小池真理子のおすすめ短編集5選【恋愛からホラーまで】

更新:2021.12.12

小池真理子は日本推理作家協会賞、直木賞、島清恋愛文学賞など、数多くの賞を受賞していることからもわかる通り、ミステリーからホラーや恋愛小説に至るまで、各ジャンルそれぞれに根を下ろした作品で読者を魅了する作風の広い作家です。 短編の名手としても知られている作家ですので、今回は短編集に焦点を当てて、おすすめの作品をご紹介いたします。

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小池真理子が描く日常に潜む狂気と殺意のサイコスリラー『双面の天使』

4作品が集められている短編集です。今回は最後に収められている表題作の「双面の天使」をご紹介します。

美しい幼い兄弟である潤と茜のもとに、後妻としてやってきた和歌子。和歌子に対して芽生えた二人の嫌悪感は、子供ゆえの単純さ、純粋さ、残酷さで、利己主義な和歌子を窮地に追いやっていきます。和歌子の元恋人の存在も絡んで、事態は子供たちの思惑通りに進んで行くのですが……。

最後に一捻りあることで、ゲームのように楽しんでいる子供たちの残酷さが際立っています。
 

著者
小池 真理子
出版日
1989-07-20


その他の作品も、日常の中でほんのわずかに生じたずれのために、潜んでいた殺意や狂気が表面にあらわれてくるサイコスリラーとなっており、その鮮やかな結末には誰もが驚いてしまうのではないでしょうか。

女性の怖さから始まるサスペンス『あなたに捧げる犯罪』

日本推理作家協受賞作品である「妻の女友達」を含む6話が収められています。そのいずれもが、悪意が潜む日常の恐怖が描かれたサスペンスです。最初にご紹介した「双面の天使」との大きな違いは、この作品は女性の持つ怖さに焦点を当てているということです。

ここでは第一話「菩薩のような女」をご紹介します。病院長である父親は頑固で気難しいところがありましたが、後妻が運転する車で事故にあってからは、それが更にひどくなっていったのです。自分を奴隷のように使う夫に献身的な若い後妻の愛子と、二人の娘、未だ独身の父の妹は女同士うまくやっていました。そんな中、家に火事が起こり、一人残されていた父親が焼死してしまい、よくある事故として処理されたのですが……。
 

著者
小池 真理子
出版日
2014-02-13


他5作品を通して、女性が持っている怖さを女性ならではの視点で描かれていますが、短い作品でテンポよく書かれているため、不快感がなく、勧善懲悪的なすっきりとした気分が味わえます。

アートとしての掌篇小説集『午後のロマネスク』

あとがきで作家本人が書いておられる通り、”掌にのってしまうほど、ささやかな短い小説集=掌篇小説集”として、17作品が集められています。短いものでは2頁程で終わってしまうほどの話ですが、その短さに反して、じわりと長い余韻を楽しめる作品ばかりです。また、一話ずつ版画が飾られており、装丁も美しい本ですので、是非ハードカバーで本の重みを感じながら読んでいただきたい一冊です。
 

著者
小池 真理子
出版日


その中の一話をご紹介します。最終話「声」。ふた目と見られないほど醜い女は、球を転がすように美しい声を持っていました。その声に魅かれた男は、女を電燈もない屋根裏に閉じこめていました。女を目の前にしながら、その顔を見なくてもすむように、その声だけを心ゆくまで聞いていられるようにするために、男は自分自身の目を見えなくさせることを決心したのです。

谷崎潤一郎の『春琴抄』を思い出す方も多いのではないでしょうか。自ら失明させるという発想は同じですが、二人を待ち受ける結末は、春琴抄とは大きく違います。二人を待ち受けるのは幸せか、それとも絶望か。結末を楽しみにお読みください。

なお、短編集ではありませんが、『イノセント』という作品も、ハナブサ・リュウの写真と相まって、退廃的な雰囲気を味わえるアート作品ですので、そちらもお薦めです。

美しい幻想恋愛小説『一角獣』

8編からなる掌篇小説集です。この作品も一話ずつに一つの版画が飾れており、こちらもハードカバーで読んでいただきたい作品です。大きな違いは、本作品はすべて大人の恋愛小説であるということです。
 

著者
小池 真理子
出版日
2003-05-22


ここでは第三話の「石榴の木の下」をご紹介します。初夏の宵に老妻が、老妻が可愛がっていた白い猫と事故で死んでしまいます。偏屈な男は葬式で涙を見せることもありません。しかし、老妻が生前に言っていた希望通りに、猫を庭の石榴の木の下に埋めてやったのです。これで老妻が思い残すことはないだろうと。それから十日ほどたち、縁側で酒を飲みながら石榴の木を眺めていると、そこに白い猫を抱いた幸せそうな老妻の姿がぼんやりと見えたのです。その日から、毎晩男は縁側で老妻を待つようになるのですが……。

淡々と描かれるがゆえに引き立つ、愛の深さや強さ、生のはかなさに加え、普段なら怖いと思える闇がむしろ暖かくさえ感じるような、そんな静かで濃密な大人の愛をテーマにした珠玉の短編集です。

短編の名手小池真理子による外れのない幻想ホラー短編集『薔薇船』

表題作を含む6作品が収められています。ここでは第二話「ロマンス」をご紹介します。恋人と来るはずだったモーツァルトのコンサートで、卓也はある初老の紳士と出会います。その紳士は、卓也が理想として描く大人の男性像そのものでした。モーツァルトを通して、卓也はその紳士に惹かれていきます。そしてモーツァルトが生涯で最も愛した女性アロイジアに似ているという紳士の妻にも興味を持つようになります。ある日、卓也は紳士に誘われて自宅を訪ねることになるのですが……。

最後に見せる卓也の涙と紳士の幸福な表情の対比も相まって、卓也から紳士へ、紳士から妻へ、妻から紳士への広義での愛がねじれていく様は、悲しくも美しい光景が最後に広がります。
 

著者
小池 真理子
出版日


他5作品のどれもがごく普通の日常生活から話が始まっており、読者はいつの間にか幻想的な世界にいることに気が付くことになります。どうぞ誘われるままに、美しさ、恐怖、悲しさ、愛しさに彩られた幻想世界をお楽しみください。

短編集ならではの魅力が詰まっていて、何度でも読み返したくなる作品ばかりです。短い時間で読めるものばかりですので、サイコミステリーや幻想的な大人の愛など、その時々の気持ちに合わせて選び、お楽しみください。

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