がんじがらめになった心の呪いを解く本

更新:2021.12.3

誰だって、自分がどう見られているかは気になるもの。あなたは他人の評価を気にする方ですか? 

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誰だって、自分がどう見られているかは気になるもの。あなたは他人の評価を気にする方ですか? 悪い評価を引き受けすぎて、「もっと〇〇な人間にならなきゃ」「本当の私はこんなものじゃないのに」と苦しんでいませんか? 「自分は馬鹿にされている」「傷つけられた」という被害者意識から逃れられず、周りを仮想敵に仕立て上げていませんか?

かく言う私もそうでした。人から「文月さんの話す言葉には、闘いの語彙が多い」と時折言われることがあります。詩人の方とのトークイベントで、「徹底抗戦」「啖呵を切って」とか「軽くジャブを入れる……」などと口にしていたら、「格闘技でも観たの?」と突っ込まれてしまったのです(そりゃそうだ)。

私は他人の評価を気にするあまり、仮想敵を作って、一人でリングに立って、ボコボコにされていたのかも、と思い至りました。今回は、そんながんじがらめになった心を解きほぐしてくれる本を紹介します。

「憎しみ」を振り切って新しい場所へ踏み出すために

著者
豊島 ミホ
出版日
2015-05-21

2009年まで小説を発表し、現在はフリーライターとして活動中の著者が中高生に向けて綴った一冊。

保健室登校を余儀なくされた自身の高校時代から、作家デビュー、作家休業宣言のその後を、他者への「憎しみ」に焦点を当てて綴っている。内容が内容だけに手が伸びにくそうだが、ネガティブな過去を抱え込んでしまう人にとって、反面教師になる一冊である。

著者は、高校時代にスクールカースト上位者から受けた辱めを、大人になっても引きずり続ける。復讐に生きた過去を持つ著者だからこそ、〈「自分ルール」で生きていくしかない!〉〈自分を傷つける人が持っている価値基準、「相手ルール」を採用したら、最後です〉という言葉は重い。

著者は「憎しみ」を肯定する。〈別に「死ね!」って思ったっていいじゃん、思うだけならいいじゃん〉。確かに、自分の中の負の感情を認めることは大切だ。でも「憎しみ」は執着になりうる。嫌なものへの執着はいつか断ち切らなくてはならない。

〈君の幸せだけが、君に起きたいろんなことに対する復讐なんだ〉。著者は、よしもとばななの小説『彼女について』に書かれたこの一節に出会い、変化のきっかけをつかむ。「相手ルール」の枠内で闘うことを止め、自身にとって価値ある場所に気づいていくのだ。

「自分らしさ」の鎖から解き放たれるために必読の一冊

著者
牧村 朝子
出版日
2013-11-26

本書は、カテゴライズの息苦しさから解かれて、真に他者を理解するための一冊。2013年に星海社新書で刊行され、大幅加筆した電子版が今年刊行された。

「レズビアン」を自称する著者は、2013年にフランス人女性と結婚。LGBTの基礎知識を易しく解説する一方、自身の過去を振り返り、他者を理解するために「なぜ?」と果敢に問いかける。

実感のこもった言葉が深く刺さる。〈カミングアウトを済ませなければならなかった相手は、他でもない自分自身でした〉、〈人と同じになりたい、と思わないことです。人と違う個性的な自分でいたい、とも思わず、自分の好きなものやしたいことを素直に選ぶことです〉。

この言葉に触れ、属性や肩書きに選択を縛られる必要はないのだ、と私は胸をなでおろした。「自分らしさってどこにあるの?」と思い悩む少年少女たち、大人たちは、是非開いてみてほしい。

「異性が恋愛対象だが、今後もし同性と恋愛関係が始まっても抵抗はない」という感覚を示す〈ヘテロフレキシブル〉という言葉に、私は本書で初めて出会った。とても感覚的で、けれど余った部分をしっかり埋めてくれた感じがして、その自由さに心惹かれた。

他の誰でもない、「ぼくがぼくのまま」を生きるという宣言

著者
少年アヤ
出版日
2016-12-19

三冊目は平成生まれの著者による私小説。その文章の熱量と、自身を客観視するまなざしがデビュー作から魅力を放っていた少年アヤ。かつて「おかま」を自称していた彼が、その記号を脱して、新たに送り出す物語である。

祖父の死をきっかけに、新宿で一人暮らしを始めた主人公。彼の心を呪縛するのは、母への罪悪感だ。既存の男らしさに欠けている自分、親戚中から〈笑い者〉の自分、自由を求めて母の腕の中から逃げ出してしまった自分。

そんな彼の心強い味方が、勤め先のギャラリーのオーナー〈ひなぎくさん〉と、その恋人である〈とさかさん〉。

二人に助けられ、美大時代の同級生〈ゆずこ〉との電話、いとこの〈みかげ〉との再会を経ながら、主人公は祖父や母にまつわる過去と対峙する。その筆致は、目を背けたくなるような残酷さと、幻想的な美しさを併せ持つ。

主人公が欲していたのは〈ぼくがぼくのままで、ありのままでいてもいいという確信〉。彼は〈ひとの嘲笑や母の視線にばかり気を取られ〉、〈自分からそれを手放した〉ことを悟る。これからは「母のため」ではなく、自分のための人生を生きていくのだろう、と震える彼の背中を見守った。

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他人の評価を得ようとすること自体は悪いことじゃない。

けれど「本当の価値を決めるのは自分だ。私の在り方は私が決める」と開き直ってみたとき、世界の見え方は驚くほど広やかなものに変わる。たとえ一度他者の評価の中に取り込まれてしまったとしても、その評価の外から自分を捉え直してみたい。   

かたくなな心を解きほぐしてくれる書物たち。私は物語との出会いを通じて、自分の足で歩く自由を知っていきたい。 

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