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時計じかけのオレンジ 完全版 (ハヤカワepi文庫 ハ 1-1)

時計じかけのオレンジ 完全版 (ハヤカワepi文庫 ハ 1-1)

作者 アントニイ・バージェス
出版社 早川書房
出版日 2008年09月05日

近未来の高度管理社会。15歳の少年アレックスは、平凡で機械的な毎日にうんざりしていた。そこで彼が見つけた唯一の気晴らしは超暴力。仲間とともに夜の街をさまよい、盗み、破壊、暴行、殺人をけたたましく笑いながら繰りかえす。だがやがて、国家の手が少年に迫る。スタンリー・キューブリック監督映画原作にして、英国の二十世紀文学を代表するベスト・クラシック。幻の最終章を付加した完全版。解説/柳下毅一郎

レビュー

ナッドサットというスラヴ語派に由来する俗語―それは作者の造語であるが―を用い、軽妙な文体で禍々しい悪事や実験、そして包括的で暗冥な社会を克明に映し出す。
そして読んでいるうちに私達はこの語り手であるアレックスに対して複雑な感情を持ち合わせることになる。
彼は加害者であり、被害者である。獰猛で悪魔的な行為に手を染める彼は正に軽蔑すべき人間として捉え、そしてデルトイドのように私達は彼に唾を吐きかけようと思うだろう。しかし話が進むにつれ、次第にアレックスに対する同情心が沸き起こる。それは暗澹たる社会への反骨精神に由来するものとして考えられ、そのため彼はまるで人間として生きようとしているかのように感じられるし、またルドビコ療法という人間の善を選択する行為を剥奪する残忍極まりない治療方法のせいで精神的不具に陥り、そしてそれをいいことに彼の被害者が思う存分嬲り、それを見た私達が、彼のただ抵抗せず我慢するのみという惨めさについ憐れんでしまうためである。そして彼が最愛の第九によって自殺に追い込まれるというカルミネーションを目にしたとき、私達はアレックスへの慈悲を与えたいという欲求を最大限に感じ、そして彼があの恐るべき療法を克服したことを知るや否や、ついに反倫理的なカタルシスに浸ることになるのである。
そしてそれ故に私は、最終章を削除されたことに一層疑問を感じる。多くの人間はそれを蛇足だと考え、また今までの悪事を全て「若気の至り」であるとして水に流すアレックス更には物語についてそんなあっさりとしていていいのかと疑う。しかしそれがこの物語の本髄であるように思え、私はその最終章によって人間の真の怖さを思い知る。アレックスは再びグループを作り、そのメンバーとまた不良行為に走る。しかしその熱が次第に止み始めていることに気づいた彼は、それについて思案し、そして結婚して全く新たな生活を送ろうとしている昔の友人で自分にまだ好意的だったピートと再会する。アレックスは彼と会話し終わると、自分は既に若くないので、足を洗って家族を作り、彼のような新しい生活を送ろうと考える。
私はそこが一番の恐怖であると考える。彼のやってきたことというのは、物語で触れられている通り、残虐な破壊行為に徹底しており、そのために命を失うものもときには存在した。そうした他人からすれば破滅的であるともいえる行為全てが、彼から言わせればただの「若気の至り」だったというのだ。そんな単純な動機で多くの被害者は一生消えない傷を負ったのである。人間が最も嫌うものの一つは、自分の犠牲が無下に扱われることである。誰の教訓にも、誰の恒久的な幸せにもならず、即効的な快感のために犠牲になった人間がそれ故に報われずに終わることがこの物語の最大の恐ろしさなのである。
私は物語は作者から独立して評価するべきと考える人間であり、作者の経験を用いて考察するということはあまり好まない人間なのだが、バージェスはこの物語を書くきっかけとして一つの事件を挙げている。それは彼の妻が妊婦の時に四人の脱走兵に強姦され、それがもとで流産したという事件である。自分たちの宝物である大切な生命が彼らの暴行によって失われたのだ。しかし恐らく彼らが彼女を凌辱した理由は、ただ目にしたからにすぎないだろう。深い意味はないように思える。それはアレックスの考えと非常に似ている。
私はそうした彼らの考えをベースにして、社会や倫理の問題と絡ませ、この物語が生まれたと考える。そして彼の悲痛な出来事がこの傑作へと昇華したのである。

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