青い暴走

バンド活動禁止令の中で、なんとかライブができないかと相談を受けたジュンヤは、ミュージカルという名目でライブをすることを提案。 提案を受けた安藤が集めたメンバーには、ジュンヤと同じクラスの不愛想な女子、奥山優がいて……。
「空いてるなら、ミュージカルかなんかやることにして、劇中で演奏しちゃえばいいんじゃないですか?」
おれが言うと、誰も反応しなかった。やばい、なんか変なこと言ったか?
「ジュンヤ、おまえたまにすげぇな」
「さすがダーリンの友達ね」
なぜか誇らしげなリョウスケ。
「で、どんなミュージカルにするんだ?」
おれは少しのあいだ考える。
「……こんなのはどうかな? 2つの敵対している国があって、音楽の力で和解するみたいな。平和をテーマにしたとかなんとか言えば印象いいし」
「そこまで考えてるなら脚本はジュンヤだな」
「ちょっと待て。どんなバンドが出演するかもわかってないのに、脚本なんか書けねぇよ」
「じゃあ、どんなバンド集めたらやりやすい?」
いきなり話が具体的になってきた。やっぱできませんとかは言えなさそうな状況だ。
「安藤さんのバンドはどんな感じのバンドなんですか?」
「う~ん。村上くんって音楽詳しい人?」
「たぶん、安藤さんの基準で言うと詳しくない人です」
知ってる海外のバンドはビートルズくらいだ。CDショップにも年に1、2回しか行かない。何を隠そうライブに行ったこともないくらいだ。
「そっかそっか。うちのバンドは、私入れてふたりしかいないバンドだけどね。私がギターボーカルで、もうひとりはドラム。ジャンルで言うとロックになるのかな」
「激しい感じですか?」
「う~ん、激しい曲もやるし、静かな曲もやるかな」
「じゃあ、安藤さんのところも入れて3つ。静かなのと激しいのをひとつずつ集めてくれるとやりやすいですね」
「3つかぁ」
「厳しそうですか?」
「う~ん、集めるのは簡単なんだけどね……」
歯切れ悪く言う安藤。集めるのは簡単でも、何か問題があるのだろうか。
「参加できなかったバンドが納得するかって話か?」
「そう!」
アキラの問いに、わが意をえたとばかりにうなずく安藤。参加できなかったバンドが、うちも参加させろと言ってきたり、もっと悪い想像をすると企画を妨害してきたりする可能性があるってことか。
「何にもしないやつに限って、人の批判したがるもんだからな。黙らせるのは簡単なんだけどな」
さらっと物騒なことを言うアキラ。
「ステージの時間って30分ですよね?」
「うん。普通にライブしたら1組か2組くらいの時間だけど、予定では3組出る予定だったから、予定通りといえば予定通りなんだけど。第2音楽室も使う予定だったから」
「第2音楽室の枠はもう埋まってるんですか?」
「もう音楽部がおさえてる。パート別とか、学年別とかいろいろやりようはあるから」
音楽部は単体の部活としてみたらうちの学校の最大派閥だ。中高合わせて400人くらいはいるだろう。なかには1回しか出番がない部員もいるだろうから、そういうやつの機会を増やすなら、ひとつでも多く教室が欲しいはずだ。
「体育館の方はまだ音楽部におさえられてないんですよね?」
「そっちは他にも使いたい団体がいるから、調整にもう少しかかると思う。でも、たぶん1週間くらいで、他の団体が入るか、あるいは参加済みの団体に時間が振り分けられるかになると思う」
できるだけ早く手を打たなきゃいけないってことか。他のバンドを納得させて、体育館の枠をおさえる。問題は、どうやったら他のバンドが納得するかってことだ。
「そもそも、なんでバンド活動禁止になったんですか?」
おれにはバンドをやってる友人はいないし、バンド活動禁止になった経緯を何も知らなかった。
「おれも人づてに聞いただけだから、詳しい話聞かせてくれ」
こういう時は情報の正確さが重要なファクターになってくる。おそらくアキラのことだから、ある程度の情報は持っているだろうけど、当事者である安藤から話を聞いた方が情報の正確さは増す。
「そうだね。協力してもらうんだから話しておかないとね」
安藤の言いかたに引っ掛かりを覚えた。
「何か言いたくない理由でもあるんですか? 言いたくないなら無理に言わなくても」
「いや、おれたちの協力を求めるなら言ってもらう。でないと協力できない」
おれの言葉をさえぎるアキラ。冷たいと思う反面、アキラも本気で協力するつもりなんだなと思う。
「村上くんありがとう。もちろん、山下くんの言うように、協力してもらうんだから、ちゃんと話すつもり」
安藤は、山下くんはもう知ってることばかりかもしれないけど、と断って話し始めた。
「結論から言うと、ライブチケットの売買が原因なんだ。夏休みにライブハウスでライブをするチケットを売ってたのがばれて、バンド活動を禁止された。校内でライブするならお金かからないけど、ライブハウスでやるとレンタル代なんかで結構お金がかかるから、1枚500円くらいでチケット売ってて、まぁそれでも赤字なんだけどね」
チケットの売買があれば、金銭トラブルが発生する可能性もある。無理やり売りつけるやつだっているかもしれない。バンド活動を禁止する理由としてはもっともだとも言えた。
「でもそれなら、ライブハウスでのライブとか、チケットの売買を禁止すればいい話で、学内でのライブ活動まで禁止する必要はないんじゃないですか?」
「もちろん抗議しに行ったよ。2年生は最後の学校祭だし、学校祭でライブやって引退っていう人も毎年多いし。でも、軽音部の連帯責任のペナルティだってことになって」
教師が言いそうなことではある。安藤が参加できないバンドを気にする理由もわかった。私立の進学校であるうちの高校は、高2で部活を引退して受験勉強に移行する生徒が多い。そういう部員にとって、学校祭は最後のメインイベントだ。高2のバンドでライブできないバンドがいるのに安藤のバンドがライブをするというのは、安藤にとっては気が進まないことかもしれない。
参加できないバンドが納得するとともに、安藤が納得することも必要になってくる。安藤が納得いく形でライブをするのが今回の目的だ。
「自分は参加できなくてもいいのか、それとも、高2のバンドが参加できなくても自分がライブしたいのかどっちなんだ?」
アキラの直接的な問い。確かにその2つの間には大きな差があるが、もうちょっとオブラートに包んだ方がいいように思う。
「それはライブしたい」
即答する安藤。方向性は決まった。全員が納得する形というのは、目的ではなく理想ということだ。
「だったら、軽音部全体で話し合うとかはやめといた方がいいな。個別に声かけるか、軽音部とは一切関係ないところでやった方がいい。おれとジュンヤで対策はするが、リスクがないわけじゃない。軽音部内で企画自体に反対するやつが出てくるかもしれないし、極力直前まで外部に情報が漏れない方がいいから、口が堅いやつだけに声をかけるべきだな」
軽音部の高2のなかに推薦を狙ってるやつがいるとすれば、ここでリスクを冒したくないと考えるかもしれない。安藤たちがライブをしたせいで連帯責任が発生する可能性があるのであれば、企画に反対することも考えられる。
全体を巻き込む必要がないのであれば、そういうリスクも最小限に抑えるべきだ。今、企画がばれれば、教師に対策を打たれる可能性がある。修正のきかない直前まで企画は伏せておいた方がいい。
「なんか、慣れてる感じだね」
安藤が半分感心半分呆れたように言う。
「そりゃアキラちゃんだからね」
リョウスケが自慢げに言う。
「とりあえず、方向性はこれでいいか?」
アキラの問いに安藤はうなずく。
「あとは参加できないやつの不満を解消できれば、なお良しって感じかな?」
「その言い方は、何か考えがあるってことか?」
アキラは鋭い。おれの微妙な言いかたひとつで、言葉の奥を読み取る。
「まだまとまってないんだけど、今回全部のバンドを参加させるわけにいかないなら、今回とは別の企画でやるしかないと思う。今回は参加できなくても、禁止令撤廃に目途が立っていて、別の企画に参加できるのであれば、大きな文句は出ないと思う。つまり、今回の学校祭の企画は、ただ単にライブをしたいからするんじゃなくて、禁止令撤廃へのアプローチっていう大義名分があれば強いわけで、たとえばおれたちの企画が人気を取ったとして、もう1回観たいあるいは観られなかったから観たいっていう生徒が出てきたとして、音楽部とかなら演奏会があるからいいけど、おれたちは有志企画だからそんなものない。だからまた企画してやることになる。やるとしたら、教師はどう考えるか? おれとアキラが関わってる有志企画は何かトラブルがあるかもしれない。そんなことになるなら、軽音部の企画として管理した方がマシなんじゃないか」
話していて、まとまっていない気がしてならなかったのだが、伝わっただろうか?
アキラの方を見ると、おれの言いたいことが伝わったのか補足説明を始めた。
「くわえて、有志企画ってところを強調すれば、軽音部に迷惑はかからない。万全を期すなら、安藤たちにも軽音部を退部してもらった方がいいかもしれない。リスクは最小限に抑える。話題性は最大限大きくして交渉材料にする。悪くないんじゃないか?」
「Not badだね」
リョウスケにも伝わっているみたいだ。
「全部理解できたかわかんないけど、大枠はつかめたと思う。でも、それだと山下くんと村上くんの負担が大きくなるんじゃない?」
正直、やったこともない脚本とやらを書かされる時点でだいぶ負担だ。いくつか仕事は増えるだろうけれど、脚本に比べればたいしたことはないだろう。
アキラは軽く笑って言う。
「リョウスケからお願いされた時点で、めんどくさくなるだろうとは思ってたからな」
「なんかその言い方だとおれがめんどくさいやつみたいに聞こえるけど」
やつみたいじゃなくて、めんどくささそのものだけどな。
「まぁ、いつものことなんで、安藤さんは気にしないでください」
「リスクがないことなんてつまんないしな」
そう。おれもアキラもおもしろそうだからやるんだ。リョウスケの頼みってのもあるけど、しょうもない頼みだったら、何もしない。そのことをリョウスケもわかってるから、おもしろそうなことしか相談してこない。そもそもリョウスケは大抵のことなら自分でなんとかしてしまえるやつだ。
「ありがとう」
安藤はただそれだけ言った。
「それじゃ、楽しんでいきましょうっ!」
リョウスケがこぶしを振り上げる。
「おー!」
安藤も続く。
アキラは当然スルー。
おれもちょっとそのテンションにはついてけないわ。
「じゃあアキラ帰るか」
リョウスケは安藤さんと帰るだろう。
「おれ彼女と帰るから」
淡々と言うアキラ。
「おまえ別れたんじゃなかったのか?」
「いや、だから新しいの」
新しいのってなんだよ。意味はわかるけど、もっと他に言い方あんだろ。新しい服買ったくらいの気軽さだな、おい。アキラにとってはそんなものなのかもしんないけど、もっと男観る目養った方がいいぞ、女子。
「で、誰なんだ?」
「山中」
「山中って、あの音楽部の山中?」
「そう」
そうって、おまえ。山中といえば、美人で男女問わず人気あるのに誰とも付き合ったことないお堅いやつってことで有名じゃないか。
「もしかして、おまえが告ったの?」
「おれが告るわけないだろ」
だと思ったけど、じゃあ山中が告ったってことか? あの山中が? まぁ話したことないんだけど。
それにしても別れて2日後に彼女ができるとは。しかも告られるとか。しかも山中とか。学年に男300人いんだぞ?
とりあえず今日はひとりで帰ることになりそうだな。そう考えながら立ちあがると、むかいの席の安藤が遠慮がちにこう言った。
「村上くん、一緒に帰る?」
……その優しさ、いらないっす。
授業中居眠りしていると、食堂に放課後集まってくれと、リョウスケからメールが入った。アキラの方を見ると、アキラは無言でうなずいた。
いつものやってもやらなくても同じようなホームルームのあと、アキラと一緒に食堂に行くと、そこにはリョウスケと安藤の他に3人の男と、同じクラスの奥山優がいた。入口に近いテーブルの、片側にリョウスケ、安藤、奥山と並び、そのむかいに男三人が座っている。
奥山は、やっと来たかというふうに、おれとアキラを見た。おれたちより早いということは、ホームルームが終わってすぐに来たのだろう。
奥山は無愛想な女子だ。不機嫌そうな口元、色の薄い唇、目は冷たく澄んでいる。黒い髪は肩から胸のあたりでゆるやかに波打っている。コテなんかで巻いているんじゃなくて、自然にそうなったみたいな感じ。他のやつと距離をおいていて、昼飯の時も他の女子と一緒に食わないでどっかに消えちまうようなやつだ。
「遅い~」
リョウスケが、だだっ子みたいな声をあげる。
「バンドの人たち?」
アキラがリョウスケをスルーして安藤に聞いた。アキラはリョウスケの隣に、おれは男3人の隣に座る。イスを引く時に隣の男に軽く頭を下げる。男も笑顔で会釈してきた。
「そう。高2のバンド、ToGetHer。こっちから、ギターボーカルの藤波さん、ベースの五代さん、ドラムの高橋さん」
安藤が自分のむかいの3人を手で示した。
藤波はギターよりもバイオリンが似合いそうな育ちの良さそうな雰囲気。五代は太っているというほどではないが、がっしりとした体つきをしている。高橋は、この中でドラムは誰でしょう? と聞かれたら最後にさされるようなやつ。とにかくきゃしゃだった。
「軽音部じゃないのか?」
アキラが安藤に問う。
「軽音部だったけど、企画のこと話したら辞めるって。藤波さんは部長だし、反発が出ても抑え込めると思うよ」
部長辞めさせたのかよ。
「どうも、元部長の藤波です」
柔らかい笑みを浮かべながら、藤波は冗談めかして言う。
「大丈夫なんですか?」
敬語を使っているにもかかわらず、まったく敬意が見えないアキラ。質問の意図としては、藤波の今後が大丈夫かというよりも、企画に影響が出ないかというニュアンスが強いだろう。
「あのまま部活やっててもしょうがないしね。それに、この企画は勝算あると思うから」
勝算、つまり禁止令撤廃の可能性。
「軽音部はバンド単位で活動する部活だし、部活っぽいのなんて学校祭くらいだから大丈夫!」
安藤が補足する。確かに部員が何十人いようと一斉に演奏をすることなんてないだろう。それでも、部長がそんな簡単にやめていいのかっていう気持ちはある。まぁ、そこは問うても仕方のないことだし、現在帰宅部であるおれが何か言えるわけでもない。
「こっちは奥山優さん。ふたりとも同じクラスだよね?」
安藤が奥山を手で示す。
同じクラスといっても、話したことはなかった。おそらくアキラも話したことはないだろう。
「奥山もバンドやってるのか?」
アキラが軽い口調で聞く。
「やってない」
必要最小限のことだけを答える奥山。ボリューム的には大きくないはずなのに、不思議とよく聞こえる声だった。
「じゃあ弾き語りとか?」
「違う。ピアノでインストの曲作ってる」
「インストってことは、歌うわけじゃないんだよな?」
「そう」
アキラは安藤とリョウスケの方をむいて、ふたりが反応しないのを見ると、おれに顔をむけて言った。
「まぁ、ジュンヤならなんとかなんだろ」
勝手にハードル上げんなよ、と突っ込もうとしたが、その前に奥山に鋭い眼で見つめられ、いや、睨みつけられ、突っ込めなくなってしまった。
「はいはい! ユウちゃん、好きな食べ物は?」
勢いよく手を挙げて、奥山に質問するリョウスケ。その質問は必要なのか?
「……チロルチョコ」
リョウスケの勢いに押されるように、引き気味に言う奥山。
チロルチョコって……。キャラじゃねぇだろ。
「ユウちゃんわかってるね~。おれはきなこもち味が好き」
「あれは発明だよな。チョコで、きなこで、もちだもんな」
アキラまでチロルチョコトークに参加してしまった。こいつこそ甘いものが似合わない代表みたいな雰囲気だけど、本当は常軌を逸した甘いもの好きだ。
というか、この会話誰が軌道修正すんだよ。そう思って、まわりを見渡すと、安藤と目が合った。
安藤はおれに向かってうなずく。
軌道修正してくれるか、安藤。任せた。
「私は定番の牛の柄のミルク味かな」
……おまえもか。
「さすがハニー」
ついていけてないのおれだけ? よし、じゃあ、おれも会話に加わってやる。
「おれは、なかにヌガー入ってるやつが好きだな」
おれがそう言うと、それまで盛り上がっていた雰囲気が一気に静まりかえった。
「ジュンヤちゃん、前から思ってたけど、わかってるようでわかってないのね」
なにが? なにが?
「ジュンヤはチロルチョコのよさがわかってないな」
おまえら誰? 専門家?
「……」
奥山さん、その目はやめてください。怖いです。
「ところで、ジュンヤちゃん。脚本はでけたの?」
チロルチョコトークは、無駄におれの心をえぐったことで決着をみたようだ。
おれは授業中に書いたおおまかなストーリーをリョウスケに渡す。
アキラにはすでに見せてあった。
物語は、昔々あるところにふたつの国がありました、というところから始まる。
ふたつの国は仮にロッ国とクラシッ国としておいた。そのふたつの国はそれぞれ、ロックとクラシックを国の音楽として扱っていて、そのせいでいがみあっていた。なかでも、両国の王子は仲が悪く顔を合わせればケンカばかりしていた。その辺のバックグラウンドを一通り説明して、それぞれのバンドが演奏して、最後を安藤のバンドがしめて、国同士が和解してハッピーエンドという、かなり適当な話だった。今回はバンドが中心だから、これくらいでちょうどいいだろう。
リョウスケと安藤は読み終えたようだ。
「ネーミングセンスは別にして、なかなかいいんじゃない?」
リョウスケ、今、さらっときついこと言ったよね。
「確かにロッ国とクラシッ国はひどいよね」
安藤、これ以上傷口を広げないでくれ。
「おれもネーミングセンス以外は問題ないと思う」
アキラ、おまえはおれを故意に傷つけようとしてるだろ。
なんだかおれへのスピリチュアルアタックがパターン化しそうで怖い。
「まぁ、ネーミングセンスのことは置いといて、この王子役ふたりっていうのは、おれとリョウスケがやるのか?」
「決まってんだろ」
おれは、ここぞとばかりに反撃してやった。
「アキラちゃんと男の熱い友情ドラマでしょ! やるやる!」
右手をピンと挙げてリョウスケは言う。自分で配役しといてなんだけど、1000人近く入る体育館でやるってわかってんのかな。おれだったら絶対断るけどな。
「ったくめんどくさい役押しつけやがって」
めんどくさいと言いながらもアキラはやってくれるらしい。アキラにとっては、客が10人だろうが1000人だろうが関係ないのかもしれない。
「これで主演のふたりはOKだな。ところで、安藤さんのバンドは今日いないんですか?」
安藤は、すこしの間、口の端を曲げて考えているような顔をしてから話し始めた。
「最近、ドラムがやる気なくって」
「ドラムがあるとないじゃ、全然違いますよね?」
「うん」
「どうするんですか?」
「一応、説得はしてるんだけど。出たくないみたいで。でも、私ひとりでもやるから」
口調から、安藤の強い意志を感じた。
「ところで、僕が勝手に流れ決めちゃったんですけど大丈夫ですか?」
この脚本だと、安藤はむちゃくちゃ激しい曲とか、反対にむちゃくちゃ静かな曲とかはできなくなる。激しい音楽と静かな音楽の争いを止めなくてはならないから。
「大丈夫。私の音楽で戦争を止めればいいんでしょ?」
自信満々な笑みを浮かべて言う安藤。無駄にカッコいい。
「ハニーかっくい~」
さすがに慣れてきたけど、ハニーって呼び方絶対おかしいよな。
ドラムが来ないとなると安藤の弾き語りになるのか。ギターとドラムっていうイメージでストーリー作ってたからなんかしっくりこないんだよな。絵的に。まだ演奏聴いてない段階で色々言うのも違う気もするけど。おれの頭の中では、ギターとドラムで、静と動というか、中庸的なイメージにもってこうと思ってたんだけどな。
「安藤さん、僕もドラムの人に会っていいですか?」
場合によっては脚本を直した方がいいかもしれない。図々しいお願いかもしれないけれど、自分で会ってドラムが参加する可能性を見極めておきたかった。
「うん。じゃあ会う日調整して連絡するから。村上くん、LINEはやってる?」
「LINEやってないんですよ。メールでいいですか?」
最近はLINEで連絡を取り合う人が多いみたいだけれど、おれは昔ながらのメールを使っていた。メールだと1対1のやり取りになるけれど、LINEを使うと、グループという複数でのやり取りができるようになってしまう。厄介なことにグループというのに入れられると、グループメンバー全員に連絡先を知られてしまう。たとえばクラスのグループがあったとすると、クラスの嫌いなやつにも連絡先を知られてしまうことになる。コミュニケーションって、そんな無理して取るもんでもないし、基本は1対1だろ。
「そうなんだ! じゃあ、メールでいいよ。教えて! ってか、私が教えるね」
そう言うと安藤はメモ帳を取り出し、自分のアドレスを書き始めた。
「今日はこんなもんでいいですか?」
話がひと段落したと判断したアキラがしめに入る。何か言いだそうとする人間はいない。異論はないようだ。
「次に集まる時は連絡しますので、よろしくお願いします」
「よろしくー」
手を挙げながら元気よく安藤は言う。
何も言わずに真っ先に席を立ったのは奥山。スクールバッグを肩にかけ、食堂の入口へむかう。何か言って帰れよ。
安藤がおれにむかってメモ帳に書いたアドレスを渡してきたので受け取る。
「アキラ、おれたちも帰るか」
「おれは主演やらされるって愚痴る予定だから」
今日は山中と帰るってことか。
「なんかおれのせいみたいに聞こえるけど」
「おまえのせいだろが」
「話題ができていいじゃねぇかよ」
「話題なんぞなくても勝手に話してる。電話すると1時間は話し続けるぞ、女は」
……女は、かよ。この恋愛ブルジョワジーが。
これ以上こいつと話してると毒だ。彼女ができないなら彼氏を作ればいいとか言い出しかねない。
「じゃあ、おれ帰るわ」
安藤がこの前みたいなことを言い出さないうちに退散する。ToGetHerの3人によろしくお願いしますと頭を下げることは忘れない。こういうのが大事なんですよ、奥山さん。
まぁでも、今日の話し合いでだいぶ具体的になってきたな。ただ、これからちゃんとセリフとか書かなきゃいけないんだよな。正直めんどくせぇ。
昇降口を出ると、50メートルほど前を歩く奥山の後ろ姿を見つけた。
ミスった。あのタイミングで出てきたらこうなるわな。
どうしよう。この距離を保って帰るのは気まずいんだよな。奥山が何かの拍子に振り返ったら後ろつけてたみたいな感じになるし。最寄り駅までの道は下り坂の一本道だからしょうがないんだけど、さっきの話し合いの時みたいな鋭い眼つきで睨まれると、なんだか後ろめたいことをしている気になる。かといって話しかけるのもな。駅まで10分以上あるし、奥山とふたりで間が持つとは思えない。それにふたりで下校するって、付き合ってるやつのやることだろ。
戻ろうか? でも、戻ったところをアキラとかリョウスケに出くわすのも気まずいんだよな。あいつら無駄に勘がいいから、奥山見つけて引き返したのとかばれそうだし。
いやでも、これからいっしょに企画をやるわけだから、コミュニケーションを取っとく必要はあるだろ。これはチャンスだ。ピンチをチャンスに変える男、村上淳也。
歩くスピードを速くする。奥山の背中が近づいてくる。イヤホンで音楽を聴いているみたいだ。
奥山の肩を叩きながら、横に並んだ。
奥山はわずらわしげにこちらを見る。
「よう」
声をかけると、奥山はイヤホンを外した。
「何?」
敵意を感じる眼だった。
「おれも帰るからさ」
奥山は何も言わない。でも、眼を見れば言いたいことはわかる。
だから?
いや、だからって言われても……言われてないけど。
一緒に帰ろうぜ! と爽やかに言ってみるというアイデアが浮かぶが、キャラじゃないので没。もうちょっとテンション落としていこう。
「ミュージカル、頑張ろうな」
ベストではないけれど、及第点はもらえるだろう。
「脚本、ちゃんと作ってきてよ」
そう言うと奥山はイヤホンをつけ、歩くスピードを上げる。
もう話すことはないって感じか。女は勝手に話す生き物じゃなかったのかよ、アキラ。
次の日、安藤からメールが入り、放課後おれは1年1組に行くことになった。安藤のバンドのドラム大沢が1組だからとのこと。
1組の前で安藤と合流する。教室にはまだ5人ほど生徒が残っていたが、すぐにでも帰りそうな雰囲気だった。
「あれが大沢」
安藤が窓際の席に座っている男を手で示した。ラグビーかなんかやってそうなガタイ。制服の上からでもわかるほど腕が太い。いかつい顔。
大沢はイヤホンで音楽を聴いていた。目をつぶって、指でリズムをとっている。
おれが近づいていくと、気配を感じたのか、大沢はイヤホンを外す。
「おまえが村上か、話は聞いてる」
大沢がおれの方をむいて言った。細い眉と鋭い目。
「どんな話だ?」
「学校祭でミュージカルやるって話だ……。その前に安藤は帰れ」
おれから安藤に視線を移し大沢は言う。
「なんでよ!」
安藤が大沢にむかって一歩踏み出しながら抗議する。
昨日の話だと安藤が説得しても大沢はやる気を出さないということだった。また説得されるのがうっとうしいのかもしれない。
「おまえがいると話したいように話せねぇんだよ」
「わたしに聞かれたくない話でもあんの」
「ありまくりだよ。いいからここから出てけよ」
「村上くんに変なことふきこまないでよ」
そう言って安藤は、律儀にドアを閉めて教室から出ていく。もっとしつこく抗議するかと思ったけど、想像以上にあっさりだったな。
「で、安藤さんを追い出してまでしたい話ってのはなんなんだ?」
おれの質問を大沢は手で制す。
大沢はおれにむかって歩いてくる。そのままおれの横を通り過ぎ、教室のドアのところまで行くと、勢いよくドアを開いた。
あっ、という声がして、ドアのむこうから安藤が倒れこんでくる。
「帰れって言っただろ」
やけにあっさりしていると思ったら、帰ったふりをしてドアのむこうから聞き耳を立てていたのか。それにしても、安藤の行動を見破った大沢は、バンドを組んでいるだけのことはある。
安藤は、覚えてなさいよー、と序盤でやられる悪役キャラみたいなセリフを残して去っていった。
大沢はドアを開けたままの状態にして、こちらに戻ってくる。
座っていた窓際の席に座り直し、おれに話をうながす。
「話を聞かせてくれ」
なんとなく上から言われている感じがするが、そのことは気にしないようにして、計画を伝えた。
「なるほどな」
「で、やるのか?」
「そうだな、条件次第だな」
めんどくさいやつ。
「どんな条件だ?」
「その前に、なんでバンド活動禁止になったか知ってるか?」
「チケット売ってたのがばれたんだろ?」
「そうだ。それをリークしたやつを見つけて欲しい」
次回:9月16日土曜更新予定
青い暴走
2014年08月16日
青い暴走
高校生が主人公の青春小説「青い暴走」シリーズを連載しています。