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【連載小説】「青い暴走」シリーズ「優しい音」第7話【毎週土曜更新】

更新:2020.12.2 作成:2017.10.14

学校祭前日、無事にミュージカルのリハーサルを終えたジュンヤたち。あとは本番を残すのみというその晩、奥山から電話がかかってきて……。

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連載第1回はこちら


学校祭前日、体育館でリハーサルを行うことになっていた。学校祭実行委員の監視のもと、実際のタイムスケジュールと同じ流れで確認を行う。誰かに見られながらのミュージカルは初めてだった。

リハーサル前に安藤に声をかけられる。

「村上くん、おっはよ~」

言いながらおれの肩を叩く。今日もテンション高いな。

「おはようございます」

おれが心もち頭を下げながら言うと、安藤は目を細くした。

「ダーリンから聞いてたけど。これは重症ね」

あのヤロー、またなんかめんどくさいこと言いやがったのか。

「あいつがなにか言ったんですか?」

「女子と話す時敬語になるって」

リョウスケが言ったことが、そこまでめんどくさくないことに安心する。

「しょうがないんですよ。癖みたいなもんなんで」

「そうなんだ」

「そうなんですよ」

会話終了。あんまり会話を長続きさせるのは得意じゃない。アキラやリョウスケがいれば別だが、女子と1対1とかになると、何を話していいのかわからなくなる。

「ありがとね。ミュージカル」

安藤はステージの方を見ながら言う。

「暇してたんで全然よかったです」

「やっぱり、音楽ってこうあるべきだよね。みんなが自由に平等に楽しめるものであるべきだよね」

おれに言っているというより、自分に言い聞かせているように聞こえた。

「私はプロになるつもりはなくて、純粋に音楽楽しめればなと思ってバンドやってたんだ。もちろん、プロを目指してるバンドが音楽を楽しんでないとは言わないけど。プロになるとさ、CD買う人とか、ライブに来る人からお金もらうから。もちろん、それに見合うだけのことはやってるんだと思うけど。なんていうか、私の目指すものと違うんだよね」

「だから、チケットも無料で配ってたんですか?」

「結局、それが元でケンカになっちゃったけどね」

安藤はそう言って、自分の過去を笑う。

「間違ったことはしてないと思いますよ」

「でも、音楽はみんなを幸せにするものだから。音楽で不幸になる人がいちゃいけないし、ケンカなんてしちゃいけないんだよ」

安藤はおれに視線を合わせる。

「だからさ。今回みたいなのは私の理想に近いっていうかさ。だからありがと」

「どういたしまして」

「じゃあリハーサルいってくるね」

安藤はステージの方へ走っていく。

© manabu – Fotolia

おれは体育館の後ろの方でステージを見ていた。声とか音が届かなかった時に合図を出すためだ。音はちゃんと届いている。セリフが飛ぶこともないし、みんな流れを把握している。リハーサルは上出来といえた。不安材料として、今日の体育館はガラガラで、当日は大勢客が入っているから、声がちゃんと聞こえるかというのはあった。

「村上、あれはなんだ?」

声がした方を振り返ると、生活指導の金村がいた。思えば、おれにしては珍しく、あれ以来呼び出されていない。

「ミュージカルです」

「さすがにその言い訳は厳しくないか?」

「企画のところにはミュージカルと登録してありますし、許可も取ってます」

「バンド活動が禁止されているのは知ってるよな?」

「禁止されているのは軽音部の活動です。この企画の参加者に軽音部の生徒はいないので」

「ステージで片付けをしている藤波は、軽音部の部長だろ」

「藤波さんは先日軽音部を退部しました」

「……一応、一通り手は打ってるのな……ただな」

「なにか問題でもあるんですか?」

後ろから声がした。奥山だ。

「奥山も参加してるのか?」

「はい」

奥山がこたえる。

「なかなかおもしろいメンバーではあるな」

「人違いだと思いますよ。おもしろいなんて言われたことないので」

奥山の減らず口。

おれは思わず噴き出す。

「笑ってる場合じゃないだろ、村上」

「すいません、思い出し笑いです」

「気持ち悪い」

芝居がかった口調の奥山。おれも合わせることにした。

「ひどっ、おれ今かなり傷ついたよ」

奥山は表情を変えない。でも、表情の奥で笑っているのがわかる。

「……まぁ、そろそろ禁止令を解くの提案しようとは思ってたけどな……あんまりやりすぎるなよ」

そう言って、金村は体育館から出て行った。

「まずい状況なの?」

少し心配そうな奥山。

「金村のあの感じなら、まだ大丈夫なはず」

「そう」

奥山はそっけなく言って、去って行った。

やっぱり奥山は悪いやつじゃない。そう思った。

おれはステージの方へ行って、ToGetHerの片づけを手伝うことにした。

「村上くん、本当にありがとう。このままライブできないで卒業するかもと思ってたんだ」

ToGetHerの藤波が話しかけてきた。後ろに五代と高橋もいる。

「お礼なら安藤さんに言ってください。ぼくはバンドを紹介してもらっただけなので」

「大学行ってライブすることあったら、チケット送るから来てよ」

「3人とも同じ大学行くんですか?」

「たぶんね。でも、行かなくても一緒にやるつもりだよ」

本当にいいバンドだなと思った。

「ひとつくだらない質問していいですか?」

「なんだい?」

「ToGetHerのTとGとHが大文字なのって、高橋さんと五代さんと藤波さんの頭文字ですか?」

おれが言うと、3人は顔を見あわせて笑った。

「よく気がついたね。その通りだよ。でも、もうひとつ意味があるんだ。わかるかな?」

少し考えたが、全然見当がつかなかった。

「わかりません」

「ToとGetとHerで彼女をつくる。ToGetHerで一緒に。つまり、高橋、五代、藤波の3人で一緒に彼女つくろうって意味なんだ」  

そう言って、藤波は苦笑した。

「やっぱ、バンドで成功してからなんすか?」

「成功っていう言い方は変かもしれないな。でも、音楽がなかったら、彼女もなんも意味ないとは思うよ。それに、バンドっていう意味では、おれたちはもう成功してるんだ。バンド組んで一緒に音楽やってるだけで成功なんだとおれは思うな」

藤波は本当に音楽が好きなんだなと思った。そして、なにかに夢中になっていることが、ただただカッコいいと思った。

「なんで藤波さんモテないんすか? ルックスいいし、すげぇいい人なのに」

「モテないって決めつけないでくれるかな?」

藤波は笑いながら言う。

「すいません。でも、一緒に彼女つくるとか言ってたんで、モテないのかと思って」

「実際、モテてるわけじゃないんだけどね。でも音楽やってるのが一番楽しいんだ。村上くんはライブ行ったことある?」

「ないです」

「夏フェスとか行ってみな。世界一楽しい空間だから。初対面の人と一緒に踊ったり騒いだり走り回ったりできるから。炎天下で、満員電車くらいの人口密度でライブするんだけど。たまに吹いてくる風がホントに気持ちよくて。それに、おれたちがバンド組むきっかけも夏フェスだったんだ。去年の夏、茨城県のフェスで偶然会って、バンドつくることになったんだ。茨城までライブ観に来る音楽バカが、おれ以外にもうちの学校にいたんだって感動したね」

藤波の目は輝いていた。

「話してみたら、五代はベースやってて、高橋はドラム習ってて。その時、おれはなにもやってなくて、ただ聴いてるだけだったんだけど、じゃあおれギターやるよっていって、それから練習始めたんだ。このふたりと組めてホントによかったよ」

「とかなんとか言っても、来てるやつらは藤波しか見ねぇからな」

五代がふてくされるように言う。

「バンドで大事なのはリズムセクションだろ」

「そりゃそうだけどさ」

この3人は自分たちのやりたいことを、同じ方を向いてやって、互いに認め合っている。いい関係だなと思った。野球部をやっていた時に、おれはこんな風な関係を築けていただろうか。たぶん、築けていなかったから、やめることになったんだろう。これから先、こういう関係を築けるだろうか、アキラやリョウスケと。

片付けを終えて、おれはアキラとリョウスケに声をかけた。

「ちょっといいか?」

「なんだ?」

「なになに?」

「これを頭に入れてきて欲しいんだ」

そう言って、おれはアキラとリョウスケに1枚ずつ紙を渡した。昨日の夜に追加で書いた脚本だった。

「目処が立ったってことか?」

おれの意図を読んでアキラが言う。

「わからないけど、明日賭けてみる」

おれの真面目な言葉に、アキラとリョウスケは顔を見合わせて笑う。

「ジュンヤちゃん、相変わらず勝負師だねぇ」

「ホント、ジュンヤはおもしれぇよ」

その晩、奥山からメールがきた。メールは、奥山が入院した日からずっと続いていた。

『電話していい?』

シンプルな文面だった。 

おれからするよ、と返信すると、すぐに、わかったと返信がきた。 

おれはなんだろうと思いながら、家電で電話した。スマートフォンの電話料金がやばくなるから。時計は深夜1時を指している。

白いコードレスの電話をリビングから自分の部屋に持ち込んで電話をかける。

「もしもし」

奥山が出た。

「こんばんわ」

なぜか丁寧になるおれ。

「ごめん、私メール苦手だから。電話にして」

「全然いいけど」

「メールでしかありがとうって言ってなかったから、私のなかで納得いかなくて、お礼、ちゃんとしとこうと思って」

「別にいいよ」

「村上はいいかもしれないけど。私がいやなの。この前のことはホントにありがとう。あと、ミュージカル誘ってくれてありがとう」

「なんか、みんな勘違いしてるみたいだけど。誘ったのは安藤だぞ」

「でも考えたのは村上でしょ」

「そうだけど」

「ってことは村上がいなかったらこの企画自体がなかったわけだから、私は間違ってない」

奥山は自分に言いきかせるように言う。いつもの奥山と違う感じがした。

「金村と面識あんのか?」

「その人誰?」

「今日リハーサルの時、文句言いに来た教師」

「知らない」

「むこうは奥山のこと知ってるっぽかったじゃん」

おれが言うと、奥山は黙る。

5秒くらい沈黙が続いた。

「たぶん、他の先生から私のこと聞いたんだと思う」

「成績優秀者とかでか?」

冗談ではなかった。奥山の成績は学年トップクラスだ。

「違う。たぶん問題児として」

問題児。奥山には似合わない言葉だと思った。

「どこが?」

「今は落ち着いてるけど。中学時代、なにかにつけて教師に反抗してたから。校則違反はしたことないんだけど。奥山の前では変なこと言うな、突っ込まれて、授業成り立たなくなるみたいな話が、教師の間で流れたんだと思う。私も子供だったなって思うけど。まぁ、今でも子供だけど。でも、あの頃言ってたことは間違ってなかったって、今でも思うよ」

なんとなく想像できた。体罰を肯定する教師なんかに反論して、冷静に間違っている点を指摘する奥山。しかも、言っていることがいちいち正しいから教師の手に負えない。

「奥山ってさ、強いよな」

奥山が黙ったので、おれは慌てて取り繕った。

「いや、変な意味じゃなくてさ。精神的に自立してるっていうか、まぁ、親に世話になってる身で自立もなにもないとは思うけどさ。なんていうか、これってものが自分のなかにあるっていうか」

電話のむこうは、喋る気配がなかった。おれはとにかく言葉を重ねた。

「なんか、他の女子って、誰かと一緒にいなきゃって感じじゃん。トイレ行くのも一緒みたいな。でも、奥山は颯爽としてるっていうか」

「私は強くなんかない。私がひとりでいるのは、ひとりの方が楽だから。ひとりなら傷つくこともすくないし、気を使わなくていいから。私は強くなんかないし、自立もしてない。どんなきれいごといったって、人はひとりなんだから、傷つかない方がいいに決まってる。相手の気持ちがわかるとか理解してるっていうのも、してるつもりになってるだけ」

突き放される。奥山の心が不安定になっているのを感じた。

人はひとりだ。いつだってそう。どんなに近くにいても、人はひとりだ。奥山のいうとおり、完全に理解することはできない。

でもさ、でもさ。そんな悲しいこというなよ。人はひとりかもしれないけどさ。そんなこといったら、おれが電話してる意味なんかなくなっちゃうじゃないか。人がひとりならさ、なんで人は出会うんだよ。なんで別れる時に泣くんだよ。やっぱり、奥山は間違ってるよ。人とつきあわない方が、傷つかないし、楽に生きれるかもしれないけどさ、人を信じてさ、だまされるのって、カッコ悪いかもしれないけどさ、おれは、人を信じるよ、人はひとりかもしれないけど、独りじゃないって信じてるよ。

奥山の心の壁みたいなものが見えた気がして、それを壊したかった。でも、おれは奥山の気持ちを本当の意味でわかってやることはできないし、こういうことを言われたことがないから、なんと言えばいいのかわからなかった。

「どうした奥山? ミュージカルのことで緊張してるのか?」

結局、月並みな言葉しか出てこなかった。

奥山はこたえない。

「さっきさ、これっていうものが、奥山にはあるって言ったじゃん」

返事は返ってこなかった。奥山が聞いているのか不安になったが、おれは軽い調子で続ける。

「前に話した時、作曲してると落ち着くみたいなこと言ってたじゃん。なんか、それってうらやましいなって思ったんだ。奥山にとって、作曲とか音楽が、これってもんなのかなって。なんていうかさ、自分にはこれがある、これなら誰にも負けないっていうんじゃないけど、それをすれば大丈夫みたいな。おれ、なんもないからさ」

奥山は返事をしなかったが、聞いてはいるようだった。受話器のむこう側に、奥山の息づかいが聞こえた。おれは、なかばヤケクソになって言った。

「奥山さ、なんか言えよ。すごい不安なんだけど。なんか変なこと言ったかなとか思うじゃん。返事しないとおれ、ずっとひとりで喋ってるよ。はたから見たらかなりカッコ悪いけど。おれバカだからさ、奥山がなんか言うまでずっと話すよ。奥山がおれのことめんどくさいやつだなって思って、もういいよって言うまで、ずっと喋ってるよ」

「……ありがと」

喉の奥からしぼり出したような声だった。受話器を通して聞こえる声の方が実際に会って話すより、奥山の表情がわかる気がした。

「どうした? 大丈夫か?」

「うん、大丈夫。実はさ……、さっきまで緊張して……、全然寝られなくて……、明日のこと考えたら、不安になって電話したんだ」

おれは明日じゃなくて今日だなと、かなりナンセンスなことを考えていた。

「そっか」

「もう大丈夫。ごめんね、つきあわせちゃって。ありがと。明日早いから、もう寝た方がいいよね」

「そうだな」

「じゃあ、おやすみ」

「おやすみ」

おれは電話を切った。こんなに長く電話をしたのは初めてだった。一息つくと、疲れがどっとにじみ出てきた。

体はかなり疲れていたが、なぜだか暖かい気持ちになっていた。


次回:10月21日土曜更新予定

第8話

青い暴走シリーズ一覧

青い暴走

2014年08月16日
大場諒介
KDP