小説『長いお別れ』5つの魅力をネタバレ!内容は、作者・中島京子の実体験?

更新:2021.11.17

アルツハイマー型認知症を患った父。そんな彼と、彼を支えた家族の10年間を描いた、切なくも優しい物語です。作者の実体験をもとにした本作は、読む者の心を掴み、鈍い痛みとともに優しさをもたらしてくれます。 そんな本作『長いお別れ』の魅力をご紹介。2019年5月には実写映画化もされることが決定している本作で描かれる、家族の姿に注目してみてください。

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『長いお別れ』のあらすじをネタバレ紹介!中島京子の小説が2019年5月に映画化!

東家の大黒柱である東昇平は、10年ほど前から認知症を患います。最初の5年は進行が遅かったのですが、しだいに症状が顕著に表れ、ついに徘徊などが始まるのです。

介護をする妻や、3人の娘たちの視点から父の姿を描く、連作短編小説。

著者
中島 京子
出版日
2018-03-09

2019年5月には、本作を原作とした映画が公開予定。監督は『湯を沸かすほどの熱い愛』で知られる中野量太です。彼は「小説を読み、忠実に映像化したいと思った」と本作を大絶賛しました。キャストは蒼井優や竹内結子など、人気の俳優陣が務めます。

『長いお別れ』の魅力1:リアルな内容!アルツハイマー型認知症とは?

 

本作で扱われているアルツハイマー型認知症とは、どんな病気なのでしょうか。

この病気は、脳の組織が萎縮していくことで引き起こされると考えられています。記憶障害や判断力の低下だけでなく、相手の話していることが理解できない、怒りっぽくなるなどの症状が見られるのが、この病気の特徴です。

症状が進行すると家の中でトイレの場所がわからなくなるなど、深刻な状態になると言われています。

妻の名前を言えず、ゆっくりと記憶を失っていく昇平の姿は、読んでいて胸をしめつけるものがあるでしょう。しかし、同窓会に行こうとしたはずがたどり着けず遊園地に紛れ込んでしまう場面では、名前も知らない幼い子供とメリーゴーランドに乗るなど、ユーモラスのあるエピソードも含まれています。

切ないながらも、どこか温かな気持ちにもしてくれる内容なのです。

『長いお別れ』の魅力2:内容は作者・中島京子の実体験?

本作の作者である中島京子は、『かたづの!』『樽とタタン』『東京観光』で知られる小説家。父である中島昭和が認知症になった経験が基になっています。

著者
["里中 満智子", "中島 京子"]
出版日
2019-03-05

父は10年間にわたって認知症を患い、中島たち家族はさまざまな経験をしました。

彼はお茶のことをドアと言ったり、娘に対しあなたは誰のこどもか、と真顔で質問するなどの症状を見せたそうです。しかし暗い出来事ばかりではなく、フランスの旅行中にセーヌ川を荒川と言い張ったり、つい心が和んでしまうことも多かったといいます。

そういった体験を明るく描いてみたいという思いから、本作の執筆にいたったそうです。

『長いお別れ』の魅力3:なぜレイモンド・チャンドラーの名作と同じタイトル?意味を考察

 

『長いお別れ』というと、レイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』を連想される方もいらっしゃるのではないでしょうか。なぜ筆者は、チャンドラーと同じ題名をつけたのでしょうか。

題名の由来は、作中の最後で語られます。アメリカでは認知症のことを「ロング・グッドバイ」と呼ぶ風習があるそう。

認知症は、ゆっくりと進行していき、いずれ死にいたります。少しずつ記憶をなくし、遠ざかっていく時間は、まさに長いお別れの時間なのです。

『長いお別れ』の魅力4:描かれる10年の月日と、家族との愛

 

東家の10年間を描いている本作。父の認知症は進行していき、しだいに家族にも変化が起こります。

父が認知症になってから、娘たちはそれぞれの家庭を持ちながらも、老人ホームの費用のことを家族で相談するなど両親のために行動。父の認知症をきっかけに、家族の絆が深まっていくのです。

しかし、認知症は決して簡単な病気ではありません。3女の芙美が医師に「自宅での介護はどんなものになるのか」と尋ねると、「お嬢さんががんばるしかありません」という言葉が返ってくるのです。

つらい言葉ですが、現実でもこのようなやりとりはあるでしょう。以前の状態に戻る特効薬がないということは、周囲の人間がそれに適応していくしかないのです。

そんな言葉やシーンから垣間見える介護の厳しさと、ユーモラスな雰囲気。家族の10年間を描く本作は、作者自身が父の認知症を経験したからこそできる作品だったのでしょう。

『長いお別れ』の魅力5:悲しくもあたたかい結末【ネタバレ注意】

 

本作の見所の1つは、遊園地でのシーン。昇平は徘徊をして、夜の遊園地にたどり着きました。そこには幼い姉妹がいて、メリーゴーランドに乗る同伴者を探しています。姉は一緒に乗ってくれる人を探し、昇平と出会うのです。彼は、一緒に乗ることを承諾しました。

この話では、昇平の家族がGPS機能のついた携帯電話を持たせています。しかしGPSで父の居場所はわかっても、幼い姉妹とメリーゴーランドに乗っていることまではわかりません。そこに情報だけではわからない、物語ならではの面白さが感じられるのです。

著者
中島 京子
出版日
2015-05-27

 

本作の筆者の父もGPSを持っていたそうですが、家族はそれで安全が確保されたわけではなかったそう。本作の後楽園遊園地の場面でも、そういった現実の厳しさが描かれています。

しかし、そういった悲惨な面だけが浮き彫りになるのではなく、メリーゴーランドに乗っているせいで見つからないというのが滑稽で、なんとも魅力的なところです。
 

ラストシーンでは、重要な事実が突きつけられます。そして最後は直接的には描かれず、余韻を残して描かれているのも本作の魅力といえるでしょう。

認知症の父を中心に、介護に向き合う家族の姿は必見です。

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