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特集!あの人の本棚
207.

安田 峰俊   (ルポライター)


死にそうなヤツは解雇すればいい 「連載 シャープを飲み込んだ男・郭台銘伝」 第九回

安田 峰俊
シャープと鴻海科技集団(以下、鴻海)は、2016年4月2日に共同会見を行なった。内容は、鴻海によるシャープへの出資である。シャープの買収は連日話題になっていたため、鴻海の名も多くのひとの記憶に残っただろう。

だが、1974年に創業され、わずか一代、たった40年で時価総額約4.3兆円になった鴻海という会社、そしてその創業者であり現会長の郭台銘(かくたいめい)について、いったい我々はどれほど知っているだろうか。

この今回、10月に発売されたばかりの『野心 郭台銘伝』(プレジデント社)から、郭台銘という男と鴻海という会社の真の姿を、一部見ていこう。
死にそうなヤツは解雇すればいい 「連載 シャープを飲み込んだ男・郭台銘伝」 第九回

『野心 郭台銘伝』(プレジデント社)


死にそうなヤツは解雇すればいい

例えば、連続自殺(未遂)事件が続いていた2010年5月、フォックスコンは従業員の自殺を禁じる「生命を大切にする承諾書」なる契約文書をワーカーたちと取り交わしている。

仮にこれを破って勝手に自殺した場合、親族に認められる損害賠償請求額は1人あたり10万人民元(約130万円)以内にとどめるとしたうえで、会社の名誉を傷つけないことを約束させる文面だった。だが、ワーカーの自殺よりも会社や管理者の責任問題を心配していると見られても仕方がない内容に、中国世論の批判が殺到し、間もなく撤回に追い込まれたとされる。

また、2010年以降は労働契約書のなかに自殺未遂をおこなった者を解雇する項目が盛り込まれ、実際に自殺の兆候が見られた若者をクビにするようになった。2013年には、不眠症で睡眠薬を呑み過ぎて病院に搬送された龍華工場の27歳のワーカーが、「会社を(賠償金目的の狂言自殺で)恐喝した」という理由で解雇処分を受けている。

さらに、製品納入先のアップルと共同で、工場内に「従業員お世話センター」なる悩み事相談窓口を設け、仕事や人生に悩んでいる同僚を第三者が報告できるホットラインも開設した。だが、これらも相談者のプライバシーが守られず、自殺予備軍(=解雇対象)となる人物を炙り出す事実上の密告制度と化しているという指摘もあり、実態は必ずしも良好なものではないようだ。

そのほかにも、工場内の寮の階段部分に自殺防護ネットを取り付け、飛び降り行為を物理的に不可能な状態にするという「対策」も取られた。結果、ワーカーたちはネットに包まれた鳥カゴのような場所で寝起きすることになった。(ただし一方で、2010年からは風評を心配する会社側の弱みに付け込み、賠償金を支払わせることを目的にワーカー側が自殺をちらつかせて上司を恐喝するという、中国社会の一筋縄ではいかない複雑さを感じさせる事件も多発している)。

もちろん、まともな対策もなされてはいる。
2010年6月には、労働者の基本給を900人民元(約1万1700円)から大きく引き上げることが発表され、2012年2月には200人民元(約2万5280円)までアップした。現在の給与はさらに上昇し、一部の工場では新人ワーカーでもおおむね4000人民元(約6万1360円)以上が保証されていると伝わる。

また、1日の残業時間を3時間以内に制限する方針が打ち出され、2交代制のシフトを3交代制に変えて、ワーカーの平均残業時間を月に80時間から60 時間まで大幅に引き下げた(ただし、残業代が減って不満を訴える声も出た)。結果的に、その後5年間のフォックスコンの中国工場全体での自殺件数は、確認された限りでは20件以下にとどまっており、自殺対策はひとまず成功した。

だが、自殺防止契約をはじめとした一部の配慮に欠けた対策は、やはり鴻海グループの社会的評価を下げる結果を生むことになった。

2010年代に入ると、今度は従業員のストライキや暴動がしばしば起きるようになった。大規模なものでは、2012年9月に山西省太原(タイユエン)の工場で、警備員から出身地をバカにされて殴打されたことに怒った河南省と山東省出身のワーカー2000人が暴動を起こし、武装警察5000人に鎮圧された事件がある(5~8人程度の死者が出たという説もある)。また、2013年9月には山東省煙台(イエンタイ)の工場で貴州省出身者と山東省出身者のワーカーが対立し、双方の勢力数百人が相互に鉄パイプや刃物を持って武闘に及んだ。

近年の反日デモの例を挙げるまでもなく、中国のローカルな社会においてこの手の暴動や集団蜂起は日常茶飯事だ。工場や炭鉱などの労働者が出身地別に派閥を作って抗争する事件は、100年以上前の清朝の時代からしばしば起きており、フォックスコン側の管理責任をどこまで問えるのかには疑問もある。

だが、社内の風通しが極端に悪く、またワーカーたちと上司や警備員との間で敵対意識や相互不信感が強い環境のなかでは、人間関係の摩擦がより明確にエスカレートしやすいことも確かだろう。

野心 郭台銘伝

『野心 郭台銘伝』 安田 峰俊

企業という名の独裁国家

鴻海は、企業の業績やビジネスモデルといった商業的な部分以外の面についても、必ずしも「悪い会社」だとは言い切れない部分が多くある。

中国国内にある同社の系列工場では、労働者への極端な搾取がおこなわれているわけではなく、台湾系や中国系の同業他社と比べて、反社会的な性質が特に強いわけでもない。また、人材についても、鴻海は結果を出している高級幹部に対しては待遇が手厚い。

例えば前出の元高級幹部・戴豊樹は現役時代の年収が20万ドル(約2100万円)を超え、加えてその数倍以上の額面の自社株を与えられていたという。優秀な業績を挙げている社員に、会社がマイホームの購入費を無利子でポンと貸し付けるようなこともある。

本当の意味で仕事がよくできる人や、もしくは社風にちゃんと馴染めたワーカーのなかには、鴻海を「普通のよい会社」であると感じる人も存在する。

トップの郭台銘についても、経営上の判断能力や部下にノルマを達成させる能力はズバ抜けており、実際に郭本人が誰よりも結果を出している。能力のある部下には大盤振る舞いの報酬を惜しまず(この点は日本の「ブラック企業」の経営者との大きな違いだ)、人望もそれなりにある。フォックスコンの労働環境やワーカーたちの自殺や暴動の責任についても、すべてを彼一人に押し付けられない部分がある。

だが、ごく一般的な日本人の感覚に照らせば、鴻海は耐え難い社風の企業だろう。いくら給料が比較的高くても、同じ職場の人

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プロフィール

安田 峰俊
安田 峰俊
ルポライター

1982年滋賀県生まれ。ルポライター、多摩大学経営情報学部非常勤講師。立命館大学文学部(東洋史学専攻)卒業後、広島大学大学院文学研究科修士課程修了。在学中、中国広東省の深圳大学に交換留学。一般企業勤務を経た後、著述業に。アジア、特に中華圏の社会・政治・文化事情について、雑誌記事や書籍の執筆を行っている。著書に『和僑』『境界の民』(角川書店)、『「暗黒・中国」からの脱出』(文春新書)の編訳など。

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安田 峰俊
ルポライター

1982年滋賀県生まれ。ルポライター、多摩大学経営情報学部非常勤講師。立命館大学文学部(東洋史学専攻)卒業後、広島大学大学院文学研究科修士課程修了。在学中、中国広東省の深圳大学に交換留学。一般企業勤務を経た後、著述業に。アジア、特に中華圏の社会・政治・文化事情について、雑誌記事や書籍の執筆を行っている。著書に『和僑』『境界の民』(角川書店)、『「暗黒・中国」からの脱出』(文春新書)の編訳など。

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