【連載小説】「ロマンティックが終わる時」第17話【毎朝6時更新】

更新:2018.1.16 作成:2018.1.16

ジュンヤたちは法隆寺に、シンゾウ、リョウスケたちは唐招提寺にそれぞれ歩を進める。

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena

村上淳也SIDE

 

連載第1回はこちら

 

法隆寺駅から法隆寺までは20分ほど歩かなくてはならない。北に向かって真っ直ぐ歩けば、そのうち法隆寺に着く。わかりやすい道のはずだが、駅前から法隆寺までの道には、100メートル歩くごとに矢印か地図がある丁寧っぷりだった。観光客に優しい県、奈良。

法隆寺前の並木道の入口で、法隆寺と書かれた石碑を見た時は、さすが法隆寺と言うべき凄みを感じた。教師がチェックポイントに設定するだけあって、やはり東大寺と法隆寺は別格という気がする。興福寺を知らない高校生はいても、東大寺や法隆寺を知らない高校生はいないだろう。

法隆寺の南大門で、知っているやつを見つける。

「安藤さん、おはようございます」

リョウスケの彼女にして、ユウの親友の安藤葵だ。

「あっ、村上くん。ハロー」

「昨日はありがとうございました」

おれは安藤に向かって頭を下げる。

「別に私は何もしてないよ。で、大丈夫だった?」

「はい。おかげさまで」

安藤はおれから視線を外して、おれの後ろを見る。

「ユウは、大丈夫なの?」

難しい質問だ。大丈夫といえば大丈夫だし、大丈夫じゃないといえば大丈夫じゃない。でも、安藤に大丈夫じゃないと言ったところで、不安にさせるだけだろう。

「たぶん、大丈夫だと思います」

「そっか……村上くん、ユウのことよろしくね」

「はい、もちろん」

「私もユウと話してくるね」

そう言って、安藤はユウのところへ行ってしまった。

ユウとの付き合いは、おれより安藤の方が遥かに長い。おれがユウとまともに話し始めてから、まだ半年も経っていないが、安藤は小学校の頃からの付き合いだ。おれに話せなくても、安藤には話せることがあるかもしれない。

安藤に気づくと、ユウは少しだけ頬を緩めた。普段通りとは言えないけれど、それほど悪い状態でもないんじゃないかと、ユウの様子を見て思う。

「ふたりにした方がいいか?」

アキラがおれに聞いてくる。

「ユウと安藤をか?」

「おまえと奥山だよ」

本気で言ってんのか、おれをからかってるのかどっちだ? いや、いずれにせよ、答えは変わらない。

「別に大丈夫だよ」

「おまえの心配をしてんじゃねぇよ」

「じゃあ、ユウの心配してるのか?」

「しんどい時は一緒にいて欲しいもんなんだよ」

それはそうかもしれないけど、わざわざふたりにしなくても。

「それに、奥山が榎本みたいな状態になったら、うちの班、通夜みたいになるぞ」

確かに。杉本は元から話さないし、北川はユウが黙っていたら話さないだろう。そういう雰囲気の中で、花村と花上が楽しそうにしているのは想像できない。

「もしそうなったら、おれがユウと話すよ」

「当たり前だろ。そうなる前になんとかしろ」

こういう時に雰囲気が悪いの、アキラは嫌いだからな。あからさまに不機嫌なオーラを出して、そのせいでまわりのテンションがさらに下がってっていう悪循環になりかねない。

でも、ユウに無理して明るく振舞わせたくはないんだよな。榎本がなんとか普通になってくれないだろうか。

榎本は今朝から一言もしゃべっていない。無表情で歩いている。

おれはもう、教室で笑っていた榎本の表情を思い出せなくなってきている。里中が転校する前の榎本は、誰から見てもハイテンションなお調子者だった。大声で里中の名前を呼んで、里中に怒られて、毎日漫才をしているようなやつだった。

失恋という言葉は、恋を失うと書く。失恋すると、恋と一緒に、恋をしていた自分も失ってしまうのだろうか。もしそうだとしたら、恋をすることは、ただただ悲しい。

もしかしたら、おれとユウも、いつかは別れることになってしまうかもしれないけれど、ユウを好きだったことを否定したくはないと思う。何年後かに振り返った時に、ユウを好きになってよかったと思える自分でありたい。そう強く願う。

榎本だって、たぶん、里中のことを忘れられないからツライのだと思う。失恋を乗り越えるために新しい恋をしろということを聞いたことがあるけれど、そういう乗り越え方を榎本はしたくないのだと思う。そうやって、里中を好きだったことを過去のものにして前に進むくらいなら、心を閉ざして立ち止まった方がいいと考えているのかもしれない。もちろん、これはおれの勝手な想像だけど。間違いなく言えるのは、これは、榎本自身がケリをつけなきゃいけない問題だってことだ。

おれはバカみたいに里中の名前を叫んでいる榎本が好きだったから、榎本を応援したい気持ちはある。でも、おれにできることは、アキラがキレないようにすることくらいだ。

そして、今おれが考えなきゃいけないのは、ユウのことだ。

 

原島真蔵SIDE

唐招提寺の最寄り駅は西ノ京駅だ。近鉄奈良駅から大和西大寺駅で一度乗り換えて、計15分ほどで着く。

西ノ京駅の目の前には薬師寺があるけれど、松本はスルーするようだ。駅から唐招提寺までは道幅が狭い一車線の道路で、車が来たら道の端に寄って、通り過ぎるのを待たなくてはならなかった。

松本はひとり先頭を歩き、その後ろに僕、だいぶ遅れて他の班員が続く。後方からは、キテレツ大百科のオープニングテーマ「お料理行進曲」の合唱が聴こえてくる。

キテレツ大百科は1988年から1996年まで放送されたテレビアニメだ。僕たちが生まれる前に放送終了してしまった番組である。班員全員がキテレツ大百科のオープニングを歌えるうちの班は、やはりどこかおかしなやつらの集まりなのだろうか。

前を歩いていた松本が急に立ち止まる。

僕はそのまま歩き続けて、すぐに松本と並んでしまう。

「どうした?」

僕は松本の表情を覗き込む。

松本は口を変な形に曲げている。

「シンちゃんはさ、冬川ちゃんのことどう思う?」

「どう思うって?」

「クレミー止めた方がいいと思う?」

松本の真面目な問いに、僕は真剣に考える。

止めた方がいいとは思う。でもそれは、僕のエゴが大きいという結論に達した。冬川がいじめられるのが嫌というよりは、冬川がいじめられているのを見るのが嫌なのだ。僕は止めたい。でも、冬川はそれを望んでいない。だとすれば、きっと止めるべきではないのだろう。

「冬川は放っておいてくれって言ってるしな」

「言ってるし?」

あえて明言を避けたのに、松本は確かな答えを求めてくる。

「本人が助けて欲しいなら助けるけど、今のところ止める必要はないと思う」

松本は3秒くらい僕の顔を見て、そっか、とだけ言って、ゆっくりと歩き始める。

「松本は止めた方がいいと思うのか?」

松本のスピードに歩みを合わせながら、僕は尋ねる。

「どっちでもいいかな」

「どっちでもいいって、おまえ」

「みんな幸せなのが一番だけど、冬川ちゃん助けたって、たぶんクレミーは他の子に手出すでしょ? おれだって、ずっとクレミーのこと監視してるとかできないし」

松本の言っていることは、おそらく正しい。冬川を救えても、呉道を止めることはできない。学年500人、呉道のターゲットはいくらでもいる。

いじめというものが、どうしても存在してしまうものなんだとしたら、冬川は必要な犠牲ということなのだろうか。

「呉道をなんとかするってのは、できないかな?」

「できなくはないけど、たぶん停学くらいじゃクレミーは止まんなくて、ジュンヤちゃんとかアキラちゃんとなんか仕掛けて嵌めるとかならできるかもだけど、それだとクレミーが退学することになっちゃうし、クレミーみたいなタイプは退学したら、開き直ってなんかしてくると思うよ?」

僕は校外学習に来る前は、呉道を退学させる方法を考えていたのだけれど、それは根本の解決にはならないのかもしれない。呉道が退学すれば、学校全体としては良くなるかもしれない。でも、退学した呉道に誰かが襲われたりしたら意味がない。

退学がダメだとするならば。

「更生させるのは、無理か」

「厳しいと思うよ。少なくともおれには無理」

「やけにあっさりと諦めるんだな」

松本には誰とでも仲良くなれるような雰囲気がある。呉道のこともあだ名で呼んでいるくらいだ。

「クレミーがどうなろうと、そんなに関係ないからね」

あっけらかんと言う松本。

「おまえが呉道を止めた方がいいか聞いてきたんだろうが」

「おれはシンちゃんが気にしてるかなと思っただけだよ」

「気にしてなくはないけど」

「シンちゃんはロマンティストだからなぁ」

ロマンティストとか初めて言われたぞ。というか、日常会話でロマンティストとか言うやつを見たことがない。

「どのへんがだよ」

「だって、シンちゃん、みんな幸せになって欲しいって本気で思ってるでしょ?」

それはそうかもしれないけれど。

「おまえだって、さっきみんな幸せなのが一番って言ってたじゃないか」

「それはできない前提で話してるから」

確かに難しいかもしれない、でも。

「できないって決まってるわけじゃないだろ」

「そうだね。もしかしたらできるのかもしれない。でも、今のおれに守れるのはせいぜいこれくらい」

そう言って、松本は両手を広げる。

「人ひとりに守れるのって、どんなに頑張っても両手の指の数くらいだと思ってる。で、その中に冬川ちゃんは入ってない。昨日助けたのは、お父さん指とお母さん指は、ジュンヤちゃんとユウちゃんだから」

松本は左手の親指と人差し指を動かす。

「もちろん、薬指はハニーね」

続けて薬指も動かす。他の指は動いていない。器用なやつだ。

全員が自分以外の人間10人を守ろうとしたら、みんな幸せになるはずじゃないかと思うが、すぐにそれは違うと思いなおす。10人守る人間もいれば、呉道のように攻めるだけの人間もいるのだ。

大切な人を攻められた人間は、大切な人を守るために反撃する。そうやって争いは生まれる。

松本の言葉をベースに考えるのであれば、たぶん、僕が考える理想は、僕ひとりで全員を守るんじゃなくて、ひとりひとりが自分の大切な人10人を守ることなんだと思う。

だとしたら、冬川を守るのは、いったい誰なんだ?

次回:1月18日6時更新予定

第18話

青い暴走シリーズ一覧

青い暴走3

2015年01月01日
大場諒介
KDP