サバイバるおとこはいいおとこ、に見える。【山本裕子】

サバイバるおとこはいいおとこ、に見える。【山本裕子】

更新:2021.11.28

いまそこにあるものだけでやっつけられるひと、は、なんせかっこよい。それってつまり、応用力。柔軟な思考と、幅広い知識のたまものだ。「焼き肉のタレ」を焼き肉以外でも使えるひとだ。「中華ドレッシング」をサラダ以外でも以下略。

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さみーさみー、この冬はめちゃくちゃさみーな、つって家こもって、ぼううううっとテレビでピョンチャン眺めてる間に、はや3月なかば、パラリンピックも終わりますね。春の日差しが感じられるようになると、やっとパジャマから着替えて外出ようかという気にもなります。冬眠を終えて穴から出たクマって、こんな心持ちかしらん。

そして出たと言えばああた! やっと! とうとう、ついに! 出ましたわね、原尞の新刊『それまでの明日』。いやっほい!14年ぶり、て、ちょっといくらなんでも。オリンピック夏冬あわせて、8回はさんでるからね。

アテネ→トリノ→北京→バンクーバー→ロンドン→ソチ→リオデジャネイロ→そしてピョンチャン。どうですか。感動をありがとう。

もう、新作は書かれないのかと、二度と探偵・沢崎には会えないのかと、半ば諦めていただけに、このニュースに欣喜雀躍、脳内はお祭りです。

それでは早速『それまでの明日』をご紹介~~。

の流れと見せて、いやいやいや、そんな、MOTTAINAI。

14年待った本を、さっさと読んじゃって紹介なんて、そんなご勿体ないことができましょうか。スルメを噛みしめるがごとく、じわじわちみちみ味わいたい。できれば8年くらいかけて読みたい。たぶん途中で何読んでんだかわかんなくなるだろな。

さて、今回はまったく別の作品をご紹介です。

つかぬことをお尋ねしますが、あなたは、○○のタレ、を活用できるひとですか。

ひとり暮らしを始めた頃、ただでさえ小さい冷蔵庫が、○○のタレ系に占領され、もはや肝心の食材が入らないという、本末転倒な無政府状態に陥ったことがあります。

「頼む、せめて豆腐ぐらい、冷やさせてくれ!」

ムリムリ。だって、冷蔵庫はもう満員。

先日の焼き肉で使った「焼き肉のタレ」や、その前に使った「ギョウザのタレ」や、さらにその前に使った「照り焼きのタレ」に「すき焼きのタレ」に「バンバンジーのタレ」。サラダ用のフレンチドレッシングも場所とってるし、その日の気分に合わせてチョレギ用ドレッシングもご準備、ゴマドレ、和風ドレッシングあたりは当然常備だし、チューブのわさびに生姜におろしにんにく、マスタード、粒マスタード、ウスターソースに中濃ソース、お好みソースはおたふくで、魚醤にスイートチリにアンチョビペースト、ここへマヨ、ケチャップ、醤油にめんつゆ、みそ各種といった常任理事国を加えたら、そりゃもう豆腐なんて入る余地ないでしょうよ。

こんな冷蔵庫、中身もろとも投げ捨ててしまいたい。

あの日感じた己の無力感。わたしは、焼き肉のタレを、焼き肉でしか使えない。なんと使えない人間か……!

あれから四半世紀、さすがにもうちょっと知恵ついてうまいことやれるようになってきましたが、それでも迂闊に○○のタレに手を伸ばせません。スーパーの調味料コーナーで、必要以上にタレの原材料名を凝視だ。

そういう○○のタレ、をね、○○以外で使い切ってしまう能力を持ったひとっているでしょう。あるいは、基本の調味料のみでたいていの味のバリエーションを作り出せるひと。

それってもう、天賦の才。まじリスペクト。

そして料理に限らず、何の分野においても、そういう応用力を持ったひとを、心から尊敬しているのです。

たとえば、このひと。

MASTERキートン

著者
浦沢 直樹 勝鹿 北星 長崎 尚志
出版日
2011-08-30

日本人の父と英国人の母をもつ平賀=キートン・太一は、胡桃沢大学で考古学の講師をしながら、保険のオプ(調査員)をしている。また、元・SAS(英国特殊空挺部隊)のサバイバル術の教官という、異色の経歴を持つ。

ドナウ川流域に西欧文明の起源があると考え、発掘調査したいと夢見ているが、日本の学会ではまるで相手にされず、大学でも講師どまり。一方、鋭い観察力や洞察力、サバイバル技術で、事件を次々と解決していく。

歴史への深い造詣と、サバイバル術の合わせ技で、このひとどこでも生きていける。どこでも戦える。北極星と、石ころと糸を使って緯度を割り出して、現在地を予測したりとか。一見害のない親しみやすい風貌で、実はバリバリのスゴ腕。とぼけた顔してババンバン、ヒーローの黄金パターンですよ。金田一耕助しかり、刑事コロンボしかり。かっこいいなあ!

いわずとしれた名作。何回読んでも、何年たっても、風化せず面白く読めるというのはすごいことです。歴史ロマンあり、人間ドラマあり。

だいたい一話完結で、世界各地で起こる事件を解決していく探偵話をベースにしつつ、中東・ヨーロッパ古代文明、冷戦末期からソビエト連邦崩壊後の社会情勢、民族問題などなど、題材は多岐にわたります。

数ある話の中で、一番の核となるのはやはりなんといっても、オックスフォード大学での恩師“鉄の睾丸"ユーリー・スコット教授のエピソードではないだろか。

第二次世界大戦中、大学での講義中にロンドン空襲にあい、大学はほぼ全焼。学生たちと救助活動をした後その焼け跡で、まだ時間は残っていると講義を続ける。

「さあ諸君、授業を始めよう。あと15分はある」

ああああ、泣いてまうやろ~~。

勉強、いくつになっても、せなあかんな。受験用勉強、じゃなくて、知識欲を満たすための学び。わからんことぜんぶウィキ見て、わかった風になってる場合じゃないのよ。

土台となる知識の幅広さがあってこそ、次の学びで知識に厚みを増していけるわけで。大人になった今こそ、面白さの解るようになった分野がたくさん目の前に広がっている気がします。

それはさておき、続編で20年後を描いた『MASTE キートン Reマスター』も全1巻で出ていますので、そちらもあわせてどうぞ。

面白南極料理人

著者
西村 淳
出版日
2004-09-29

まさに○○のタレの、○○の呪縛、から解き放ってくれるひと、あらわる!

第38次南極観測隊に、調理隊員として参加した海上保安官の著者が、昭和基地から1000㎞離れた、標高3800m、年間平均気温-57℃の南極ドーム基地で、8人のバラエティに富んだ隊員たちと越冬した南極日記。

堺雅人さん主演で映画化もされています。が、まずは、本に載っている数々の写真を見ていただきたい。みんな本当に、むさ苦しく、暑苦しく、いかついのだった。あのー、あれです、いい意味でね。何のフォローにもならんか。

この無精ひげボーボーのおいさんたちが、せまーい基地内で、他の人類から何千㎞も離れた文字通りの極地で、なんやかんや毎日うごうご暮らしていたかと思うと、面白さ倍増。

様々な分野の研究者たちと、それを支えるバックアップ班、どの人もそれぞれの組織を背負って参加してきているわけで、なんせとにかく癖のある人ばかり。それが、非常に限られた生活空間で1年間共に過ごすというのは、それだけでものすごいストレス下にあるわけで。

そこで著者は、豪華食材を惜しげも無くどんどこ投入しつつ

「とにかく、宴会やろ!」

のノリで、うまーいこと、ガス抜きをしていく、のよな。

場のエンターティナー。

健やかな毎日を過ごすにあたり、食がどれほど、精神的にも大きな役割を担っているか、よくわかります。

そして、出てくる料理がどれも、大変においしそう。字面だけで、おいしそう。

話は大きくそれますが、うちの最寄りの小児科・中村医院の中村先生は、20代の頃やはり南極観測隊にドクターとして参加したらしく、待合室の本棚にそのときのアルバム「こんぱにょれす」というのが、児童書やらマンガやら婦人雑誌やらに混じってひっそり置いてあるのだけど

「先生、南極行ったんスよね?」

と、いつか言ってみたいのに、なんせ中村医院は常に混み合っていて、敏腕看護師たちと敏腕先生によりさくさく診察が進んでいくので、南極の「な」を発する隙すらありはしないのです。どうしたらいいのだろう。「南極」と書いたTシャツでも着ていくか。

無人島に生きる十六人

著者
須川 邦彦
出版日
2003-06-28

いっそ、イチから全部作ってしまうひとたちのお話。

時は明治、調査に出かけた小さな帆船が太平洋上で大嵐で難破、ボートで脱出した全乗組員16人は、小さな無人島に漂着する。

井戸を掘り、ウミガメの牧場を作り、見張りやぐらを作り、塩を作り、海鳥の卵を食べ、あざらしと仲良くなり。

船長の指揮の下、熟練の船員たちと水夫、漁夫、そして練習生たちは、規律正しく、希望を失わず、愉快に、工夫して日々を生きていく。

これは、今から四十六年前、私が、東京高等商船学校の実習学生として、練習帆船琴ノ緒丸に乗り組んでいたとき、私たちの教官であった、中川倉吉先生からきいた、先生の体験談で、私が、腹のそこからかんげきした、一生わすれられない話である。

どうですか、この語り出し。すでにわくわくするでしょ。

先生が語って聞かせる形で物語が進んでいくので、なんだかその練習船の上で実習学生たちといっしょに話を聞いてるような気になります。

ジュール・ベルヌの「十五少年漂流記」に対し、日本版「十六おじさん漂流記」と椎名誠さんが表しているけれど、ほんとに、痛快な冒険譚。

最年少の練習生で十代なかば、最年長の小笠原老人が五十五才で、その他みんなおじさんたちのはずなのに、少年みたいなキラキラ具合です。清く正しく、人のことを考えて行動し、勇気に溢れ。カミガキヒロフミさんによるイラストたちが、またたいへんにかわいらしく、キラキラ度合いに拍車をかけます。

たとえば、珊瑚礁の小島に命からがら上陸した場面。水が手に入るかどうかもわからず、みんな不安でたまらんはずなのに

「いい島だなあ」
「どうだい、このやわらかい、青い草。りっぱなじゅうたんだなあ」
「ほんとだ、ぜいたくな住まいだ」
「島は、動かないや。はははは」

え、なんなの、明治の日本人って全員こんなんなの、ホトケなの。ジブリの登場人物なの。あまりの正しさに、心の薄汚れたアタイなんかは

「いやいやいや、帰れるかどうかもわからない無人島暮らしで、ひとってそんな風にいられるかしらね……?」

とつい疑いを抱くのですが、それでもここまで徹底してきっぱりさわやかに語りきられるともう、ひとを信じない己こそを恥じるしかないのです。

4カ月ほど完全に無人島で暮らし、その前後あわせて丸一年後、16人は全員無事に、日本に帰ることができるのですが、これが実話というのがまたたまらん。冒険話としてパーフェクト。心がなんだか荒んだとき、ぜひ読んでみていただきたい。

無人島ともなると、知識の量がすなわち生きられる時間の長さだもんな~。

なのにわたしは火ひとつつけられない。ウミガメいっぴき捕まえられない。あああ、無力感、再び。

万一、漂流するような羽目に陥ったとして、どうにか、なんとかして、生き延びたい!少し掘れば真水の出るようなところ希望!多少便利な道具を身につけた状態で!猛獣とか毒虫とかいないところにしてほしい!そしてできればサバイバル知識を豊富に持ったひとといっしょに漂着したい!

て、なんだよ、結局ひとだのみかよ。どうやら生き延びるのむずかしそうなので、漂流しないよう、船には乗らないことにします。ではまた来月。


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