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特集!あの人の本棚
189.

藍坊主   (ロックバンド)


トンネルを抜けて、その先へ(藍坊主 インタビュー)

藍坊主
さまざまなプロフェッショナルの考え方や制作へのアプローチを、その人の読書遍歴や本に対する考え方などから紐解いていくインタビュー。今回は連載でもおなじみ、4ピースバンド・藍坊主のロングインタビューをお届けします。
トンネルを抜けて、その先へ(藍坊主 インタビュー)

自分たちが「ここに生きている」ということが、音源を作っていくことで内面化されていくような感覚

彼らは音楽で心を揺さぶることができる。スタートは青春パンクだった。エモーショナルなスタンダード・ロック、時に複雑性を帯びた実験的な曲を世に出し、オルタナティヴなサウンドで哲学的な詩を歌い上げる。本当の顔はどこに、と思わずにはいられないほど、このアーティストは「変化」と共に歩み続けてきた。しかし、どんなに形が変わっていこうとも、彼らは常に「自分らしさ」という問いに、悩み、葛藤し、苦しみながらも答えを出し続ける。その本質が、追い求めているものが変わらないからこそ、私たちは彼らの作り出す音楽に心を揺さぶられるのだ。今回のアルバム『Luno』は年齢も重ね、環境も変わった藍坊主の第二章を象徴する作品。その制作背景とともに、数年前に端を発する、ある違和感の正体について訊いてみた。

―― 『ココーノ』以来、1年9ヶ月ぶりとなるニューアルバム『Luno』をリリース。自由で力強く、同時に懐かしさも感じることができる、まさに原点回帰の作品でした。同時に、ここ数年の楽曲で感じていた「音楽をすることへの迷い」みたいなものも無くなっていた。リスタートを飾る、藍坊主の「過去」と「現在」をつなぐ今作。その制作背景を教えてください。

hozzy 去年の夏に『降車ボタンを押さなかったら』というシングルを出した時から、なんだろうな……良い意味でも悪い意味でも、藍坊主がやってきたものを一回無くしてやろうという思いがありました。正直な話をすると、バンド自体が無くなりそうになっていた。俺が、辞めたいと言っていて。

でも、もう一回藍坊主として頑張ろうと思って、『降車ボタンを押さなかったら』を書いたんですけど、書いているときは感覚がまだふわっとしていた。やっぱり、辞めると言っていたし、全部終わらせようと思っていたところからもう一度始めることは、すぐにできるものじゃない。だから、頭で色々考えてしまっていたんです。

ベースの藤森が作曲して俺が詩を書いた『魔法以上が宿ってゆく』という曲を出したのが去年の冬。とりあえず今書けるものを、今できることを、とにかくやろうとの思いで作った曲です。作業を長い時間、ふたりでやっていたんですけど、そうしているうちに昔みたいな、実験的に曲を作って手持ちの材料を増やそうとか思う前の、ただ好きで曲を作っていたあの頃のシンプルな向き合い方が今の自分にだんだん馴染んできた。新しいアルバムを出そうとなった段階で、曲をまた書いていくわけですけど、一曲書くごとに「ただ好きで曲を作る」という気持ちが強くなってきたんです。完成してみたら、藤森も同じ気持ちでいてくれたことが分かった。

藤森真一(以下、藤森) 思い返してみると、色々試して手持ちのカードを増やそうという意識より「今あるカードの良さを再確認しよう」と思い始めたことが大きかったかなあ。藍坊主は4人編成のバンドで、メンバーが4人いたら4枚のカードがあるわけです。それぞれのカードを改めてもう一度見てみると、こういう良さがあったのかと気付く。それを、曲を制作しながら再確認できたというのもあるし、ライブをやりつつ見えてきた、みたいなところもありましたね。

―― ライブも精力的に行われていました。

藤森 実は『ココーノ』のレコ発ぐらいからライブの感じも変わってきて、なんというか、前向きになってきたんですよね。

―― 「辞める気だった」というhozzyさんの言葉が衝撃的だったのですが、当時hozzyさんが抱えていた息苦しさみたいなものは、メンバーとしても感じていましたか?

渡辺拓郎(以下、渡辺) 「辞めたい」って話をhozzyから聞いてちょっとしてからなんだけど、「分かった」って言葉が自然と出てきたんだよね。それまでは気付いてなかったんですけど、一歩引いてみて見るとホッとしている自分もいて。

―― 拓郎さんもどこかで、藍坊主を終わりにしたいという気持ちがあった。

渡辺 ひょっとしたら、俺ももう、限界だって思っているところがあったのかもしれないです。

hozzy 雰囲気は良くなかったですね、正直(笑)。メンバーの仲が悪くなってしまった、ということではなく。俺は2011年の震災から、音楽を作ることがバカらしいなと思い始めたところがあったんです。……いや、バカらしいというか、俺たちはアーティストなんだけど、こんな時にステージに立っているのってどうなの? と思っていたんですね。藍坊主の音楽って、生きることの根本を考えて、それをつきつめながら作っているんですが、すごく矛盾を感じるようになってしまった。俺や藤森の実家が東北にあったということも、もちろん理由としてはありますけど。

―― 震災後に発売されたミニアルバムやフルアルバムは、当時、聴いていても苦しくて、うまく咀嚼することができなかった覚えがあります。作り手が感じていた閉塞感や、葛藤、それこそ息苦しさまでもが伝わってくるような感覚。

藤森 『ブルーメリー』(1stミニアルバム)では、個人で色々悩みながら曲を書いていたものを、同じ悩みでも「それはバンドにとってどうなのか?」ということを改めて考えて、試行錯誤しながら作っていました。たぶん、今作にもつながっていくと思うんですけど、昔と比べて悩みの内容が少しずつ変わってきたんです。僕たちは今まで各々で新しいことをやってきたけれど、それをバンドでちゃんと昇華した方が良いんじゃないかと、メンバーみんなが思い始めていました。例えば2014年に出した『ココーノ』というアルバムに入っている「バタフライ」は、全員のイメージを共有しながら作ることのできた曲。この時くらいから、悩んでいるけれども少し、閉塞感みたいなものはなくなってきたのかなと。

―― そして改めて今回、それぞれのカードの良さを再確認して、見えてきたものは?

hozzy 俺はやっぱりストレート。感覚の問題なんだけど、曲を作るとなった時に、最初はストレートだけど結果的に変化した曲になるものと、変化球を投げたつもりが結果として変化せずにストレートな曲になる、ということがよくあったんです。ストレート、まっすぐっていうのは、やっぱり強くなり得るじゃないですか。

これはたくさんのアーティストが経験していると思うんだけど、バンドを長く続けていると、いずれ変化をしなければいけなくなるんです。ずっと同じことをやっていたら自分たちも飽きてしまうし、ファンだって飽きちゃうじゃないですか。もちろん、絶対に変わらないというバンドもあると思うけど、俺はやっぱり、変化は絶対につけなければいけないと思っていた。昔出した『フォレストーン』というアルバムのように、すごく実験的なことをやって、その後にストレートなシングルやアルバムを出す。これも大切な変化じゃないですか。……と、ずっとそう思っていたんですけど、「変化」ということにこだわらずに作った時に、すごく強さを感じたんです。結果的に変化をつけられればいいだけであって、その変化は、藤森やユウイチや拓郎がアレンジでつけてくれるから。

―― メンバーへの信頼ですね。意識して曲げる必要はなくて、それはみんなに助けてもらおうと。

hozzy そうですね。意識してやってしまうと、わけが分からなくなっちゃうなと。

藤森 なるほど、と思いました。たぶんhozzyの方が、新しいことをやろう、挑戦していこうっていう意識は大きかったんだけど、今はそう考えてるんだね。

田中ユウイチ(以下、田中) 実際、解散ということからの反動、ショックからの立ち直りということに加えて、同じくらいのタイミングで所属していた事務所も離れて自主レーベル(Luno Records)を立ち上げ、一から自分たちの土台を作らなければいけない時に、今回のアルバムの制作が重なるような状況だったんですよ、今年始まってから。

その上、制作環境も全部自分たちで揃えようと決めていたんで、てんやわんやになりながら、すべてを音源に注ぎ込んでいく、みたいな日々でした。なんというか、自分たちが「ここに生きている」ということが、音源を作っていくことで内面化されていくような感覚。でもやっぱりこのタイミングでそんな大変なことを経験するっていうのは意味があったし、必然だったなと思います。この作品は今必要だったんですよ、俺たちに。

一方で、なんでこういうタイミングで、このアルバムを作ったんだとも思うんですね(笑)。そこは、自分たちの作る楽曲が歌を中心としたものであったことが大きかった。藍坊主はどう転んでも歌もので、まず歌があって、そして曲があるというのを、色々あったこのタイミングで再確認しました。歌が中心に据えられていることで、そこを信じて作っていけば、他に何が起ころうが、全部ひとつに集約されていく。そういうことを考えさせられた制作だったし、俺たちの音楽の強さというものを、改めて実感した時間だったように思います。

―― 以前と比べて、よりフラットに「藍坊主の音楽」に向き合えるようになった。

田中 うん。そもそも音楽を好きに作って、それだけで良いんだと思えるようになるのもまた大変。なんだろう、自分たちが30代になったっていうこともあるし、震災後は、音楽や表現に対する「ただ楽しい」だけで完結してはいけないような雰囲気があるじゃないですか。そういう背景があるなかで、俺たちは音楽についてきちんと考えていかなければいけないし、ただ楽しいじゃなくて、そこに何かしらの理由を付けなきゃいけない、という圧力みたいなものもあった。

―― 震災直後に出た曲って、どのアーティストさんもですけどやっぱりメッセージ性が強く、真面目という印象がありました。

田中 真面目であることは正しいんだけど、「やっぱり音楽って楽しかったじゃん」ということを、もう少し胸を張って言えるような方向に、俺らみたいな人間は持っていくべきだし、そういう作品を今のタイミングで作ることができたのが、本当に大きいなと思います。

正直、作っている側の事情は、聴いている人には関係ねえじゃんというのが、自分の中にはあるんですよ。俺はプロでやっている今も、昔からずっと音楽が好きでファンとして聴いていたというのもあるんですけど、リスナー感が強い。それは、こういう仕事をしている人のなかでは特殊なことだと思っているので、難しいことですけど、リスナーが音楽を聴いて純粋に楽しいとか、気持ち良く感じてもらえることを目指して考えていくというのが、俺なのかなあと。敢えてカードとかの話はしてないけど、みんなそれぞれの持ち味はきちんと見えている気がします。

hozzy たぶん、わざわざそこを合わせてないから良いんだと思う。

田中 みんなで「俺たちの良いところはだな……」みたいな話は100%しないよね。やってたら変態バンドじゃん(笑)。

渡辺 正直、制作が一段落して、インタビューや取材をしてもらう場になって初めて知る話って結構あります。ああ、俺もこう考えていたけど、合ってたんだ、とか。藤森が言っていたカードのこととか一度も考えたことがなかったので、自分のカードはなんだろうってずっと考えていたんですけど……。まあ、良くも悪くも、全員違うところがあって、それが原因で揉めることもあるけれども、それが武器になることもあるよな、と。

藤森 僕は、相手のカードが何なのかなっていう興味が、前よりも出てきたということが一番重要かなと思っていて。たとえばツアーの時にユウイチを見ていたんだけど、楽屋にいる時とステージ上とで一番顔つきが変わるなと思った。切り替え方を知っているな、見習いたいなあという話ができるようになったのが大きい。

田中 そう言われちゃうとほんとに裏表あるやつみたいに見えるけど、そんな違わないからね(笑)。

―― そういえば藍坊主の楽曲って、「月」がかなりの割合で登場しますよね。レーベル名も、今回のアルバムにも「Luno」(エスペラント語で月)というワードが使われています。ずっと疑問だったんですけど、藍坊主にとって「月」ってどんなものですか?

田中 やっぱり月といえば、対比として太陽がありますよね。太陽って自分で光るものだし、眩しくて直視できないもの。そいつ自身が光っていて、そいつ自身がみんなを照らす存在って憧れるし、めちゃくちゃかっこいいと思っています。一方で、月は自分で光ることはできないんだけど、太陽に照らされてきれいに光る存在。だから月って、何かと何かの間にあるものですよね。

俺らが月のことを歌う時に何を思っているのかというと、「俺を見ろ」というよりは「一緒に見ようぜ」ということ。自分たちの持つ“何か”を相手に投げるんじゃなくて、ここにあるものを、一緒の目線で見たらどう見えるんだろう、という考え方です。それが藍坊主にとっての、月の捉え方なのかなと。……たぶん。でも、よくよく考えてみると、そういう歌詞が多いな。明確に筋道を示すというよりかは、同じ方向を向いて寄り添うというような藍坊主のあり方が「月」というものに例えられているような気がします。

―― ソングライターのhozzyさん、藤森さんはどうですか?

hozzy 特に俺(の曲)にはめちゃくちゃ月が出てくるんだけど、うーん……なんなんだろう、単純に言うときれいじゃないですか(笑)。月は昔から見ていて安心する存在だった一方で、怖い感じもするし、すごく色々な感情を呼び起こしてくれる物体。だから曲や物を作る時に、月を考えることがすごく多かった。なんかもう、圧倒的なんですよね。太陽とか眩しいので、やっぱり夕日くらいにならないと歌詞にも出てこない。夕日を見てきれいだなと思うことはありますけど。

―― 確かに夕日を思い浮かべられる曲はあるけど、太陽そのものを描いた曲はあまりない気がします。

hozzy 太陽が沈む場面や色は、たぶん俺が歌詞とか音楽で表現したい間(ま)なんです。物と物との間を描きたい衝動が強いから。曲のタイトルなんだけど、歌詞に一切出てこないという言葉も結構多いんですけど、歌詞の中でタイトルを直接的に表現したくないという気持ちがあるんですよ。あんまり美しくない。たとえば「ウズラ」という鳥の歌があるんですけど、一度もウズラって出てこない。そういう間を描く表現がすごく、自分にとっては美しく感じる。

―― 「そこに在る」ものを直接的に表現するんじゃなくて、間を読んで想像してもらう感じ?

hozzy そういうのが、俺はきれいだなって思う。日本語の良さだよね。さっきユウイチが言ったみたいに、太陽はもう、イメージが直接的に来てしまうんで、せめて夕日くらいになってくれないと表現しようがない。雲でいうと入道雲じゃなくて、いわし雲。歌詞で表現したいのはいわし雲なんです。俺は曲を作る上で、そこを一貫して表現したい。

藤森 太陽と月で言うと、僕もやっぱり藍坊主は月だなと思っています。間違いなく太陽ではない。たぶん、hozzyに比べると僕の曲は、太陽のイメージが強いかもしれないですけど。

hozzy 「マタウ」(『降車ボタンを押さなかったら』のカップリング曲)とかね。でもあの太陽感は、太陽のそれじゃないよね。

藤森 そうだね(笑)。月は直視できるけど、太陽は直視できない。月だと落ち着いて、月自体を見ることができる。それが藍坊主にとっての月かな。

渡辺 太陽って辿り着けないんだけど、月は人が降りることができますよね。そういう、直にふれ合える距離感。ちゃんと直に届けられるし、つなげられるものを大切にしている気はします。

Photographs by Sakie Miura

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プロフィール

藍坊主
藍坊主
ロックバンド

神奈川県小田原市出身の4人組ロックバンド。ジャンル、サウンドのスタイルを様々に変化させながらも、秀逸なメロディーと2人のソングライターにより表現される「日常」と「実験的」な世界観の歌詞、確かな演奏力と透明感のあるボーカルが魅力のバンド。 2004年のメジャーデビュー後は数々のフェスやイベントに出演し、2011年5月には自身初の日本武道館公演を開催し大成功に収める。2015年には自主レーベルLuno Recordsを設立しより精力的に活動範囲を広げている。2016年9月14日(水)には『ココーノ』以来、1年9ヶ月ぶりとなる自身8枚目のアルバム『Luno』をリリース。

連載陣Vo hozzyは「MUSIC ILLUSTRATION AWARDS 2014」にてBEST MUSIC ILLUSTRATOR 2014を受賞する等、ジャケットデザインの描き下ろしの他にも映像作品の制作、レコーディング機材の制作や楽曲のトラックダウンを自身で行う等、アーティストとして様々な魅力を発揮している。2015年7月からよりパーソナルでコアな表現活動のためのプロジェクト「Norm」をスタート!Ba 藤森真一は関ジャニ∞「宇宙に行ったライオン」や水樹奈々「エデン」等への楽曲提供を行う。

藍坊主公式HP http://www.aobozu.jp

ライターについて

Writer 15
烏丸おいけ

『Quick Japan』「Qetic」などカルチャー媒体に寄稿。
Twitter:@oikekarasuma

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神奈川県小田原市出身の4人組ロックバンド。ジャンル、サウンドのスタイルを様々に変化させながらも、秀逸なメロディーと2人のソングライターにより表現される「日常」と「実験的」な世界観の歌詞、確かな演奏力と透明感のあるボーカルが魅力のバンド。 2004年のメジャーデビュー後は数々のフェスやイベントに出演し、2011年5月には自身初の日本武道館公演を開催し大成功に収める。2015年には自主レーベルLuno Recordsを設立しより精力的に活動範囲を広げている。2016年9月14日(水)には『ココーノ』以来、1年9ヶ月ぶりとなる自身8枚目のアルバム『Luno』をリリース。

連載陣Vo hozzyは「MUSIC ILLUSTRATION AWARDS 2014」にてBEST MUSIC ILLUSTRATOR 2014を受賞する等、ジャケットデザインの描き下ろしの他にも映像作品の制作、レコーディング機材の制作や楽曲のトラックダウンを自身で行う等、アーティストとして様々な魅力を発揮している。2015年7月からよりパーソナルでコアな表現活動のためのプロジェクト「Norm」をスタート!Ba 藤森真一は関ジャニ∞「宇宙に行ったライオン」や水樹奈々「エデン」等への楽曲提供を行う。

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