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特集!あの人の本棚
262.

橋本淳×中澤日菜子   (俳優/小説家)


小説、ドラマ、舞台のリアリティ(橋本淳×中澤日菜子 対談インタビュー)

橋本淳×中澤日菜子
NHK BSプレミアムにて現在放送中の連続ドラマ『PTAグランパ!』。仕事人間の武曾勤が、愛する孫のためにPTA副会長に。学校と家庭を行き来しながら、笑いと涙のPTA奮闘記が描かれるのだが、原作者であり小説家の中澤日菜子曰く「実体験がベースにありつつ、ただし私小説という感じの作り方はしていない」という。
小説、ドラマ、舞台のリアリティ(橋本淳×中澤日菜子 対談インタビュー)

ドラマでは山下という教師を演じる橋本淳は、「中澤先生の『PTAグランパ!』と『お父さんと伊藤さん』を読んで、定年後の寂しいお父さんの背中を感じた」と語る。作者が接してきた昭和の父親像、そしてPTAで見てきた多様な人々。そんなリアリティがあるからこそ、楽しくて深みのある物語になるのだろう。

そして、作家と役者としてそれぞれ活躍する2人には、ある共通点があった。

戯曲は引き算の文学、小説は足し算の文学

橋本淳(以下、橋本) 僕は舞台に出させていただくことが多いんですけど、『PTAグランパ!』の出演者さんには舞台出身の女優さんがたくさんいらっしゃって、そういう意味でも入りやすい現場だったんです。中澤さんも劇団で活動されてたんですよね。

中澤日菜子(以下、中澤) そうなんです。もともとは大学在学中に自分で劇団を立ち上げて、卒業後は編集の仕事をしながら劇団もやってたんですけど、その後結婚して子供ができて、出産、育児、仕事をしながら全部やるのは無理だと思ったんですね。で、とりあえず書くことを中心に置こうと思って、仕事は辞めました。それからは劇作家として自分流でずっと戯曲を書いてきて、その後は日本劇作家協会っていうのがあるんですけど、その協会が主催する戯曲セミナーの第1期生として入ったんです。

橋本 そうなんですね!

中澤 第1期を教えてくれていたのが、永井愛さん、斎藤憐さん、坂手洋二さん、別役実さん、井上ひさしさんという、今から考えるとそうそうたるメンバーで。そのなかでも愛さんは私のことをすごく気に入ってくださって、ゼミ形式の課題では愛さんに見てもらったんです。結果、その年の最優秀卒業作品みたいなことにもなって。愛さんからは本当にいろんなことを学びました。

橋本 そういう繋がりが。

中澤 ずっと師匠ですね。戯曲セミナーでは大先輩方からいろんなことを学んだんですけど、それは小説を書くときにも活きていて。魚を書くときには、魚の住む水を書きなさい。魚だけを書いてもそれは、魚が泳ぐ風景ではないんだよ、水の方が大事なんだよとか。あとは役者が読むに耐えうるセリフを書け、セリフに強度を持たせろとか。今も役に立っていると思います。

橋本 だからなのか、中澤さんの小説はすごく入ってきやすいんです。僕は戯曲に触れる機会が普通の人より多いので、セリフを読むだけで割とキャラクターが見えてきたりとか、ト書きを読まなくても情景が浮かんでくるケースって、あまりないんですけど、中澤さんの作品は違いました。

中澤 ああ、そう言っていただけると嬉しいです。戯曲出身なので嘘っぽい会話が嫌いなんですよ。例えば今の30代女性で、「ねえ、今日のランチは何かしら」って使う人はいないですしね。

橋本 ああ(笑)。

中澤 言ったとしても「〜すよね」ぐらいな感じで。よくドラマで、年配の夫婦が「あなた」「お前」って呼び合ってますけど、そういう家ってあまりないんですよ。「パパ」「ママ」とか、下の名前で「愛ちゃん」って呼んだり。あと、子供がいない友達夫婦にリサーチがてら聞いてみたら、旦那さんのことを「お兄ちゃん」って呼んでると。不思議に思って聞いてみたら、旦那さんの弟さんたちが「お兄ちゃん」って言ってるから、なんとなくお兄ちゃんって呼んでるそうなんです。その夫婦とは別の友達は旦那さんのことを「ぼの」って呼んでいて、その理由は「ぼのぼの」に似てるからだって(笑)。

橋本 癒し系じゃないですか(笑)。

中澤 そうなんですよ(笑)。だから、「あなた」「お前」とは呼ばないし、そういった会話のディテールはすごく大事にしてます。こういう風に生きてきた人だから、語尾や一人称、それから何かを表現するときの例え方はこうだろうなとか。で、地の文に関してなんですけど、戯曲の場合、いろんな先生がとにかく言うのはト書きを減らせ、と。

橋本 なるほど。

中澤 先生によって系統があるのかもしれないですけど、私の場合は、どんな時代になっても通用するように、ト書きは減らせと習いました。つまり、ト書きを埋めるのは、演出と役者の仕事だから、劇作家があんまり手を入れちゃいけない。あんまり細かく書きすぎると、かえって演出、役者を縛ることになるし、そこは遊ばせてあげないとダメだって。

橋本 書きたい!と思っても、こらえるんですね。

中澤 そうなんです。ここは書いちゃダメだ!って。私の中で戯曲って、引き算の文学なんですね。本当は書きこみたいけど、セリフもなるべく短くして、「うん」「ええ」「あ」「そう」「そうなの」みたいな感じで繋いでいって、その中で醸し出せる雰囲気を舞台で出してもらう。でもそれを小説でやってしまうと、やっぱり読み慣れないですし、そこはきちんと埋めてあげなきゃいけない。だから、私の中で小説というか散文は、プラスの文学、足し算の文学なんですね。なので戯曲に接するとき、あるいは戯曲を書くときと、小説を書くときで、頭のスイッチはパチン、と入れ替わるところがあります。そのプラスする作業が、小説家としてはデビューしてまだ駆け出しなので、今はとても面白いです。こんなに自由に書いてもいいんだって。でも、制約が多いのは舞台の良さでもありますね。

橋本 そこで生まれるものも、ありますからね。

中澤 橋本さんご自身は、舞台、ドラマ、映画の違いって役者としてどんなことを感じられるんですか?

橋本 持ってる心持ちだったりとか役の作り方とかは変わらないんです。でも舞台は枠がないと言いますか、お客さんがフォーカスを決められるので、ドラマや映画に比べると割とフリーですし、どう見せるかは本番が始まったら役者のものになってしまう。台本や照明の位置とか、決まりごとを最低限守りつつ、2〜3時間を生きるのが舞台。映像の場合はフレームの中のリアリティというか、例えば人物に寄ったときの表情やリアクションとか、ある程度考えて作らなければいけない。セリフが終わるまでリアクションできない、みたいな。

中澤 うん、そうですね。

橋本 でも、なるべくその制約の中でもリアリティを作るのが映像なんです。舞台と映像っていう点では、そういう細かいところが微妙に違ってくるんですけど、本質的には同じなのかなと思います。

役者として原作と脚本の間で考えること

橋本 僕自身、このドラマの現場に最初入ったとき、まだ戸塚さん(戸塚純貴)もいらっしゃらなくて、ママ役の役者さんに囲まれて僕一人だけだったんですよ。ポツーンって。で、楽屋が全員一緒なんです。だから現場に入ったら、8人くらいのママたちが仲良く話してるんですよね。ここに僕が入っていくのかと思ったら(笑)、なんとなく自分が演じる山下先生の気持ちも分かったというか。PTAってお母様が多いので。

中澤 多いですね。

橋本 ママたちが話し合っているときに、安易に発言できない立場なわけじゃないですか。先生は中立の立場じゃないといけないですし。で、僕にはまだ子供がいないので、自分の頭の中にあるPTAのイメージ像が、このドラマの現場に入ってハッキリするようになりましたね。とはいえ、山下先生のことをすべて分かろうという気はないですし、なるべく寄り添いながら演じました。

中澤 山下先生に関しては、特にモデルらしいモデルの先生はいないんですけれども、主人公のグランパの勤にとって、この人だったら信用できるっていう存在を学校側でも、PTA側でも作りたくて。そしてその先生の行く末に関して、グランパ自身もどう動くか、さらには自分には動く資格があるのかを考えることになる。今までそういうことには何も関わってこなかったのに、グランパ自身のアイデンティティがグラグラするっていうのを、ちょっと作戦というか、プロットの中に最初から入れようというのはありました。

橋本 原作をドラマ化するにあたって、割と内容が変わったりとか、設定が微妙にズレたりとかっていうのは、先生が一つ一つ確認してOKを出していくんですか?

中澤 はい。ただ、どちらかというと、お任せだとは思います。作家も2種類いるのかな。すごく口を出す方と、全く出さない方と。角田光代さんとお話ししていたとき、私は何もしないっておっしゃっていました。例えば『紙の月』だと小説と、宮沢りえさんの映画だとかなり違うんですけど、ご本人も「全然違いますよねぇ」って。シナリオもらっても読まない。小説と映像は別物だからっていう立場を徹底しているそうです。私も角田さん寄りのスタンスだと思います。『お父さんと伊藤さん』のときも、今回の『PTAグランパ!』も。まあ、自分が舞台を作る側だったというのもあります。原作を舞台化するにあたって、どこまで脚色するかという板挟み的な気持ちも分かるので。だったら、好きに料理してくださいって気持ちでいられますね。製作現場の、必死さというか熱気というか、もう本当に大変なのが自分でも分かるので。

橋本 確かに(笑)。

中澤 舞台出身の強みというか、気持ちが共有できるところはいいことなのかなって思います。

橋本 自分が出演する作品で原作がある場合、原作を読むかどうか迷うことがあって。脚本を補足するためにページを開くことがあるんですけど、原作のバックボーンを背負っちゃうとちょっと説明過多になってしまったりとか、その逆もあるんですけど、そういう部分ですごく悩ましい部分があります。でも、そうやって割り切ってしまった方が、役者として悩まなくていいのかもしれない。

中澤 シナリオだけを信じるっていう形もありますよね。きっとどこかで丁度いいバランスみたいなものが、橋本さんの中でも生まれてくるのかなって今ちょっとだけお聞きして思ったのと、書き手にしても、私は、下積みが長いので、現場とのやり取りとか、もうすぐ肌で分かるんですけど、反対に例えば若くして小説家としてデビューされて、いきなり映像化とかドラマ化っていう場合は、そこの柔軟さというか、頑なさというか。大人は信じられない、みたいな(笑)。分かんないですけど。

PTAは価値観のるつぼ

中澤 PTAに参加していたとき、私はやっぱり物書きなので、どこかに面白いネタがあるぞと思いながら見ちゃうところがあって。いざ保護者会とかお母さん同士の飲み会とか行くと、自分の中で演技している部分はありましたね。芝居をやってるとき、小説を書いてるときの「中澤日菜子」ではなくて、「誰々のママ」っていう仮面をかぶって、変人だと悟られないように話合わせてみたりとか。女社会って独特というか、どこもそうなのかもしれないんですけど、色が違うとすぐに見つかっちゃうんですよね。「あ、この人ちょっと違う」みたいな。それがいい意味で面白がってくれるならいいんですけど、悪い意味で「あの人、なんかヘンよね」ってなると面倒くさい(笑)。例えば、私は蝶々結びができないんです。いつも縦結びになっちゃうんですよ。

橋本 意外なところから(笑)。

中澤 それが分かった瞬間、周りのママがさーっと引いていく音がしましたからね。私は三つ編みできないし、縫い物もできなくて、本当に女子力低いんです。娘の三つ編みもできないから、「どうやってやるの?」って他のママに聞いたら、同じようにさーっと引いていって(笑)。

橋本 アハハ。

中澤 娘さんが2人いるのに、あの家のお母さん、蝶々結びも三つ編みもできない、なんかヘンだよねって言われてるんだろうなぁって。でも、そういうのって母親になって子供を中心にした繋がりになるからですよね。編集者だった会社員時代、三つ編みができないんだって言っても、「私もできないです」くらいの反応で終わるし、芝居仲間だったりすると「私なんか固結びもできないよ」とか、ダメ自慢になってきたりするんですけど。そういう雰囲気じゃないんだなっていうのは、保育園のママさん、幼稚園のママさん、小学校のママさん、学童に行かせてるママさんとかと接していくうちに分かってきて。だから、PTAって本当に価値観のるつぼなんですよね。ただ、すごく狭い価値観なんです。会社だと、利益優先、効率優先で進めようという話になるけど、そういうものがまったくない。例えば会議だったら1時間で終わるようなのが、ダラダラと3時間続いてますけど、みたいな(笑)。年間510円っていう学級費があって、それを600円にするか500円にするかで3時間話したことがあるんです。

橋本 全然統制がとれない(笑)。

中澤 そう。それが、PTAなんですよ。本当に面白いです。やってみると、いろんなスイッチが入って、幅が広がると思うんですよね。今回、『PTAグランパ!』の文庫本に解説を書いてくださったのがタレントで俳優の宮川一朗太さんなんですが、宮川さんはPTAの会長を3年間やられたそうなんです。PTAっていうだけでも貴重なのに、男性の方はほんと珍しいです。ぜひPTA問題評論家に(笑)。

橋本 ドラマでは副会長を演じる主役の松平健さんが、現場でとにかくフレンドリーで。コメディ大好きなんだなっていうのが、テストのときにアドリブで出たりするんですよ。絶対本番ではやらないんですけど(笑)。松平さんが座長で楽しく引っ張ってくださるので、このインタビューが出る頃には収録は終わっていると思うんですけど、僕も早く視聴者として見てみたいです。

Photographs by Motoki Adachi

NHK『PTAグランパ!』《全8回》 NHK BSプレミアムにて毎週日曜 22時から22時22分 放送中

お父さんと伊藤さん(中澤 日菜子) PTAグランパ!((中澤 日菜子)
インタビューの一覧

プロフィール

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橋本淳
俳優

1987年1月14日生まれ。2004年にドラマ『WATERBOYS 2』でデビュー。『連続テレビ小説 ちりとてちん』(07~08年)でヒロインの弟・正平を好演。以降、TV、映画、舞台と幅広く活躍している。ホンシェルジュでは毎月書評コラムを連載中。
https://honcierge.jp/hashimoto-atsushi/shelf_stories

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中澤日菜子
小説家

1969年東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。出版社勤務のかたわら、劇作家として活躍。2007年「ミチユキ→キサラギ」で第3回仙台劇のまち戯曲賞大賞、12年「春昼遊戯」で第4回泉鏡花記念金沢戯曲大賞優秀賞を受賞。13年に『お父さんと伊藤さん』で第8回小説現代長編新人賞を受賞し、小説家デビュー。著書に『おまめごとの島』『星球』がある。

ライターについて

Writer 5
ホンシェルジュ編集部・芸術/芸能班

音楽、映画、アイドル、その他の芸術/芸能に詳しいライターによる班。もちろん皆が本好きだが、そのレベルや守備範囲はさまざま。日本のエンタテイメントのトップランナーを通じて、本/読書の楽しみへの入り口をつくりたい。あるいは本/読書という切り口を通じて、トップランナーの新たな一面を引きだしたい。

プロフィール

橋本淳
俳優

1987年1月14日生まれ。2004年にドラマ『WATERBOYS 2』でデビュー。『連続テレビ小説 ちりとてちん』(07~08年)でヒロインの弟・正平を好演。以降、TV、映画、舞台と幅広く活躍している。ホンシェルジュでは毎月書評コラムを連載中。
https://honcierge.jp/hashimoto-atsushi/shelf_stories

中澤日菜子
小説家

1969年東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。出版社勤務のかたわら、劇作家として活躍。2007年「ミチユキ→キサラギ」で第3回仙台劇のまち戯曲賞大賞、12年「春昼遊戯」で第4回泉鏡花記念金沢戯曲大賞優秀賞を受賞。13年に『お父さんと伊藤さん』で第8回小説現代長編新人賞を受賞し、小説家デビュー。著書に『おまめごとの島』『星球』がある。

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