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特集!あの人の本棚
195.

富永京子   (立命館大学准教授)


これから「マンガと社会学」の話をしよう (立命館白熱教室)

富永京子
2016年10月3日、秋の心地よい風が吹く立命館大学衣笠キャンパスに集まった先生と学生たち。前編、後編と2回に分けて、ホンシェルジュ連載でもおなじみ、気鋭の社会学者・富永京子准教授のゼミで行われた「マンガ」と「社会学」について行われた白熱教室の様子をお届けします。

生徒はひとり一冊、おすすめの漫画を紹介し、その本について(富永先生を含む)全員がディスカッションを行うという形で進行。今回登場する学生は、りさ(『Real Clothes』)、ゆい(『私の少年』)、まい(『カードキャプターさくら』)、ひろき(『聖☆おにいさん』)の4人です。はたして白熱教室の行方はどうなる……? 
これから「マンガと社会学」の話をしよう (立命館白熱教室)

「女」という同一性、「労働者」という同一性の中で、差異や格差が見えづらくなっている

富永京子 准教授(以下、富永) 今回、ホンシェルジュの特別企画ということで、富永ゼミのみなさんがそれぞれ選んでくれたマンガについてディスカッションを行います。それでは始めていきましょう。まず、テレビドラマ化もされた槇村さとるの『Real Clothes』(集英社)。推薦してくれたのはりささんですが、どういうところが印象的でしたか?

Real Clothes

『Real Clothes』 槇村 さとる

りさ 主人公は百貨店の婦人服売り場で働く女性販売員。「どうせ辞める仕事なんだから適当にしろよ」と言われ、彼氏と別れるシーンがあるんですが、そこでは結婚し出産してパート仕事に就く、という生き方が彼氏から提示されています。

女性って、結婚したまま仕事を続ける人もいるし、そのまま辞める人もいます。専業主婦になって育児や子育てをする人や再就職する人もいる……といったように様々な選択肢がありますよね。例えばパートについては、男性から、あるいは世間から見ると「単純労働」に近いところがあって、「パートくらいで」といった偏見を持たれることも往々にしてあると思うんです。結婚して仕事を継続し、子供を産んだとして、産休や育休が必要になってくると思うんですけど、出産の手当金とか社内保育園の必要性などは、外から見ても分からないと思うんです。会社に入って、その内情を把握しないと分からないところがある。育休手当が付いてます、って言っている会社は多いと思うんですけど、実際は子供を産んで仕事に復帰しようとすると、それはなかなか戻りにくいのが実情としてはあると思います。そういう、現状の制度の難しさとか、この作品で登場する彼氏のような「周囲の無関心さ」がある。

富永 実は、この漫画には、出産しても仕事を続ける人は出てくるんだよね。だから、主人公の絹恵が働いている会社では、職場に復帰できるという環境がきちんとあります。戻ることのできる選択肢は主人公にあるんだけれど、元カレには一時的な仕事じゃないかと言われてしまい、葛藤があるんですよね。こういう漫画の、ある種のテンプレートだと思うんだけど、もともと付き合っていた他業種の彼氏と別れて、自分の上司とか同業種の人とくっつくというのはよく見る光景ですね。まいさんは一巻読んだ?

まい 現代の女性が悩んでるであろうことで、主人公が悩んでるなと思って読みました。一番思うのが、今私たちは就活が始まるという時期になって、福利厚生など表面上、分かりやすいものを見ながらやってるんですけど、実態が分からないんですよね。パーセンテージなどのデータだけじゃ、育休とか産休、どのくらい休みが取れるのかということは。

私も、もしかしたら結婚するかもしれないし、しないかもしれない。するとしても仕事を続けたいと思ってるけれど、「定時で帰れるのかどうか」ということを考えながら就活をしている自分と、仕事か家庭かで悩んでいる主人公。どの女性にとっても永遠のテーマなのかな、というふうに思って読みました。

富永 男女雇用機会均等法が施行されて30年経ち、今のように女性の活躍が一応のところ推進されているからこそ選択肢が多様になる。仕事か家庭か、というのは、もちろん過去からずっとあったテーマだろうけど、「現代の女性が悩んでる」っていうのはその通りだと思います。この漫画には、仕事と家庭を両立してるキャラクターもいるんだよね。

りさ 幼稚園の年少のお子さんがいて、部署を異動になった人ですね。バイヤールームの上司は男性が多くて、子どもが熱を出しても「帰っていいよ」という判断をするかどうか、男の人からすると難しいよね、という男性側の意見も出てきたりします。

話が進む中で、社内保育園を作って欲しいという要求があったり、主人公の上司が辞めるときに、(200人に1人くらいしか受からないけれど)契約から正社員になれるような社内試験制度を作ってくれたりするように、社内の制度がちょっとずつ変わってきます。重役は男性だけだということに対して、不満に思う女性の台詞もある。

富永 この漫画って、色んな人が一緒に同じ売り場に出てるんですよね。仕事はすごく出来るんだけど派遣で働いている凌さんとか、小西さんみたいな人がいて、それと一緒に正社員が、まあまあ同じような仕事を、女性のお洋服の売り場でしているんですよね。一見して誰がどのような職位にいるか分からないんです。「女」という同一性、「労働者」という同一性の中で、差異や格差が見えづらくなっている。

小西さんというキャラはすごくそうした格差、主人公との格差に不満を持っている人です。 ただ一方で、「契約社員は果たして働きたいのか問題」もあるよね。凌さんや小西さんみたいなバリバリ働きたい人みたいなのもいるけど、「私はこの仕事辞めるので、そんなにやる気ないので、正社員と同じ責任を求められても困ります」という人もいるんです。そういう女性はあまり出てきませんでしたね。だから、基本的にはやる気のある人が制度や慣習の壁にぶつかる漫画です。適当にやっときゃいいんですよ、みたいなキャラが出てこない。

ゆい 人間関係もつらいですよね。女社会というか、共学の人が思う、嫌な意味での女子校っぽい。

富永 男性が主人公のサラリーマン漫画とちょっと違うのが、出世競争じゃないんだよね。それぞれ立場が違って、出世が望めない人も相当数いる漫画。だからこそ起こるようなしがらみもあります。「ガラスの天井」という、女性の組織内での昇進が困難であることを指す言葉があるんだけど、この言葉にも現れている通り、女性は多くが出世を諦めざるを得ないというのもあるし、そうなると普通のサラリーマン漫画みたいに、0からの競争というものが描けません。

「いかに違う立場の人が、衝突を経て分かり合うか」、ということを描くことになるのかな。さて、次は『私の少年』をゆいさんに紹介してもらいましょう。主人公は、行き詰まっているアラサー女性という共通点があるんだけど。

私の少年

『私の少年』 高野 ひと深

ゆい 主人公は30歳の女性・聡子で、少し親から放置されているような美少年と夜の公園で出会い、仲良くなっていきます。仕事は頑張ってやっていて、結婚に対して、昔は憧れがあったけど、今はあまりないという状況。結婚対象になるような同年代やちょっと上、そういう人に対して理想を抱けない、恋愛対象として見られなくなったという聡子が、ものすごく年の人が離れている「12歳の男の子」に惹かれ始めた、という漫画です。その少年に対して母性なのか、恋愛なのかわからない感情を持っている。

富永 「母性」というのがこの作品のキーワードとして出てきますけれども、母性は社会学の中で、家族という構造が作り上げた、言わば構築されたようなものであって、女性が本質的に持ち得るようなものではない、と主張されているものです。それを踏まえて、ゆいさんどう思います? 母性ってあると思う?

ゆい 母性は母親と父親と子供がいてはじめて生まれ、成立するというのが自分の中ではあって、その枠組みとして「家族」、典型的な家族像があると思ったんですけど……。でも今、典型的な家族ってあり得ないですよね。ひとり親とか。だから「母性」のシステム自体が当てはまらなくなってきたと思います。でも、じゃあ母性は存在しないのかって言ったら、そうじゃないと思うんですよ。「母親的な存在と子供的な存在」っていう擬似的な関係の中にも母性はあると思う。

富永 じゃあ「母性愛」っていうのは依然としてある?

ゆい 母性愛っていう言葉には「母」とあるので、結婚して、子供を産んでみたいなイメージがあるけど、自分より弱いものを守るっていう意味での愛であれば成立すると思う。男性でも、父性と置き換えたとしてもあると思います。血が繋がっていてもそうでないとしても。

富永 なるほどなるほど。ケアしたい欲求があるかどうか、という話だと思うんだけども、みんなはどうですか。

りさ この漫画もそうだけど、『うさぎドロップ』も30代の男性が幼い子供のケアをするという話……。小さい子がかわいいなと思う気持ちはあるけど。自分がもし、立ち寄った公園に子供がいて、独りでサッカーしてるという状況に置かれたら、声くらいはかけると思います。

うさぎドロップ

『うさぎドロップ』 宇仁田 ゆみ

ひろき なんでこの子をここまで美少年押ししてるのかが分からない。この男の子にそんな設定を付ける必要があったのか。読んだ後ずっとモヤモヤしてました。

富永 今の話はポイントで、女性が男の子を保護する話に『きみはペット』があると思うんです。これもやっぱり、フラフラしている美少年で、血のつながりはないし、身元が最初の時点で分かっていない。それに対して、主人公と保護される相手の性別が逆な、『うさぎドロップ』、『甘々と稲妻』、『高杉さん家のお弁当』は、保護される相手の身元が第三者から保証されていて、主人公との関係も明瞭、縁がしっかりしているんですよね。そういう不均衡が、異父異母モノでも、ひとつとしてあるのかな。

きみはペット

『きみはペット』 小川 弥生

甘々と稲妻

『甘々と稲妻』 雨隠 ギド

高杉さん家のお弁当

『高杉さん家のお弁当』 柳原 望

あと、こちらの方がりささんのお話にフィードバックがあると思うんだけど、『きみはペット』にしろ『私の少年』にしろ、すごく女が満たされていない描き方をされているんだよね、アラサーで。男に振られ、次の相手も分からない、結婚どうしようという状況。満たされていない中で、美少年がやってきて、そこに救いを求める。それに比べると『甘々と稲妻』『うさぎドロップ』って、男が慣れない家事に苦戦苦闘する話なんだよね。

子供との関係とか、家事育児そのものが男性にとってイレギュラーで、だからこそ慣れない様が漫画になる。それに対して、女性が縁のない美少年を受け入れるのは、やっぱり「子供」みたいな存在がいないとしんどいでしょう? 自分より小さいもの、弱いものを女はケアして当然、みたいな、そういう「母性」観がそもそもあったりするのかもしれないよね。

ひろき 弱いですもんね。おじさんに絡まれるような、か弱い美少年。

ゆい お風呂にも入っていなくて、部活もさせてもらえなくて。かわいそうな条件がどんどん積み重なっている。守る対象に出会ったから、より美しく見えるみたいな効果もあるのかもしれないですけど。

富永 この主人公もたいがいだよ。車で送ったりしてる時点で、公園で声かけるおじさんレベルじゃない「怪しい大人」ではあるわけだよね。女なら安全だろうみたいな、「男は危険だが、女は安全」という偏見ありきで、この主人公が30代や40代のお兄さん、おじさんだったら成立しないわけですよね。……『最強伝説黒沢』にそんなシーンがありましたね。

最強伝説黒沢

『最強伝説黒沢』 福本 伸行

まい 私、お風呂も入ってなくて、夜中にサッカーしてるような子供がいて、周りに気付ける大人が誰もいない、地縁がないのが気になりました。地域みんなで子育てをやってという世界じゃなく、大人が都会で働いて、自分たちだけで子育てをしている。この少年は、後者の状況で育てられてるんですね。私の生まれ育った状況と違うなあ、と。そういう状況で頼ることができるのって、制度、児童相談所とかだと思うんですけど、この女の人、そういう場所を気にする様子も見えない。

富永 『うさぎドロップ』にしろ『高杉さん家のお弁当』にせよ、主人公が結構、すぐに頼るんですよ。制度とかママ友とか、同僚とか。女性が主人公の場合、そういうことをあまりしなくて、「私しか頼るものがない」みたいな状況を作り出す。ただ、二人きりの関係、二人きりの子育て、みたいな色が強いよね。

『きみはペット』は、モモがすでに独立している年齢なので、そもそも頼りようがないのかもしれないけど。

(後編に続く)

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プロフィール

富永京子
富永京子
立命館大学准教授

1986年生まれ。日本学術振興会特別研究員、チューリッヒ大学直接民主主義研究所外部研究員、台湾國立東華大学客員研究員などを経て、現在、立命館大学産業社会学部准教授。社会運動を中心とした政治参加が、個人の生活とどのように関連しているかを中心に研究している。博士論文を元にした『社会運動のサブカルチャー化』(せりか書房)が10月に発売、社会運動に参与する現代の若者を分析した『社会運動と若者』(ナカニシヤ出版)は年内に発売予定。
個人ウェブサイトは kyokotominaga.com

ライターについて

Writer 15
烏丸おいけ

『Quick Japan』「Qetic」などカルチャー媒体に寄稿。
Twitter:@oikekarasuma

プロフィール

富永京子
立命館大学准教授

1986年生まれ。日本学術振興会特別研究員、チューリッヒ大学直接民主主義研究所外部研究員、台湾國立東華大学客員研究員などを経て、現在、立命館大学産業社会学部准教授。社会運動を中心とした政治参加が、個人の生活とどのように関連しているかを中心に研究している。博士論文を元にした『社会運動のサブカルチャー化』(せりか書房)が10月に発売、社会運動に参与する現代の若者を分析した『社会運動と若者』(ナカニシヤ出版)は年内に発売予定。
個人ウェブサイトは kyokotominaga.com

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