青い暴走3

年明けの大きなイベント、2泊3日の奈良校外学習。ジュンヤは、昨年一緒にソフトボールをやったメンバー、アキラ、杉本、花村裕孝、榎本徹と同じ班だったが、トオルのテンションが最悪と言っていいもので……。
年明け最初の行事は校外学習だ。
学期が始まって2週間した1月の後半に2泊3日で奈良に行く。最終日以外の2日間は班別行動で、初日は東大寺、2日目は法隆寺とチェックポイントは設けられているが、チェックポイントさえ通過すればどこに行っても自由というもの。最終日は学年全体で平城京跡に行って、午後の新幹線で帰ってくる。
新横浜を出発した新幹線は、おそらく箱根あたりを通過中。
車両には同級生の姿しかない。席を反転させてトランプをしているやつ、大声で笑いながら話しているやつ、静かに話しているやつ、読書をしているやつ、ヘッドホンで音楽を聴いているやつ、携帯やスマートフォンをいじっているやつ、みんな、いつもの休み時間と同じようなことをしている。場所が教室から新幹線に変わったというだけ。
おれは3人掛けの席のまん中に座っている。通路側の席はアキラ、窓側の席には杉本尚樹が座っている。リョウスケはクラスが違うから別の車両に乗っている。
杉本はおれとアキラと同じ班だ。ヘッドホンをして音楽を聴きながら、窓の外の景色を見ている。口数があまり多いやつではない。無愛想でこわもてだから、一部の生徒からは怖がられている。確かにこわもてだし、授業を結構頻繁にサボるようなやつだけど、不良ってわけじゃないと、おれは思っている。
アキラはチロルチョコのきなこもち味の10個入りパックを開けている。すでに5個食べたようだ。もうすぐ昼飯の弁当が配られるというのに、甘いものは別腹とでもいうのだろうか。
仲の良いやつしか知らないことだが、アキラは重度の甘党である。大半の生徒はアキラに対して、クールで、甘いものなど食べないというようなイメージを抱いているのだろうけれど。
「おまえ食い過ぎじゃね?」
「ん? いや、大丈夫。あと2パックある」
おれが残量を気にしたと思ったのだろうか、的外れな答えを返すアキラ。
これだけあからさまな甘党であるにも関わらず知られていないのは、甘党云々をかき消すような噂の数々が原因だろう。本当のことも根も葉もないことも含めて、アキラは同級生の間、いや、他の学年の生徒からも畏怖、羨望、嫉妬その他色々な対象として語られる。
中学時代、運動部会の長として、中学運動部1000人の頂点に君臨したアキラには、信者と呼んでいいような熱狂的なファンがいる一方で、少なくないアンチも存在する。しかし、アキラに近付いてくる生徒はあまりいない。親しい人間と話す時以外のアキラは、話している相手がかわいそうになるくらい冷たい。
おれはそんなアキラの腰ぎんちゃくとか手下とか側近とか様々な揶揄で呼ばれている。正直そういう目で見られたくはないが仕方ない。それが嫌なら、アキラと離れるか、アキラと同等かそれ以上の存在感を示さなくてはならないのだから。
さしあたって、今気になることはアキラのむこうの席のことだ。
アキラの席から通路を隔てた2人掛けの席には、花村裕孝と榎本徹が座っている。
花村はいつも通り本を読んでいるのだが、榎本は目に見えて沈んでいる。
いや、いつも、というのを1、2ヶ月前の日常とするならば、花村が本を読んでいることも、いつも通りとは言えない。1、2ヶ月前であれば、あのふたりが一緒にいる時は、榎本がテンション高めに花村に話しかけて、花村はそれに相槌を打つ感じだった。
花村が本を読んでいるのは、榎本のテンションに合わせてということになるだろう。
榎本が沈んでいる原因はおそらく、里中春花の転校だ。
引きずり過ぎな気もするが、もしかしたらおれもユウが転校したらそうなってしまうかもしれない。
失恋は時間が解決すると言うが、そうも言っていられない。
花村も榎本も同じ班なのだ。あのテンションで一緒に行動されるのは結構しんどい。
榎本が普段通りのテンションになってくれるのが一番なのだが、今の様子を見る限り、それは期待できそうにない。
「どうした。ジュンヤ?」
アキラに問われて、おれは視線をアキラに固定させたまま思考を巡らせていたことに気づく。
「いや、なんでもない」
おれが答えると、アキラは何か思い当たったのか、視線を手元のチロルチョコに向ける。
顔を上げ、おれを見て言う。
「ひとつならやってもいいぞ?」
「富士山!」
隣の席から松本涼介が勢いよく立ちあがった。
「見て見て、シンちゃん! 富士山だよ! 富士山!」
原島真蔵だからシンちゃん。某有名アニメの主人公のようなニックネームを僕はあまりよく思っていない。しかし松本に何を言っても無駄だとわかっているので、今では諦めている。
一応義理で窓の外の景色を見るが、松本のようにテンションが上がるわけではない。
僕が見ようが見まいがどちらでもよかったのだろう。松本は頭の上に手で三角形を作って、富士山! とか、マウントフジ! とか叫んでいる。
正直うるさい。
でも、松本はうるさいだけだ。
悪いのはうるさくて、うざいやつ。斜め後ろの席の男子3人組のようなやつらだ。いや、正確に言うならその中でうるさいのはただひとり。
「マジかよ!」
3人組の中央の男がよく通る声で言う。太めの周囲を威圧するような声。地声なのか作っているのかは僕には判断できない。とりあえず、いつにも増してうるさくてうざい。校外学習ということでテンションが上がっているのだろうか。
でも、本当に厄介なのは、中央の森下じゃない。森下など、通路側の席に座る男の手下に過ぎない。
通路側の男、呉道はボトル缶のコーヒーを飲みながら、森下の言動に対して、薄い笑みでこたえている。
窓側の席のいじられ役の冬川はほとんど言葉を発していない。さきほどから森下は大声で冬川をいじっている。
じゃれあっているというには、あまりにも一方的なやり取りだ。仲間内でネタとして楽しむというよりは、いじめに近いようないじりの気がする。冬休み前まではあんな感じじゃなかったはずだが、いつからあんな風になってしまったんだ。
一見すると、森下が冬川をいじっているだけのように見えるが、そこには間違いなく呉道の意図が介在している。
呉道は、自分が表に出て何かをするということはないが、誰かがいじめられたり、いじられたりしている背景には、多くの場合、呉道がいる。
呉道の存在はクラスにとって、また学校にとって、もっと大きく言えば国にとってマイナスでしかない。呉道は生き続ける限り、これからも周囲に悪影響をおよぼし続けるだろう。そんな人間に生きる資格はない。
自らが生徒会長になって理想の高校を作り上げる過程で、呉道のような存在をどのように更生、または排除するかということは非常に重要だ。
呉道の手下がさらに増える前に、周囲にさらなる悪影響を与える前に、やつを排除しなくてはならない。
そのための校則改正をするプランもすでに準備してある。この校則が生徒の支持を得て可決され、うちの高校で機能したら、成功事例として全国に広報していこうと考えていた。
他の高校がうちの学校の成功事例を元に校則を整備する流れが出来れば、全国の高校を正しい方向にリードしていけるかもしれない。全国の高校が正しい方向にむくということは教育の質が上がる、すなわち人材のレベルが上がるということだ。そう考えると、生徒会長になること、校則を整備することは自分の使命のように思えた。
村上、山下と並んで、呉道もマークしなければならないな。
僕はこの校外学習のターゲットを決めた。
孫子曰く、敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。
敵の情報を集めれば勝率が上がるということだ。幸いにして、隣に座っているのは、村上、山下と一番近しい人間だ。
まずは軽いジャブから。
「村上と奥山って付き合ってるんだよな?」
窓の外の富士山が遠ざかっていくのを眺めていた松本が振り向く。
「何? シンちゃん、ユウちゃんのこと狙ってんの?」
「ちげぇよ」
何言い出すんだこいつは。奥山とか話したことすらない。中学の時同じクラスだったけれど、話しかけられる雰囲気じゃなかった。1年通して隙が一切なかった。隙があったら話しかけていたかと言えば、そんなことはないのだけれど。
そんな僕から見て、奥山が誰かと付き合うというのは想像できなかった。村上と付き合っていると噂では聞いていたが、正直信じられない。難攻不落というか、絶対零度というか、システム的に倒せないようになっている最後面のボスというか。男子だけじゃなくて、女子も含めて、奥山が誰かと話しているところを見たことがないくらいだ。
松本が否定しないのを見るに、ありえないと思ってはいたけれど、どうやら付き合っているようだ。
村上と奥山が一緒に帰っているところを見ても、大晦日に一緒にいるところを見ても、確信が持てないくらいありえないカップリングだったのだが。
「村上から告ったんだよな?」
確率としては村上が告った方がまだありえると思う。村上も硬派な感じで、誰かと付き合うとかそういう感じのやつじゃないけれど、どちらかと言えば、村上が告った可能性が高い。もし奥山の方から告ったんだとしたら、それこそ、村上どんな手を使ったんだよって感じだ。
「どうだろうねー」
こっちはこれ以上探れそうにないか。
「山下は、付き合ってるやついないんだよな?」
「何? シンちゃん、アキラちゃんのこと狙ってんの?」
「狙うか!」
次回:1月3日6時更新予定
青い暴走3
2015年01月01日