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和嶋慎治(バンド「人間椅子」 Vo/Gt)

人間椅子・和嶋慎治が選ぶ「試練」を乗り越えるための伝記5冊

人間椅子・和嶋慎治が選ぶ「試練」を乗り越えるための伝記5冊

僕は本の虫というほどでもない。ただし本の話となるとワクワクしてくるから、やはり好きではあるのだ。といって特定の嗜好があり、あまりベストセラー小説といった類いには興味がない。ジャンルを問わず、うっすら行間に著者の苦悩が垣間見えるもの、に心が震える。そうした意味では、生の人生を切り取った自伝、伝記などもよい。時として本文を読むより先に、解説の著者略歴に目を通してしまうほどだ。今回は伝記を少しく紹介してみたい。
2015.07.23

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人間椅子・和嶋慎治が選ぶ「試練」を乗り越えるための伝記5冊
子供の頃から、読書に親しんできた。実家が教師の家で、沢山の本に囲まれて育ったということもあるだろう。父親は中学の国語の先生であった。休みの日など、よく父は寝そべって──それほど教養ある本ではなかったろうが──文庫本を読んでいたものだ。

五つ年上の姉がいたことも大きい。姉のために揃えてあった児童文学全集を読み、長ずるにおよんで姉自身が求めた本を、勝手に本棚から引っぱり出してきては、こっそりと読んだ。姉の読書傾向は非常にオーソドックスで健全なもので、子供心に青春小説ってつまらないなあなどと思った記憶がある。

小学校の図書館では、江戸川乱歩やコナン・ドイルの探偵小説に夢中になった。中でもポーには、このような理知的で陰気なものがあっていいのかと、おおいに感心させられた。今に至る自分の猟奇を好む傾向、凡庸さを嫌う性質は、すでにこの頃の読書で醸成されたものだろう。

やがて学校の図書館では物足りなくなり、ハヤカワ文庫でフレドリック・ブラウンやらブラッドベリやらの海外SFを読み出したから、ませている子供だったのには違いない。そのすぐ後だったか、ラディゲの『肉体の悪魔』に挑戦してみたものの、さっぱり意味が分からないということもあったが。


しかし僕は、猛烈な読書家というのでもない。なぜなら、世の中には本が好きで好きで仕方がないという人が大勢いるから。中学では図書委員になったのだが、まず先輩に本の虫がいた。とにかく休み時間も昼休みも放課後も、常に本を読んでいる。時折うふふっと笑ったり独り言を呟いていたりして、ああこれが本の虫かと合点した。

高校で進学校に入ったら、まあ読書家ばかり。ドフトエフスキーを読破したと豪語する奴もいれば、太宰にべったりの奴もいる。負けじと僕も授業中は読書にいそしみ、古典的文芸作品はその頃一番多く読んだ。また人と同じではいけないと、どんどん自身のアングラ化が進み、ガロを定期購読したり小遣いをはたいて三一書房の夢野久作全集を揃えたりもした。


大学時代。時まさにバブルではあったが、特殊な学部に進んだせいか、軽薄さとは縁遠い風変わりな者がちらほらいた。中でもヴィトゲンシュタインを難なく読みこなすF君には度肝を抜かれた。自身は時代の空気に馴染めないせいもあり、谷崎潤一郎や宇野浩二、葛西善蔵などの日本の古い文学を読み漁り、一人大正浪漫に浸っていた。


とにかく、活字離れといわれて久しいが、どっこい読む人は変わらず莫大な量を読んでいる。どうした弾みかインテリのご子息とたまに知友になる機会があり、お宅にお邪魔してみると、あるわあるわ専門書・稀覯本の山。いたって本人も読書するのは生活の一部といった観。

先日なども、行きつけの飲み屋でたまたま隣に座った男性と会話するうち、いつしか文学の話に。○○は面白いですよね、もう読みましたか、と聞くとすべて読んでいる。○○が書きたかったこととは何でしょうか、などと質問しようものなら、速やかに的確な答えが返ってくる。不思議に思い、お仕事は何ですかと尋ねると、国会図書館の職員の方であった。道理で。本のプロだもの。もう蔵書の数が半端ではなく、当人も読みきれないと語っていた。


かように僕は本の虫というほどでもない。ただし本の話となるとワクワクしてくるから、やはり好きではあるのだ。といって特定の嗜好があり、あまりベストセラー小説といった類いには興味がない。ジャンルを問わず、うっすら行間に著者の苦悩が垣間見えるもの、に心が震える。そうした意味では、生の人生を切り取った自伝、伝記などもよい。時として本文を読むより先に、解説の著者略歴に目を通してしまうほどだ。今回は伝記を少しく紹介してみたい。

子供時代の情熱を持ち続けたシュリーマン

子供の頃、僕のお気に入りの読書の場所は、自宅の屋根の上だった。晴れた日に本を抱えて屋根によじ登り、東北の柔らかい乾いた空の下、日が暮れるまで何時間でも本を読み耽った。あの青空の風景が、シュリーマンの伝記とともに蘇ってくる。子供時代の情熱を持ち続けたシュリーマンは、艱難辛苦にもめげずついにトロイアの遺跡を発掘する。

そうだ、屋根の上で、僕は基本的な人生について学んだのだ。情熱を持つことの素晴らしさ、人生の成功者となるためには幾度かの困難を乗り越えなくてはいけないこと。シュリーマンは最期はナポリの路上で耳から血を流して客死するが、人は死ぬ時は一人で孤独に消えていくのだということ──。

あの時読んだ児童書の出版社が思い出せないので、ここでは文庫の自伝を挙げておく。新潮は字も大きくて読みやすい。岩波文庫もあるが、そちらは格調高い文章。

古代への情熱―シュリーマン自伝 (新潮文庫)
古代への情熱―シュリーマン自伝 (新潮文庫)
作者 シュリーマン
出版社 新潮社
出版日 1977年09月01日

人間の誠実さを教えてくれるベートーヴェン

伝記の決定版。これ以上に勇気づけられる伝記本を僕は知らない。

自分自身、おおいに苦悶した時期がある。孤独に耐え、貧乏に苦しみ、いったい人生とは何なのだと毎日煩悶していた。テレビ、映画、旅行、世間の人が難なくこなす娯楽の一切が耐え難く思え、初めて哲学書を紐解いてみたりもした。

そんな折、出会ったのがこの本。ここに描かれているのは不撓不屈の精神、自身への誠実さだ。人間の美しさへの献身だ。心がくじけそうになる度に、何度も読み返し、何度も号泣した。史実と合致しているかどうかなど最早問題ではなく、ロマン・ロランは確かにベートーヴェンに人間の誠実さと尊厳を見たのだ。

ベートーヴェンの言葉、「悩みをつき抜けて歓喜に到れ! Durch Leiden Freude.」は、大きく紙に書いて壁に貼り付け、今もことあるごとに眺めている。

ベートーヴェンの生涯 (岩波文庫)
ベートーヴェンの生涯 (岩波文庫)
作者 ロマン・ロラン
出版社 岩波書店
出版日 1965年04月16日

善人であり狂人だったゴッホ

ゴッホの書簡をまとめたものだが、自伝といっていいかと思う。善人であり狂人でもあったゴッホ。生前に売れた絵は一枚だけで、死後画家になった男。つまり彼は何者だったのか。いや、そもそも職業など無意味であり、人は愛のうちに生きるべきだとこの本は教えてくれる。

手紙の最後に必ず書かれる、握手という言葉。何と優しさに満ち溢れていることだろう。ゴッホは愛情の塊りであったがゆえに、狂気の淵まで行ってしまったのかもしれない。求婚はことごとく断られ、ゴーガンとの蜜月も破綻、アトリエ作りもうまく行かず……あまりに悲痛な生涯だが、それでも彼はキリスト者の精神を具現化するべく、絵筆を折らない。常人には耐えられない苦痛の中にいたからこそ、あのような絵が描けたのだろう。

先年、ちょっとしたゴッホブームがあったが、僭越ながら首を傾げたくなるような論調も見受けられた。僕にいわせれば、ゴッホは本当に燃える木々を見、輝く畑を眺め、ただありのままに絵を描いていたのだ。

ゴッホの手紙 上 ベルナール宛 (岩波文庫 青 553-1)
ゴッホの手紙 上 ベルナール宛 (岩波文庫 青 553-1)
作者 ヴァン・ゴッホ
出版社 岩波書店
出版日 情報なし

繊細さを湛えたアーサー・マッケン

これも正確には伝記ではない。幻想作家として知られるアーサー・マッケンの、自伝的小説である。したがって、一般的には読みづらい本かもしれない。何か軍人の伝記のようにドラマチックな展開があるわけでもなく、学者のように世紀の大発見があるわけでもない。一個の繊細な少年が文学に目覚め、芸術に身を捧げていく様を、心象の視点からこと細かに描写した小説だ。

女性には詩を求めるから常に裏切られてばかり、作家として大成するのでもない、およそほとんどの人にとっては退屈な内容だろう。だが、少しでも心に詩人の片鱗を持っている方なら、きっと共感が得られるはずだ。少年の日々、この世の機微に感動を覚え、山の中、廃屋、どこでもいい、未知なる場所に一人分け入ったことのある方なら……。

夢の丘 (創元推理文庫 (510‐2))
夢の丘 (創元推理文庫 (510‐2))
作者 アーサー・マッケン
出版社 東京創元社
出版日 情報なし

試練の人、ジョン・レノン

デビューの頃から親しくさせてもらっているみうらじゅんさんに、昨年だったか、こんなことを言われた。

「和嶋君、知ってる? 学校の図書館の伝記っていったら、昔はエジソン、ヘレン・ケラーだったけど、今はジョン・レノンがあるんだよ! 学校にベッドインだよ。時代は変わったね~」。

ずっと印象に残っていたので、これを機会に読んでみた。確かに文体といい、難しい漢字に仮名が振ってあるところといい、児童書だ。ルビからいって、小学校高学年用か。ビートルズがメインだが、幼少期から晩年までうまくまとめてある。むしろ赤裸々すぎるぐらいで、離婚問題のこと、舌禍のこと、平和運動のこともきちんと記されている。ビートルズを知らない女の子がこれを読んだら、果たしてヨーコのことはどう思うのだろうかと、余計な心配をしてしまった。

そしてあらためて分かったことが一つ。ジョンもまた試練の人であった。人生とは困難に立ち向かうことであり、それを乗り越えた人が伝記となり得るのだ。

──本文には、もちろんベッドインのことも書かれてあった。

ジョン・レノン (伝記世界の作曲家)
ジョン・レノン (伝記世界の作曲家)
作者 マイケル ホワイト
出版社 偕成社
出版日 情報なし
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