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特集!あの人の本棚
192.

柳内 啓司   (TV局社員、メディアプロデューサー)


ウェブで先に内容を読めてしまったら、本は売れなくなるのか?

柳内 啓司
「本や雑誌が売れなくなっているのは、ウェブで無料で文章が読めるようになったからだ。」 一時期、そんな言動が聞かれたこともある。しかしここ最近は、ウェブコンテンツが書籍化されたり、書籍のプロモーションとしてウェブが積極的に活用されたりと、むしろ「本とウェブの融合」が本格化している。

そして、その「本とウェブの融合」は少しずつ進化しているようにも見える。ブログなどのウェブコンテンツが書籍化されることは特に目新しいことではないが、書籍化を前提としたコンテンツをウェブに"すべて"さらしてしまう、という新たな動向に、私はいま注目している。

ウェブで先に内容を読めてしまったら、本が売れなくなるという心配はないのだろうか。

ひとつの例として、NewsPicksという経済ニュースサイト/アプリで連載された後に、講談社によって書籍化された『進め!!ブラック企業探偵団』のケースを取材した[1]。全文を連載としてウェブで公開していた本書が、発売後、好調な売れ行き*を示した理由はどこにあるのだろうか(*東大京大の生協での書籍売上1位を記録など )。本記事では、著者である現役東大生・大熊将八氏に取材をすることから、その理由を導いてみた。
ウェブで先に内容を読めてしまったら、本は売れなくなるのか?

ウェブで先に読めることが、むしろ本の内容を大幅にパワーアップさせた

柳内 『進め!!ブラック企業探偵団』(以下、「ブラック企業探偵団」)が出版されるまでの経緯を教えて下さい。

大熊将八(以下、大熊) 私は、京都大学客員准教授であり、ベストセラー『僕は君たちに武器を配りたい』の著者である瀧本哲史さんのもとで、投資を学ぶゼミに立ち上げメンバーとして関わっていました。そのゼミでは投資のために、財務諸表の読み解き方やニュースの解釈の仕方、取材方法などの企業分析術を学んでました。

その学びを通じて、世の中で一見正しいと信じられていることが実は間違っていることや、反対に、世の中の多くの人が信じていないが実は正しい事実を見つけ出すことのおもしろさを知るようになりました。

柳内 例えば、どんなことですか?

大熊 例えば一見業績好調な企業が実は粉飾決算をしている、などです。実際に、「江守商事」という当時東証一部上場していた企業について、毎年売上と利益を伸ばしているもののキャッシュフローが不明瞭で怪しい、とゼミ生が目をつけていたら、その約1年後に粉飾決算が発覚したこともありました。

柳内 すごいスクープですね。それを学生がやるなんて驚きです。

大熊 瀧本ゼミでの活動を、より多くの人、特に自分と同年代に広めたいなと考えていたところ、瀧本さんの担当をしていた講談社の加藤晴之さんという編集者の目にとまりました。加藤さんは書籍担当の前は「フライデー」や「週刊現代」という雑誌で編集長をされてきた方で、ジャーナリズムの世界に長年携わられてきました。その加藤さんの目には瀧本ゼミの活動がジャーナリズムと通じるところがある、と映ったようで、ぜひ書籍にしようというお話をいただけました。

柳内 今回の「ブラック企業探偵団」は、なぜ小説の形をとったんですか?

大熊 加藤さんと打ち合わせを重ねる中で、せっかく著者である僕が現役の大学生なので、主人公を大学生にした架空の「探偵団」の活動を描くフィクションにしてはどうか、という話になったんです。そして「ブラック企業探偵団」の原型ができました。

進め!! 東大ブラック企業探偵団

『進め!! 東大ブラック企業探偵団』 大熊 将八

柳内 なるほど。「ブラック企業探偵団」は、NewsPicksでも連載していたと思いますが、これはどんな経緯で?

大熊 ちょうどその頃、佐々木紀彦さんが東洋経済新報社からユーザベースに移籍され、NewsPicksに編集部が立ち上がろうとしていました。僕は幸運にもその立ち上げメンバーにインターンとして関わらせていただけたので、「ぜひこの書籍の企画をNewsPicksで先に連載してはどうでしょう」と提案したところ、企画が通りました。そうして、講談社とNewsPicksのコラボが実現することになりました。

柳内 なるほど。まず書籍の企画があり、その後にウェブでの展開も話が進んだわけですね。

大熊 2014年の6月ごろに加藤さんと話し始め、9月にNewsPicksでの企画が通り、12月から連載開始で、翌年2015年3月末まで連載していました。それから約1年弱、書籍化のための編集をする時間を経て、2016年2月23日に発売となりました。

柳内 ネットで先に読めてしまったら、本が売れなくなるという心配はありませんか?

大熊 2つの意味で、本の内容を大幅にパワーアップすることができたので、心配はありませんでした!

1つは、NewsPicksのピッカーの力を借りられたことです。

僕がいろいろな業界・企業について論じていくと、その業界担当のアナリストや実際に勤務している人から鋭いコメントをいただくことができました。僕個人のライターとしての力はまだまだ未熟で、分析が甘く、浅い部分もありましたが、各業界のプロフェッショナルのアドバイスを受けられたことで書籍化にあたって内容に深みを出せたと思っています。

たとえば、僕が「ソニーはもうだめなのか」といった観点で論じると、複数のソニー勤務のピッカーたちから、「いやいや、実はソニーはいまこういう工夫をしていて……」と現場の生の声を聞けたといった具合です。

柳内 いろいろな人の力が集結して、コンテンツに厚みが増していく。とてもインターネット的なコンテンツの作られ方ですね。

大熊 専門家以外のコメントも大変参考になりました。今まで、小説というコンテンツはライターと編集者側で作ったものを読者に届ける一方向的なものだったと思います。でも、NewsPicksでは連載中からたくさんのコメントから感想をいただけるので、「あっ、作者としてはこういう部分がウケると思ってたけど、案外読者には気づかれないんだな」とか、「へー、こういう切り口で感想を持っていただけることがあるんだ」といったような沢山の「気づき」が得られました。それによって、インターネット的な、読者との双方向のコミュニケーションによって一緒に作品を作っていくということができたと思っています。

柳内 なるほど。ネット上でコンテンツを「先出し」した時の反応が本作りの役に立ったわけですね。

大熊 2つめは編集者の力です。ウェブの連載から紙の作品に落とし込むにあたり、編集者とものすごい時間をかけて徹底的に作品を練り直しました。そのことも作品のパワーアップに繋がったと思います。

さきほども挙げた僕の担当編集者である加藤さんは、これまで百田尚樹さんの『海賊とよばれた男』(200万部を超えるベストセラー)を手がけるなど様々なヒット作を担当されており、内容には一切妥協を許さない方でした。加藤さんに僕の甘い部分を厳しく詰めていただき、時には1行を直すのに1時間半もの議論の時間を作っていただきました。

紙の書籍の特徴はやはり、大量にインプットしたものを極限まで削って削って形にあるものとして残すことで生まれる”情報の濃厚さ”だと思います。実績ある編集者の指導の下でそうした作業に取り組めたことから、ネット連載時にはなかった”濃さ”を出すことができました。

このように、ネットならではの双方向性を活かしたブラッシュアップと、紙ならではの情報を濃縮する作業を通して、連載時にはなかった価値をたくさん提供できる作品になったかと思っています。

柳内 書籍には基本的に「編集者」という第三者が入りますが、その人が作品の「最初の読者」として、世にでる前に色んなチェックをしてくれるのは、いいことかもしれませんね。もちろん、優秀な編集者であることが前提だと思いますが。本日は興味深い話をありがとうございました。

考察

取材からうかがえたように、「書籍化予定のコンテンツをウェブで公開して、フィードバックを得ることでその内容を練り上げた」ことが、この本の成功要因だったようだ。これは従来の「ブログなどのウェブコンテンツを書籍化する」こととは大いに意味が異なる。読者、さらには有識者のコメントを受けて練り上げた書籍は、より密度の濃い内容になるのだ。

「ウェブで先に内容を読めてしまったら、本が売れなくなるという心配はないのだろうか。」という冒頭で抱いた疑問には「"本ならでは"の密度に練り上げるので、本の価値が損なわれず、むしろ高まる」と答えられる。

また取材では答えられていなかったが、事前にコンテンツがウェブで見られることが、認知の拡大、すなわちプロモーションに寄与していたことも、本の売上を損ねない要因だったろう。年間8万冊を超える本が世に出る現在、いかに「認知」されるかというのはとても重要だ。さらに、「既に本の内容を一部知っているために関心が高い」だけでなく「自分のコメントが反映されているかもしれないワクワク感」というファン醸成の効果もあったと思う。

この取材後にも、芥川賞作家・平野啓一郎氏の小説『マチネの終わりに』が、毎日新聞での連載と並行してnoteというウェブメディアで事前に公開された[2]。この小説も、連載過程でnoteに寄せられるコメントや「いいね!」のリアクションが、執筆活動に少なからぬ影響を与えただろうという[3]。にも関わらず(あるいは、事前に公開されたことによって、か)、発売後に重版を続けている。『進め!!ブラック企業探偵団』同様に、ウェブ上での先行公開がマイナスにならず、むしろコンテンツの魅力向上につながった事例だろう。

「メディアの収益化」に関する、おすすめの本

今回取材させていただいたテーマについて深く知りたい方に、NewsPicksの編集長でもある佐々木紀彦氏が記した『5年後、メディアは稼げるか』を紹介したい。

2013年、氏が東洋経済オンラインの編集長だった時代の著書ではあるが、それからメディアをとり巻く状況はほとんど変わっていない。むしろ予見していた変化が進み、上記に例示したような新たな取り組みや本書でも描かれていたマネタイズの事例が表出してきただけである。

5年後、メディアは稼げるか

『5年後、メディアは稼げるか』 佐々木 紀彦

本書の軸足は主に新聞・雑誌・ウェブメディアだが、それらのメディアがIT(あるいはウェブ)の活用によってどのように変わりつつあるのかを、日本だけでなく欧米メディアの事例分析を通じてまず導きだしている。その後、日本のメディアの変化必要性について言及し、多様なマネタイズの可能性や、これから求められる編集者像などへと触れていく。

著者が東洋経済オンライン編集長であったため、ややビジネス誌に偏重した見解ではあるが、ウェブの活用と、マネタイズの展開の分析は、出版から3年後の現在の在り方を予見しているだろう。今回のインタビューでも感じとれたように、本 vs ウェブという二項対立の議論をしている場合ではない。

「読者にとってどのようなコンテンツ・デリバリーが適しており」、「そのために編集者はどのように働き方を変える必要があり」、「コンテンツの収益化(マネタイズ)をどのように変化・多様化させるべきなのか」。これらの問いの一部の答えと、思考を深めるきっかけを得られるという点で、今回のインタビューテーマに関心をもった人には、一読をすすめたい。

5年後、メディアは稼げるか

『5年後、メディアは稼げるか』 佐々木 紀彦   

[1]『進め!!東大ブラック企業探偵団』一部の公開とコメント
[2]『マチネの終わりに』note連載
[3]『マチネの終わりに』担当編集者の取材記事(SENSORS)

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プロフィール

柳内 啓司
柳内 啓司
TV局社員、メディアプロデューサー

1980年生まれ。東京大学大学院卒。在学中に㈱サイバーエージェントにてウェブ広告制作に携わった後、㈱TBSテレビに入社。現在はネットとTVが連携した番組の企画・宣伝を担当。個人でも書籍・ウェブサイト・ネット動画の企画・コンサルティングを行っている。 自著:『人生が変わる2枚目の名刺』『ご指名社員の仕事術』

ライターについて

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hontoビジネス書分析チーム

本と電子書籍のハイブリッド書店「honto」による、注目の書籍を見つけるための分析チーム。ビジネスパーソン向けの注目書籍を見つける本チームは、ビジネス書にとどまらず、社会課題、自然科学、人文科学、教養、スポーツ・芸術などの分野から、注目の書籍をご紹介します。

丸善・ジュンク堂も同グループであるため、この2書店の売れ筋(ランキング)から注目の書籍を見つけることも。小説などフィクションよりもノンフィクションを好むメンバーが揃っています。

プロフィール

柳内 啓司
TV局社員、メディアプロデューサー

1980年生まれ。東京大学大学院卒。在学中に㈱サイバーエージェントにてウェブ広告制作に携わった後、㈱TBSテレビに入社。現在はネットとTVが連携した番組の企画・宣伝を担当。個人でも書籍・ウェブサイト・ネット動画の企画・コンサルティングを行っている。 自著:『人生が変わる2枚目の名刺』『ご指名社員の仕事術』

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