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特集!あの人の本棚
196.

富永京子   (立命館大学准教授)


これから「マンガと社会学」の話をしよう (立命館白熱教室 後編)

富永京子
立命館大学准教授・富永京子先生とゼミ生との「マンガと社会学」についてのディスカッション。後編はジェンダーやキャリアというトピックについて深く切り込みます。
これから「マンガと社会学」の話をしよう (立命館白熱教室 後編)

作者たちも20代後半くらいで、いろいろキャリアを意識するようなときにこういう挑戦をしたのかな?

富永京子 准教授(以下、富永) つぎは、まいさん。『カードキャプターさくら』を持ってきてくれましたが、この本を選んだ理由は何?

カードキャプターさくら

『カードキャプターさくら』 CLAMP

まい ちっちゃい頃にアニメを見ていて、小学生の頃にお小遣いで漫画を買ったんですけど、大人になって読み返してみたときに、小学生の女の子向けにしてはディープな……友達の知世ちゃんが、いわゆるレズみたいな愛情をさくらに向けているのかなとか、登場人物の桃矢と雪兎も同性愛的な関係なのかなあとか。今の社会から見ると、逸脱していると言われがちな関係性が何の説明もなく出て来ているんですよね。

1996年に連載が始まりましたが、当時、LGBTという言葉を知っているような状況はなかったと思うんです。そういう中で、子供向けの漫画にこの関係があるのが印象的でした。

富永 「ゲイ」とか「レズビアン」とかでなく「オカマ」とか「オナベ」、やっぱり逸脱したというか、差別ですよね。そういう呼ばれ方をしていました。今のテレビ番組などに見られる、性的マイノリティの人の扱い方もすごく問題があったりするけど、ともあれ、そういう社会の中で不意を突かれるような感じですね。同じ『なかよし』の「セーラームーン」でも、男装するキャラは居るんだけど「男装」なんだよね。関係性も明確ではない。

まい セーラームーンも調べていました。天王はるかの性別ってわからないし、出てこないんです。男のようで男じゃなくて、女のようで女じゃなくて。で、CLAMP(『カードキャプターさくら』)と武内直子(『セーラームーン』)、ふたつの作品の連載時期もだいたい近くて、作者の生年月日を調べてみたんですけど、作品が始まった当時の年齢が近くて、20代後半くらい。

ちょうど連載が始まった時は、社会で同性愛への寛容性が高まった時期だと言われています。今まで世界的に人工妊娠中絶とか同性愛とかの寛容性が高くなかったらしいんですけど、1990年代頃に「第二の人口転換」という時代と並行して寛容性が高まったとか、性別役割分業意識に対してこの頃に特に女性に反対意識を持つようになったっていう社会的背景があった。ちょうどそういう時期だったから、作者たちも20代後半くらいで、いろいろキャリアを意識するようなときにこういう挑戦をしたのかな? と思いました。

富永 それはすごく挑戦的な、冒険のような議論だけど面白い仮説ですね。一方ですごく伝統的に、「宝塚の男役」みたいなモチーフって少女漫画にはかなり前から存在してたりするわけですよね。天王はるかってその変種なのかもしれない。

ゆい 知世ちゃんのさくらちゃんに対する思いは、今から見たらレズとか百合とかいうものなのかもしれないけど……「重い友情」みたいなのは、小さい頃自分も女友達にちょっとあったような気もします。他の人に取られたくない、ずっとふたりで遊ぶみたいな、そういう共感はある。「同性愛」という言葉を知っているから「レズビアン」みたく思ってしまうのかもしれないけど、でも分かるなって思いましたね。

富永 関係はすごくグラデーションで、この二人の場合、友情か愛情かわからない。わからないところが面白いのかもしれない。

ひろき 逆に言えば、今こうやって読み返すからこそ、逸脱しているなって思うだけ。逆に仲のいい異性二人に対して同性愛という見方が浸透してるだけかもしれないです。小学生くらいでアニメを見てた時、ちょうど俺らのお母さん世代の人がそれを見ても同性愛と感じなかっただけであって、今こうして「同性愛」、そしてそれが「逸脱している」という見方がどこかにあるからこそ、そう感じてしまうんだと思う。

富永 構築主義やスティグマじゃないけど、ある概念を知ってしまったからこそ私達がこういう見方をしてしまうってことですね。

私からちょっと言うと、みんなとは少し違って、非常にマイルドな描き方がされてるなあと思いました。例えば小狼くんは料理をつくるのが好き、お菓子なんかも作っていて、女の子的な趣味を持ってるわけですよね。一方で知世ちゃんのSPの人は親御さんの方針で女の人になっていたり、役割が転換している。ただ、一方で学校の制服は男女別なんです。

個人で選べることは役割分業を外すように、「女の子らしさ」「男の子らしさ」から脱することができるように描いているけれど、学校とか、制度に関わる部分は、男女の“制度的な性”を外していないのがマイルドだなあと感じた理由ですね。では、だいぶジェンダーの話が続いてしまったのですが、『聖☆おにいさん』いってみましょう。

聖☆おにいさん

『聖☆おにいさん』 中村 光

ひろき ゼミの前期に読んだ『日本人の考え方 世界の人の考え方』で、日本人はあまり宗教を意識しないという話が出てきて。意識しないということは厳格じゃないから、一巻でブッダの耳をつり革にしたりとか、そういうことができるのかなと思ったりしました。厳格な地域だと「これ怒られるんちゃうん?」となったりしないのかなあ。

日本人の考え方 世界の人の考え方

『日本人の考え方 世界の人の考え方』 池田 謙一

富永 意識しないっていうのが、どういう理由かによりますよね。意識しないっていうことは、日常に浸透しすぎているから「あるあるネタ」として面白いのか、それとも身近になさすぎてファンタジー的に面白いのか。

ひろき この本(『宗教と社会のフロンティア』)では、日本の宗教の用い方が「表層的なもの」というように記述されていて、正月には神社に行って、結婚式はキリスト教風の式を挙げて、葬式は仏教が混在する日本人の宗教観を、欧米人は理解しがたいっていう人がいるという話を読んで。宗教が日々の生活とともにある、異世界のことじゃない「当たり前」という議論が日本の民俗学にあるみたいなんです。

富永 『宗教と社会のフロンティア』ですね。

宗教と社会のフロンティア

『宗教と社会のフロンティア』 高橋 典史、岡本 亮輔、塚田 穂高

ひろき それによると、日本人の多くがどちらかというと宗教を年中行事と捉えて、宗教としては認識してない。それで、多くの日本人が自分を「無宗教」と感じているから、この漫画みたいな描き方もアリっていうことになるのかな。

富永 アリかっていうよりは、アリかナシかの判断基準を多くの日本人が持っていない、といった方が正しいかな。宗教が年中行事と同じっていうレベルなら、こういう描き方は「アリ」。でも一方で、ひろきさんみたいな読者からすると、「このネタやっていいのかな? ナシかな?」と思ったりする。それって、そもそも宗教が怖いというか、遠いってのがどっかにあるってことだよね。

この話って最初は二人で完結してるんだけれども、途中から仲間が出てくるんだよね。アナンダ君とか。それで、天界の仲間との過去の話とか、あるあるエピソードみたいなものを日本でやっていく。これを読んで思ったのが、ふたりの独立した「神」の話が、他の仲間が出てくることによって「神話」になっていくということ。もちろんイエスもブッダもすごくストーリーやバックグラウンドを持った有名人なんだけど、彼らとて他者との関係の中で生きている、他者との関係の中で「神」になるというのは面白い点でしたね。

あとひとつは、日本人が宗教的なものを日常化しているということに絡めて言うと、一巻はふたりの一発ネタみたいな話が多かった。その中で、2ちゃんみたいな掲示板で「神降臨」みたいな言葉があったり、店員さんに「お客様は神様ですから」という言葉をかけられてビクッとするシーンが有ったりするんだけど、これが面白くて。そこではじめて、私達が、日常に意外と神っていっぱいいるんだなあと、色んな瞬間に神という存在を出現させているんだなあ、トリビアルだけれども日常のところに神っているんだなあ、という気にさせられましたね。

まい 授業でシャルリー・エブド事件を調べたんです。ムハンマドの風刺画を書いて襲撃された事件で、世間一般的にはムハンマドを書いたから襲撃されたのかというのと、侮辱したから襲撃されたんだというのとあるみたいで。

この漫画私は好きなんですけど、本当に信仰している人からしたらびっくりするんじゃないの? って思うんです。聖書を見ると、石をパンにする、水をワインにするっていうのはすごいことだったりするんですよね。それがギャグの文脈で、石と水出されて、パンとワインにできるでしょ? みたいな感じの話(笑)。

富永 「本当に信仰している人から見てどうか」っていうのは、そういう人がここにいらっしゃらないから分からないんだけど、ただ、まいさんとひろきさんが同じイメージを持っているのは気になるところだと思います。ここで言いたいのは、「宗教っぽいもの」「神秘っぽいもの」を扱った漫画ってきっとたくさんあるんだけれど、それは宗教のかっこよさ、不可思議さ、神秘性、スピリチュアリティみたいなものなんですよね。この漫画の神秘性ってもうちょっとどうしようもないところに使っている。ただ、それにしたって、その神秘や不思議な力がきちんと分かるのって、彼らがイエスとブッダっていう、色んな神話の寄り集まりである、パッケージ化された「宗教」というストーリーを背負っているからですよね。

この漫画は2008年に始まって8年間続いてる。最初はmixiを使ってて、「ミクリク」したりしてるんだけど、最近はFacebookやTwitterを使ってる。それはイエスとブッダが住んでいる立川の街も同じで、1、2年前にIKEAが出来たんですけど、そこで北欧の神様が住んでたりしてる。イエスがIKEAで北欧の神様に会った時、「あ、あなた知ってます、ヴァルキリープロファイルでみました」と言っているのが最近だと面白いなと感じたんですけど、そのイエスの台詞こそが、さっき、ひろきさんが言ってくれた「日本で消費される宗教像」なのかなって感じがしますね。

ともかく、彼らの変わらない生活を通じて、街の変遷、テクノロジーの変遷を知れるみたいなところもひとつ面白いところなのかなとも思いますね。ふたりを描いてる漫画なんだけど、「異邦人」としてふたりの接する、日本の地域社会やメディアを見せてくれる漫画でもありますね。

インタビューの一覧

プロフィール

富永京子
富永京子
立命館大学准教授

1986年生まれ。日本学術振興会特別研究員、チューリッヒ大学直接民主主義研究所外部研究員、台湾國立東華大学客員研究員などを経て、現在、立命館大学産業社会学部准教授。社会運動を中心とした政治参加が、個人の生活とどのように関連しているかを中心に研究している。博士論文を元にした『社会運動のサブカルチャー化』(せりか書房)が10月に発売、社会運動に参与する現代の若者を分析した『社会運動と若者』(ナカニシヤ出版)は年内に発売予定。
個人ウェブサイトは kyokotominaga.com

ライターについて

Writer 15
烏丸おいけ

編集者・ライター。平成元年生。神保町か新宿で猫背を見かけたら、だいたい僕か猫です。karasumaoike1989@gmail.com

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富永京子
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1986年生まれ。日本学術振興会特別研究員、チューリッヒ大学直接民主主義研究所外部研究員、台湾國立東華大学客員研究員などを経て、現在、立命館大学産業社会学部准教授。社会運動を中心とした政治参加が、個人の生活とどのように関連しているかを中心に研究している。博士論文を元にした『社会運動のサブカルチャー化』(せりか書房)が10月に発売、社会運動に参与する現代の若者を分析した『社会運動と若者』(ナカニシヤ出版)は年内に発売予定。
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