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【連載小説】「ロマンティックが終わる時」第18話【毎朝6時更新】

更新:2018.1.17 作成:2018.1.17

班員とともに法隆寺を観て回るジュンヤだったが、ユウの浮かない様子が気にかかり……。

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村上淳也SIDE

連載第1回はこちら


法隆寺の一般拝観料は1000円だ。小学生は500円。高校生料金はない。東大寺が一般500円、小学生300円だったことを考えると結構高いように感じられるが、それには理由がある。東大寺は、大仏殿、法華堂、戒壇堂がそれぞれ500円なのに対し、法隆寺は、西院伽藍、大宝蔵院、東院伽藍がセットで1000円なのだ。抱き合わせ商法の香りがするけれど、どうせ拝観するならセットでお得と思っておいた方が楽しめるだろう。

いずれにせよ、法隆寺も東大寺もチェックポイントだから、学校側が団体券を買っておいてくれている。その団体券代も、元をたどれば、おれたちの学費から出ているわけだけれど、そういうことも考えない方が楽しめると思うから、深くは考えないようにする。

小遣い減らなくてラッキーと思っておけばいい。

入口から一番近いのは西院伽藍で、そこからスタートかと思ったけれど、うちの班は西院伽藍の手前で左に曲がった。これは花村の提案によるものだ。曰く。

「法隆寺の鐘から観た方が早いと思うよ」

法隆寺の鐘と言われて、ピンとくる。

「鐘っていうのは、鐘が鳴るなりのやつのことか?」

柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺。前に国語の時間に習った。誰の俳句かは忘れたけど。

「うん。正岡子規の俳句の鐘って、この西円堂の鐘だから」

そう言って花村は、パンフレットの境内図の西円堂を指差す。西円堂は、西院伽藍の西側、法隆寺境内図の西の端に位置していた。大宝蔵院と東院伽藍は西院伽藍の東側にあるから、西から順番に観て行く方が無駄はない。

「なんでそんなこと知ってんだ?」

おれが聞くと、花村は笑う。小バカにされている風ではなくて、声を出さない、相手を安心させるような笑みだ。

「別にそんな大したことじゃないよ。ネットで調べればすぐ出てくるし」

「おれはネットでわざわざ調べようとか思わないもんなー」

たぶん、そういうところで、博識なやつらと差がついているんだろう。おれの場合、知識欲より睡眠欲の方が遥かに上だ。

弁天池のわきを通って、西円堂前の坂を登る。

特に何も学んでいないのだけれど、自然に囲まれた境内を、パンフレットを見ながら散策しているだけで、なんかちゃんとやってる気になる。昨日行った新薬師寺と東大寺の大仏殿と比べると、なんかちゃんと校外学習してるなって感じがしてくる。

おれの前を歩く3人。アキラはあんまり興味なさそうだ。花村は、事前に調べてきてるくらいだから、もっといろんなことを感じていたりするのだろうか。花上は正直よくわからない。話した回数が少な過ぎて、いまいちキャラがつかめていない。でも、たぶんおれみたいにひねくれたやつじゃないから、寺なんて金の無駄とか、そういうことは考えていないと思う。

斜め後ろに視線をずらす。

榎本は、相変わらずまわりを観ているという感じではない。でも、昨日から観察していて、何か考えながら歩いてるんだろうなと、なんとなく思えてきた。何か考えているということは、何も考えられない状態よりは、きっといい状態なはずだ。

小さな西円堂のまわりを歩く。おれたち8人が手を繋げば、完全に囲めてしまうんじゃないかってくらいの大きさだ。

杉本はフラフラしながらも、おれよりはちゃんと観てるって感じで、北川は、こいつ真面目だなぁって感じだった。

「ペース早いか?」

おれは北川に聞く。おれなんかは流しでいいけど、じっくり見たいやつがいるなら、そのペースに合わせてあげたいと思う。

「いえ、大丈夫です」

北川は顔の前で手を振りながら答える。素早く5往復くらい。そんな大げさに大丈夫アピールしなくても。

西円堂のわきには、お守りが置いてある。値段が書いてあるから売り物なんだろうけど、売り手の姿は見えない。野菜の無人販売と同じノリだろうか。それにしても不用心だと思う。出来心を刺激されるやつもいるかもしれない。盗んだお守りに御利益があるかは正直微妙だと思うけど。

ユウは、安藤と別れてから口を開いていない。安藤と話をしてもいつもの感じに戻らないとしたら、あとはどうすればいいんだ。

おれは口下手だから、こういう時に話しかけても、逆にユウに気を使わせてしまったりする。気持ちが沈んでる時に人と話すのはしんどいから、おれと話すことをユウがしんどいと感じてしまうんじゃないかと思う。

付き合い始めてから、ユウがここまで沈んだ感じになってるのは初めてで、どうしたらいいかわからなかった。

こんな時、リョウスケだったら、相手に気を使わせずに、軽い感じで話せたりするのだろうか。アキラならどうするんだろう。

圧倒的な経験値不足。女子と話した経験が少ないのに加えて、頭がそんなに良くないくせに、無駄に色々と考えてしまうくせがある。

そういえば、学校祭の時、ユウに複雑かつ無駄なことを考えてるとか言われたんだったな。おれは確か、そんなこと言うなよとか言って、それで、ユウは笑ったんだ。初めて見たユウの笑顔がそれだ。そんな情けない声出さないでよと言って、ユウは笑った。

その後ユウは立ちくらみを起こして倒れてしまって、保健室に運んだりしてゴタゴタしてしまったけれど、もしかしたら、あのユウの笑顔を見た時に、おれはユウを好きになったのかもしれない。

同じクラスになってから半年間、教室で笑うことがなかったユウの笑顔。最近では、当たり前になってしまっていた笑顔だけれど、中学の間、心を閉ざし続けてきたユウにとっては、自然と笑顔になるのに大きな壁を越えなきゃいけなかったんじゃないだろうか。

ポケットに手を入れて、スマートフォンを取り出す。

待ち受け画面は、元旦に5人で撮った写真だ。着物を着たユウは、確かに笑っている。

この笑顔を取り戻すために、おれに何ができるのだろう。

でも、ユウの笑顔を見たいっていうおれの気持ちをユウに押しつけて、無理矢理笑顔にさせるのはダメだ。笑ってよとか、そういう言葉じゃなくて、ユウが今抱えてるものをどうやったらなくしてあげられるか。それはきっと呉道とのことで。ずっとユウを苦しめていた過去で。おれにも今まで話すことができなかったことだ。

知られたくなかったことをおれに知られてしまったことも、ユウの笑顔を奪っているひとつの原因かもしれない。だとしたら、知ってしまった側であるおれは、なんと言えばいいんだ? 気にしてないとでも言えばいいのか?

自分の無力さとかダメさ加減はわかっていたつもりだったけれど、ユウのためにやるべきことが見えないことが、こんなにもつらいとは思わなかった。

何もしないのが優しさなのかもしれない。おれにできることは何もないのかもしれない。でも、それはおれの勝手な想像でしかなくて、ユウの気持ちの問題だから、答えもユウの中にある。もしかしたら、ユウ自身にも整理がついてないのかもしれないけど。何を考えてるのか、何に悩んでるのか、一度聞いてみよう。できるだけ気を使わせないように。

西院伽藍の入口で、拝観券に穴をあけてもらう。

穴をあけてくれたおじさんと同じ服を着た人たちが、ぱっと見で10人くらいいる。入口や売店にいる人の他に、砂を箒で掃いている人がいる。

入ってすぐに見えるのは五重塔。その横に金堂、奥に大講堂。西院伽藍内の建造物は主にこの三つだ。でも、パンフレットの境内図を見ると、他に経蔵と鐘楼という文字がある。

五重塔を見上げているユウの隣に立つ。

「ごめんね」

なんと言おうか考えていると、ユウがおれの方を見ずに言う。

「昨日もメールで言ったけどさ。何も謝ることなんてないよ。おれに気とか使わなくていいからさ。なんかおれにできることあったら言ってよ」

おれが言うと、ユウはおれの方を向く。

「ありがと。大丈夫。色々考えちゃって、でも、これは私が考えなきゃいけないことだから。アユミがたぶん、私のこと心配してると思うから。アユミと一緒にまわってあげて」

「わかった。でも、なにかあったら、いつでも言えよ」

「うん。ありがと」

ユウの笑顔。無理をしているようには見えないけれど、どこかかたい笑顔。でも、そんな笑顔でも、おれは少し安心する。

唐招提寺

原島真蔵SIDE

松本は、自分に守れる人間は10人くらいだと言ったけれど、じゃあ、僕は何人守れてるんだろう? 

そもそも僕は、今まで守るという考えをしてこなかったかもしれない。

僕は今まで、守ることではなく、正すこと、変えることを考えてきた。いじめられている人間を守るのではなく、いじめている人間を正す、あるいはいじめられている人間を変える。

守るんだとしても、特定の誰かを守るんじゃなくて、弱者を守る、というか、守るべきものを守るというスタンスでこれまで生きてきた。いじめられている人間がいるのであれば、守らなくてはいけないという義務感。

冬川が目の前でいじめられていて、冬川が助けを求めるなら、僕は冬川を守ろうと思うけれど、僕が冬川を守るっていうのと、松本が村上とか奥山を守るっていうのは、意味合いが違うと思う。松本の方がより強く守っているように思う。それこそ手段を選ばず全力で守っているのだと思う。そういう守り方で、学年全員を守れるかというと、それは不可能だろう。

中学3年間、自分のいるクラスでいじめが起こったことはないし、ケンカが起こったとしても必ず仲裁してきた。

でも、それらの行いはやはり、誰かを守るということではなかった。

僕には、守りたい特定の誰かはいない。

だから僕は、冬川のことを守ると言えなかった。

「シンちゃんは難しく考え過ぎなんだよ」

隣を歩く松本が言う。軽い感じの口調だからだろうか、説教くさく感じない。

唐招提寺の南大門が見えてくる。

「でも、考えなくなったら、何も解決されないだろ」

「うーん、シンちゃんの言う解決ってなんなのかな?」

「冬川のことで言うなら、呉道がおとなしくなること」

「クレミーはずっとあんな感じだからねー。結構難しいと思うよ。シンちゃんが説得するのは止めないけど」

松本は南大門の受付に向かう。

唐招提寺の拝観料は、一般600円、高校生・中学生400円、小学生200円だ。

僕は500円玉を払って、100円お釣りとパンフレットをもらう。

「うわっ、なんか広いぞ!」

「鬼ごっこできんじゃね?」

「いやさすがに鬼ごっこはまずいだろ」

「とりあえずお料理行進曲歌っとくか」

「だな」

「いざ進めやキッチン♪」

他の観光客もいるんだけど。なんかすごい見られてるんだけど。松本も一緒になって歌ってるし。止めるべきなのか?

南大門から入って、正面に見えるのは金堂だ。

金堂には、3体の仏像が並んでいる。中央の本尊は盧舎那仏坐像、その左右に薬師如来立像と千手観音立像が並び、3体の周囲を四天王立像、梵天・帝釈天立像が守っている。

班員たちは歌うのをやめたかと思うと、金堂に向かって走っていく。

唐招提寺を走ってしまうのはもったいない。特に入ってすぐの参道の玉砂利は、踏みしめる感覚が心地いいし、一歩進めるたびに耳障りのいい音がする。

参道の両側には苔むした林が広がっている。

唐招提寺を天気がいい日に散歩するのは気持ちいいだろうなと思う。空気を吸ってみると、澄んだ空気が肺の中を洗い流してくれるようだった。

僕たちの他に、見える範囲で4人の拝観客がいる。うちの学校の生徒の姿はない。

金堂の西側には戒壇がある。会津八一の歌碑を左に見ながら、戒壇を目指す。唐招提寺を金堂から時計回りに一周するコース。

戒壇の近くになると、玉砂利は消えて、地面は土になる。

戒壇というのは、僧になるための受戒をしていたところだ。今は、火災によって、そのほとんどは失われてしまっている。

金堂と戒壇の間のはす池の横の道を通る。池といっても、深さ10センチほどの浅い池。左にはす池、右は苔の生えた林という緩やかな坂道。木では小鳥がさえずっている。

まっすぐ歩いていると、やがて行き止まりになる。

唐招提寺の北西の端にある醍醐井戸には、今も水が張ってある。

今度は右に曲がってまっすぐ。

振り返ると、松本はひとりスマートフォンを見ながらゆっくりと歩いている。他の班員たちは、お料理行進曲を歌いながら、先に行ってしまう。というか、なんでそんなにお料理行進曲好きなんだ?

「さっきから何見てるんだ?」

松本は顔を上げる。

「んーとね、どうしよっかな。言うと、シンちゃん怒るかもだからなぁ」

「おれが怒るかもしれないようなもの見てるのか?」

「そういうことになるかな。もしかしたら、みんなにまた手伝ってもらうかもしんないから、もしそうなったら、みんなに言うけどね」

「なんだよそれ」

松本は、ふふーんと鼻を鳴らしながら、スマートフォンをロングコートのポケットに仕舞う。

みんなに手伝ってもらうというのは、昨日の事件を考えるに、冬川関連のことだろうか。

松本が冬川をあっさりと呉道に返してしまったのには、正直驚いた。冬川がうちの班にいるのであれば、呉道に手出しはできないが、呉道の班にいるのであれば、冬川を使って、村上たちに何かしてくる可能性もある。人質に取るじゃないけど、それに近いようなことはしてくるかもしれない。

村上と奥山を守るという視点から考えると、冬川を返してしまうメリットはない。

もし呉道が今日、冬川を人質に取って村上たちを脅すようなことがあったら、どうするのだろうか。

僕の隣で鼻歌を歌う松本の表情に、不安の色はなかった。


次回:1月19日6時更新予定

第19話

青い暴走シリーズ一覧

青い暴走3

2015年01月01日
大場諒介
KDP