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【連載小説】「青い暴走」シリーズ「優しい音」第8話【毎週土曜更新】

更新:2020.11.30 作成:2017.10.21

学校祭当日。ジュンヤの問いかけに、奥山はポツリポツリとこたえる。 ついに始まるミュージカル。体育館で、ジュンヤは大沢に声をかけられ……。 大増量で駆け抜ける学校祭!

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連載第1回はこちら


学校祭当日。チャイムが鳴り、開場が告げられる。 

教室の電気が消え、ホラー映画のサントラが流れ始める。おれは配置につく。

奥山は冷たいタオルを吊るした釣竿のようなものを持ってベニヤ板の後ろに隠れていて、おれは奥山が割いた新聞紙の山のなかにいる。

客が入ってくる気配はなかった。企画数が多いからしょうがない。4階にある高1のフロアに客が流れてくるのは、もう少しあとのことになるだろう。

「奥山さぁ、夜遅くまでなにやってたんだ?」

奥山にだけ聞こえるくらいの小さい声で話しかけた。

「え?」

「倒れた理由、睡眠不足とかいってたじゃん」

「あぁ……」

奥山は考えているようだったが、新聞紙のなかにいてゾンビの面をつけているおれは奥山の顔が見えなかった。

「屋上で話したことあったでしょ?」

「うん」

「あの時、人に聴かせる音楽みたいなこと言ったの覚えてる?」

「うん」

「その時は、それまでに作ってあった曲を演奏しようと思ってたんだけど。それまでの曲が自分のために作った曲だなって思って。あれから1週間で人に聴かせるための曲作ろうって思ったんだ。それで毎日全然寝てなくて。倒れた日にも、学校で、そんなようなこと話して。間違ってなかった、作ってよかったって思ったら、ほっとして、気が抜けちゃって。倒れたのは、たぶん、そのせいかな」

奥山は、一語一語丁寧に、ポツリポツリと話した。おれはなにか言おうと思ったが、客が入ってくる音がしたのでやめた。

声から、小学生くらいの女の子であることがわかった。もしかしたらかなり幼い中学生かも。

足音が近づいてくる。

すぐ近くでキャッと声がした。奥山のコールドタオルに当たったのだろう。

新聞紙に足が当たる音がした。このための新聞紙かと思った。

奥山は、なかに隠れているやつに、人が近づいてきたことがわかるように新聞紙にしたのだろうか。奥山ならそこまで考えていた可能性もある。

おれは飛び出した。驚いた女の子が後ろに転んだ。次の瞬間、近くにいた父親らしき人に殴られた。それもかなり本気で。そんなに痛くはなかったが、吹っ飛んでおいた。これ以上殴られるのはいやだったから。

父親はなにか悪態をついた。よく聞きとれなかったが、ふざけやがってとかそんなようなことだろう。

その客は、おれが倒れているのが見えないのか、おれの手を踏んで、腹を蹴っ飛ばしていく。踏んだり蹴ったりじゃなくて、踏まれたり蹴られたりだ。

その客は5分ほどして教室を出て行った。

「大丈夫?」

奥山が声をかけてきた。

「ちょい痛い」

おれがそう言うと、奥山はコールドタオルのストックを投げてくれた。

口の端にタオルを当てる。ひんやりとして気持ちいい。

「サンキュ」

「ひどい人もいるのね」

奥山が本気で怒ってくれているのがわかった。

「お化け屋敷ってこういうもんなのか?」

「わかんない」

奥山がわからないんじゃ、おれにわかりっこないなと思って、話題を変える。

「安藤さんと同じ小学校だったんだってな」

「葵に聞いたの?」

「うん」

「どうせ、小学校の頃はもっと愛想よかったみたいなこと言われたんでしょ」

「うん」

少し間があいて、奥山はためいきをつく。

「中1の終わり頃にね。疲れちゃって」

「疲れた?」

「そう。クラスでも、なんか明るく振舞っても、みんな優しかったけど、手ごたえがないっていうか。学校祭とかも、みんな、いまいちやる気ないみたいで、むしろ、頑張ってるのが空回りしてるみたいになって、空気読めないっていう視線で見られてる気がして、頑張ってる自分がバカらしくなってきて。色々考えてたら、頭ぐちゃぐちゃになってきて、だから、できるだけ何も考えないように、心とか感情とかをなくすようにしてて、気づいたら愛想悪くなってた」

準備作業をボイコットした軽音部のふたりのことを思い出す。たぶん、あんな感じのやり取りが中1の頃もあったんだろうなって。安藤に聞いた話から想像すると、その頃の愛想がよかった奥山なら、やる気ないやつらに声かけてたんじゃないかと思う。でも、そういうやつらは声をかけてもダメなことが多いし、逆に声をかけるとどんどん遠ざかっていくこともある。そういうことに、奥山は疲れてしまったんだろう。

もっと突っ込んで聞いてみたかったが、今までの奥山からすれば、自分のことをこんなに話すことなど考えられなかったから、それ以上深くは突っ込まなかった。奥山が自分のことを話してくれた。そのことがうれしかった。

「大丈夫だよ」

自分でも驚くくらい優しい声だった。

「え?」

奥山が聞き返すと同時に客が入ってきたので、話を中断して新聞紙のなかに隠れた。

今度は客から十分に離れて驚かそう。

次の客も小学生の女の子と父親だった。おれが飛び出すと、女の子は微妙に驚いて、父親はこんなもんかというような顔をした。

その客が出る前に、次の客が入ってきた。本格的に客が入り始めたようだ。それから、10組くらいの客を驚かせたところで明かりがついた。交代時間のようだ。

奥山は先に体育館で待機することになるので、北川と代わった。

おれはあと30分ゾンビをやって、あとは榎本に任せる予定だった。

絶え間なく客の入る30分を終え、教室の外に出ると、廊下は人でうめつくされていた。

人の流れに逆らわず階段へむかった。階段で1階に下りていくにつれ、人の数が多くなっていった。昇降口から上履きのまま外に出て、体育館を目指す。

© studiopcm – Fotolia

体育館の入り口も混雑していた。前の演劇部の上演が終了してから時間が経っていて、体育館から出てくる人はあまりいない。入っていく人の方が多い。出てくる人はトイレに行くかなにかだろう。今、ここにいる人たちは「Music War」を見に来てくれた人たちなんだと思うと、無性にうれしくなった。

ステージの幕は降りている。席は9割方うまっているようだった。上演の合間で体育館の照明はついているので、大勢の人がそれぞれの友人と話しているのがわかる。会話の音は、体育館の上方で大きなかたまりになって、重さをともなって体に響いた。

おれは人の間をぬってステージそでを目指した。

ステージそでのドアを開けて、なかに入ると、そこには奥山がいた。おれが入ったことに気付かない様子で目は閉じられたままだった。

反対側のそでではアキラとToGetHerの3人が話していた。ToGetHerの3人はライブ慣れしているのだろう、適度にリラックスしているようだった。アキラに関しては緊張という言葉とは無縁の男だから心配なかった。やつはやる時はやる男だ。

「緊張してんな」

おれは奥山に声をかけた。

奥山は顔をあげて言う。

「緊張しない方がおかしいわよ。村上は緊張しないの?」

「おれもしてるけど。奥山ほどじゃない」

「ミュージカル出ないもんね」

奥山は皮肉っぽく言った。

「あぁ、でも、ちょっと出たい気もするよ」

「なんで?」

「今回、脚本やってみてわかったんだけど。文章にライブはないんだよ。ライブ感とか臨場感を出すことはできるかもしれないけど。書いてる時と読まれる時にはタイムラグがあるんだよ。だから、ミュージシャンとか俳優とか、そういうライブがある表現者がうらやましいよ。たぶん、そこが文章の限界なんだと思う」

客席からは、意味をなさない会話のあつまりがノイズとなって聞こえてくる。ステージの上と下。近いけれど、まったく別の世界だ。

「ライブだけど、私のインストは退屈かもしれない」

「そういうやつらにインストのよさわからせてやるんだろ? おれは奥山の音楽好きだよ」

安藤とリョウスケがステージそでに入ってきた。

「弱気になってるなんて奥山らしくねぇよ。後ろの方でちゃんと見てっから、最高の演奏してこいよ」

おれは安藤にお願いしますと言って、リョウスケとハイタッチをして、ステージそでをあとにした。

体育館の端を通って後ろの方へまわる。おれがステージの方を見ながら待っていると後ろから肩を叩かれた。

「よう、脚本家」

大沢だ。

「おっす」

「出来はどうだ?」

「いい感じだよ」

「おれのバンドの行く末を見とこうかと思ってな」

体育館が暗くなる。一瞬、歓声があがり、すぐにやむ。観客の半分以上は生徒ではないのだから仕方がない。それでも、空気の密度は濃くなる。

観客は席に座ったままだった。個人的には立って見て欲しかったが、生徒はあらかじめ、立つと後ろの客の迷惑だからと教師に釘をさされていた。

おれの気のせいかもしれないが、教師の数が多い気がする。おれとアキラがなにかやらかすと思っているのかもしれない。

始まる。幕は上がらない。会場は薄暗いままだ。客席のざわめきはブザーが鳴る前よりは静かだが、まだ少し騒がしい。

パッヘルベルの「Canon」が聴こえてくる。もしかしたら日本一メジャーなクラシック曲。幕のむこうで奥山が弾いている。

幕が上がる。

背景はリョウスケが学校の倉庫から取ってきた演劇部の遺産だ。森のなかに城が描かれている。ステージの中央には1本のヒモが置かれている。このヒモが国境線の代わりだ。

奥山は、ステージの、おれから見て右側でキーボードを弾いている。デニム地のジャケットにワインレッドのTシャツ、下は黒のパンツというスタイル。よく似合っている。

ステージは奥山がいる方だけが明るい。照明専属の人間がいないから、そんなに凝った照明はしていない。ステージの半分だけ明るくするか、全体を明るくするか、明かりを消すかの3択だ。ステージに出ていないやつが操作している。

「上手いな」

「あぁ」

奥山は真剣に鍵盤を見ながら弾いていた。遠くて見えなかったが、細く長く形のいい指がひとつひとつ堅実に音をとらえていくのがわかった。

サビといっていいのかわからないが、有名なメロディのくだりで、アキラが出てくる。白ジャケットに白ズボン。舞踏会に出ていそうな格好だ。

客席の一部で歓声のようなものが上がる。

アキラは奥山のキーボードに合わせて、ゆっくりと歩く。変にダンスなんかを踊らせなくても、アキラなら歩くだけでサマになる。

観客の視線がアキラを追っているところで、ToGetHerの演奏が始まる。藤波のギターが、奥山のキーボードをかき消す。

奥山とアキラは舞台袖にハケる。

奥山のいたところは暗くなり、反対側が明るくなる。

ToGetHerが弾くのは、ブルーハーツの「リンダリンダ」。

リンダリンダのフレーズは誰でも知っているだろう。

おれが知っているのはアカペラで始まるヴァージョンだったが、ToGetHerがやったのには、ギターとドラムがアカペラの部分に入っていた。藤波曰く、本当の「リンダリンダ」はこっちなのだそうだ。

サビが始まるところで、ステージそでから勢いよくリョウスケが飛び出してくる。そのままの勢いでハンドスプリングを決め、客席が湧く。

リョウスケが手拍子をして客席を煽る。白のタンクトップに白のジャージ。靴墨で顔と服を汚している。とても王子には見えない格好だ。客席の前の方から、手拍子が広がっていく。

藤波が叫ぶ。リョウスケが跳ねる。オープニングにして、客席のテンションはかなり高くなっていた。年に一度しかない学校祭マジックが働いているのかもしれない。

曲が終わると、アキラがステージそでから現れる。

ステージ全体が明るくなる。

「セリフ、おまえが書いたんだよな?」

大沢が聞いてきた。

「あぁ」

そう言ってから、おれはなんとなく恥ずかしくなった。

アキラ うるさい!

アキラの言葉は鋭く体育館に響いた。ToGetHerの3人は舞台袖にハケていく。

アキラ ただ大きいだけの下品な音だな

リョウスケ うちの国で演奏してるんだからいいじゃん

アキラ これはこれはロックの王子

リョウスケ そういうあなたはクラシックの王子

アキラ 汚れ……しつれい、黒過ぎて誰だかわかりませんでした

口の端に皮肉を浮かべるアキラ。

リョウスケ 土運びをしてたのさ。国民とともに汗を流してこそ真の王子

淡々とセリフを言うアキラに対し、いちいちアクションが大きいリョウスケ。いいメリハリになっている。

アキラ 汗を流すのは勝手ですが、あの下品な音をなんとかしていただけませんか?

リョウスケ ここの線が国境でしょ。こっち側でどんな音を出そうが、こっちの自由でしょ

リョウスケはステージの中央のヒモを指差す。

アキラ あんな音を出されては、国民が読書に集中できません

リョウスケ こっちも、あんな小さい音じゃ、働く気が起きないんだい!

アキラとリョウスケは口論を続け、決闘をする話になり、ふたりは舞台袖にハケる。

ToGetHerが出てくる。ステージはToGetHerの側だけが明るい。

藤波には、ミュージカルだと思わずライブの時と同じようにやっていいといってあった。

藤波はToGetHerです、といってメンバー紹介をした。五代と高橋が軽くソロで演奏する。

「Brand new day」

藤波が言って、演奏が始まった。

I know this story’s ending, (この物語の結末は知ってるさ)

because I read it again and again. (何度も繰り返し読んだ物語だからね)

I’ll change this story’s ending,(この物語の結末を変えてみせよう)

because I hope they’re smiling.(彼らの笑顔が見たいからね)

ギターにのせて、藤波の柔らかい歌声が響く。

頭サビの終わりと同時にドラムのスピードが上がり、演奏が激しくなる。機関銃みたいな連打。

歌詞が聴き取れないくらいの速いスピードで、ラップ調の藤波がまくしたてる。

 

She told him ‘Dance with me’,(「踊ってよ」彼女は言った)

When gold rain poured with her tear.(金色の雨の中、涙を流し)

Brandy must not mean their fade.(ブランデーは別れを意味していたんじゃない)

Brand new day must be their fate. (新しい日々が彼らを待っていたはずなんだ)

サビ前になると、五代のベースが上下しうねりを作る。ジェットコースターに乗ってるみたいだ。ギターとベースとドラムが完璧に噛み合った瞬間、高揚する。

藤波は叫ぶようにサビを歌いあげる。

I’ll change this story’s ending, (この物語の結末を変えてみせよう)

because I hope they’re smiling. (彼らの笑顔が見たいからね)

They’ll fly to world’s ending. (彼らは世界の果てに飛んでいくんだ)

He sits front, she sits back. (彼は操縦席に、彼女は後部座席に座ってね)

藤波はマイクから離れ、ギターに集中する。

藤波のギターの音と五代のベースの重い音が絡まり、音の固まりになって、おれの頭上を通り過ぎていった。

高橋のドラムが激しくなる。煙が上がるんじゃないかってくらいの激しさ。それにつられるように五代のベースと藤波のギターのスピードが上がる。弾くというより、かきむしるという方が近い。ただ音が押し寄せてくる。胸が熱くなってきた。

最後の一音を響かせ、静寂が訪れる。3人は今までの激しい動きから一転、完全にフリーズしている。それと同時に体育館全体の動きが止まった。動いているやつはひとりもいない。

演奏が終わり、ToGetHerの3人が頭を下げた。

一瞬の間をおいて、拍手が起こる。

「いいバンドだな」 

大沢がステージを見ながら言った。

「あぁ」

「なによりスリーピースであの音はすごい」

「スリーピースって3人ってことか?」

「あぁ、3人だとギター1本だろ? 1本より2本の方が当然厚みは出る」

「でも、おまえと安藤はふたりだろ?」

「安藤はな。天才なんだよ。あいつは。ギター1本で並みのギターとベースよりも厚い音出しやがる」

そう言った大沢の顔は誇らしげに見えた。

奥山が右から出てきた。キーボードの前に座り、深呼吸する。ピンスポが当たっているわけではないのに、ステージの上で、奥山だけがくっきりと浮かび上がっていた。

奥山は顔をあげる。

一瞬、目があって、奥山がふっと笑った気がした。

奥山はキーボードを弾き始めた。

ポップな感じで始まりどんどん高音に上がっていく。はじめはつぼみだった花が、満開になるように。そして、上がりきったところで、緩やかに下る。満開になった花は一瞬の輝きを見せ、しぼんでいく。そして、季節は巡り、花は息を吹き返す。

「透明だな」

「あぁ」

大沢が言った通り、透明だった。

純粋な思いで作られた曲。

テンポが変わる。

緩やかな高音が激しい低音になる。戦争のまっただなかにいるような音だ。銃弾が飛び交い、花は踏み潰される。

奥山の鍵盤を叩くスピードが速くなった。体はまったく動かさず、しかし、激しく弾いている。右手は悲鳴を上げ、左手は悲鳴をかき消すように無常に音を重ねる。

その時の奥山はカッコよく、人として表現者として魅力的に見えた。緊張しているようには見えなかった。純粋に音楽を楽しんでいる、そんな風に見えた。ステージの上の奥山は照明の光なんか比べものにならないほど輝いていた。

テンポがまた変わる。

戦争は終わり、平和が訪れる。花は息を吹き返し、曲は終わりをむかえる。

奥山の演奏が終わると、一瞬の静寂のあと、拍手が起こった。おれも拍手をした。

奥山、最高だったよ。

おれは心の中で言った。

奥山がハケ。アキラとリョウスケが再び対峙する。

ステージは全体が明るい。

仕掛けるなら今だ。

「なぁ、大沢」

ステージ上では、決闘の勝敗について口論するという、なんとも非生産的なコントが展開されている。

「ん?」

「ホントはおまえ、リークしたやつわかってるんじゃないのか?」

大沢は薄く笑う。

「おれもおまえも同じ考えってことは、まず間違いないだろう」

前にチケットの払い戻しの話をした時、大沢はチケットを捨てたやつがリークした可能性を即座に否定した。チケットが複製された可能性も低い。ということは、リークしたのは軽音部関係者である可能性が高い。そのなかで、今回リークして利益をえるのはだれか。いや、今回リークしたことで、何が回避されたかだ。

おそらく大沢もその可能性に思い当たった。だから、今日のライブに参加を踏み切れなかった。

「リークしたのは安藤だろうな」

安藤がチケットの無料配布の話をしなかったのは、自分に疑いをむけさせないため、リークしたやつを捜させないため、捜す手掛かりを与えないためだ。大沢が言いださなければ、おれが捜すことはなかった。アキラが諦めたのは、大沢もチケットを回収している可能性があって、それでもリークしたやつがわからないとすれば、一番怪しいのは安藤になると思ったからだろう。

「そうだな。あいつのことだから、匿名でリークしたんだろ。他のやつならよかったんだけどな」

「どうするんだ、これから」

「どうもしないさ。あいつがリークした理由はなんとなく想像できるし」

大沢は気づいている。安藤が大沢を守るためにリークしたことに。あのまま何もしなければ、大沢は軽音部の2年に吊るし上げを喰らっていただろう。大沢を守るには、ライブ自体をなかったことにするしか安藤には考えつかなかったのだ。

「バンドは解散するのか?」

「どうだろうな?」

ステージの中央に安藤が現れる。ピンクのシャツにジーパン。手には1本のギター。

「とりあえずは、おまえとの約束を守るかな」

大沢はそう言って、ステージに向かって歩いていく。

本当は、安藤がリークしたという確証はなかった。もしかしたら、リークしたやつは別のやつかもしれない。重要なのは、リークしたのが別のやつだったとしても自白しないだろうことと、大沢は安藤がリークしたんじゃないかと疑っていたことだ。そして、大沢は安藤がリークしたとしても、許していた。大沢に必要なのはきっかけだった。

どうして大沢はおれとの話の時に、安藤を教室から退室させたのか? 安藤のことを疑っていたからだ。

どうしておれにリークしたやつを捜させたのか? おれとの約束ってことを理由にしてライブに参加するためだ。

真実なんてのは、そう簡単に見つからない。おれにできるのは、つじつまを合わせて、真実みたいなものを演出することだ。そして、演出するからには可能な限りハッピーエンドを目指す。

ステージに上がった大沢を見て、安藤が驚いているのが遠目にもわかった。客席も突然の乱入者にざわめく。

大沢はToGetHerの高橋が使っていたドラムのイスに座り、バスドラムとスネアの音を確認する。

大沢の登場にショックを受けていた安藤は、すぐに舞台の上であることを思い出し、ギターに意識を集中する。

安藤が書いた曲「Too Late」は、感謝を歌った曲だ。

ギターのアルペジオから始まる。

演奏が始まったことで、大沢の乱入は演出と思われたようだ。客席も徐々に静かになっていく。

ギターの音をアンプが増幅させ、体育館全体に柔らかく広がっていく。

安藤は歌い始める。

You let me smile. And let me cry.(あなたは私を笑わせもし、泣かせもした)

I stand with pride. And want you bright.(私は誇りをもってそれに応え、あなたが輝いていることを願った)

安藤はいつもの高い声とは違い、落ち着いた声で一語一語はっきりと聴かせている。

まだ大沢のドラムは入ってこない。

How, we had an only talk? I have always talked on me.(どれくらい、くだらない話をしたんだろうね? 私はいつも自分の話ばかりしていたね)

I sing for long. And there is a forlorn hope.(私は潰えた望みとともに、永遠に歌う)

大沢がスネアを叩く。同時に安藤のアルペジオがストロークになる。

完璧に合ったタイミングに、鳥肌が立つ。

I thank you. I say you.(ありがとうって言いたいんだ)

Because of the last chance.(これが最後の機会だと)

I know. I know. I know. I know. I know.(私は知っているから) 

安藤が歌うメロディは伸びていき、体育館の天井でふわりと弾け、感謝の想いが降り注ぐ。絶望と諦めの底からの感謝の歌。

安藤と大沢は視線をかわし、同時に腕を振り下ろす。

音だけじゃない。息が止まるような感覚。今まで味わったことのない、正体のわからない何か。でも、はっきりとわかる。おれは、これが観たかったんだ。これを観るために、大沢に賭けを仕掛けたんだ。 

ふたりの演奏は、互いを支え合うとかそういうもんじゃない。ぶつかり合いだ。互いのエゴやエネルギーを音に乗せて戦っている。笑いながら。きっと、心から楽しいんだ。急造バンドじゃ、この音は出せない。いや、音というより、この体育館を支配している空気だ。ふたりがこれまで積み重ねてきたものが、今、この場の空気を作っている。

安藤がラストのサビを歌い始める。

I thank you. I say you.(ありがとうって言いたいんだ)

Because of the last chance.(これが最後の機会だと思うから)

Too late? Too late? Too late? Too late? Too late?(それとも遅すぎたかな?)

ドラムが消え、あとには安藤のギターの音だけが残る。

アルペジオが終わり、体育館は静寂に包まれた。

…………。

誰かの拍手がきっかけになり、一気に拍手と歓声が場内を支配した。

大沢はステージをおり、おれがいる客席の後方にむかって歩いてくる。体育館の端を通っているものの、視線は大沢に集中している。飛び入り参加してドラムを叩いたと思ったら、ステージからおりてくるんだから当然だろう。

おれの横を通り過ぎようとする大沢を呼び止める。

「また終わってないぞ」

リョウスケ 心にじかに触れるようなギター

アキラ 包み込むように優しいドラム

リョウスケとアキラは顔を見合わせ、笑う。

リョウスケ 優しい音なのに、不思議と力が湧いてくる

アキラ 哀しげなのに、前をむいているような

リョウスケ あの曲、もう一度聴いてみたい

アキラ 演奏を終えたら、ふたりともすぐに姿を消してしまった

リョウスケ どうでしょう。我が国とそちらの国の音楽家で再現してはみませんか?

アキラ それは名案

リョウスケ 演奏する場所は、ここでよろしいですか?

リョウスケはステージの中央のヒモを指差す。

アキラ ここでいいでしょう。いや、もうこんなもの消してしまいましょう

アキラはヒモを拾い上げ、投げる。

暗転。

一瞬の間をおいて、歓声が起こる。真っ暗な体育館に興奮が広がっていくのがわかった。さっきよりも一段と大きい会場全体の拍手。

成功だ。おれは隣の大沢を見る。

「なんでおれがドラムを叩いたていで話が進んでるんだ?」

大沢がドラムを叩かなかったとしたら、あの脚本は成立しない。ドラムを叩かない可能性も高かった。だからおれは脚本を2パターン用意した。でも、そんなことは言わない。

「叩くだろうと思ってたからな」

ステージが明るくなる。出演者が全員出てきて、観客に礼をしている。拍手がさらに大きくなった。

マイクを持ったアキラが話し始める。

「我々、村上淳也劇団は軽音部の活動停止処分を受けて結成しました。今後、活動禁止が撤廃されない場合、今回よりも長大なストーリーのミュージカルをやっていく準備があります。その際には、是非とも足をお運びください」

村上淳也劇団って、おれが首謀者みたいになってるじゃねぇかよ。確実にこの後呼び出されるな。まぁ、アキラがこんな風に言うってことは、何かしらの対策はしているんだろう。あとのことはあいつに任せればいい。

「おもしろかったぜ」

そう言って、大沢は出口の方に足をむける。

「大沢」

大沢は振りむく。

「次も出てくれるだろ?」

「いい脚本だったらな」

大沢は口の端を軽く上げて笑い、片手をあげながら体育館から出て行った。

舞台では幕が降り始めていた。

おれはステージそでにむかった。

体育館の端を通り、ステージまで半分を過ぎたあたりで、ステージ袖のドアが開いて奥山が出てきた。

あたりを見渡し、おれの方を見て、小走りに人の間を縫ってむかってくる。

おれも奥山の方に走る。

近づいていくにつれ、おれにむかって走ってきていることが確信になる。

おれはスピードを少しずつ落とす。奥山はおれから一歩分くらい離れて足を止める。

奥山の息はあがっていた。

「大丈夫か?」

おれは心配になって聞く。

「文章の限界とか、そういうこと、言わないでよ」

奥山はうつむいたまま言う。

「え?」

奥山のはるか後ろ、ステージそでのドアから顔だけ出したアキラとリョウスケがニヤついている。

おれは右手の中指を立てた。ほっとけ、てめぇら。

アキラとリョウスケはニヤつきながらドアを閉めた。

「私は村上の文章好きだよ」

奥山は顔をあげていった。ほおが少し赤い。

今、はっきりわかった。

おれは奥山が好きだ。

奥山はタイプじゃない。いやなかった。いや奥山がタイプだ。違う。そんなことどうでもいい。タイプなんてその程度のもんだ。それ以上でもそれ以下でもない。

そして、愛すべき奥山は口の横にえくぼを作ってこう言った。

「ネーミングセンス以外はね」


次回:10月28日土曜更新予定

最終話

青い暴走シリーズ一覧

青い暴走

2014年08月16日
大場諒介
KDP