【連載小説】「ロマンティックが終わる時」第6話【毎朝6時更新】

更新:2018.1.5 作成:2018.1.5

ジュンヤたちはアユミの提案で新薬師寺に向かう。一方、リョウスケたちは春日大社に到着。原島真蔵は日本の将来について考え続けていた。

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村上淳也SIDE

連載第1回はこちら

興福寺のすぐ南にある猿沢池の横を通って、一之鳥居をくぐる。

一之鳥居というのは、春日大社に向かうスタート地点みたいなものらしい。これはアキラが教えてくれた。

鳥居の前を普通に車が走っていて、なんだかなと思う。

神奈川に住む人間としては、奈良=古都というイメージがあって、もっとこう、山奥にある歴史を感じさせる鳥居をくぐって参拝するみたいな感じを想像していたのだけれど。なんというか、普通に都市と一体化している。奈良の中心地だから当たり前といえば当たり前だし、高校生の分際で文句を言うつもりはないのだけれど。

一之鳥居から真っ直ぐに続く春日大社表参道を途中で右に曲がる。階段をのぼり、林に囲まれた小道を抜け、階段を降りると、鷺池が見えてくる。

鷺池には橋がかかっていて、その途中に浮見堂という六角形の小さなお堂がある。

その名の通り、池に浮いているように見える浮見堂に、人の姿はない。でも、花見のシーズンには人が結構来るらしい。これはユウが教えてくれた。ってか、なんでそんなこと知ってんだ? 奈良の勉強でもしてきてるのか?

鷺池の橋を渡り、左に曲がって少しすると丁字路がある。

車が頻繁に行き交う二車線。手前の狭い歩道から向かいに行くためには横断歩道を渡らなくてはならない。信号が無い割に車の量が多くて、渡るタイミングが難しい。

アキラが先頭を切って、車の流れを止める。

横断歩道を渡り、緩やかな坂を南に登って少しすると、案内板があった。

現在位置の場所から南東方向に新薬師寺があるのを確認。ここから東に伸びる一本道を行くと、志賀直哉旧居がある。その前を通って少し歩けば新薬師寺だ。

「志賀直哉って小説家だっけ?」

「小説の神様って呼ばれてる人だよ。『暗夜行路』とか、『和解』とかを書いた人」

おれの疑問に答えたのは花村。この班のメンバーの博識ぶりにはちょっとついていけない。全員の知識集めれば、奈良の観光ガイドができるんじゃないか? おれの頭が特別悪いわけじゃないと思う……たぶん。

志賀直哉の旧居に入るには入場料がいるらしい。一般350円、中学生200円、小学生100円。高校生料金はないのか。

仮にも人の家に入れるのかという驚きと、金がかかるのかという現実を感じる。

奈良では何をするにも金がかかる。寺を観るのにも金がかかるのだ。1回500円くらいだけれど、4つ観れば2000円だ。月の小遣いが5000円のおれ的には結構厳しい。

商店街をぶらぶらするという計画は金がかからないから賛成だった。結果的には、1杯550円のコーヒーを飲むはめになったのだけれど。

2000円あれば、ユウと1回デートできる。4つの寺を観るより、ユウと1回デートする方が1000倍は楽しい。ってかぶっちゃけ、寺を観て感動するとは思えない。歴史にそれほど興味があるわけじゃない。

花村と花上は、榎本に話しかけるのを諦めたようだ。ひとりにした方がいいと判断したのだろう。

うちの班の場合は、杉本もひとりでぶらぶらしているから、榎本ひとりが浮いているような感じになっていないのが幸いだ。

ここにきてポジショニングは、前衛・おれとアキラとユウと北川、後衛・花村と花上、遊撃部隊が杉本と榎本という風になっている。前衛にいるからといって、特に攻めているわけではないのだけれど。

志賀直哉の旧居を過ぎて、二車線の横断歩道のない車道を渡って少し歩くと、新薬師寺に着いた。

一般・600円、中高生・350円、小学生・150円。高校生料金があって助かった。250円の差はでかい。受付でお金を渡して、パンフレットを受け取る。

門をくぐって、奈良に来て初めての寺に入る。

パンフレットの境内図を見て、視線を上げて180度見渡せば、ほとんどの建物は把握できる。とりあえず本堂に向かう。 

当初の計画では新薬師寺に来る予定はなかった。寺とか東大寺だけ行ければよくない? というのがとりあえずの予定で、あとはその場その場で気になったところがあれば観に行くという適当な計画だった。本気で寺巡りをしようとするとかなりの距離を歩かなくちゃいけないし、金もやたらとかかる。その点で、財布と足に優しい計画といえた。

まぁでも、北川が行きたいというのであれば、反対するほどのことでもない。

アキラのじゃあ行くかの一言で新薬師寺行きは決定された。

「ところで、なんで新薬師寺なんだ?」

おれは横を歩く北川に聞く。

新薬師寺は近鉄奈良駅から歩いて30分くらいかかる。どこでもいいから寺を見たいのであれば、歩いて5分の興福寺がある。

「十二神将立像が観たくて」

「仏像好きなのか?」

基本的に、女子に対しては敬語を使うおれだけど、北川は数少ない例外だ。初めて話した時におれが敬語を使ったら、申し訳ないオーラを出されて会話が成立しなかったから、北川に対してはタメ口で話すことにしている。

「仏像が特に好きなわけではなくて……」

おれの質問が悪かったのか、言い淀む北川。

「アユミ、美術部だから」

ユウがフォローを入れてくれる。

その十二なんとか像っていうのは美術的価値があるやつなのかと思って、パンフレットを見てみる。

解説には、《薬師如来を信仰する人を守る、夜叉(やしゃ インド神話で森林に住む精霊)の大将です。》と書いてあって、次の字が読めない。

「ユウ、これ何て読むの?」

おれはパンフレットの《塑像》という文字を指差す。

「そぞう」

そぞうって読むのか。ってか、そぞうって何だ?

「粘土を自然乾燥させて作る像です」

おれの表情を読み取ったのか、北川が教えてくれる。

「じゃあ、粘土で作った像が今も残ってるのか?」

「はい。塑像は粘土を焼いていないので強度も弱いんですけど、今でも残ってるんです」

そう言われると貴重かもしれない。木造建築が残ってるとかならわかるけど、いや、もちろん、木造建築でも残ってるのはすごいんだけど、粘土で作られた像が1300年くらい残ってるって、相当すごいんじゃないか?

本堂には正面からではなく、左側から入る。

入口からは、薬師如来坐像の横顔が見える。中央の薬師如来坐像を十二神将立像が円形になって守っている。十二神将立像を見て、パンフレットには精霊とか書いてあったけど精霊にしちゃごつい顔してるなと思う。髪を逆立てて睨んでいる像もある。

北川の話を聞いて、粘土はすごいなと思ったけれど、おれにそれ以上の感慨は湧かない。なんというか、仏像独特の凄みみたいなオーラは感じるけれど、涙を流したり、ため息をついたり、来てよかったと思ったりはしない。

でも、仏像を真剣に見つめる北川を見ていると、来たかいはあったなと思った。

原島真蔵SIDE

春日大社への道のりは想像以上にめんどくさかった。

途中の荷茶屋の前では、万葉粥を食べるとか言い始めたやつがいて、1080円もするから早まるなと言って止めた。

東大寺の前ほどではないにしても、参道には間をおかずに鹿がいて、鹿を見つけるたびに班員たちはからんでいた。春日大社前の宝物殿の入口にTREASURE HALLと書いてあって、トレジャーだ! とか、海賊王におれはなる! とか、無意味に盛り上がって、本来なら20分で行ける道を30分かかった。

その間、松本は我関せずといった感じで、マイペースに外国人観光客と話していた。

春日大社の初穂料は500円だ。高校生料金も小学生料金もない。宝物殿は高校生料金もあるのだが、本殿の参拝に関しては一律500円だ。

とりあえず、ようやく参拝できると一安心する。

この班のメンバーに付き合っていたら、一日中鹿を追いかけて終わることも想定していた。まだ本丸の東大寺には着いていないが、ひとまずゆっくりと参拝できるだろう。

今日の朝までであれば、願うことは決まっていた。生徒会長選挙の必勝祈願である。

しかし、今はわずかながら迷いがある。

生徒会長になることは本当に必要なことなのだろうか。

今までは、誰かが学校を、国を変えなくちゃいけないと考えていた。

本当に変えなくてはならないのか? 今のままでもいいのではないか?

今のままでもいい。なるようになるだろうというのが、国民の総意なのではないか。

もし国民の総意がそうだとしたら、僕がどれだけ頑張っても国は変わらない。まずは国民の意識を変えなくてはならない。

では、国民の意識を変えることは正しいことなのかという話になる。

それは学校と生徒にも同じことが言える。

学校を良くすることを生徒は望んでいるのだろうか?

考えてもわかることではないような気がする。生徒ひとりひとりにアンケートをとるべきなのだろうか?

アンケートをとったとして、このままでいいという生徒ばかりという結果になったら、果たして生徒会をやる意味はあるのだろうか。たとえば、学校を良くするために、このままでいいと思っている生徒たちを、校則をきつくして締めあげて、そんなのただの自己満なんじゃないだろうか。

さっきの松本の一言から始まった思考は、まだゴールを見出せていない。

次回:1月7日6時更新予定

第7話

青い暴走シリーズ一覧

青い暴走3

2015年01月01日
大場諒介
KDP