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特集!あの人の本棚
217.

助川幸逸郎   (日本文学研究者、著述家)


司馬遼太郎を「過去」にできない日本人(インタビュー)

助川幸逸郎
没後20年たっても、いまなお、ビジネスパーソンを魅了しつづける司馬遼太郎。その作品は、戦後、日本人が生きていく上でのバイブル的存在といっても過言ではありません。しかし、日本文学研究者の助川幸逸郎氏は、「司馬遼太郎の作品に感動ばかりしていてはいけない」と指摘します。

助川氏は横浜市立大学、東海大学などで講師を務め、これまで、文学にとどまらず、映画、ファッション、アイドルなど、多岐にわたるテーマと多様な切り口で、授業や講演、執筆を行ってきました。

助川氏が指摘するように、「組織に属しながら、心は坂本龍馬」という生き方は、司馬の作品を愛読するビジネスパーソンの理想像でした。一方、それでは21世紀のグローバルな情報化時代を生き抜くことはできないのではないかと、少なからずの人が疑問を感じていることも事実でしょう。

では、司馬遼太郎のどこに限界があり、その作品から、いかに日本が進むべき道をくみ取るか、従来とは異なる切り口で、助川氏に語っていただきました。
司馬遼太郎を「過去」にできない日本人(インタビュー)

なぜ、司馬遼太郎に感動ばかりしていてはいけないのか

まずはじめに、私は、作家としての司馬遼太郎が大好きです。しかし、司馬に感動ばかりしてはまずいのではないかという思いがあります。司馬は高度経済成長期に大変人気のあった作家で、20年も前に亡くなっています。本来なら、過去の人になっていなければおかしいはずなのに、いまだにリアルタイムで非常に人気がある。

これは、日本人が意識を変えて、前に進んでいかなければいけないのに、進めていないということとつながるのではないか、司馬を過去の人にできない日本人の問題ではないかという気がしています。本日はこの点について話をしていきましょう。

司馬遼太郎は大正12年生まれで、太平洋戦争では戦車部隊として従軍しました。戦争で非常に嫌な思いをしたということは、本人も繰り返し話しています。その根底には、「官僚的非合理主義」が日本を破滅にやった、損得勘定のはっきりした民間人の商売感覚、つまり儲からないことはやらないという「庶民的合理主義」があれば、軍部の暴走は防げたという考えがありました。

司馬の作品には、庶民的合理主義の人物がよく登場します。例えば、坂本龍馬がそうです。龍馬は自分で革命を起こしながら、革命政府の一員にはならず、民間組織である海援隊のリーダーにとどまろうとしました。『竜馬がゆく』では、そんな龍馬を最高にさわやかな人物として描きました。

逆に、官僚主義的な人は、そのためにつまずいたということを書いています。今度、『関ケ原』が映画化されますが、司馬の石田三成観は、非常に有能な官僚であったけれど、それゆえ観念的になりすぎて、人間を将棋の駒のように動かせると考えたために、徳川家康に勝てなかったというものでした。

関ヶ原

『関ヶ原』 司馬 遼太郎

司馬遼太郎を愛読する戦後日本人の生き方とは

司馬は、歴史上の指導者を「体制製造家」と「処理家」の2つにわけられると指摘しています(「体制製造家と処理家」『手掘り日本史』所収)。「体制製造家」は既存の組織に縛られず、新たな体制を生み出してきた独創的な英雄です。

対する「処理家」は既存のシステムを運用することに長けた官僚で、組織をつくり、自分の野望を実現していきます。司馬は、織田信長、西郷隆盛、大久保利通などは「体制製造家」、徳川家康、山県有朋、伊藤博文は「処理家」に属するとし、前者を称賛する一方で、後者を嫌いました。

こうした司馬の作品を愛読するビジネスパーソンは、組織に従属しながら、気持ちの上では「体制製造家」という点に、生き方を見出してきました。しかし、司馬が肯定する体制製造家には、ある種の矛盾があります。

体制製造家というのは体制を作る存在です。なぜ、それが可能かといえば、既存のシステムに依存していないからです。だからこそ、織田信長も大久保利通も坂本龍馬も、既存のシステムを変えたり、新しいシステムを作ることができました。

ところが今の日本社会では、自主独立の作家やジャーナリストであっても、大手テレビ局や出版社、新聞社など組織で仕事をさせてもらわなければ生きていけません。ですから、みな、信長や龍馬にならなければいけないと言いつつ、現実は、組織の中でなるべく地雷を踏まないように生きようということになる。そこに、司馬遼太郎の問題点があります。これについては後述します。

村上春樹の描く個人と組織の黒い関係

個人と組織の関係について、司馬の子供世代にあたる村上春樹の作品には、司馬にない発想を見ることができます。

村上は、サリン事件について書いたノンフィクション『アンダーグラウンド』で、サリンをあびたサラリーマンが、具合が悪くても出社し、ラジオ体操をしているという光景を描きました。

表面的には何も述べていませんが、そこには、一生懸命やっているだけの個人が集まったとき、個人の常識や良心より、組織の論理が勝り、「悪」を生むという発想があります。

近年、問題になっているブラック企業もそうです。個人は会社を首になりたくなくて、懸命に働いているだけです。しかしそうした人間が寄り集まることで、ブラック企業という「悪」のシステムが生まれます。

先日、電通の若い女性社員がパワハラで自殺するという事件がありました。バブルのころも、若い人が過労で突然死するようなことがたくさんありましたが、当時は景気がよく、残業代も出ましたし、残された家族のための福利厚生もあったので、あまり大きな問題になることはありませんでした。

ところがバブルがはじけ、産業構造自体がかわりました。昭和の時代とは違ったがんばり方をしなければ勝ち抜けない時代が来ています。それなのに、日本人は、高度経済成長を支えた「会社のためにがんばろう、そうすれば明日がある」という昭和の論理から抜け出せずにいます。

「仕事なんて、アルバイトで食べていける程度にあればいい」と思う人もいるかもしれません。けれど現代の日本では、会社がそれに所属する社員と家族の身分保障になっていて、組織に属していなければ、居場所がないという社会システムが、いまだに存在しています。

アンダーグラウンド

『アンダーグラウンド』 村上春樹

戦後価値基準の崩壊がもたらしたもの

ただ、このシステムには、たかだか50年くらいの歴史しかありません。1960年代ごろまでの日本人は村落共同体に属し、川で洗濯しながら、村のおばさんたちが交流するような生活習慣が続いていました。

それが、1960年代に入ると、洗濯機が普及し、さらには車を持つようになります。その結果、生活が少し便利になっただけでなく、人間関係の作られ方が根源的に変わり、村落共同体の伝統的な地縁は崩壊しました。

その代替をこの間まで担っていたのが、企業です。でももはや企業も代替を担うことをしなくなってしまった。

こうした価値基準の崩壊を問題としたのが、1970年に自殺した三島由紀夫でした。日本の社会が伝統的なものをすべて解体したあと、経済効率性以外の価値観しか残らなくなる。それでは回らなくなったとき、次に日本人は何を価値基準に生きていけばいいのかということを、三島は考えていました。

そして、戦後的価値観に強い懐疑の念を抱き、切腹という過激な形で、戦後民主主義的や高度成長の論理に挑んだのです。その三島の死に際して、司馬遼太郎はほとんど動転といえるような反応を示しました。

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プロフィール

助川幸逸郎
助川幸逸郎
日本文学研究者、著述家

1967年生まれ。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。横浜市立大学、東海大学などで講師を務める。文学、映画、ファッション、アイドルなどのテーマを多様な切り口で交ぜ合わせ、授業や講演、執筆を行っている。著書に『文学理論の冒険』(東海大学出版会)、『可能性としてのリテラシー教育』『21世紀における語ることの倫理』(ともに共編著・ひつじ書房)、『光源氏になってはいけない』『謎の村上春樹』(共にプレジデント社)、『小泉今日子はなぜいつも旬なのか』(朝日新聞出版)などがある。

ライターについて

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hontoビジネス書分析チーム

本と電子書籍のハイブリッド書店「honto」による、注目の書籍を見つけるための分析チーム。ビジネスパーソン向けの注目書籍を見つける本チームは、ビジネス書にとどまらず、社会課題、自然科学、人文科学、教養、スポーツ・芸術などの分野から、注目の書籍をご紹介します。

丸善・ジュンク堂も同グループであるため、この2書店の売れ筋(ランキング)から注目の書籍を見つけることも。小説などフィクションよりもノンフィクションを好むメンバーが揃っています。

プロフィール

助川幸逸郎
日本文学研究者、著述家

1967年生まれ。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。横浜市立大学、東海大学などで講師を務める。文学、映画、ファッション、アイドルなどのテーマを多様な切り口で交ぜ合わせ、授業や講演、執筆を行っている。著書に『文学理論の冒険』(東海大学出版会)、『可能性としてのリテラシー教育』『21世紀における語ることの倫理』(ともに共編著・ひつじ書房)、『光源氏になってはいけない』『謎の村上春樹』(共にプレジデント社)、『小泉今日子はなぜいつも旬なのか』(朝日新聞出版)などがある。

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