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特集!あの人の本棚
14.

平野啓一郎   (小説家)


Vol 3. エピソードで人を好きになるのか、全体的な人格を愛するのか

平野啓一郎
平野啓一郎さんをゲストに迎えた特集インタビューも、いよいよ大詰め。今回は、最新作の『透明な迷宮』について、くわしくうかがっていきます。「透明な迷宮」とは何を指しているのか。作品内で繰り返される「姉妹」というテーマに込められた意図とは。これを読めば、『透明な迷宮』の読書体験がさらに深まり、何度も読み返したくなることでしょう。
Vol 3. エピソードで人を好きになるのか、全体的な人格を愛するのか

透明な壁一枚を隔てて、会えなかった人がいるかもしれない

――今作の『透明な迷宮』は分類すると短編集というジャンルだと思うのですが、それぞれの作品が関連して、連作になっているようなつながりが感じられました。

平野啓一郎(以下、平野) それはすごく意識しました。今回は、あえて「地震」や「人をケアすること」、「記憶」といった、いくつかのテーマを相互に乗り入れさせています。読み進めていくうちに、内的にリンクしていることが感じられる書き方にしようと思ったんです。バルザックの小説に人物再登場法というのがあるんですよ。例えば、『ゴリオ爺さん』を読んで、次に『従妹ベット』を読むと、ラスティニヤックという登場人物がまた出てきたりするんですよね。そうすると、なぜかちょっとうれしい(笑)。それみたいに、今回は人物ではなく、「あ、このテーマさっきも出てきた」とテーマを再登場させてみました。長篇小説は、最初の方のページに出てきた話が後半に繋がってくるところに面白みがありますよね。そんなふうに、バラバラな寄せ集めではなく、全体でつながりを感じられる擬似長編的な短編集にしたんです。

――また今回は比較的、愛やエロスがテーマになっているとも感じました。

平野 そうですね。それは僕の中でずっと意識していることでもあります。ただこれまで僕は、エロチックに書こうという気持ちがあまりなかったんです。性的なことも、あからさまに正確に描写することで、むしろ人がいやらしいと思うこととはなんなのか、分析するほうが好きでした。だから、僕の書く性描写はあまりエロくないと言われてきたんですよ。

――たしかに、冷静な観察者のような視点で描かれていることが多かったように思います。

平野 もちろん、『日蝕』とか『一月物語』みたいな得意な官能性が主題になっているものもあるのですが。で、少し前に三島由紀夫の『美徳のよろめき』という小説を読み返しました。そうしたら、登場人物が初めて体を重ねることになったときに、「彼女は突然荒々しい素振に出た。そしてかつて良人が強いたが頑なに拒んだことのある愛撫を、一度もそれを求めたことのない土屋に与えた。」という描写があったんです。そうやって書かれると、穴埋め問題みたいで「何をしたんだろう」と、思わず想像してしまいますよね。

――自身の体験を引き出して。

平野 そう。で、大体、何のことを言ってるのか分かるわけですが。昔、スタンダールの『赤と黒』を読んだ時も、主人公のジュリアン・ソレルがレナール夫人と初めて関係を持った時に、ただ「小説ふうに言えば、思いの限りをとげたというわけだった。」とだけ書かれていて、却ってその部分を埋めようと想像力をはたらかせたこともありました。筆を省くことで品は良くなりますが、読者に個人的な体験を動員して積極的に関わってもらうおかげで、むしろ淫らになる。今回は、そんなような手法で、読者に、自分の内なるエロチックな感情と戯れてほしかったんです。

――『透明な迷宮』というタイトルは、何を表しているのでしょうか。

平野 僕たちは今の時代、自分の意志ではなく、半分「生きさせられている」ようなところがあると思いませんか。何かのサイトを見ている時も、自分で選んだボタンをクリックしているように見えて、実はクリックしやすいところに誘導されているだけなのかもしれません。また、道路のカーブを曲がるときに、危険だと判断して60キロに落としていると考えているけれど、自然にそうなるような角度に設計されているだけなのかも。これからビッグデータの活用などが普及すると、ますます社会はその方向に進むと思うんです。一体どこまでが自分の意志で、どこからがコントロールされているのかわからない。それが、道がどうなっているかも見えない透明な迷宮をさまよっている、というイメージなんです。

――なるほど。

平野 もう一方で、運命論的な人との出会いについても考えていました。過去を振り返ると、あの人と自分はもっといい関係になっても良かったのに、なぜかそうならなかった人っていませんか? そういうときに思い浮かべるのが、透明な迷宮のイメージなんです。彼女は目の前にいるように見えるんだけど、じつは迷宮の壁が1枚あって、実際に触れ合うためにはぐるっと回ってこなければいけない。そして、出会うために壁際を歩いていると、気がついたら遠くまで行ってしまい、二度と会えなくなる。そういうことが、人生の岐路と呼ばれるところで何度かあったような気がしています。そういう、自分の意志がありながら、どこかで彷徨わされている感覚を表現したいと思いました。その迷宮のなかで、孤独を感じ、愛を求めるというのが今作のテーマです。

――表題作は、まさにそういう運命がすれ違う話だと感じました。

エピソードにその人のすべてを象徴させてしまう罠

――また、今作は姉妹が出てくる作品も多いですよね。

平野 今なんだかすごく姉妹というものに関心があるんですよ(笑)。じつは僕、昔、姉妹のどちらも好きだったことがありました。はじめ僕はお姉さんのことが好きだったんです。でも、クラスメイトが僕は妹のほうが好きだと勘違いして、みんなに言いふらしたんですよ。そこから、どうして姉のほうが好きだと思ったのか、考えたりしていたんです。

――それはなかなか、理由を特定するのが難しそうですね(笑)。

平野 そう、2人は顔もよく似ていたんですよね。「あれ、じゃあ妹じゃダメな理由は何なんだろう?」とわからなくなって、だんだん妹の方が好きなんじゃないかという気がしてきて(笑)。その延長上で、双子にもすごく興味があって。『決壊』を書いた時、犯罪者の遺伝要因と環境要因を突き詰めていったら、個人の責任はどこまで問えるのかということを考えていました。そう考えると、一卵性双生児の姉妹は、遺伝子的にはまったく同じなわけです。幼いころの生育環境もほぼ一緒。では、その人たちの個性はどこから生まれてくるのでしょうか。僕はそれが、それぞれが経験しているエピソードからくるのかな、と思ったんです。エピソードが少しずつ人間の人格形成に影響をおよぼすのではないかと。

――表題作には「人は、たった一つのエピソードのために、誰かを愛するのだろうか?」という問いかけもあります。

平野 そうなんですよね。特に小説やドラマは、エピソードでキャラクターや関係性を象徴しがちです。そんなにドラマチックなことでなくても、風邪をひいたときに看病してくれたから好きになったとか、よくありますよね。では、もしそのとき風邪をひかなかったら、好きにならなかったのか? と(笑)。こんなふうに、エピソードなのか、もっと漠然とした人格が要因になるのかということに、以前から興味があったんです。これは『空白を満たしなさい』を書いた時から続いている問題意識です。

――『空白を満たしなさい』は自殺をしたのに、ある日突然生き返った会社員・徹生が自らの死の謎を追い求めるという内容です。

平野 自殺した人は、自殺というエピソードからその人の人生をすべてまとめられてしまうんですよね。そういえば暗いところがあったとか、時々妙に明るく振舞っていたとか、ごく普通のことも自殺というエピソードに結びつけて語られてしまう。これって小説も同じだな、と思うんです。小説もある一つのエピソードに、その人の全人格が象徴されるという描き方をしてしまいがちです。はたして、本当にそれが正しいのでしょうか。

――表題作の『透明な迷宮』を読めば、その問いに対するひとつの答えが見えるかもしれませんね。

平野 そうですね。人を規定するのはエピソードなのか、それとも全体的な人格なのかということについても、注目して読んでみていただければと思います。

インタビューの一覧

プロフィール

平野啓一郎
平野啓一郎
小説家

ひらの・けいいちろう/1975年、愛知県生まれ。北九州市で育つ。京都大学法学部卒。大学在学中の1999年、『新潮』に投稿した『日蝕』により、芥川賞を受賞。2009年、『決壊』で芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞、『ドーン』でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。著書に『葬送』、『滴り落ちる時計たちの波紋』『かたちだけの愛』『私とは何か 「個人」から「分人」へ』、『空白を満たしなさい』など。各国で翻訳紹介もされている。

ライターについて

Writer 1
崎谷実穂

さきや・みほ/求人広告、記事広告のライターを経て、現在ビジネス系のインタビューライター。ブックライターでもある。cakes、日経ビジネスオンラインなどで連載担当中。

プロフィール

平野啓一郎
小説家

ひらの・けいいちろう/1975年、愛知県生まれ。北九州市で育つ。京都大学法学部卒。大学在学中の1999年、『新潮』に投稿した『日蝕』により、芥川賞を受賞。2009年、『決壊』で芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞、『ドーン』でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。著書に『葬送』、『滴り落ちる時計たちの波紋』『かたちだけの愛』『私とは何か 「個人」から「分人」へ』、『空白を満たしなさい』など。各国で翻訳紹介もされている。

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平野啓一郎が小さいころに読み、影響を受けてきた作品たち

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