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特集!あの人の本棚
200.

安田 峰俊   (ルポライター)


一流の顧客を常に持て! 「連載 シャープを飲み込んだ男・郭台銘伝」 第二回

安田 峰俊
シャープと鴻海科技集団(以下、鴻海)は、2016年4月2日に共同会見を行なった。内容は、鴻海によるシャープへの出資である。シャープの買収は連日話題になっていたため、鴻海の名も多くのひとの記憶に残っただろう。

だが、1974年に創業され、わずか一代、たった40年で時価総額約4.3兆円になった鴻海という会社、そしてその創業者であり現会長の郭台銘(かくたいめい)について、いったい我々はどれほど知っているだろうか。

この今回、10月に発売されたばかりの『野心 郭台銘伝』(プレジデント社)から、郭台銘という男と鴻海という会社の真の姿を、一部見ていこう。
一流の顧客を常に持て! 「連載 シャープを飲み込んだ男・郭台銘伝」 第二回

『野心 郭台銘伝』(プレジデント社)


30歳の大阪物語

「私の30歳の誕生日は、日本の松下電器産業(現・パナソニック)で過ごすことになった。私は彼らのところへ、部品製造をわが社に発注してくれないかと頼む商談に行ったのだ。その夜は、日本人たちからずいぶん酔わされてしまったよ」

2003年4月、郭台銘は台湾のビジネス誌『商業週刊』第753期の取材を受けた際に、「重要な転換点」としてこんな思い出話を語っている。

本人が別の場で、これが最初の大阪入りだったと話しているため、府内に本社を置く松下との接触もおそらく初めてだったのだろう。日本の大手家電メーカーとの商談自体が、人生で初だったかもしれない。

1980年当時の日本は、世界に覇を唱える経済大国の道を歩みつつあった。なかでも松下の名は、日本の顔として台湾国内でも燦然と輝いていた。台湾の無名の中小企業の社長だった郭は、そんな超巨大企業に単身乗り込み、テレビ部品の下請け受注を申し出たらしい。

「なんや。この台湾の若いやつ、えらいええ根性しとるやないか?」

松下の社員たちはそんな感想を漏らしたかもしれない。当時は創業者の松下幸之助が存命中であり、彼の薫陶が社内に濃厚に息づいていた時代である。

彼らは商談後、若さに任せて無謀な売り込みを仕掛けてきた異国の男が誕生日を迎えたことを知った。祝杯を挙げてやろうと居酒屋に直行し、席上、松下の部品供給網に関する話も少しばかり教えてあげたようだ。もっとも彼らはその代償として、昭和のサラリーマン社会の洗礼だとばかりに、酒に強くない郭をぐでんぐでんに酔い潰した。

翌朝、目覚めた郭は二日酔いの頭を抱えながら、前夜の体験をこう反芻したという。

「私はベッドに寝そべったままで考えたのだ。日本ではなぜ、(たとえ町工場であっても)あれほど素晴らしい部品を供給できるのかと。それは日本には素晴らしい発注元メーカーが存在し、日本の部品製造技術の発展を後押ししているからだった。一方、台湾にそうした発注元メーカーはなかった。(略)台湾の部品製造業者のうちで、自国メーカーから技術を育てられているような会社もほとんど存在しなかったのだ」

当時の台湾メーカーは、ろくな技術力も国際競争力もないのに下請け企業への無茶な発注と搾取を繰り返していた。郭台銘の目から見て、下請け企業を仲間と見なして積極的な育成をおこなう松下の姿勢は対照的に思えた。

発注元がこうした良心的な会社であれば、下請け企業の側にも技術が蓄積されていき、自社の研究開発を通じて発注元によりよい製品を提案することもできる。鴻海がそんな会社に変わっていけば、経営が安定して企業規模の拡大も可能になるだろう。

では、自社を育ててくれる発注元メーカーとはどんな会社か? それは世界的なシェアを持つ一流ブランド企業のみである――と、郭台銘はこのときに考え至ったらしい。

野心 郭台銘伝

『野心 郭台銘伝』 安田 峰俊

一流の顧客を持て

「常に一流の顧客を持て」

後年、鴻海はそんなビジネススタイルを採用(第1章参照)したことで、企業規模を現在の水準にまで拡大させていく。すなわち、携帯電話やタブレットではアップル、パソコンはデルやヒューレット・パッカード(HP)、電子ゲーム機はソニーと任天堂、といった大手メーカーからの受注のみを眼中に入れ、最初の取引の時点ではたとえ利幅が小さくても全力で食いつくことで関係を強めていったのだ。

もちろん、1980年当時の時点で、郭台銘はすぐに一流企業とのビジネスを開始できたわけではない(冒頭の松下との商談も、おそらく成約しなかったと見られる)。ただ、郭はこの大阪行きから間もなく、台湾の大手企業から発注された大型案件を、2週間悩んだ末に納期やコストの厳しさを理由に「蹴った」と伝えられている。

鴻海はこのときから、単なる下請け組み立て屋の町工場の地位にとどまることをやめたのだった。

「私は日本に来るのが大好きだ。実のところ、私は仕事でもプライベートでも30年以上にわたって、深く積極的な日本との関わりを持ってきたのだ」

「私が初めて大阪に来たのは、自分のちょうど30回目の誕生日だった」

2016年4月2日、歴史的な買収交渉を成功させた郭台銘は、シャープ社長(当時)の髙橋興三と部下の戴正呉(たいせいご)を左右に引き連れ、堺ディスプレイプロダクト(SDP)で共同記者会見を開いた。彼がスピーチの開口一番で述べたのは、すなわちこの大阪の思い出だった。

現在は多くが定年を迎えているはずの往年の松下の社員たちは、家のテレビでニュース映像を見てさぞ仰天したに違いない。かつて面白半分で酔い潰して遊んでやった若い台湾人が、36 年後に彼らのパナソニックグループを凌駕する規模の大企業を作り上げ、自社と同じ大阪にあるライバル企業のシャープを買収して「進駐」してきたのである。

それはまさに、時代の変化と産業界の地図の変容を如実に物語る光景に他ならなかった。

野心 郭台銘伝

『野心 郭台銘伝』 安田 峰俊
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プロフィール

安田 峰俊
安田 峰俊
ルポライター

1982年滋賀県生まれ。ルポライター、多摩大学経営情報学部非常勤講師。立命館大学文学部(東洋史学専攻)卒業後、広島大学大学院文学研究科修士課程修了。在学中、中国広東省の深圳大学に交換留学。一般企業勤務を経た後、著述業に。アジア、特に中華圏の社会・政治・文化事情について、雑誌記事や書籍の執筆を行っている。著書に『和僑』『境界の民』(角川書店)、『「暗黒・中国」からの脱出』(文春新書)の編訳など。

ライターについて

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丸善・ジュンク堂も同グループであるため、この2書店の売れ筋(ランキング)から注目の書籍を見つけることも。小説などフィクションよりもノンフィクションを好むメンバーが揃っています。

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安田 峰俊
ルポライター

1982年滋賀県生まれ。ルポライター、多摩大学経営情報学部非常勤講師。立命館大学文学部(東洋史学専攻)卒業後、広島大学大学院文学研究科修士課程修了。在学中、中国広東省の深圳大学に交換留学。一般企業勤務を経た後、著述業に。アジア、特に中華圏の社会・政治・文化事情について、雑誌記事や書籍の執筆を行っている。著書に『和僑』『境界の民』(角川書店)、『「暗黒・中国」からの脱出』(文春新書)の編訳など。

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