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特集!あの人の本棚
204.

安田 峰俊   (ルポライター)


鴻海の黒子に徹するビジネスモデル 「連載 シャープを飲み込んだ男・郭台銘伝」 第六回

安田 峰俊
シャープと鴻海科技集団(以下、鴻海)は、2016年4月2日に共同会見を行なった。内容は、鴻海によるシャープへの出資である。シャープの買収は連日話題になっていたため、鴻海の名も多くのひとの記憶に残っただろう。

だが、1974年に創業され、わずか一代、たった40年で時価総額約4.3兆円になった鴻海という会社、そしてその創業者であり現会長の郭台銘(かくたいめい)について、いったい我々はどれほど知っているだろうか。

この今回、10月に発売されたばかりの『野心 郭台銘伝』(プレジデント社)から、郭台銘という男と鴻海という会社の真の姿を、一部見ていこう。
鴻海の黒子に徹するビジネスモデル 「連載 シャープを飲み込んだ男・郭台銘伝」 第六回

『野心 郭台銘伝』(プレジデント社)


鴻海の驚異の成長

全容が見えづらい存在とはいえ、鴻海の業績は極めて好調だ。郭台銘が1974年にわずか資本金30万台湾元(当時のレートで約230万円)で創業した町工場は、最初期の迷走を除けばほぼ一貫して驚異的な速度で拡大を続けてきた。

1980年代後半から中国大陸に進出し、安価な労働力を用いたパソコンや携帯電話の製造によって、電子製品の製造分野での巨大企業へとのし上がっている。2001年からは台湾最大の民営メーカーになり、2002年以降は中国大陸域内の企業別輸出額のナンバーワンを占めるようになった。2007年まで、売上高の伸びは年率ほぼ30%以上をキープし続けた。現在でもほぼ10%台を上回っている。

浮き沈みの激しい電子製品業界で、30年間ひたすら成長と拡大を続けてきた鴻海は「奇跡」の企業と言ってもいいほどだ。

「私は松下幸之助氏や盛田昭夫氏を尊敬している」

シャープ買収の前後、郭台銘は日本人に向けてそんなリップサービスをしばしば口にした。だが2016年6月時点で、鴻海の時価総額は日本円換算で約4.3兆円に達し、ソニー(約3.8兆円)やパナソニック(約2.3兆円)を軽く上回る。ちなみにシャープの時価総額は6000億円程度だ。

また、2015年の鴻海の連結売上高は過去最高の4.48兆台湾元(約16.9兆円)を叩き出し、やはりソニーやパナソニックにダブルスコアに近い差をつけた。同年、すべての日本企業のなかで鴻海の売上高を超えられたのは、トヨタ自動車(28.4兆円)だけだった。あとは本田技研工業(14.6兆円)や日本郵政(14.2兆円)が、為替レート次第で鴻海を上回る可能性がある程度である。

「無名」の台湾企業が、日本の名だたる大企業を凌ぐカネを稼いでいることには改めて驚きを禁じ得ないだろう。

シャープの買収に苛立ちの声を上げる日本の国内世論のなかには、日本企業が本質的に台湾企業よりも格上だと考えるような驕りの感情も見え隠れしている。だが、数字をちょっと眺めただけでも、鴻海がシャープを会社丸ごと買収できる実力の持ち主であることは、誰の目にも納得できるはずである。

野心 郭台銘伝

『野心 郭台銘伝』 安田 峰俊

黒子に徹するビジネスモデル

続いて、鴻海の成長を支えた電子製品の受託生産についても説明しておこう。これは簡単に言えば、自前のブランドを持たずに他社からの発注を受け、自社工場において他社ブランドの製品を代わりに生産するビジネスだ。

もともとアパレルや靴などの製造業界で一般的だった方式を、電子製品の製造に応用したものである。その起源は1980年代のアメリカにあり、従来の電子機器メーカーから飛び出した起業家精神のあるエンジニア集団が、経営難の工場を買い取って他社製品の組み立てのアウトソーシングを引き受けたことから始まったとされる。

ただし、この受託生産ビジネスは人件費の高いアメリカでは十分なパフォーマンスを発揮できず、間もなく技術レベルの高さに比して労働力が安価な台湾企業のお家芸となった(ちなみに当時の中国はまだ貧しくて市場開放も進んでおらず、こうした産業を担う企業を立ち上げる実力はなかった)。

現在もなお受託生産企業の大手には、鴻海をはじめ、シンガポールのフレクトロニクス、台湾の広達(クアンタ)や和碩(ペガトロン)、仁宝電脳(コンパル)などアジア系の企業が多い。中国が改革開放政策を採用して、極めて安価で大量の労働力を動員することが可能になった1990年代以降、これらの会社は次々と中国国内で大規模生産をおこなう工場を設けて拡大していった。

一方、受託生産というビジネスについては「下請け」「組み立て屋」といった冷ややかな陰口が叩かれるケースもある。―― だが、こうした物言いは必ずしも的を射たものではない。

鴻海のような大手の受託生産企業が担っているのは、単に他社製品の部品を自社の工場で組み立てるだけの単純作業ではなく、EMS(Electronics Manufacturing Service)と呼ばれる電子製品の一貫生産だ。つまり、ときには委託元企業の新製品のプロジェクトを設計や試作の段階から担当し、その後の部品調達や製造・発送、補修などのアフターサービスまですべての工程を担うという、包括的な製造をおこなっているのである。組み立てはあくまで、彼らの製造工程の一パートを占めるに過ぎない。

こうしたEMS企業は、大手メーカーに従属する「下請け」ではなく、法人顧客と相互に対等な関係で契約を結んでいる。そのため、ときにはアップルとシャオミ、一昔前で言えばノキアとモトローラなど、競合メーカーから同時に受注を取るケースも珍しくない(鴻海の社風が秘密主義的で、メディアの取材に強硬な拒否反応を示すことが多い理由のひとつは、こうした業界独自の事情から顧客の機密保持を非常に重視しているからでもある)。

近年の製造業の世界では、ブランド力を持つメーカーが自社の工場をほとんど保有せず、製品の企画や研究開発(R&D)・マーケティングなどの収益性や独自性の高い分野のみに注力する「ファブレス化」という現象が進んでいる。

ファブレスとはつまり、自社工場での製造(fabrication)をしない(less)「製造業」のことで、電子分野ではアップルや任天堂などが近年の代表例だ。現場で手を動かすことに価値を置く日本人の伝統的なものづくりの価値観に照らせば違和感も覚えるが、客観的に言って世界の製造業の趨勢はこちらの方向に大きく動いている。

こうした製造業界のファブレス化が、鴻海を爆発的な成長へと導いた。彼らの勝利の法則は、簡単に言えば以下のような「三角貿易」によってできあがっている。

1.アメリカやEUや日本など先進国の大手メーカーが、最初にモノを考える。
2.台湾で鴻海が、製品企画を具体的な形にする方法を策定する。
3.中国のフォックスコンの工場が、安い人件費と豊富な労働力を武器に大量生産をおこなう。

1990年代からゼロ年代にかけてこれが大当たりした結果、顧客である大手メーカー企業よりも巨大なアウトソーシング業者・鴻海が誕生することになったのである。

野心 郭台銘伝

『野心 郭台銘伝』 安田 峰俊
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プロフィール

安田 峰俊
安田 峰俊
ルポライター

1982年滋賀県生まれ。ルポライター、多摩大学経営情報学部非常勤講師。立命館大学文学部(東洋史学専攻)卒業後、広島大学大学院文学研究科修士課程修了。在学中、中国広東省の深圳大学に交換留学。一般企業勤務を経た後、著述業に。アジア、特に中華圏の社会・政治・文化事情について、雑誌記事や書籍の執筆を行っている。著書に『和僑』『境界の民』(角川書店)、『「暗黒・中国」からの脱出』(文春新書)の編訳など。

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丸善・ジュンク堂も同グループであるため、この2書店の売れ筋(ランキング)から注目の書籍を見つけることも。小説などフィクションよりもノンフィクションを好むメンバーが揃っています。

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安田 峰俊
ルポライター

1982年滋賀県生まれ。ルポライター、多摩大学経営情報学部非常勤講師。立命館大学文学部(東洋史学専攻)卒業後、広島大学大学院文学研究科修士課程修了。在学中、中国広東省の深圳大学に交換留学。一般企業勤務を経た後、著述業に。アジア、特に中華圏の社会・政治・文化事情について、雑誌記事や書籍の執筆を行っている。著書に『和僑』『境界の民』(角川書店)、『「暗黒・中国」からの脱出』(文春新書)の編訳など。

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