青い暴走3

ジュンヤとユウは呉道と対峙する。一方、シンゾウはコーヒー牛乳を求めて……。
呉道は盛大なくしゃみをする。
「っくしょ。頭いてぇ」
「はやく部屋戻って寝とけよ」
「まぁ待て。話はまだ終わってない。さっきの返事も聞いてないしな」
ユウとよりを戻すって? ありえないだろ?
「意味わかんないから」
トゲしかないユウの声。こんな声出させちゃいけない。
おれはユウの手を握る。そのまま手を引っ張って、休憩室の出入り口に向かう。
「どけ」
出入り口をふさぐ呉道に言う。
「別にこのまま帰らせてもいいんだが、もしかすると、帰らない方がいいかもしれないぞ?」
呉道の言葉を無視して、休憩室を出ようとする。へたな挑発には耳を貸さない方がいい。
「おまえらが無事でいる時に、別の場所では誰かが泣いてるかもしれない」
呉道の言葉に足を止めてしまう。
「……どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。地球の裏側では、今日の飯に困ってるやつらもいるんだぜ?」
呉道の言葉の意図がいまいちつかめない。
「ジュンヤ、いこう」
ユウがおれの手を引く。
「別の場所っていうのは、地球の裏側なんかじゃなくて、案外自分の近くかもしれないけどな」
別の場所では誰かが泣いてる。案外自分の近く。真っ先に浮かんだのはアキラ。アキラを襲撃する? ありえないだろ。襲撃した側も無傷じゃ済まない。
花村、榎本、花上、北川あたりならありえるかもしれない。この4人の2部屋をそれぞれ襲撃。いやでも、部屋には鍵がかかってるはずだ。花村はしっかりしたやつだから何かあっても大抵のことなら対処できるだろうし、女子に何かするってのは、リスクが高すぎる。おれにちょっかいを出すことが目的なら割に合わない。
それに消灯時間には教師が見回りに来る。その時に部屋にいなければどうしたんだという話になる。花村とか花上みたいな優等生に類するようなやつらが部屋にいないのは不自然だ。一通り探して見つからなければ、教師も何かあったんじゃないかと思うだろう。呉道の狙いが読めない。
「何をしたんだ?」
おれは呉道を睨む。
「おいおい、怖い顔すんなよ。おれはあくまでたとえばの話をしてるんだ」
「……うちの班のやつらに何かしたのか?」
おれがそう言うと、呉道は手を叩いて笑い始める。
「おまえ、不良漫画の読み過ぎじゃねぇのか? おれが班のやつら襲撃したとでも思ってんのか? そんなことしたって、後で問題になるだけだろが」
うちの班のやつじゃない? だとすると、誰だ?
おれが何も言わないでいると、呉道は語り始める。
「たとえばの話だ。おまえらがこのまま部屋に帰ったとすると、今日は部屋の外で過ごさなくちゃいけないやつがいるかもしれない。もしかすると、そいつは何発か殴られたりするかもしれない」
「話があるなら、はやく済まして」
ユウが呉道のひとり語りを冷たく切り捨てる。
「ったく、エンターテインメントってのをわかってないやつらだな。まぁいい。ちょうどさっきメールが送られてきたところだ」
そう言って、呉道はおれとユウに向かって、スマートフォンの液晶を見せる。
そこに写っていたのは、手足を縛られた男子生徒。
呉道の班の冬川だ。
「まだ買いものしてく感じか?」
僕は松本と安藤に聞く。
「うーん、そだね。もうちっといると思う」
「じゃあ、先に部屋帰ってるよ」
そう言って、その場を後にする。
これでようやくひとりになれた。でも、さっきの松本と安藤の話を聞いて、明日、呉道が何か仕掛けてくるかもなと思う。今日、明日じゃなくて、今後の学校生活で色々とやってくるという可能性もあるけれど。
教師に言えばいいじゃないかとかいう考えも一瞬頭をよぎるけれど、そもそも教師がちゃんと監督していたら、呉道はあんな風にはなっていない。更生するか、退学するかということになっていると思う。教師に呉道を注意してくれと言ったところで、効果があるとは思えない。
呉道と同じクラスになるのは今年が初めてだったが、同じクラスになる前から呉道の名前は知っていた。中学3年間を通じて手下の数を増やし、学年のいじめの黒幕であったと言われている。実際に呉道が手を出しているのは見たことはないが、呉道といつも一緒にいるやつらがいじめを主導していたのは間違いない。
さすがにまわりの生徒も呉道が裏で何かやっているのは気づいていただろう。もしかしたら、教師にリークした生徒もいるかもしれない。教師も呉道を呼び出したかもしれない。でも、高1が終わろうとしている今でも、呉道は中学時代と変わらず、強い影響力を持っている。
今回の冬川の件に関しても、まわりから見たら、いじめだかいじりだかわからない微妙なラインでことを行っている。誰がどう見てもいじめということを呉道はしない。必ず逃げ道を確保している。
もちろん、いじりならいいのかという話はあるのだけれど、一般にいじりというのは仲間内で行われるネタのようなものだと思われている。たとえ限りなくいじめに近いいじりであっても、その実態は本人たちにしかわからない。
いじめは社会に出てからも間違いなく存在する。たぶん、いじめを取り締まっている教師間にも、いじめは存在するだろう。いじめをしている大人がいじめをするなと言っても、生徒の心には届かない。
僕のいじめに対するスタンスは、生徒自身がいじめをなくすための行動をすること。といっても、呉道とかに面と向かって、いじめをやめろと言えるやつはそんなに多くないだろう。だから、いじめとか、そういう類いのことを取り締まる校則とか制度を作ることが必要だと思う。
たとえば、目安箱のようなものを作って、いじめを通報してもらって、風紀委員会が内偵をするといったようなシステム。それともうひとつは、社会に出てからも多かれ少なかれいじめはあるのだから、自分の身は自分で守れるように強くなる必要があると思う。
僕も小学校の頃いじめられていたから、いじめられている側の気持ちはわかるけれど、それでも強くなるべきだと思う。
僕にできることは、まずは生徒会長になることだ。校則作りも制度作りもそこから始まる。気張る必要はないと松本は言っていたけれど、いじめは間違いなく起きていて、それを放っておいていいということにはならない。
そして、自分の発言や提案に説得力をもたせるためには、常日頃から自らを律し、生徒のロールモデルであり続ける必要がある。
たぶん、松本が言いたいのはグレーゾーンの話なんだと思う。オセロの話じゃないけれど、黒を白にひっくり返すことは大事で、でも、実際は白と黒だけじゃなくて灰色もあって、灰色を気張って白にする必要はないんじゃないかという話だろう。
それに関する答えはまだ出ていない。松本の言いたいことはなんとなくわかってきたけれど、白と灰色どちらが黒になりにくいかと言えば、白だと思う。
松本といつか本気で討論してみたいなと少し思った。松本の頭がいいのは間違いないことだし、たぶん色々と考えているんじゃないかと思う。普段はふざけているけれど、あいつなりの行動規範はあるのだろう。
僕は売店で買いそびれたコーヒー牛乳を買うために、休憩室へ向かっていた。
村上と奥山はまだいるだろうか。
仮にいたとしても、コーヒー牛乳だけ買ってこよう。
村上と奥山は休憩室の外で立ち止まっていた。
もうすぐ帰るのだろうか。
休憩室に近付くと、ふたりだけでないことがわかった。
安藤の言葉を思い出す。
呉道はユウの天敵なの。
その天敵が、ふたりと対峙していた。
次回:1月13日6時更新予定
青い暴走3
2015年01月01日
青い暴走
高校生が主人公の青春小説「青い暴走」シリーズを連載しています。