父はいつもの調子で「おおきに」と言った【小塚舞子】

父はいつもの調子で「おおきに」と言った【小塚舞子】

更新:2021.11.29

先月は、風変りな父とのまともな思い出について書いた。これからお話するのは、私が大人になってから。・・・大人?大人っていつからだっけ?父からしてみれば、私は今でも子どものはず。いや、まぁいい。少なくとも働き始めてからのことだ。父は、私が近づこうとすればするほど、ひょいと逃げ出してしまう。

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父はそういう男なのだ

父の大きな特徴の一つとして、あらゆることにおいて無関心だということが挙げられる。昔からの趣味である飛行機の模型と時代劇(あと、最近はドラマ)以外は、てんで興味を示さない。もちろん、私にも。世間一般を見ていると、一人娘という存在は、父親にとってかなり特別なものなのではないのかと想像するのだが、どうやら父にとっては違うらしい。

自分でお金を稼げるようになってから、誕生日や父の日など、特別な日には何かプレゼントするようにしていた。男の人に物をあげるのはとても難しい。

最初のうちは、父は何が欲しそうかを考えたり、母に訊ねてみたりしながらプレゼントを自分で考えていた。使っていた財布がボロボロだったら財布を選んだり、寒そうにしていたら手袋やマフラーを買ってきたり。普段から極端に口数が少ない人なので、あまり会話もなく、プレゼントを渡すときは結構照れるものなのだが、一応「誕生日、おめでとう」という言葉を添えながら、綺麗にラッピングされた箱を渡すのは嬉しかった。父も嬉しそうに受け取った。

…というのは、ほぼ理想の妄想だ。父はテレビ好きなので、テレビを見ている最中に自分の部屋へプレゼントを取りに行き、リビングに戻って「おめでとう!」と手渡す。すると大抵、不自然なくらいの明るい声で「おおきに!」と、お礼を言ってくれる。あくまで不自然だ。しかし時には、「ん。」と一言…いや一文字だけの声を発して受け取ることもあった。

そして、ここからは毎年同じなのだが、父は催促するまでプレゼントの箱を開けてくれない。後で一人こっそり開けて、そのワクワク感を楽しもうとか、そういう可愛いことを考える父ではない。ただ、「もらった」ということが全てで、中身に関しては興味がないのだ。

その証拠に、プレゼントの箱を受け取ると、父は明る過ぎるか素っ気なさ過ぎるか、いずれかのパターンの礼を述べた後、床にポンとそれを置く。そしてテレビの続きに集中する。下手するとそのまま寝てしまう。頑張って選んだのだから、中身くらいは見てほしいと、私や母が「開けてみーや」と催促する。すると、初めてそこで「あぁ!はいはい!」と箱の中に何かが入っているということを認識しはじめる。父は何やら派手な箱をプレゼントされたとでも思っていたのだろうか。ようやくここで箱を開封し始める。それからのリアクションは何がでてきても、大体こうである。

「ほーん!ええやないか!おかあさん、直しといて!」

“ほーん”は、「ふーん」と「ほぉ!」が混ざった言葉だと思われる。明る過ぎる「おおきに!」と同じだ。父なりに、娘に対して喜びを示そうとしてくれてはいるのだろう。“ええやないか”は、おまけである。リアクションの肝は“おかあさん、直しといて”に集約される。「直す」とは関西弁で「片づける」という意味だ。

「おかあさん、片づけといて」

もらったものを、もらったそばから片づけてしまうのだ。そして、それは大事過ぎて使えないというわけではない。いや、正確に言うとなかったらしい。

最近、母に聞いて驚いたのだが、こうして私が十年以上も前にあげた物たちは、そのまんまお母さんに片づけられっぱなしだというのだ。一部は必要になった時にちゃんと使っていたように思うが、それを娘からもらったプレゼントだと記憶しているかもどうか怪しい。もちろん、片づけられっぱなしの物に関しては存在自体忘れているだろう。

これを今読んでいる人に「そんなこと決めつけちゃいけない!お父さんはきっと大事にしているはず!」と叱られそうだが、父はそういう男なのだ。いるものは、いる。いらんものは、いらん。

父が誕生日に欲しいもの

こんな具合で、何をあげても大して喜ばれなかったので、数年前から父にリクエストを聞くようにしている。「何もいらん」と答えることがほとんどだが、ある時、誕生日に何が欲しいかと尋ねたところ、「電池」と言われた。

・・・・電池?
一人娘からの誕生日プレゼントに電池?

詳しく聞いてみると、単三とか単四電池よりは多少特殊な電池ではあったのだが、電池は電池である。しかし、それ以外は特に何もいらないと言われたので、父が望む型の電池を買い、さすがに「プレゼント包装してください」とは言えず、ヨドバシカメラのビニール袋でそのままプレゼントした。父はいつもの調子で「おおきに」と言った。

ここ二、三年は「シュークリーム」と言われている。他にはないのかと聞いたところで、もはや無駄だとわかっているので素直にシュークリームを買っている。しかしせっかくのお祝いなのに、ただのシュークリームだとつまらないので、やたら綺麗なエクレアとか(シュークリームじゃないけど、まぁ似ていたので)クリームをその場でつめてくれるサクサクのものとかにしてみたが、昔からある懐かしいシュークリームが食べたかったようだと、後から母に聞かされた。

それならばと、駅で売っているような小さなシュークリームをいくつかお土産に買って行ってみたら、「あのサクサクのシュークリームの方が美味しかった」と言われた。なので今年の誕生日には、サクサクのシュークリームを買って実家に帰った。「なんや。プリンちゃうんか。」と言われた。

しかし、父は応援してくれていたのだ

父は恐ろしいほどにマイペースだ。私がいくら食事に誘っても絶対に来ない。母と三人ならば・・・と、ごく稀に渋々来てくれることはあるが、「たまにはランチでも食べようよー」と軽く誘ってみたところで、「いい!」と一言でぶった切られるのだ。(もちろん「いいよ」の意味ではなく、「いらん」の意味)奢らされるのが嫌だとかそんなことではない。母曰く、ただ面倒なだけだそうだ。一人娘に食事やデートに誘われたら、喜んで出かけるのが世のお父さんだと思うが、我が家は本当に違う。

数年前、母と温泉にでも行こうという話になり、せっかくだからと父も誘った。家族三人での旅行だなんて、幼少期のスキー以来行ってないんじゃないかと、母と二人で盛り上がったが、やはり「いい!」と断られた。何度かに分けてしつこく誘ってみても「いい!留守番してる!」と頑なに拒まれ、本当に来なかった。

プレゼントは大して喜ばれず、食事や旅行には一緒に行ってもらえない。ふいに二人きりになったとき、何を話せばいいものかと考えてしまったり、父親との距離感がよくわからなくことも多々ある。しかし、父は父なりに私のことを気にかけてくれているんだと思える出来事がある。

それは父が入院したときのこと。脳の病気で危ない状態だったらしいが、後遺症も残らず快方に向かっていた。そんなとき、お見舞いに行った私を見送ろうとした父は看護師さんがいる目の前でこう言った。

「舞子、テレビの仕事がんばってな。」

驚いた。私が出ている番組をこっそり見ているという話は母から聞いていたが、父から直接見たよと言われたことはなかったし、仕事の話をしたこともなかった。そもそも父は、家庭内に仕事の話を一切持ち込まない人で、何かしらグチをこぼしたり、仕事であった出来事を話しているのも聞いたことがなかった。だから、たまに番組を見たとしても、私の仕事にも特に興味はないのだろうと思い込んでいた。

しかし、父は応援してくれていたのだ。「仕事がんばってな」じゃなくて「テレビの仕事がんばってな」と、無口な父が人前で言ったのだ。病み上がりで、いつもの父らしくはなかったかもしれないが、それが父の本音のような気がして、嬉しかった。

それ以来、やはり父は私の仕事について何も言わない。仕事ぶりを見ているのか否かもわからない。旦那さんが結婚のことを話にやってきたときも、父はほとんどの時間をテレビを見ながら過ごし、いよいよ本題に入ってからも、反対もせず、特に意見も言わず、「ヘヘヘ」と笑っただけだった。その「へへへ」が何だか恥ずかしそうだったけれど、嬉しそうだったので、ここでも父が応援してくれているような気がした。

さて、今私はこのコラムを実家で書き上げている。すぐそばには父がいる。しかし、父にこの文章は絶対に見せられない。父がこれを読んだらどんな顔をするのか、まるで想像がつかない。と言うか、「読んで」と言ったところで、どうせ「いい!」と断られるだけなんだろうけど。

父を思い出す本2冊

著者
町田 康
出版日
2010-04-15

この本の冒頭を読んだとき、父の姿を思い出しました。町田康さんは猫ですが、うちは犬。父は無口なくせに、飼っていた犬のモモには猫なで声で「モモちゃ~ん!」と呼びかけ、大いに可愛がり、尻尾を引っ張ったりして嫌がられていました。モモは父が眠ると、父の上でゴロゴロしていました。きっと仲は良かったんだと思います。言葉が楽しく面白く、猫の写真が可愛い一冊です。

著者
重松 清
出版日
2005-02-15

お父さんと言えば、最初に思い出すのは『流星ワゴン』のチュウさん。破天荒なところが「THE・お父さん」といった感じがして何だかかっこいいです。

ドラマ版もとても面白かったですが、自分の父親のことを考えながら作品を堪能するなら、やはり本で楽しむのがいいのではないでしょうか。もし、自分と同い年の父に会うことができたら。どんなことを訊くだろう。どんな話をするだろう。そんなことを想像していたら、父の「父親ではない顔」を見てみたくなりました。

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