私小説とは?特徴やエッセイとの違い、代表作おすすめ5選を紹介!

更新:2021.11.19

日本独自の作品形態である「私小説」。大正、昭和の時代を中心に親しまれてきました。近年では新作は少なくなってきてはいますが、それでも色褪せない魅力をもつ本は多数存在します。この記事では、そんな私小説の特徴と、ぜひ読んでいただきたい5つの作品を紹介していきます。

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私小説とは。特徴やエッセイとの違いを解説

 

作者自身の身に起こった現実の事柄をもとに、ストーリーを膨らませたり脚色をしたりした物語を「私小説」といいます。事実にもとづくフィクション、といったところでしょうか。もともとは「心境小説」とも呼ばれていて、客観的な事実を羅列するのではなく、その時々の作者の心理描写を丁寧に記す作風がとられています。

実体験がもとになっているのでリアリティがあるのはもちろん、そこに練り上げたストーリー性が加わり、魅力を高めているのが特徴。読者にとっても、どこまでが事実でどこからがフィクションなのかを想像しながら読む楽しみが生まれるのです。

作者の実体験がもとになっているというと「エッセイ」も思い浮かびますが、エッセイはノンフィクション作品に分類されます。ストーリー性を重視しているわけではなく、経験やそこから得た知識について、感想や考えを述べるのがエッセイだといえるでしょう。

 

性をテーマに自身の歴史を綴った衝撃の私小説

 

夏目漱石に影響を受け「自身も何か書きたい」という思いを抑えきれなくなった森鴎外が記した私小説です。金井湛という哲学の先生を主人公にして、性欲と自身の経験について、歴史をたどるような流れで語られています。

その衝撃的なテーマから、本作が掲載された雑誌はすぐに発売禁止になり、世間を沸かせました。しかし実際に読んでみると、甥っ子を見ているような、心がほっこりと温まる滑稽な面白さを感じることができるでしょう。

 

著者
森 鴎外
出版日

 

本書の最大のポイントは、「性欲」というものを扱っているにもかかわらず、いやらしさがない点でしょう。言葉で表すのが難しいテーマながら、直接的に性体験を想起させるような表現はほとんど用いられていません。

淡々とした口調で、思春期を迎える青年の葛藤やもどかしさなどの心の動きを丁寧に綴っていて、誰しもがとおるその道に愛くるしささえ感じることができるのです。

 

父との和解を綴った私小説

 

父を恨み、不仲の状態が続く志賀直哉が、自身の体験を主人公の順吉に投影し、和解を迎えるまでの過程を綴った私小説です。

不仲になった原因については詳しく触れられておらず、さまざまな出来事を経て心がほぐれていく様子に重点を置いて描かれています。

別作のあとがきにも『和解』についての記述があり、父との和解ができたことが嬉しくて、興奮した状態で一気に書き上げられたそう。ずっと抱えていた確執が消えたことに喜び、かつてないスピードで文章にした志賀直哉。どこまでも人間らしくて、愛着が湧いてきます。

 

著者
志賀 直哉
出版日
1949-12-07

 

親とのわだかまりは、大なり小なり経験ある人が多いのではないでしょうか。血のつながりという縁があり、育ててもらった恩もありながら、あくまでも他人なのです。小さなきっかけで恨みが生まれたり、その一方でありがたさに気づくことができたり、そんな浮き沈みをくり返すのが親子なのかもしれません。

親子という普遍的なテーマを、私小説というリアリティのある手法で描いたからこそ、多くの人に読み継がれる作品になったのでしょう。

 

青年の壮絶な暮らしをリアルに描いた私小説

 

冒頭から、自身の不遇に絶望するような暗く湿った嘆きで始まる作品。恋人もおらず、重い病気を治すお金もない、そんな苦しみのなかにいる主人公を、さらに絶望の底に突き落とす友人の死の知らせから物語が展開します。

救いようのない出来事が次々と描かれ、苦しみの描写への熱量に圧倒されるでしょう。しかし、けっして明るい話ではないのに、なぜか笑えてしまうような不思議な滑稽さも内包しているのです。

 

著者
藤澤 清造
出版日
2011-06-26

 

暗さも極めるとユーモアのように思えてくる、救われないのに読み進めたくなる、そのギャップが魅力的な作品。読みながら、気が付いたら眉間にシワがよってしまうほど感情移入できるのです。実体験をもとにした私小説ならではの、どうしようもない現実味があるからでしょうか。

作者も苦しんでいるのから自分も頑張ろう、なんていう単純な話ではありませんが、次から次へと襲い来る苦しみのなかでもがいている主人公の様子を見ていると、自分の人生もそこまで悪くないなと思えてしまうのです。

 

自分の居場所を見つけられない男と、若く美しい女の運命を追う一冊

 

主人公の生島与一と、アパートの一室で出会った綾という美しい女性の関係を描いた物語。

自分の居場所だと感じられないアパートで、気の滅入るような仕事を淡々と続けている生島は、暴力団との関わりや兄の借金、身売りなどの悲しい境遇を背負う綾を連れて逃げることになります。

死に場所を探してさまよう2人の暗い旅路は、読み進めると気が滅入るような重たさがありますが、その淀んだ空気感と人間くささがありありと目に浮かぶ、見事な情景描写に圧倒されるでしょう。

 

著者
車谷 長吉
出版日

 

車谷長吉の筆力ゆえか、登場人物とともに怖くなったり、息苦しくなったりと、物語のなかにいるかのような臨場感を味わうことができます。そこまで肩入れして一緒にストーリーをたどれるからこそ、ラストシーンでは名残惜しさすら感じてしまうでしょう。

歳を重ねてさまざまな人生経験を積んでから、またあらためて読みたくなるような深みのある作品です。

 

現代の私小説作家、西村賢太が綴る情けなく最低な男の物語

 

暴力や借金など、男女の心のつながりを断ち切るのに十分な出来事を描いた作品。あまりに人間らしく、これはひどいな、と思わずつぶやいてしまうような救いようのない展開が続きます。

しかし読み進めるうちに、人間は誰しも内側に、このような汚くて暴力的な一面をもっているかもしれないと思わされていくのです。

 

著者
西村 賢太
出版日
2011-03-10

 

やけに現実味を帯びたところがまさに私小説らしいといえるでしょう。日本を代表する私小説家の西村賢太の作品です。読んでいるとどこか居心地が悪くなってしまうほど、読者自身の身に置き換えて想像が膨らむ、鮮明な描写に惹きこまれます。

明るい話ではないですし、主人公の悲惨っぷりには辟易するほど。しかもこれが私小説だというのだから、作者の人柄すら疑ってしまいます。それでもくり返し読みたくさせるのが西村賢太の魅力なのでしょう。

 

ひと昔前の作品は手に取るハードルが少し高く感じることもあるかもしれませんが、リアルさと想像力の間を揺れる私小説には、時代を超えて愛読される魅力がたくさんありました。気になった作品があれば、ぜひ読んでみてください。

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