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特集!あの人の本棚
30.

藤野英人   (レオス・キャピタルワークス取締役・最高投資責任者(CIO))


“教祖様”のおすすめ200作は、古今東西の名作だった

藤野英人
さまざまなプロフェッショナルの読書遍歴、本に対する考え方などをうかがうインタビューシリーズ。今回のゲストは、投資家の藤野英人さんです。独自の人間洞察力を活かし、ファンドマネージャーとして高い運用成績をあげてきた藤野さん。そのベースは、どのようにして培われたのでしょうか。このインタビューで初めて話してくださったエピソードは、驚くべきものでした。
“教祖様”のおすすめ200作は、古今東西の名作だった

推薦本を200タイトル読めば入信する、と父は考えた

――藤野さんは子どものころ、どんな本を読んでいたのでしょうか。

藤野英人(以下、藤野) ちょっと僕は今回、これまで話したことのない話をしようと思ってるんです。あのね、僕の父は、某宗教団体の信者だったんですよ。

――そうだったのですか! 藤野さん自身は入信されなかったんですか?

藤野 家族のなかで父だけが信者だったんです。父は、母と結婚したときは信者ではなくて、結婚後に入信した。だから、父は子どもを入信させたがるけど、母はさせたくなくて抵抗する。そういう葛藤が常に家庭内で起こっていました。

――それは、大変ですね……。

藤野 父に「英人、遊園地に行こう」と言われて喜んでついていったら、着いた先が宗教施設だった、なんてこともありました(笑)。「なんだここ、ぜんぜん遊園地じゃないじゃん!」と。なんか、大勢の人がお祈りしてるんですよ。

――それは(笑)。

藤野 まあ、父も不器用でいい人だったんですよね。うまくだまして入信させる、ということはできなかった。そして、ここから本の話につながるんですけど、僕が小学3年くらいのときに父が、教祖様が推薦する200タイトルの本をどさっとうちに持ってきたんです。父は、これらの本を読ませれば、僕が入信すると思ったんですね。だって、教祖様のおすすめだから。

――その200作はどんなラインナップだったんですか?

藤野 それが意外にも、夏目漱石、森鴎外、トルストイ、スタインベック、トーマス・マンなど、まったく偏りのない、古今東西の名作がそろっていました。おそらくそれは教祖自身ではなく、大学の先生か誰かが代わりに選んだんだと思います。

――なるほど。

藤野 父はそれが教祖様の推薦本だということを隠して、「子どものときに名作をたくさん読むと、頭が良くなって、成績も上がるらしい」と母を説得したんですね。母も納得して、それから僕はその200タイトルを順番に毎日読むことになったんです。とにかく、作家順に並んでいるとおりに読んでいく。夏目漱石だったら夏目漱石ばかり、『吾輩は猫である』から『明暗』までひたすら読むんです(笑)。

――変化をつけたほうが楽しいだろう、という配慮はなかったんですね(笑)。

藤野 そうなんですよ。そして200タイトル読み終えたら、また1から再読する。それを小3から中2まで、4、5回転くらいしました。もう、『戦争と平和』も『魔の山』も5回くらい読んでます。ロシアの小説家、ミハイル・ショーロホフの『静かなドン』なんて大河小説でめちゃくちゃ長いんですけど、それも何度も読みましたね。しかも、読み終えたら読書感想文を書くんです。

――えっ、初読のときだけでなく、毎回ですか?

藤野 毎回です。何回読んでも書く(笑)。うちの母はすごく厳しい人だったので、これと決めたことはかならずやり通すんですよ。父の思惑にもまったく気づいておらず、すごく協力的で、とにかく僕にその200作品を読ませ続けました。その日のノルマに達することができなかったら、ごはんを出してもらえなかったですもん。

――き、厳しい……。

藤野 そこは、泣いてもわめいても出てこないんです。どんなに僕のお腹がすいていても、読み終わって感想文を出さないかぎり、ごはんは出てこない。僕も母の気質はよくわかっていたので、あまりにもお腹が空いたときは家出をしました。そして、本を持っていって他所の家でごはんを食べていました。

――でもちゃんと本は読むんですね(笑)。

藤野 他所の家に行くのはその場しのぎですからね。本を読み終わらないことには、状況は打開できませんので(笑)。

ものごとへの向き合い方を教えてくれた『あすなろ物語』

藤野 とまあ、地獄のように本を読まされ続けたわけですが、これは結果的にすごくよかったと思ってるんです。文章を読むスピードがものすごく速くなりましたし、国語の成績も伸びました。そして小6くらいになったら、学校の先生が言っていることがなんだか幼稚に聞こえるようになりました(笑)。だってもうこの時点で、志賀直哉の『暗夜行路』とか何回も読んでるんですよ。

――『暗夜行路』は、主人公がそもそも母と祖父の過ちからできた子どもで、祖父の妾に恋愛感情を抱いたら出生の秘密を明かされ、孤独に苛まれて娼婦を買って……みたいな話ですよね。それを小学生のうちから読んでいた(笑)。

藤野 そうなんですよ。森鴎外の『ヰタ・セクスアリス』なんて、まさに「セックスとはなにか」みたいな話ですし。そりゃあ、大人びた子どもになりますよね。小4で最初に読んだときは「うわー、大人の男女ってこんなことしてるんだ!」と衝撃を受けましたが、何回も読んでるとだんだん達観してくるんですよ。自分でやったこともないのに(笑)。

――小説で疑似体験しすぎたんですね(笑)。

藤野 かたや『戦争と平和』では、ナポレオンとクトゥーゾフ将軍が、闘いながら「歴史とはなにか」「国家とはなにか」「生きるとはなにか」みたいなことを延々と語っているわけです。そういうのを読んでいると、自ずと社会への理解も深まってきますよね。最初は、夏目漱石を読んでもさっぱりわかりませんでした。時代背景も違うし文体も独特だし。でも何周も読んでると、だんだん理解できるようになっておもしろくなってきたんです。最終的には、自分から積極的に本を読むようになって「読書をやめて勉強しなさい」と言われるくらいにまでなりました。

――読書、そして本そのものが好きになったんですね。

藤野 このときの体験は、今の僕の力になっていますね。人間洞察についての感性は、このころの読書で磨かれた部分が大きいと思います。

――200タイトルのなかで、特に好きだった本はありますか?

藤野 井上靖の『あすなろ物語』ですね。鮎太という主人公の子ども時代から壮年期までを、6つの小編で描く自伝的小説です。そのなかに「勝敗」という一編があります。それは、鮎太が新聞記者になって、ライバルと出会う話なんです。鮎太は実直な性格で、かならず現場で取材をして記事を書くタイプ。一方、ライバルの他紙の遊軍記者・左山は、要領よくスクープを抜いていくタイプ。同じ祭事の記事を書いたときも、まじめに取材をした鮎太の記事より、祭事が終わってから現場に到着し、想像で書いた左山の記事のほうが評判がよかったというエピソードが載っています。

――なるほど。それはくやしいでしょうね。

藤野 鮎太はずっと左山に負けていると思っていたんです。でもその後、日中戦争の従軍先で二人が再会したときに、鮎太がどうしても敵わないと思っていたと伝えると、左山は「仕事では俺の方が敵わない。運は俺の方がいいかな」と言う。鮎太は、仕事では敵わないという言葉を皮肉だととるんですね。でも左山は「皮肉ではない。実際、俺はそう思っていたんだ。これでもか、これでもかと、やっつけたつもりなんだが、いつも、どうも勝ったような気がしなかった。不思議だよ、君という人間は」と答える。これって、すごく本質的だなと思ったんです。

――はい。

藤野 やっぱり、知識や想像でどんな美文が書けたとしても、現場で体験してものを書くという力強さに勝るものはないんですね。ここには、井上靖自身の世の中との向き合い方や、ものごとの見つめ方が表れていると思います。不器用でもいいから、一つひとつまじめにやっていく。そういう人間の姿が、各編で表現されていて、それぞれのシーンが今でもふと思い出されることがあります。これを読んだ当時、自分が取材や調査をするような仕事をするとは思っていませんでしたが、今の仕事に通じるところがありますね。

――たしかに、今藤野さんのされているお仕事も、現場に赴いて経営者や会社のことを知ることがすごく大事ですよね。ちなみに、その200タイトルが某宗教の教祖様の推薦本だということは、いつ知ったんですか?

藤野 大学3年生くらいのときですかね。父がぽろっと告白して、「えー!」と(笑)。でも、古今東西の名作を読みまくったら、ますますその宗教には入らない、って思いました(笑)。

――そうですよね(笑)。広く深く世界を知ってしまって。

藤野 自分で考える力がついて、逆に宗教には傾倒しなくなる。おもしろいものですよね。いまとなっては、笑い話です。

(次回へ続く)

今回のインタビュー中に登場した主な本

あすなろ物語 戦争と平和
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プロフィール

藤野英人
藤野英人
レオス・キャピタルワークス取締役・最高投資責任者(CIO)

ふじの・ひでと/1966年、富山県生まれ。1990年、早稲田大学卒業後、国内外の運用会社で活躍。特に中小型株および成長株の運用経験が長く、22年で延べ5000社、5500人以上の社長に取材し、抜群の成績をあげる。2003年に独立し、現会社を創業。
現在は、販売会社を通さずに投資信託(ファンド)を直接販売する直販ファンドの「ひふみ投信」を運用し、ファンドマネージャーとして高パフォーマンスをあげ続けている。この「ひふみ投信」はR&Iが選定するファンド大賞2014の「最優秀ファンド賞」を受賞した。著書に『投資家が「お金」よりも大切にしていること』(星海社新書)、『日経平均を捨てて、この日本株を買いなさい。』(ダイヤモンド社)ほか。

ライターについて

Writer 1
崎谷実穂

さきや・みほ/求人広告、記事広告のライターを経て、現在ビジネス系のインタビューライター。ブックライターでもある。cakes、日経ビジネスオンラインなどで連載担当中。

プロフィール

藤野英人
レオス・キャピタルワークス取締役・最高投資責任者(CIO)

ふじの・ひでと/1966年、富山県生まれ。1990年、早稲田大学卒業後、国内外の運用会社で活躍。特に中小型株および成長株の運用経験が長く、22年で延べ5000社、5500人以上の社長に取材し、抜群の成績をあげる。2003年に独立し、現会社を創業。
現在は、販売会社を通さずに投資信託(ファンド)を直接販売する直販ファンドの「ひふみ投信」を運用し、ファンドマネージャーとして高パフォーマンスをあげ続けている。この「ひふみ投信」はR&Iが選定するファンド大賞2014の「最優秀ファンド賞」を受賞した。著書に『投資家が「お金」よりも大切にしていること』(星海社新書)、『日経平均を捨てて、この日本株を買いなさい。』(ダイヤモンド社)ほか。

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