宮本輝のおすすめ作品6選!魂がふるえ、生きる力が湧き上がってくる小説 

更新:2021.12.13

文学性の高い小説が多いと思われがちですが、違う楽しみ方のできる作品もあるのをご存じですか?生きることに悩んでいる時、不安に苛まれている時に、あなたが一歩踏み出すエネルギーとなる考え方を与えてくれる宮本輝の小説をご紹介します。

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人間らしさを作品にし、多くの人から支持を得ている作家宮本輝

宮本輝(みやもと てる)は1947年兵庫県神戸市生まれ。1977年に自分の幼少期をモチーフにした『泥の河』で、第13回太宰治賞を受賞して作家デビュー。翌1978年には『螢川』で第78回芥川賞を受賞し、作家としての地位を確立しました。

人は、不安に苛まれ、揺れ動く自分の心をもてあまし、自暴自棄になったり、落ち込んだりします。その時、自分を弱いとか、異常なのかと捉える人もいます。しかし、人間は、皆そういう存在だということを宮本輝の小説は教えてくれます。そして、弱い自分で生きていくことしか人間はできないのだから、どのように考えれば、腰を据えて落ち着いて生きていけるのか、と展開していきます。再生の物語が多いです。

本を閉じた後しばらくして、小説の中の文章や言葉が蘇ってくることがあります。また、生活をしていて、小説の中の情景がはっきりと浮かんでくることも。そうした瞬間に、宮本輝の表現力に驚かされます。こういった経験を何度もさせてくれる作家です。

「勇気、希望、忍耐」この3つを抱き続けたやつだけが、自分の山を登りきる

青春小説というと、希望に満ちた大学生活や彼女との恋愛物語が浮かびますが、この小説からは、若い世代にもその後の世代と同じように、いやそれよりも悩みや不安の時間があることを知らされることに。若いが故の 経験不足からかもしれません。この小説は、青春期の不安や焦燥、鬱屈を見事に表現しています。

主人公である哲之は、大学生ですが亡くなった父の借金を抱え、働きながら大学に通っています。引っ越しの時に、電気のつかない部屋で柱に釘を打った瞬間、柱にいたトカゲに打ち付けてしまいました。釘を抜こうとすると、トカゲが死んでしまいそうで、柱にトカゲが生きたまま生活が始まるのです。人というのは皆十字架の釘を背負って生きている、と宮本輝は考えており、この物語ではトカゲが人生で背負うものの象徴となっているのです。

著者
宮本 輝
出版日
2010-05-07

借金取りから逃げ、不安を感じながらの毎日の中で、登場人物の一人である陽子の存在が、哲之の希望となっていきます。けなげに哲之を信じ、素直に受け入れる陽子。愚直なまでに真っ直ぐな思いを陽子にぶつけるように、何も武器を持たない哲之は何事もそらさずぶつかっていきます。有名大学でもなく、借金を抱えた家庭に育ち、いつも弱音を吐いている哲之。等身大の若者像が、読む者の共感を呼び起こします。 若い時は、自分に自信もなく、拠り所にする武器もありません。そんな若者は、素直に相手にぶつかることが、唯一の方法なのです。

終わりでなくて、始まりなのかもしれない

 ヨーロッパの最西端であるロカ岬には、「ここに地あり、海始まる」という碑文があります。この作品は、この碑文をタイトルにした小説。ここで終わりと思ったところが、じつは始まり、といった発想が核となっています。そして、もしかしたらこの世のありとあらゆることは、始まりばかりでないかと、話は進んでいきます。

6歳の時から18年間、結核の療養生活を送っていた天野志穂子のもとに、ポルトガルのロカ岬から、一枚の絵葉書が届きます。コーラスグループの梶井克哉の書いた言葉が、間違って志穂子に届いた絵手紙だったにもかかわらず、人生を諦めていた志穂子に奇蹟をもたらします。

著者
宮本 輝
出版日
2008-05-15

幼児の頃から療養生活だった志穂子にとって、絵葉書は生まれて初めて受け取るラブレターでした。その時、それまで自覚したことのない無自覚の歓喜が生まれます。それは、自分の中の不幸や無気力を乗り越えられるエネルギーそのものが歓喜したようなものでした。志穂子は一歩踏み出します。終わりでなくて、いつでも始まりなのだと信じて。

様々な困難に直面し、もう終わりだと思っている人たちに、生きる力を与えてくれること間違いありません。

自由と潔癖こそ、青春の特権

新設大学のテニス部の部員、椎名燎平と彼をめぐる男友達、女友達の物語です。青春の光のあざやかさ、そして切なさと虚しさをテニスコートに白球を追う若者の姿に描いた、宮本輝の感動青春小説です。

大学4年間の出会いと別れ。燎平は女友達の夏子を本気で好きで、だからこそ言えない。好きという気持ちを大切にしている燎平は愛おしく、さらには、その燎平を密かに思う祐子という存在に、読んでいて思わず切ない気持ちに。登場人物たちの思いは、相手には届きません。みんな一方通行です。懸命に相手を思うのだけれど、届かない残酷さ。誰しも胸の奥にしまったままの青春の記憶が蘇ります。

著者
宮本 輝
出版日

青春の時代。それは、煌びやかで何かを得ることのできる希望の溢れる時代と思われているふしがあります。しかし、むしろ逆で、「失う」時代なのかもしれません。まだ何も持っていないのに、失う。あるものを失うのでなく、ありたいという「思い」を失うのもかもしれません。

この時代に、喪失感というのを、初めて味わう人も多い筈です。「青が散る」。散らなければ、新たな芽は出てきません。燎平の吐露する、無為な日々をおくっているような感覚こそ、「青」の時代かもしれません。自由と潔癖こそ、青春の特権なのですから。

人は、みな宇宙のエネルギーを浴びている

妻と離婚し、娘と暮らしながら、生きる不安を抱えている50歳の主人公、憲太朗。起業した家電販売チェーン店の経営に追われ、言いようのない不安を抱えている富樫。二人が出会い、タクラマカン砂漠から桃源郷と言われるフンザへの旅を通して、人生における自分の椅子を探す、宮本輝の小説です。

著者
宮本 輝
出版日

富樫が深夜のテレビ番組で見た、地球から五千光年彼方にある巨大な星雲。その中の星の誕生と消滅。星雲がひとりの人間に見えてきます。生まれ、生き、創造し、絶え間ない生命活動を行い、やがて死んでいく一人の人間だと。ひとりの小さな自分という人間も、このとんでもない宇宙の片隅の星雲も、共通したエネルギー、もしくは同じ波長のリズムによって生命活動を営んでいると気づかされるのです。

人間は、宇宙という大きなエネルギーを受けて、生命活動をしています。この広大な、そして、深い捉え方に接した時、目の前の悩みや問題を、小さく感じている自分を発見できるでしょう。

水の流れのままでなくて、水のかたちのままに

東京の下町に住む、平凡な50代の主婦志乃子が主人公です。思わぬことから自分が手に入れた骨董品から得られる大金を前にして、お金を前所有者に返すか悩むような性格の女性であり、自分を、自分以上のものに見せようとはせず、自分以下のものに見せようともしない謙虚な女性です。そういう生き方をして、長い時間が流れると、周りの人にもエネルギーが伝わり、人が寄ってきて偶然の積み重ねのような奇跡が必然となり、幸福の流れとなっていきます。

著者
宮本 輝
出版日
2015-07-17

「心は巧みなる画師の如し」主人公の志乃子の座右の銘であり、絶えず自分に言い聞かせている言葉です。人が心に描いた通りに、現実となっていくこと。願望実現と言えるものかもしれません。

たしかに私たちが何かを思えば、そこにはエネルギーが生まれます。平凡ですが清廉で謙虚な心の志乃子に、思いがけないチャンスが訪れまるのです。始めは躊躇していた志乃子が、水がかたちを変えるように、受け入れていきます。

日常の生活を営む些細なできごとの中に、一歩踏み出す機会は潜んでいるのかもしれません。平凡な人間が、「境目」を越えていく再生の小説です。

「水の流れに乗って、それに身を任せて」と、言うのが常套句のように使われますが、そうではなく、流れとともに形を変え続ける水に沿って生きてきて、今の自分にたどり着いたという考え方です。ただ水の流れに乗るのではなく、むしろ自分の方から水のような気持ちで、水という本質は変えずに水のようにかたちを変えながら生きていくのです。

人が変わると言うことは、自然な水の流れのように時間をかけて流れて、少しずつ変わっていくのかもしれません。

宮本輝が離婚した夫婦の心情を手紙だけで表現

妻の亜紀と夫の有馬靖明は愛し合って結婚しました。亜紀は星島建設の一人娘で、星島建設に就職した有馬は社長である妻の父から会社の後継者にと望まれており、2人の結婚生活は裕福で順調であったはずなのですが、ある夜、警察からの突然の電話でその幸せは破られます。

その夜、仕事で出かけていたはずの有馬は、実は瀬尾由加子というクラブのホステスと旅館に泊まっており、2人で心中を図ったというのです。急いで病院に駆け付けた亜紀は、無理心中を図った由加子がナイフで有馬を刺した後、自分も喉を切ったことを知ります。結局、由加子だけが死に有馬は助かるのですが、その事を契機に2人の関係は急速に冷え、離婚に至ったのでした。

著者
宮本 輝
出版日

事件について一切語らなかった有馬に対し、亜紀は真実を教えてほしいと手紙を書きます。最初は二度と亜紀からの手紙は読まないし返事もしないと返信した有馬でしたが、その後も一方的に送られる亜紀の手紙の中に書かれていたある一言から、有馬も手紙を書き送るようになるのです。

離婚した後、亜紀も有馬もそれぞれ不幸を抱えて生きており、亜紀はその原因は全て有馬の不貞から始まったことだと思っており、有馬は自らの現状は運命や業といったものが原因であると思い無気力に生きていたのですが、それぞれ自分の気持ちを正直に書く事で自らを客観視できるようになり、相手の思いを知ることで、思いやりの心と共に現実に立ち向かう勇気が芽生えていきます。

読者は全ての物語を、別れた夫婦が送りあう手紙を読む事で知ることになります。状況説明や他人の言動などは全て手紙の中にしか書かれていませんが、宮本輝の文章力と構成力の巧みさは各場面の情景をありありと描き出し、読者に何の不足も感じさせません。

偶然と必然の重なり合いで途切れたり絡まったりした人生の糸を紡ぎ直し再生させていく過程を往復する手紙だけで表現した、卓越した文章力を持つ作者ならではの秀作です。

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