直木賞作家・天童荒太のおすすめ小説5作品!

更新:2021.12.14

現代社会に生きるひとびとの傷や孤独を描く名手・天童荒太。そんな私たちに共通する想いを描き、読者の心を捉えて離さない作品を生み続けています。そんな天童荒太の作品のおすすめを5作ご紹介します。

ブックカルテ リンク

インターネットに触れず、携帯電話を持たず、それでも現代を描く天童荒太

天童荒太は1960年愛媛県で生まれ、愛媛県立松山北高等学校を経て明治大学文学部演劇学科を卒業。

童話や映画脚本などの賞にも応募し、『白の家族』で野生時代新人文学賞を受賞して本名でのデビューを果たしています。その後、天童荒太名義で投稿をするようになったのは、一度デビューしている名義で落選したらみっともないという考えからだったとか。再デビューが叶った後には本名に戻すつもりでいたそうです。

寡作で知られ、初期作品は文庫化の際に大幅改稿することが多いようです。特に山本周五郎賞を受賞した『家族狩り』は物語のベースやラストはそのままに登場人物や途中の事件などの描写に変更がほどこされ、ほぼ別作品といってもいい仕上がりになっています。

また、彼はインターネットもせず、携帯電話も持っていないことで知られていますが、普遍的な人間の闇や感情を表現するのがとてもうまい。作品はすべて彼の人間観察眼の鋭さを感じられる作品で、現代的なツールを持たなくとも人間を理解している小説家なのだと驚かされます。

天童荒太としてのデビュー作。人間の孤独がえぐり出される

独り暮らしの女性たちが監禁された挙句、全身を刺されて殺される凄絶な事件が続いて発生します。そのうちのひとりの女性が通っていたコンビニエンスストアで起こった強盗事件を担当することになった刑事・朝山風希は、居合わせていた不審な男を追いますが……。

著者
天童 荒太
出版日
1997-02-28

刑事である風希、コンビニの店員である純平、連続殺人犯の「彼」の視点で物語は進んでいきます。サイコサスペンスに類される内容ですし、「彼」の語りによる事件の描写などはかなりグロかったり、きつかったりしますが、ただそのスペクタクルを楽しむ作品ではありません。

根底にあるのはタイトルにもあるとおり人間の「孤独」の部分ではないでしょうか。孤独は生きている限りつきまとうものですよね。だれかと思想や身体的にひとつになるなど難しいことですが、やはり人は求めてしまうもの。読み終わったあとに、人間というものについて改めて考えてしまうかもしれません。

構成も伏線の張り方も巧みで、次が気になって仕方のない書き方がされています。最初こそその気持ち悪く感じるシーンがありますが、後半が徐々に爽やかになって生きます。これ以前に作品があるとはいえ、ほぼデビュー作でここまで書ききる才能に感服してしまうのではないでしょうか。のちの作品に繋がる土台が既に出来上がっている傑作です。 

山本周五郎賞受賞作!家族崩壊の闇を描く

オリジナル版と改稿がなされた文庫版があるのですが、先に説明したように物語が微妙に異なるので、文庫版のほうをご紹介します。この物語は主に3人の登場人物を軸に進んでいきます。

児童相談センター職員の氷崎游子は、アルコール依存の男から虐待されて怪我をした娘を保護し、彼を逮捕させました。

高校の美術教師・巣藤浚介は、恋人の同僚教師・清岡美歩に妊娠していることを告げられますが、家族を持つことに抵抗のある彼は困惑します。

刑事である馬見原光毅は虐待被害者の親子と擬似家族めいた関係にあるものの、自身の家庭は崩壊状態でした。

著者
天童 荒太
出版日

女子高生の傷害事件が起こり、彼女が浚介に強姦されたと嘘をついたことから、游子と浚介は知り合いになり……馬見原は非行に走った娘の関係で游子を知っていて……。

散りばめられた点が結びついていく過程がとても素晴らしく、滅入る重たい話をここまで書ききれる力量に圧倒されます。読み終わった後には手放しのおもしろいではなく、ただ「すごい」としか言えなくなる人間の暗部への書き込みとストーリーの要素を結びつける妙がありました。リアリティのあるサイコスリラーに仕上がっていると思います。

ただし元気な時でないと読みきるのは少々つらいかもしれません。それでも天童荒太のストーリーの面白さと構成のうまさは一読の価値ありです。重い話ながらも、改めて家族について考えさせられる普遍的な作品です。

直木賞受賞作!生と死と孤独の旅が続く

死者を悼むための旅を続ける坂築静人が主人公の物語です。残酷な記事を書く人間不信の週刊誌の記者、夫を殺した女、静人の末期ガンの母親がオムニバス形式で登場し、静人に関して思い巡らせるという展開になっています。

著者
天童 荒太
出版日
2011-05-10

読み終わったあとに、不思議な空気感が残り、冥福を祈ることと悼むことの違いを考えてます。始終暗い展開ですし、余命わずかな母親を残して旅をするなんて気持ちは理解しにくいものですが、当の母親が語る内容によって旅をする静人の気持ちが浮き上がってきます。

静人は母親を亡くしたときどんなふうに悼むのだろう、あるいは自分が死んだ時には?などと、次々疑問が湧くこの作品。こんなふうに死と向き合うことは生きる大切さを知る一歩なのかもしれないと実感できる良作です。

天童荒太が描く傷ついた高校生たち

女子高生・ワラは、両親の離婚で投げやりな毎日を過ごしていたが、風変りな高校生・ディノと病院の屋上で会ったことをきっかけに、同級生のタンシオ、その友人のギモとともに、包帯を巻くという「包帯クラブ」の活動を開始しました。

著者
天童 荒太
出版日
2006-02-07

その内容は、ひとびとが傷を受けた場所に行き、怪我をした側ではなく怪我の原因のほうに包帯を巻いていく、傷を受けたひとが近くにいないときには、包帯を巻いたその写真を撮影して送る、というものでした。

傷ついたということを形にして認めることで、傷を受けたひとの気持ちが癒されるかもしれないという考え方がなんだかとても新鮮でいじらしくて、友達っていいなと思える作品でもあります。辛いときにただわかってくれる誰かがいるだけで、楽になることは多いものではないでしょうか。その気持ちを可視化した、おもしろいアプローチの作品です。

傷つきやすい年齢なんて言葉がありますが、いくつになったってひとは傷つきやすいから、そんなときに包帯を巻いてくれるひとがいたらいいなと感じながら、読んでいただきたい、天童荒太には珍しい爽やかで優しい1冊です。

天童荒太の社会派ミステリー

十七年前、霧の霊峰で、一年間小児精神科に入院していた、久坂優希と、父親から煙草を何度も押しつけられたせいで見えないところにキリンのような斑点模様が無数にある有沢梁平(ジラフ)と、男にだらしない母親によって押入れに閉じ込められていたために閉所・暗所恐怖症の長瀬笙一郎(モウル)がある事件を起こしました。その後別々の人生を送るはずだった三人が再会したことで、再び事件が起こり……。

著者
天童 荒太
出版日

過去と現在が交互に語られる構成になっているので、過去の虐待が現在にどんな影響を及ぼしているかが手に取るようにわかります。少しずつ真実が形になっていくところ、救いを求めているのに救われない苦しさ、閉塞感が圧倒する勢いで襲いかかってくる重たさに引き込まれる作品です。読んでいて苦しいのに、ページを繰る手が止まりません。

ミステリーの形をとっていますが、ただのミステリーではなく、被害者側に立とうとしない現代社会の闇を描き切っている問題提起作品でもあるのではないでしょうか。一気に読み切ってしまうこと請け合いの傑作です。

ずしりと重たい作品の多い天童荒太。影に引っ張りこまれるような恐怖もありますが、読みはじめたらきっと止められないと思います。

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena
もっと見る もっと見る