鈴木いづみのすゝめ【ハナエ】

鈴木いづみという女をご存知だろうか。

1949年に静岡県に生まれ育ち、キーパンチャーとして市役所に勤務する傍ら執筆活動を開始し同人誌などに参加する。20歳の時に小説現代新人賞を受賞したのを機に退職し、上京。ホステスやヌードモデル、ポルノ女優を経て第30回文學界新人賞候補となり、以後作家として活動する。

1973年にフリージャズのアルトサックスプレーヤー、阿部薫と結婚。一女をもうける。1978年に阿部はブロバリン98錠を服用し29歳で急死。その後SF雑誌を中心に執筆活動を続けるものの、健康を損ね生活保護を受けるようになる。1986年、娘の目の前でストッキングを使い首吊り自殺。36歳の若さでこの世を去った。

彼女の人生をざっと追ったこの268文字。ツイートにしてみればたった2つのつぶやきでその人生の壮絶さを語ることが出来てしまう。

けばけばしいアイシャドウ、重たい付け睫毛、不機嫌そうな唇、惜しげも無く露わにされた裸の胸……退廃という言葉をそのまま女にしたような彼女の著書から、今回は2冊をご紹介する。

ハートに火をつけて!だれが消す

著者
鈴木 いづみ
出版日
1996-09-01

著者である鈴木いづみ自身の人生を綴った自伝的長編小説。音楽と酒と薬物と愛と狂気に満ちた激動の日々を、それとは裏腹に冷めた視点で綴った作品だ。

前半は、彼女がジュン(ミュージシャン。モデルは阿部薫)と出逢うまでの自堕落で派手な生活。夜毎音楽に溺れ、一晩限りの男の子と過ごし、そうでなければ薬をやる。

今夜、たのしいといいんだけど。とりあえず今夜だけでも。

彼女を動かすのは、刹那的な感情の波だけだ。

そしてジュンに出逢い、ふたりは崩れ落ちるように結婚する。可笑しな表現だとは思うが、本当に、あっけなく崩れ落ちるようにふたりは結ばれるのだ。そうしてはじまった結婚生活は悲惨なものだった。病的なまでに彼女に執着するジュンのDVや幻覚に苦しめられるが、間も無く彼は他界。気付いた時、すでに彼女は静かに絶望の淵に立っている。

堕ちるしかなかった。壊れるしかなかった。笑うしかなかった。愛するしかなかった。生きるしかなかった。死ぬしかなかった。鈴木いづみには極値しかない。中間が、まるでないのだ。

だって、きっと、おんなじ夜がつづくんだから。きょうはきのうのつづき。あしたはきょうのつづき。朝がきて、夜がきて、朝がきて。たぶん、また夜がきて、細部はちがうかもしれないけど。だいたいは、みんな似たりよったり。先週の木曜日もきょうも、だるいってことに変わりはない。とにかく、かったるくて。それでも踊りつづけなければならないことはおなじで。曲が多少かわるだけで。

彼女が記す言葉の底には、諦念と絶望がこびりついている。だからこそ、哀しく力強い。

いづみ語録

著者
["鈴木 あづさ", "文遊社編集部", "荒木 経惟"]
出版日
2001-01-01

鈴木いづみの著書やエッセイの中から抜粋された、いづみ語録。この本を読めば彼女がどんな女かが分かる。

“娼婦になれなかったら、母親になるしかないじゃないか。”(「愛」より)
“郷愁とは、でっちあげである。”(「郷愁」より)
“あたしの日常は、軽薄そのものだ。いかにも嘘だらけで、じゅうぶんに幸福だった。だって悲しいことしかないとわかったら、笑うしかないじゃない。”(「軽薄」より)
 “自由とか主体性とかいうものは、なまやさしいものではないのだ。”(「自由」より)

どの言葉も、哀しいまでの説得力に満ちている。

作品の後編には、鈴木いづみの自殺の第一目撃者となってしまった娘・鈴木あずさと町田康の対談も収録されている。鈴木あずさは母親の自殺を目の当たりにしたときを振り返り、「ああ、子供の頃、私の目の前で人が死んだな」というくらいの感覚だと語る。実の娘にとっても鈴木いづみはそれほど現実味がなくファンタジックな存在だったのだ。鈴木あずさは、母親が死んだそのあとに写真を撮ろうと思ったと言う。もちろん母親の死はショックだったが、鈴木いづみという存在を記念として残そうとしたと言うのだ。生きざまが鮮烈ならば、死にも鮮烈であったということなのだろうか。

道理も道徳もあったもんじゃない、決してお手本にしてはいけないような劇的でドラスティックな生涯。そんな彼女の生きざまに、わたしはどうしても憧れを抱いてしまうのだ。

鈴木いづみは、夫の阿部薫によって足の小指を切断されている。行き過ぎた愛ゆえなのか、独占欲ゆえなのか、それとも彼がただ正気を失ってしまったからなのか。それが常軌を逸した行動だとは分かっていても、わたしにはどうしても美しいことのように思えてしまう。お互いにとってお互いしか選べない、そうでなければ生きていたって意味がない、そんな共依存的で破滅的な愛に憧れてしまう。しかし相手の足の小指を切り落としてまで自分のものにしたいほど愛する人に出逢えたら、それこそ絶望だ。

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