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エウロペアナ: 二〇世紀史概説 (エクス・リブリス)

エウロペアナ: 二〇世紀史概説 (エクス・リブリス)

作者 パトリク オウジェドニーク
出版社 白水社
出版日 2014年08月21日

情報なし

レビュー

わははは・・・これは凄いや。凄いけど、う~ん・・・ちょっと私の手には余るなぁ・・・

さて本作は「二〇世紀ヨーロッパの歴史を、さまざまな数字、スローガン、噂などを重層的に引用するコラージュによって、わずか百数十ページで概観する。」(訳者あとがき)といった、とても変わった「作品」であり、表面的にはとてもスルスルと楽しく読めてしまえるのだ。
そう「知的」で「批評的」なムードに心地よく浸りながら、どんどん読めてしまえるのだが、しかし・・・

「どのようなジェノサイドであれ、被害者は自分の経験を人間の理解の範疇を超えたものとして捉えているはずなのに、ユダヤ人は歴史的現実とその表象を混同している。」(p40)
との表現で「表象・・・うん?」となった。
そしてその後の
「歴史家たちはまた、過去と歴史が一致する時代は完全に終わった、と述べた。歴史学が認識論的な時代に突入したからである。」(p41)
を読むに至り、さすがにアホな私も本作の手強さに気が付いたのであった。

「えぇっと、これはひょっとして『アナール学派』的な歴史解釈の話をしているのでは? 知らんけど・・・」ということで、ググってみたところ、果たして「究極のナショナル・ヒストリー?―ピエール・ノラと『記憶の場』―」<http://www.hmn.bun.kyoto-u.ac.jp/sympo02-01/03.html>という文章に行きついた。

少し長いが引用してみる。
(略)
「歴史学の現在」の一端を考えていくことにしたい。その素材として、今月に日本語版の第1巻が公刊されたばかりのピエール・ノラ編(谷川稔監訳)『記憶の場』(岩波書店)を取り上げる。原著は、フランスの歴史家ピエール・ノラが1984年から1992年にかけて編纂した浩瀚な論文集 Les lieux de mémoire 全7巻、記念碑的労作として知られている。近年、日本でもおおいに語られる「記憶」あるいは「記憶と歴史」という流行語の源となった本家本元の作品である。
(略)
ここで、この膨大な作品群を読み解くうえで重要と思われる点をいくつか指摘しておこう。先にあげた史学史的方法は、ノラ自身がいうように本シリーズの基本的な視点のひとつである。ただし、ここでの史学史は、歴史観や歴史方法論の変遷を時代順にたどるといった古典的なそれではない。かりに、公文書実証主義の確立をもって近代史学の成立と考えるならば、ノラの問題意識は、むしろその呪縛からの解放にある。彼は「歴史学はいまや認識論的段階に突入した。」という。そこでは、「テクスト(史料)は現実を反映するものではない」と主張する「言語論的転回」論者たちを直接名指してはいないが、史料実証主義が陥っている認識論的隘路からの脱出を、史学史的スタイルに求めたのではないかと思われる。

原著総目次にも明らかなように、『記憶の場』に収められた論文の多くは、だれにも馴染みのテーマを扱っている。少なくともフランス人にとってはそうである。しかも一見したところ特別な方法論をもたず、ある意味では実証史学以前の物語的な(エッセイ風の)叙述スタイルをとっている。「身近な史料ともっとも洗練されていない手法。まるで、一昨日の歴史学に戻ったかのようである。」とノラ自身も形容している。だが彼は、これを「きわめて伝統的でありながら、なおかつ、まったく新しいタイプの歴史」「徹頭徹尾クリティカルな歴史学」だと主張する。彼のいう新しいスタイルとは、「原因より結果」の分析に重きを置く歴史学である。つまり、ある事件がなぜ起こったか、いかに展開されたか、ということよりも、その記憶の行方、シンボル化された再利用、神話化された「読み替え(アプロプリアシオン)」のほうに注目する歴史学である。あるいは、伝統それ自体よりも、伝統がどんな風に創出され、いかに変容し、あるいは死滅するか、そのようなあり方に関心を寄せる歴史学だと言えよう。たとえば、フランス革命それ自体よりも、その百周年祭や二百周年祭に注目する、あるいは後世の作家や歴史家がフランス革命をどのように叙述し、評価したか、その変遷を分析する。そのような意味での史学史的スタイルである。

つまるところ、記憶の歴史学とは、復元でも再構成でもなく「再記憶化」なのである。それも「過去の想起」としての記憶ではなく「現在のなかにある過去」の「総体的な構造としての記憶」だという。それを認識論的に表現すれば、「記憶の場は、従来のいかなる歴史学の対象とも異なり、現実のなかに指示対象をもたない。むしろ、記憶の場はそれ自体が自身の指示対象」となる。いわば、二重の表象行為(ルプレザンタシオン)そのものなのだ。この視点に立てば、歴史家自身、あるいは歴史学というジャンル自身が、一種の「記憶の場」だとみなされる。認識論的時代における史学史的方法とは、さしあたりこのように要約されよう。
(略)
このシリーズの出発点は、1978年から81年にかけてノラが社会科学高等研究院で主宰したゼミナールだが、折からアナール派内部にも政治史への回帰、ナラティヴ(物語)の再評価という気運が起こりつつあった。おそらく、ノラはこうした流れをうけて、アナールにおける政治史の復権を、伝統史学でも科学主義でもない、もうひとつの集合心性史的手法でもって果たそうとしたのだと思われる。すなわち、国民感情をさまざまに表象する「記憶の文化=社会史」なるものは、伝統的な国民史(ナショナル・ヒストリー)への回帰でもなければ、かつてのアナールにみられた数量史的心性史でもない。それは、言説分析的心性史もしくは史学史的集合心性史とでもいうべき、野心的な試みであったと考える。
(引用終わり)

というわけで、本作(エウロペアナね)の例えば「歴史家たちはまた、過去と歴史が一致する時代は完全に終わった、と述べた。歴史学が認識論的な時代に突入したからである。」といった短い一文も、引用したような「知識」を前提に書かれているのであった。

そして更には単に知識だけの事柄に留まらず、実は「二〇世紀ヨーロッパの歴史を、さまざまな数字、スローガン、噂などを重層的に引用するコラージュによって、わずか百数十ページで概観する。」といった本作の作風は、例えば上記で引用したような新しい歴史観、例えば<歴史学はいまや認識論的段階に突入した。><「原因より結果」の分析に重きを置く歴史学である。つまり、ある事件がなぜ起こったか、いかに展開されたか、ということよりも、その記憶の行方、シンボル化された再利用、神話化された「読み替え(アプロプリアシオン)」のほうに注目する歴史学である。あるいは、伝統それ自体よりも、伝統がどんな風に創出され、いかに変容し、あるいは死滅するか、そのようなあり方に関心を寄せる歴史学だと言えよう。>といったような新しい歴史のとらえ方、あるいは<「歴史」や「歴史解釈」といったこと自体の変遷と刷新>にリアリズムを与える構成になっているのではと気付かされる。
つまり本作は「歴史を概観する」ことに関して、言葉本来の意味においての「メタ構造」になっているのではないのだろうか。

まあ「メタ構造」は兎も角、本作の情報量はとても多い上に、訳者あとがきにも「噂」とある通り、真偽不明な情報(ひょっとすると作者の暗喩や悪戯、デフォルメや創作もあるかも知れない)もありそうで、何れにしても一筋縄でいかない・・・というか、ひとつひとつ確かめながら読んでいかないと本作の真義は問えない作品になっている。

・・・と書いておいて何だが、実は本作にはもう少し別の感慨もあるのだが、それは例えば「ミニマル・ミュージック(反復音楽)」的な楽しさである。
私は読書経験が浅いので、例えが音楽になってしまうのだが、本作における同じようなモチーフとテーマが繰り返される反復構造が生み出す、何というか不思議な酩酊感というかグルーヴも、作品の重要な面白い味わいだと感じた。

というかこのリズム感がないと、先に見てきた通り、本作は知的レベルを要求するが「読むこと自体の楽しさ」は薄い作品になっていたのかも知れない。

まあ何れにしても私は自らの実力を鑑みて、取り敢えずは(表面的に)通読するにとどまった。

また同時に、本作は今後も折に触れて内容を調べながら読み返したいとも感じたが、しかし思えば小説に限らず、あらゆる書籍が、そしてもっといえば映画でも絵画でも音楽でも、いわゆる「表現」というものは受け取り側の感性・感受性、そして知力・洞察力・知識量などといったものの差異が、決定的に影響してしまうということを、改めて突き付けられた作品でもあった。

<とっても蛇足>
久しぶりに小説(これは小説なのかなぁ?)というか、いわゆるノンフィクション的な本ではなくて、「作品」然とした本を読んで楽しかった。
本作はトイレタイム用として読み始めたのであるが、上記の通り、本当は内容を調べながら読むべき本かも知れないと途中で気が付いたのであった。
しかしこれも上記の通り「読むこと自体の楽しさ」がある作品でもあったため、基本的にトイレタイム用としてそのまま楽しんでしまった。
というか、最近は「読書を楽しむ」ことができていなかった気もしているが、何れにしてもツンドク本はどんどん溜まるいっぽうである(苦笑)

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