得する方法を合理的に考えるもの」という枠を超えて、あらゆる方面に活躍の場を広げています。それを紹介しているのが『もっとも美しい数学 ゲーム理論』です。やや大風呂敷を広げたこの本は、ゲーム理論を通して読者をSFのような世界へ連れて行ってくれます。
著者
トム ジーグフリード
出版日
2010-09-03
たとえば生物学。本書では複数の場所でアヒルに餌を与える際に、各場所で与える餌の量に対して集まるアヒルの数がナッシュ均衡と一致することが紹介されています。また、ナッシュ均衡は複雑な関係においては多数の均衡点を持つことから、各生物がその身近な他の生物(=競争相手)との関係においてナッシュ均衡に向かった結果、多様な生物進化を遂げると考えるのが「進化ゲーム理論」です。

または確率論。ナッシュ均衡は複数ある場合や、複数の戦略を混合させるのがナッシュ均衡である場合があります。これは見方を変えれば、均衡点が確率的に分布しているのと同じです。もし私たちの世界がゲーム理論やナッシュ均衡に従っているとすれば、私たちは「たった1つの絶対の正解」や「1通りしかありえない未来」ではなく確率的な世界に生きていることになります。

そして量子力学。本書では触れられていませんが『囚人のジレンマ』というゲーム理論上の問題は量子力学を応用した量子ゲーム理論により解消できることがわかっています。この量子力学に貢献したのが、既に紹介したフォン・ノイマンです。ゲーム理論は、ノイマンから始まり、ナッシュ均衡を経て、ノイマンに戻ろうとしているのかもしれません。

もし物理学が扱う物質だけでなく、人間をはじめとする生物も「安定」や「均衡」を求めて生き、進化してきたのだとすれば、その均衡理論を追及することで、私たち生物、社会、そして世界がどのようにして未来に進んでいくのかを明らかにできるのではないか。そのような壮大な夢を見ることができる1冊です。

ゲーム理論は数学的な学問です。一方で、最初の本でも紹介したように日常レベルで「相手の行動に対して自分はどうすべきか」という問題にヒントを与えてくれるものでもあります。まずは1冊、手に取ってみてはいかがでしょうか。

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