ギュンター・グラスのおすすめ作品5選!ノーベル文学賞受賞の作家

更新:2021.11.6

ギュンター・グラスは『ブリキの太鼓』で有名な作家で、詩人や画家としても活躍しました。ノーベル文学賞受賞後、ナチスの武装親衛隊に所属していたことを告白し、物議を醸したことも。グラスという人間の全体像が掴める、おすすめ5作品を紹介します。

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忘れられた歴史の側面を描く作家、ギュンター・グラス

ギュンター・グラスは1927年、自由都市ダンツィヒ(現グダニスク、ポーランド)で生まれました。小説には、少年時代を過ごしたダンツィヒが頻繁に登場します。17歳のとき、ナチスの武装親衛隊に入隊。1945年、戦争終結時にアメリカ軍に拘束され、収容所で捕虜生活を送りました。

解放後はデュッセルドルフで彫刻家として生計を立て、1950年代に執筆を開始。

代表作は『ブリキの太鼓』で、映画化された作品は1979年にパルム・ドール賞とアカデミー外国語映画賞を受賞。1999年には、「忘れられた歴史の側面」を描く作家としてノーベル文学賞を授与されました。

ナチス政権批判を含んだ、第二次世界大戦とドイツが主な作品のテーマです。作品の多くがマジックリアリズムに位置付けられ、「信頼できない語り手」と現実的な自伝的要素の混在や、異様な出来事やアイロニーを生む出来事、社会批判を呼ぶような出来事などから構成されています。

寓意と象徴に溢れた、ギュンター・グラスの代表作

精神病院に閉じ込められたオスカル・マツェラートが、自身に語りかけるように、物語は展開していきます。1924年、オスカルは「精神の発育が既に完成した状態」で自由都市ダンツィヒに生まれました。

父親から「オスカルは家業を継いで食料雑貨店になる」という言葉を聞いたとき、オスカルは3歳で成長するのを止めることにしました。「3歳になったらブリキの太鼓を買ってくれる」という約束があったからです。太鼓を手に入れたオスカルは転落事故を装い、それが原因で成長が止まった、と周囲へ思い込ませることに成功したのでした。

オスカルはブリキの太鼓とともに、大声を上げるとガラスでさえも破壊できる能力を手に入れ、次々と問題を起こしていきます。

著者
ギュンター・グラス
出版日
1978-09-01

1959年に発表されたギュンター・グラスの処女作。この作品は、その後『猫と鼠』『犬の年』へと続く「ダンツィヒ三部作」の最初の作品とされています。

主人公のオスカルが「信頼できない語り手」として描かれている本作。彼が正気なのか狂気に陥っているのかは、決して明らかにされないからです。彼は一人称で語りますが、同じ文章の中で三人称へと変化することもあります。

この小説は、本質的には政治色の強い小説ですが、政治小説の枠組みを越え、寓話的、神話的要素を備えたいわゆる「マジックリアリズム」の手法で描かれた作品とされています。

作品発表時には、冒涜的なポルノ作品だという読者もいましたが、やがてドイツだけでなく世界中で、戦後文学の古典とまで認識されるようになります。

ギュンター・グラスの画家としての一面を垣間見れる1冊

この作品は、絵と詩が対となった水彩画・詩集で、ノーベル賞受賞の2年前に出版されました。これまでグラスが作成していた荒々しい銅版画とは異なり、全体的に柔らかい印象を受けます。

詩は抽象的で飛躍している部分が多いのですが、本文全体のあとに訳者が注をつけてくれているので、照らし合わしながら読むと理解しやすくなっています。

著者
ギュンター グラス
出版日

水彩画と詩からなるこの作品をグラス自身は「水彩詩」と呼んでいます。

少年時代には画家になることを夢見ていましたグラス。小説家になる前は、デュッセルドルフ芸術アカデミーで学び、ベルリンでは彫刻家カール・ハルトゥングに師事したこともあります。

詩も書いていて、家族が冗談半分で放送局のコンクールに応募し、入選したことがあるそうです。それがきっかけとなり、文学者を志すようになったといいます。グラスにとって、絵や詩は小説よりも好きなジャンルでした。

この作品では、グラスの詩人として、また水彩画家としての一面を見ることができます。

世界が驚愕したナチス関与の告白

『玉ねぎの皮をむきながら』はギュンター・グラスの自伝的作品。個人史や世界史、創作活動のエピソードなどが巧みに織り込まれながら、物語は進みます。

この作品の中で、グラスは武装親衛隊(ナチスの軍事組織)との関与を告白。十代のとき、彼は軍事任務として武装親衛隊となったことを認めたのでした。ナチス青年運動における、自身の強烈な経験を描いています。

また、ナチス関与という罪悪感、羞恥心によって絶え間なく苦しんできたことを明かしています。

著者
ギュンター グラス
出版日
2008-05-14

2006年8月、この作品の中で、グラスが十代のときナチス武装親衛隊だったということを明らかにしたとき、文学界では様々な意見が飛び交いました。

ニュースの反応は早く、1999年のノーベル賞授与を返還する声も挙がったほどでした。一方、グラスの支持者たちは、罪悪感を抱えながら過ごした日々によって償いはされた、と擁護しています。

グラスの若き時代の日々。そこには、宗教への一時的な関心、多くの女性への淫らな飢え、芸術に夢中になる欲求、そして、書くことへの欲求がありました。

グラスが生まれてから『ブリキの太鼓』が出版されるまでの自叙伝のような一冊です。

他作品の登場人物たちも顔を出すカオスなディストピア小説

物語の舞台は1984年。この年はねずみ年でした。語り手の夢の中で、核戦争による人類滅亡後の世界を「女ねずみ」が語ります。

語り手は、『ブリキの太鼓』の主人公であるオスカルに死にかけた森と酸性雨についての無声映画の制作を依頼します。オスカルは今やビデオ制作会社の社長となっていたのでした。

一方、汚染が進むバルト海へ、"くらげ"の調査へ出かけた5人の女たちは、知らず知らずのうちに"ひらめ"によって沈んだ伝説の都市へと導かれていき……。

『女ねずみ』は、様々な引用や複雑な枠物語の構造で語られるポリフォニー小説の怪作です。

著者
ギュンター・グラス
出版日

多くの語りの要素から構成されたプロットです。寓話や旅行記、シュール世界の間を、物語は行き来します。映画的視点も用いられ、『ひらめ』や『ブリキの太鼓』などの小説からも、エピソードが取り入れられています。さらに、ヴィルヘルム・グストロフ号の沈没など『蟹の横歩き』に先んじるエピソードも用いられました。

グラスは、この小説をレッシングの『人類の教育』に対する逆像として思いついたと述べています。

ギュンター・グラスが求めた文学の可能性を示す一作

ある老カップルは、故郷ダンツィヒにポーランドで生まれたドイツ人のための墓地を作るという事業を思い付きます。

やがて、事業は必要以上に拡大し、当初の理念であった「宥和」の色合いは薄れて、どんどん企業としての利益を追求しはじめることに。事業は「改葬」にまで手を広げるに及び、老カップルは脱会を余儀なくされ……。

主人公の美術史教授が送った資料をもとに、旧友である「私」が想像力をもって編集、補足して語るという構造で物語は進みます。

著者
ギュンター・グラス
出版日

戦後ナチスとの過去の関わりで文学表現を試みてきたグラスでしたが、80年代になると人類全体にかかわる危機意識を抱き始めます。冷戦の終結とドイツ統一を迎え、民族紛争や外国人排斥、環境破壊や南北問題など、従来の境界を越えていく問題を前に、文学の存在意義とはなにかという問題が重要になってきたのでした。

「人間の頭越しに」進む時代のあり方に対して即時に抵抗しなくてはならない、というのがグラスの歴史的帰結です。そこでは、従来の物語形式でもなく、ジャーナリスティックな記述でもなく、記録と物語の双方からのアプローチが必要とされます。歴史的にはドイツ統一から、物語においては事業から、失われてしまったものを描くのがこの小説の目的でした。

この小説で、グラスは決して語りえない言語的、歴史的な空白の周縁を、その雄弁さで浮き彫りにしようとしています。

日本では認知度が低いかもしれませんが、作品は底抜けに面白いです。ジョン・アーヴィングやスティーヴン・ミルハウザーが好きな方におすすめです。

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