【連載小説】「青い暴走」シリーズ「優しい音」第6話【毎週土曜更新】

更新:2017.10.7 作成:2017.10.7

学校祭準備が佳境を迎える中、奥山が倒れた。ジュンヤは榎本と実質ふたりで準備をすることになって……。

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連載第1回はこちら

立ちくらみか? 

目の前で人がいきなり倒れるのは初めてだった。

どうする? 教師を呼びに行くか? 

といっても、学校祭の準備期間だからどこにいるかわからないし。それに、おれが教師を探している間に奥山が意識を取り戻したら、目が覚めてまわりに誰もいなくて混乱するだろう。奥山が目覚めるまでそばにいなきゃいけない。まわりの生徒に教師を探しに行ってもらうっていう考えもあるけど、騒ぎ立てられるのを奥山はよく思わないだろう。

奥山の肩のあたりを軽く叩いて意識があるかどうか確かめた。意識はないようだ。奥山の顔は青くなっている。顔の前に手をかざして呼吸を確かめる。しっかり呼吸していた。おそらく貧血だろう。ただの貧血なら、このままほうっておいても1,2分くらいすれば目を覚ますと思う。少し待って起きなかったら、奥山を運んで保健室に行こう。

近くにあったブレザーを引き寄せ奥山にかける。体温の低下を防ぐささやかな試み。

できることはしたはずだった。あとは奥山が意識を取り戻すのを待つだけだ。いびきもしていないし、すぐに意識を取り戻すだろう。

それから1分ほどたったところで、奥山は意識を取り戻した。

奥山は状況がわからないようだった。

おれの顔を見て、次の瞬間泣き出した。

「……ここどこ?」

「学校。奥山は立ちくらみ起こしたんだ」

「ごめん、なんか自然に涙が出てくるけど、別にどこも痛くないから」

「わかってる。混乱状態にあると自然に涙が出てくることがあるんだ」

「経験あるの?」

そう言って、奥山は立ち上がろうとする。

「立ち上がっちゃだめだ。もうすこし待って、落ち着いたら保健室行って、今日は早退した方がいい」

「……何分くらい気失ってた?」

「1分くらい。でも気をつけた方がいい」

奥山は小さくうなずいて、再び横になった。

「医者になるの?」

横になったまま、顔だけこちらにむけて奥山が聞いてきた。

「なんで?」

「詳しいみたいだから」

「いや、知り合いの人が教えてくれたんだ。昔ね。それに、おれバカだから医学部入れないと思うし。あと、グロイの苦手で、心臓とか生で見たらたぶん吐いちゃうから」

「じゃあスプラッタとか観られないの?」

スプラッタ。首が吹っ飛んだりする映画のどこがおもしろいのか、おれにはわからない。

「好きじゃないけど。観られないことはないよ。生じゃないからね。スプラッタ好きなのか?」

「ホラーが好きで、スプラッタも観ることがある」

「意外だな。なんか小難しい映画観てるもんだと思ってた」

「勝手なイメージね」

奥山はいつもの調子を戻してきているようだった。

「立てるか?」

「うん」

そう言って、奥山は危なげなく立ち上がった。ブレザーを着せたまま、おれは保健室に連れて行く。

保健室に行って状況を伝えると、あとはこっちでやるから教室に戻りなさいと言われた。

おれは奥山を残して教室に戻ってきた。

とりあえず、班境を作ることにした。たぶん平気だと思うが、奥山が実は結構きつい病気だとしたら、このセットをおれと榎本ふたりで作らなければならない。そう思って、頭を使わずに手だけ動かした。

© Davizro Photography – Fotolia

その晩、奥山からメールがきた。

睡眠不足と疲労が原因で、2日間、病院で入院するという。文末にはありがとうと書かれていた。

『こっちはなんとかなりそうだから。ちゃんと休めよ』

おれはメールを送った。

それにしても、奥山は疲れるほどなにをやったんだろう? 期末テストも終わって、勉強する必要なんかないはずなのに。

『迷惑かけてごめん』

奥山から返信がきた。

メールを見て、奥山の認識が少し変わる。愛想の悪いやつだと思っていたが、ごめんもありがとうも言えるやつだった。もちろん普通のことなのだが、なんとなく、奥山はそういうことを言わないようなイメージだった。たぶん、無愛想に見えたのは、本当に無愛想な部分もあるかもしれないが、奥山が強すぎるからかもしれないと思った。

『ごめんって言えるんだ。言えないと思ってた(笑)』

おれは、半分ジョーク半分マジで返信した。

『私だってごめんくらい言えるよ』

奥山のメールは、顔文字も使わない、文字だけのものだったが、たぶん、笑っているんじゃないかと思った。それは、おれがおもしろいからとかそういうのではなく、ほっとした時に出るやわらかな微笑、クスリ笑いのような気がした。

奥山が休みということは、北川が看板絵を完成させるまでは、おれと榎本のふたりで作業をすることになる。

他の班のエリアからは話し声や笑い声が聞こえてくる。たぶん、学校祭の準備っていうのは、本来、そんなに時間のかからないものなのだろう。みんなが本気でやれば半分以下の時間で終わるはずだ。

もちろん、劇とかを突き詰めようと思ったら、いくら時間があっても足りないくらいだと思うし、それはお化け屋敷にしてもしかりだ。クォリティーを上げようと思えばいくらでもあげられる。でも、うちのクラスにそこまで本気のやつはいない。何人かはいるかもしれないけれど、クラス全体が本気でやる雰囲気ではない。

きっと、本気でやることよりも、作業をしながらのコミュニケーションの方が大切なんだと思う。そして、それは間違ったことではないと思う。間違ったことではないと思うのだけれど、こうして榎本とふたりで作業していると、何かがおかしいような気もしてくる。

「あいつら呼んできた方がよくないか?」

ベニヤ板をアクリル絵の具で黒く塗りながら、榎本が聞いてくる。

「めんどくさいからいい」

本当の理由は、めんどくさいというより、あいつらにフォローされたと奥山が思ったら嫌だろうと思ったからだ。いや、奥山が嫌だと思うというより、おれが嫌だったからだ。奥山の抜けた穴をあいつらが埋めたみたいになるのが嫌だった。あいつらの手を借りるくらいなら、おれが四人分働く方がマシだ。

だって、そんなのおかしいじゃないか。なんで真面目にやってた奥山が、仕事をサボったあいつらに感謝しなきゃいけないんだ。実際に奥山が感謝するかっていう問題は別にして、そういう状況になるのはおかしい。

あいつらがこの状況で手伝うとかほざいたら、たぶんブチ切れる。手伝うじゃねぇ、元からおまえらの仕事だろって。

「村上も奥山も強情だよな」

おれの表情を読んだのか、榎本が言った。ふざけている印象しかなかったが、思ったより観察眼の鋭いやつなのかもしれない。

「強情っていうか、あいつらに頼むのって何か違う気がするから」

「確かにな」

「だろ? なんていうか、何やってんだろって感じになる」

「おれとしては、こうやって絵の具塗ってんのが、何やってんだろって感じなんだけどな」

「それは、そうだけど、それは言ってもしょうがないだろ」

別に無茶苦茶すごいものを作ろうとは思わないけれど、最低限のレベルのものは作りたかった。奥山が登校してきた時にため息をつかれたり、まだ終わってないのみたいな感じになったりするのはすごく嫌だったから。

おれの言葉に、榎本は手を顔の前で振る。

「いや、悪い意味じゃなくて。なんていうのかな。うまく言えないけど、奇跡、みたいな感じだよ」

なんだそりゃ?

「ほら、おれ、ハルカのこと好きじゃん?」

それは知ってる。

「ハルカのこと無茶苦茶好きだけど、おれかハルカ、どっちかがこの学校受験してなかったら出会ってないわけじゃん。こんだけ学校の数あるんだから、むしろその可能性の方が高いくらいで。ってことは、無茶苦茶好きなハルカに出会ってなかった可能性って結構高くて、そしたら、おれはどうしてたんだろって。そういうこと考えるのよ」

……なんというか、ここまでいくと、もういろんな意味ですごいな。

「でさ、今はこうやって、なんでかわかんないけど、ベニヤにアクリル絵の具を塗ってるわけじゃん。それで、いないやつら参加させた方がいいかって話しながら」

「そう考えると、確かにそうかもな」

奇跡というには、あまりにもしょうもないことだ。でも、本当は、そういうしょうもないことも、本当に奇跡みたいな奇跡も、どっちも等しく奇跡なのかもしれない。

「おれとしてはさ、そういうなんだかよくわかんないけど、すごい確率で一緒の班になったのに、参加しない人がいるってのは嫌なんだよね」

そういう考え方もあるのか。おれは気の合わないやつと無理に一緒にいようとは思わないけど。

「でもまぁ、近づいて、交差して、離れてくってのは自然だろ」

ようは、その交差している時間が長いか短いかの違いだと思う。おれとアキラとリョウスケは中1から、かれこれ4年間つるんでるけど、ずっと一緒にいられるとは思ってない。卒業後も会うことはあるんだろうけど、大学に入って、会うのが月1回とかになって、そのうち年に数回とかになるんだろうなって漠然と思っている。事実、クラスが離れただけで、リョウスケと一緒にいる回数は減っている。

「そう。おれとハルカも段々近づいてきてるから、そのうち交差するはず!」

「……結局、里中なのな」

「いやでも、交差したら離れなきゃいけないのか。それは困る!」

隣のスペースから声は聞こえる。

廊下からは笑い声。

きっと、みんな無自覚に過ごしている。

おれだって、特に意識して過ごしているわけじゃない。

でも、目の前でアホなことを言っている男は、気づいていた。榎本が里中を好きになったことで大事なことに気づいたのであれば、恋愛ってやつにも意味があるのかもしれないなと、少しだけ思った。

木曜日に奥山は登校してきた。

「大丈夫か?」と声をかけると、「大丈夫、昨日とかからでも来れたんだけど、医者が休めって言ったから」と申し訳なさそうに奥山は言った。奥山の「大丈夫」は、前に聞いた「大丈夫」とは違うように聞こえた。きっと、本当に大丈夫なんだろうなと思った。そして、前の「大丈夫」は、本当は大丈夫じゃなかったんだろうなと思った。

おれは奥山に仕事の進度と残っている仕事を伝えた。残っている仕事はゾンビの面だった。美術センス皆無のおれにはできない仕事だ。

アイデアの紙に書いてあったゾンビを見る限り、奥山にはかなりの美術センスがあると思われる。それに、ホラー好きといっていたからゾンビをリアルに作れるだろう。

奥山はゾンビの面作りにとりかかり、おれは奥山の買ってきたジーンズを切りつけるという役目をおおせつかった。これはゾンビ、すなわちおれが着る衣装で、ボロボロな感じを出したいのだそうだ。もちろんダメジーなど作ったことがない。奥山から渡された武器はカッターと紙やすり。なんでも予算がギリギリなんだとか。

カッターで切りつけてみた。奥山によると、安いジーンズだから糸が弱くて傷つけやすいらしかったが、まったくそんなことはなかった。カッターを延々と横に走らせるが、穴があく気配がまるでない。

「これ、どんぐらいで穴あくんだ?」

「たぶん1時間くらい」

……倒れたくなった。

奥山の方を見てみると、ゾンビの面は非常につけたくないものになっていた。それをつけてアメリカに行ったら撃ち殺されるくらいリアルにできている。

奥山は真剣な表情で作業していた。ピアノを弾いているからなのか、細く長い指で絵筆を持ち、ゾンビの面に重ね塗りして厚みを出している。短く切られた桜色の爪が蛍光灯の光を反射していた。

リークしたやつを見つけられなかった報告に、大沢のところに行くことにした。

1年1組に行ってみたが、大沢はいなかった。知り合いのクラスのやつに聞くと、食堂に行っていると言われた。

営業時間外の食堂は明かりが消えて、がらんとしていた。

「なんでドラムやんないの?」

安藤の声。いつもと違って、少しヒステリー気味だ。おれは入口手前で立ち止まる。

「気分がのんねぇんだよ」

大沢と言い争っているようだ。

「私が原因?」

「おまえは関係ねぇよ、どっちにしろ今回はやんねぇよ」

「……新曲はどうするの?」

「曲はおまえが作ったんだから、おまえの好きにすればいい」

「……わかった」

おれは柱の陰に隠れた。立ち聞きしていたと思われるのはいやだから。

安藤はおれに気づかずに食堂から去っていく。

おれは少ししてから、大沢のところに出て行った。

「よう、久しぶり」

「よう」

「大変そうだな」

おれが言うと、大沢は目線をおれから外して、深く息を吐いた。

「聞いてたのか」

「少しな」

「リークしたやつは見つかったのか?」

「そのことを言いにきたんだ。それがさっぱりでな」

「やっぱりな」

「なにがやっぱりなんだ?」

「いや、こっちの話だ」

含みのある言い方だ。

「確認なんだけど、チケットは払い戻ししたのか?」

前にアキラが藤波にしていた質問を思い出してしてみる。藤波は、チケットの払い戻しは全てしたと言った。つまり、高2が扱ったチケットが教師の元にいったわけじゃないってことだ。となると、安藤、大沢が扱っていたチケットが教師の元にいったことになる。

おれの質問を大沢は一笑にふす。

「無料で配ってたんだぞ? 払い戻しもくそもあるかよ」

それもそうだな。

「じゃあ、回収はしたのか?」

「したよ」

「全部か?」

「いや、全部じゃない。軽音部が活動禁止くらったの聞いて、自分も処罰対象になるんじゃないかと思って捨てたやつが何人かいた」

じゃあ、そのなかに犯人がいるってことじゃないのか。

おれの表情を読んだのか、大沢が大きく手を顔の前で振る。

「そいつらはリークするようなやつらじゃねぇんだよ。むしろ、みんな呼び出し経験してるから対応が早かったんだろ」

だとすると、そいつらの誰かが嘘をついてるか、そいつらが別の誰かをかばっているか。いやでも、チケットが唯一の証拠である今回、犯人を特定するのはやはり難しい。

だから大沢は、やっぱりと言ったのか。

「安藤が今回やる曲は新曲なのか?」

「ん? あぁ、夏のライブで披露する予定だったんだけどな」

大沢の言葉を聞いて、今回ふたりが演奏しなかったら、そのままバンドは解散してしまうんじゃないかという気がした。

それは本当にハッピーエンドなのか? 

ミュージカルをやってよかったって言えるのか?

「……やればいいじゃねぇかよ」

安藤は、ギターと歌だけで表現できるのかもしれない。それが間違ってるとは言わない。でも、寂しいと思った。

「……リークしたやつ見つけてくれよ」

大沢はおれの目を見ずに言って、食堂の出口にむかう。

「リークしたやつなんて誰だっていいだろ。大事なのは、おまえが安藤とやりたいかどうかじゃないのかよ」

背中にむかって投げつけた言葉に、返事はかえってこなかった。

次回:10月14日土曜更新予定

第7話

青い暴走シリーズ一覧

青い暴走

2014年08月16日
大場諒介
KDP