Loading 81b424ebf5b28b6979c5bfbadb4fe3d86654abdce81e3c0259cc91c3ecd00497
特集!あの人の本棚
271.

柳樂光隆   (音楽評論家)


新しい文脈を作り出す編集 (『Jazz The New Chapter』柳樂光隆インタビュー)

柳樂光隆
さまざまなプロフェッショナルの考え方を、その人の本棚、読書遍歴、本に対する思いなどから紐解いていくインタビュー。今回は、現代のジャズシーンを紹介したシリーズ本『Jazz The New Chapter』の監修者である、音楽評論家の柳樂光隆さんが登場。場所は四谷の「ジャズ喫茶 いーぐる」。そこで静かに、そしてゆったりと、現代のジャズに起きているできごとや編集の方法論について対話を行いました。1万字のロングインタビューでお届けします。
新しい文脈を作り出す編集 (『Jazz The New Chapter』柳樂光隆インタビュー)

まずはマガジンというジャンルに思いを馳せてみよう。現在ひとつのトレンドとなっているものに(カルチャー色の強いものも含めた)「ライフスタイル誌」がある。それは時代が乞い求めた結果なのか、あるいは“ライフスタイル的なもの”しか作り出せなくなったためなのか。まあ、そんな犬も食わない議論は別の場で好事家がすればよい。ここで明らかにさせたいのは、強いコンセプトを打ち出すわけではなく、非常に曖昧でぼんやりとした設計のマガジンが市場に数多く出回っているという事実だ。一方で、世がそういった状況にありながらもいくつかのマガジンやムックは鮮烈に、時にラディカルにさえ映るほど、際立ったコンセプトを主張している。そうした試みを“ジャズ”という音楽のジャンルで実践したのが『Jazz The New Chapter』(以下、ニューチャプター)というムックのシリーズ。過日発売された4作目を含む、すべての本を監修している音楽評論家の柳樂光隆は、明瞭明確なコンセプトを握り拳に既存のジャズ雑誌・ジャズ評論に殴り込み、怠慢ゆえ、保身ゆえに“放置”し“分断”されていたものを接続させ「現代のジャズ」を新しい文脈として提示した。僕はそんな柳樂さんと、ずっと話をしてみたいと思っていた。

僕は彼らがやっている音楽と同じような姿勢で、彼らの音楽を紹介したかった

―― 今のジャズ雑誌、音楽誌を読んでいくと“文脈を作る”行為をしているものが少ない印象を受けます。そこで何が行われているかというと、リリース情報を出して誉めそやすだけの提灯記事の量産。そうなると、点在しているものを点として紹介するだけになるので文脈が分からないし、読者的にはつまらない。柳樂さんが実践したのは、点在していたものを整理してマッピングするという作業ですよね。もう少しジャズ雑誌について突っ込んで言うと、内容の前にとにかくデザイン性がない。いつの時代のものだっけ? と感じるデザインでは手に取ってすらもらえない。だから、媒体としての価値は相乗的に失われていく。

柳樂光隆(以下、柳樂) そうだね、全然ないね。 

―― ニューチャプターの場合、まずデザインから手を入れるという話を聞いたのですが、やはり既存のジャズ雑誌へのカウンターを意識していましたか?

柳樂 既存のジャズ雑誌のイメージから離れることは意識した。最初に考えたのが、セレクトショップ的なレコードショップで取り扱ってもらえるようなデザインにすること。タワレコ、HMVは置いてくれるだろうから、まずターゲットにしたのがBEAMS RECORDS とSPIRAL RECORDS で、そこに置くことができる本というのがありました。そういう感度の高い(消費者が集まる)場所に置いてもらえれば、もっと大きなところへ口コミ的に届くだろうという狙いもあった。あとは、青山ブックセンターや京都の恵文社のような書店かな。

(デザインに)出したオーダーは、若干ヒップホップ的な雰囲気もありつつ、ジャズらしさも残して欲しいということ。デザイナーさん的には、上にフィルターをかけた感じがブルーノートをイメージしてると思うのね。あと、ニューヨーク・ヤンキースの帽子を被ってるやつがいたりするから、そこはとてもヒップホップっぽい。これまでのジャズミュージシャンにそんなファッションのイメージはないだろうから。他には表紙に出てくる文字が切れてたりさ、それは意識してやってくれたんだと思う。

―― なるほど。

柳樂 ちなみに、デザイナーはジャズの雑誌をやったことがない人にお願いしたんですよ。ロック系の本を作ったことがある人で、僕と近い世代で、おしゃれな本を作っている人。『ビートルズの遺伝子ディスク・ガイド』とか。だから、このニューチャプターのチームって、監修は僕で、編集が小熊俊哉(元シンコーミュージック、現Mikiki編集部)と荒野政寿さん(シンコーミュージック)で、デザイナーがさっきの斎藤暁郎さん。あとはライターで原雅明さん(音楽評論家)とかいるんだけど、基本的に僕以外はほとんどジャズの世界を知らない人なのね。ちゃんとジャズに関係する話はするけど、無理にジャズの本にしないっていうコンセプトは当初からありました。

―― 制作のきっかけとなったのは、専門誌や評論家が90年代以降のジャズについてほとんど触れず、あくまでジャズ専門誌以外がスポットで取り上げていた程度、という状況があったからですよね。これってジャズに詳しくない自分からすると、非常に不可解に思えました。他ジャンルの媒体は現在を追っているのに、なぜジャズは過去のことしか語らないのだろう、と。どのタイミングで断絶というか、語り継がれないという現象が起きたのでしょう。

柳樂 そうだな……やっぱり70年代くらいからフュージョンは聴かないという人が出てきたり、エレクトリックな楽器が入ったら聴かないという人とか、継続的に、「この段階に入ったら聴かない」という人がずっと出ていた。そして、ジャズメディアはそれにずっと忖度をしてきたんですね。ジャズってロックよりも前にあった音楽じゃないですか。前の世代のリスナーがすごく多かったから、その層をきちんと囲い続けるというのがビジネスとしてあって、大事に守ってきたんだと思うよ。それでいろんな断絶が完全に顕著になったのが、たぶん90 年代。

―― ビジネスとしては仕方がない面もありますよね。

柳樂 90年代にいきなりクラブカルチャーが入ってきて、ビジネス的にはそこの占める割合がとても高くなったわけですよ。DJ向けのディスクガイドがたくさん出るようになり、(ジャズの紹介者として)雑誌に出るのはジャズ評論家ではなくDJになってきた。そうなった時に、ものすごく分断されたんですよ。DJの人たちはジャズ評論とは離れたところでやるようになって、そこで完全に断絶してしまったんですね。

若い人たちがDJを通してジャズに触れる、という時期が20年近くあったんだけど、その間ジャズ評論はずっと同じことをやっていた。DJカルチャーの人たちはジャズ評論とつながらないことをやっていたので、その時に失われたものがあるよね。ジャズ評論のロスジェネ(笑)。だから僕がやったのは、まず現在のことを扱っていないジャズ評論があって、そのあとジャズ評論とは離れたところでやってるDJカルチャーがある。そこの失われた部分を一度つなぎ直す、みたいな作業だったのかも。

―― 2014年に最初のニューチャプターが出て、先日発売されたのが4作目にあたる「フィラデルフィア」、「ブラジル」の特集。一連のシリーズのキーマンとなるのがロバート・グラスパーで、彼自身がこの本のコンセプトですよね。

柳樂 そうですね。まずロバート・グラスパーという一流のジャズピアニストがいて、その彼がヒップホップやR&Bのシーンでもトップミュージシャンとして活躍している。そういうジャンルレスな活躍をしているんだけどプレイも分けてなくて、ジャズをやる時にはヒップホップが入ってくるし、ヒップホップをやる時にもジャズが入ってくる、みたいなことをやってます。そのグラスパーと同じようなことを、ジャズとロックでやっている人もいるし、ジャズと民族音楽的なもの、クラシック、エレクトロニック・ミュージックだったり、とにかくそういう人たちが同時多発的にたくさん出てきた。

彼らはいろんなジャンルで活動したり、ジャンルを飛び越えたりするのを特に意識せずに自然体でやっていたんですよ。だから、僕は彼らがやっている音楽と同じような姿勢で、彼らの音楽を紹介したかった。あと、彼らが出てくる背景みたいなものがあって、シーンを追っていたらその助走期間的なものが見えていたから、ここ20年の状況を一度整理するという本を作ろうと思ったんです。

―― 同時多発的に出てきたのは、何かきっかけがあったんですか?

柳樂 きっかけは、ロックとかヒップホップとかネオソウルがゼロ年代に大きく変わったからだと思うんですよ。レディオヘッドの『OK コンピューター』が出て、あとはディアンジェロの『VOODOO』とか、同じタイミングでエイフェックス・ツインがいたり、ビョークがいたりと、そういうのが2000年くらいに出てきた。色んなジャンルで音楽的な革命みたいなものがあって、それに触発された世代だったと思う。当時僕が大学生とかだから……みんな多感な20歳くらいの時期に触れたんだよね。ミレニアムは色々大きなことが起きたんですよ。で、たぶん10代の頃はニルヴァーナやエリオット・スミス、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインを聴いていて、みたいな。そういう世代だからね。そして、2000年頃にインターネットが一気に普及し始めた。インターネットを手軽に使えるようになった最初の世代とも言えるよね。

―― 本の形式についてはどうでしょう。ムックは本と雑誌の中間で、定期刊行みたいな縛りもないので制作に時間をかけることができます。先ほどのデザインの話と多少重なるかもしれませんが、このシリーズはどういった編集過程を経ているのでしょうか。

柳樂 基本的にはまず僕がコンセプト、つまり何をやりたいかという大枠を決めていきます。4だとフィラデルフィアの特集をして、ブラジルの特集をやって、あとはア・トライブ・コールド・クエストをやりたいみたいな。アーティストなりジャンルなりカテゴリなりをまず決めてから、じゃあその中では具体的に何をやろうかという感じで詳細を詰めていく。特集ごとに頭の原稿を書く人とか、それに詳しい人が必ずいて、今回のフィラデルフィアだったら本間翔悟くん。その特集は彼とかなり密にコミュニケーションを取って、どこにフォーカスするのか、どういう論旨にするのか、誰にインタビューするのか、インタビューをやる時にも何を聞いてほしいかって相談もする。現場に入ったら僕が勝手にやるんだけど。それぞれの章で、スペシャリストたちとやっていく感じです。ブラジル音楽特集だったらだったら江利川(侑介)くんと同じようなやり取りをしました。

―― ニューチャプターはインタビューが多くを占めていますよね。この作りというのは?

柳樂 そもそもジャズ批評は断絶していたので、若い世代のアーティストのインタビュー記事自体があまりない。あとは広告出稿の金が出ないようなリリースが大事だと思っているので、普通の雑誌には出ないようなインタビューを多く録っていて、そういう記事が後々大切になってくる。だから、今はこの人に聞いておきたいけど、出稿がないから他の媒体には出られないという人たちを拾っていく感じかもね。世界的に若い世代のジャズの記事自体があまりなかったので、一次情報が欲しかったという思いもすごく強い。一次情報を自分たちで取るという。だから、今あるものや出たものを並べます、整理しますというのももちろんあるんだけど、世界で初めての情報を取りたいって部分も大事にしてる。

なので、無理にレコード会社が推したいものは扱わなくて、自分たちが良いと思ったものを扱うというのはあります。ただ、この本ってめっちゃメジャーなアーティストも特集してるじゃないですか。グラスパー、ホセ・ジェイムズ、グレゴリー・ポーター、エスペランサ・スポルディングとかさ(笑)。彼らは今一番売れてる人でしょ? カマシ・ワシントンも。だから、基本的に扱っているのはメジャーのものが多いんだけど、メジャーレーベルが求めるものをそのままやるわけではなくて、こっちから取り上げ方を提案して、記事を作るって感覚だね。例えばブルーノート特集だったら、ブルーノートのレーベル自体をブランディングした方が面白いんじゃないかと提案する。なので、ブルーノート特集では個別のアーティスト取材はほとんどやっていないし、いくつか取材のオファーがきたけど断ったのもあった。

やっぱり、僕たちは切れたものをつなげる作業をやっているわけじゃないですか。切れたものをつなげてそのまま終わりではなくて、もう少しサステナブルではないですけど、その先に続いていくようにしたいから、そのための方法を考えています。ブルーノートだったら2000年以降、どこよりも刺激的なことをやっているので、一度レーベル自体を整理したいというか、レーベルとしてのブルーノートの魅力をプロモーションしたいというのがあって。オーナーとA&Rにインタビューして、アーティストを発掘して、確実に売り出したレーベルとしてのすごさを書いた。ブルーノートってジャズにとって重要なレーベルなので、このレーベル自体の面白さが共有されるようになることは、個別のアーティストを推す以上の意味があると思ったし、レコード会社的にもプラスかなって。でも出稿とは別になっちゃうから広告費は出ないし、こっちのビジネス的には厳しいんだけど、内容的には面白いものができるよね。

―― もうひとつの特徴としては、日本のバンドやアーティストが出てこないことです。

柳樂 まず編集の小熊と考えたのが、ジャズという切り口で新しい洋楽を紹介する本にしようということだったんです。ジャズという切り口だったら、グラスパーもフライング・ロータスもケンドリック・ラマーもディアンジェロも全部並べられるじゃん、と。そのコンセプトはすごく大切にしているから、ある意味で、ニューチャプターはジャズ誌というより洋楽誌にしたいっていうのは根幹にある。もともと『クロスビート』(シンコーミュージック発刊の音楽誌。現在は休刊)という洋楽雑誌のスピンアウトみたいな本でもあるから、そういう意味では今、日本国内だけですごく売れてる、明らかにビジネスになる若いジャズバンドがいても扱わない。ただ、海外の市場にも出ていて、魅力的な日本人なら売れてなくても紹介します。

―― 海外といえば、黒田卓也さんとか。

柳樂 そう、この本って挾間美帆さんとか出てるけど、基本的に彼らを日本人としては紹介してないんだよね。世界的に見て今、取り上げるべき人として取り上げてる。

―― 彼らは日本のシーンではなく海外で育って、日本に紹介されるという逆輸入的な感じなんですよね。

柳樂 そうそう、海外のすごい人を日本に紹介する感じでやっているから。そこはすごく大事にしているね。洋楽誌というか、海外の情報を紹介するメディアだということは。

インタビューの一覧

コメント

コメントを書く・見る 0

プロフィール

柳樂光隆
柳樂光隆
音楽評論家

1979年、島根県出雲市生まれ。音楽評論家。2010年代のためのマイルス・デイヴィス・ガイド『MILES:Reimagined』、21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本『Jazz The New Chapter』監修者。その他、『WIRED』『ユリイカ』『&Premium』などに寄稿。

ライターについて

Writer 15
烏丸おいけ

『Quick Japan』「Qetic」などカルチャー媒体に寄稿。
Twitter:@oikekarasuma

プロフィール

柳樂光隆
音楽評論家

1979年、島根県出雲市生まれ。音楽評論家。2010年代のためのマイルス・デイヴィス・ガイド『MILES:Reimagined』、21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本『Jazz The New Chapter』監修者。その他、『WIRED』『ユリイカ』『&Premium』などに寄稿。

柳樂光隆 さんの本棚

注目記事

月間ランキング