堀晃のおすすめ文庫作品5選!日本で貴重なハードSF作家

更新:2021.11.7

最新の科学理論を駆使し、想像力あふれるスリリングな作品を描き続けてきたハードSF作家・堀晃のおすすめ作品を紹介します。日本のSFなんて、と侮るなかれ。グレッグ・イーガンやアーサー・C・クラークが好きな方も、その重量感ある読み応えにビックリするでしょう。

ブックカルテ リンク

SF作家、堀晃とは

1944年に兵庫県で生まれた堀晃(ほり あきら)は、高校時代に筒井康隆が主宰する同人誌「NULL」に作品を寄稿したり、自らSF同人誌を発行したりするなど、早くからSF作家としての活動をはじめました。

大阪大学基礎工学部卒業後は、紡績会社でエンジニアとして勤めながら同人誌への寄稿を続け、1970年に短編「イカルスの翼」が『SFマガジン』に掲載され商業誌デビューを果たします。

1981年には短編集『太陽風交点』でSF大賞を受賞。最先端の科学理論を駆使したイマジネーションあふれる作風は、小松左京をはじめとする先輩SF作家にも大きな驚きを与えました。

その後も、破格のスケールをもつ謎の存在を描いた長編『バビロニア・ウェーブ』で星雲賞を受賞するなど、寡作な作家ながら、日本を代表するハードSFの書き手として活躍を続けています。 

堀晃が描く、未知の惑星を舞台にしたサバイバルSF

1981年にSF大賞に輝いた本作品集には、作者の記念すべき商業誌デビュー作「イカルスの翼」が収められています。

テクノロジーが高度に発達し、電子頭脳を備えた「情報省」と呼ばれる組織と、少数のエリート「情報管理官」たちが支配する地球。しかし一方で、テクノロジーによる支配に異を唱え、過激な行動を起こす人々もいました。 

そしてその一員であった主人公の「私」は、果敢に「情報省」の爆破を企てるも失敗し、処刑として小惑星イカルスに置き去りにされてしまったのです。
 

著者
堀 晃
出版日

一見、テクノロジーVS人間というSFではオーソドックスな構成のように思えますが、その解決方法に作者のユニークさがあらわれています。

岩肌に覆われたその星で、「私」の一番の敵は「暑さ」でした。水星よりも太陽に近づく軌道をもつイカルスは日を追うごとに暑さを増し、30日後には地表が灼熱地獄と化してしまうのです。 

「私」は精神力で暑さを追い払おうとしたり、力まかせに岩を掘ってその穴に逃れようとしたりと奮闘を続けました。その姿はまるで、自らを信じ、蝋で固めた翼だけで太陽に向かっていったギリシア神話のイカルスを思わせます。 

しかし彼は、イカルスのように太陽の熱にやられて死んでしまうわけにはいきません。この処刑による死は、テクノロジーに対する人間の完全な敗北を意味するからです。では彼は一体どのような方法で生き延びようとするのでしょうか。 

 

SF的想像力でギリシア神話を書き換える堀晃の大胆な試みを、ぜひご覧ください。

情報管理社会の末路を描く短編を収めた、堀晃の作品集

「イカルスの翼」で主人公の敵として登場した情報省。本短編集の表題作「恐怖省」には、さらにその支配が進んだ世界が描かれています。

情報管理社会が完全に実現した情報省には、もはや人間の姿はありません。すべての役割を担うのは人工知能でした。そしてその手先として新たに誕生したのが、脳に超小型コンピュータを埋め込まれた人間「情報サイボーグ」たちです。 

情報省のためにひたすら情報を集めつつも、同時に情報省がもつ膨大な情報へのアクセス権をもつサイボーグたちは、社会の特権階級と言っていい存在でした。しかし突然、情報省は彼らに、再手術して普通の人間に戻るよう指令をくだしたのです……。

著者
堀 晃
出版日

「情報省が決定した将来のヴィジョンが人間の求めるそれと相容れなくなったのではないでしょうか。それで情報省はわれわれを恐れはじめているのだと思います。」(『恐怖省』より引用) 

人間の手を離れ、自らのヴィジョンに向かって動きはじめた情報省。しかしこの作品は、その恐ろしさ以上に、情報から切り離されてしまった人間の不安を感じさせる作品です。 

情報サイボーグの1人、主人公の関は、暴走する情報省を停止させようと企てる一方で、情報とのつながりを失った自分たちに社会を望む方向に動かす力があるのか疑問を感じはじめるのです。 

本書は1982年に刊行されましたが、1人1台当たり前のように情報端末を手にし、AI(人工知能)の社会への影響が喧しく論議される今こそ読むべき作品であると言えます。 
 

人知を越えた謎の存在をめぐる宇宙ミステリー

太陽系から3光日の距離に壁のように静かに存在する、直径1200万キロ、全長5380光年のレーザー光線の束、バビロニア・ウェーブ。

発見以来、太陽発電を超える膨大なエネルギー源として地球に恩恵をもたらしつつも、その起源や成因についてはまったく謎に包まれたままでした。

果たしてバビロニア・ウェーブはいかにして生まれ、何のためにそこに存在しているのでしょうか?堀晃唯一の長編である本作は、その設定、内容ともにまぎれもないハードSFでありながら、この謎の存在をめぐるミステリーの趣きをもった作品となっています。

著者
堀 晃
出版日
2007-02-21

主人公は宇宙基地間を定期航行する連絡船(シャトル)航行士のマキタ。彼はバビロニア・ウェーブ近傍にあるダムキナ基地へ向かう途中に連絡を受け、ある人物を同乗させることになります。なんとその人物は、バビロニア・ウェーブの発見者である宇宙物理学者、ランドール教授でした。

一航行士にすぎなかったマキタは、教授との出会いにより、人類が極秘裏に進めていたあるプロジェクトに巻き込まれていくことになります。そのプロジェクト名は「ダムキナ計画」。バビロニア・ウェーブの底知れぬ力を利用して、太陽系外への進出を目指す試みでした。

しかし、そのプロジェクトは思うように進みません。おまけにバビロニア・ウェーブの謎は深まるばかり……。

光のため肉眼では感知できないものの、人知を越えたスケールでつねに登場人物たちの前に立ちはだかるバビロニア・ウェーブ。その圧倒的な存在感は、読後もしばらく頭を離れないでしょう。

クローン脳は婚約者の夢を見るか?

「オリビアに会いに行ってほしい」。主人公の「私」は、本部からの指令に絶句します。オリビアは「私」の婚約者でしたが、太陽物理学者だった彼女は、10年前に太陽表面を観測中に太陽のフレア(爆発現象)に遭い死んだはずでした。

しかし、彼女は生きていたのです。5光年の彼方、ヘルクレス110番星の無人基地に、彼女の細胞からつくりあげたクローン脳「オリビア2号」として……。 
 

著者
堀 晃
出版日
2007-09-22

本書は堀晃の作品から、惑星の遺跡を調査する「宇宙遺跡調査員」を主人公とする連作をまとめた短編集です。なかでも「太陽風光点」は、作者の作品中、最もロマンティックなストーリーを描いた作品と言えるでしょう。

その最初のハイライトが、2人の出会いのシーンです。 

オリビアの太陽物理学者としての機能のみコピーされた彼女は、「私」の過去など知りません。さらに有機脳の彼女に姿かたちはなく、制御盤を通して聞こえる人工の「声」でしか、その存在を感じることができません。 

それでもその口調にオリビアの面影を感じとった「私」は、思わず口にせずにはいられませんでした。 

「オリビアは私の妻になるはずの女だった」(『遺跡の声』「太陽風交点」より引用)

オリビア2号は、「私」の想いをどのように受け取るのでしょうか……。

直径8万キロの頭脳を持つ男を描いた、堀晃のSF小説

こちらはもうひとつの連作「情報サイボーグ」シリーズを集大成した一冊。表題作「地球環」は、直径8万キロの脳を持つ男を主人公にした奇想天外でユーモラスな作品です。

情報省の下級所員である鳥井は、上層部のエリートに呼ばれ、ある計画を打ち明けられます。それは「雑音計画」という、エントロピーを操作して宇宙の雑音からイメージや情報を引き出し、人類の役に立つ新理論を引き出そうとする試みでした。 

その雑音を読み取るためのコンピュータに、鳥井の細胞から増殖させたクローン脳が必要だったのです。 
 

著者
堀 晃
出版日

実は、このもっともらしく語られる「雑音から必要な情報を抽出する」というアイデアは、まったく科学的根拠がありません。なにしろ、作品の後半で、あっさりと次のように明かされてしまうのです。

「雑音から画期的な新理論を引き出すのは所詮無理な話だ。」(『地球環』より引用) 

しかし、かねてから情報省の重大な任務に関与したいと思っていた鳥井は、疑うことなく協力を申し出てしまいます。 

そのクローン脳の活用の仕方もまた奇想天外としか言えません。雑音からあらゆるイメージを抽出すべく、聴覚、味覚、嗅覚など五感に対応する有機脳に分けられ、地球を環のように取り囲む5つの有機脳衛星として設置されたのです。 

宇宙空間に浮かぶ、直径8万キロにおよぶ鳥井のクローン脳の環。情報省の大掛かりな計画の目的は一体何なのでしょうか……? 

いかがでしたか?今までハードSFに縁がなかった方も、少しでも興味をもってもらえたらうれしいです。

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena
もっと見る もっと見る