緑川百々子が選ぶ「わたしがわたしであるための3冊」

緑川百々子が選ぶ「わたしがわたしであるための3冊」

更新:2021.12.12

ただ誰かに寄り添ってほしかった頃、わたしの周りには誰もいなかった。 限りなく与えられた本と漏れ出す音楽とインターネットだけがあった。眠れずに迎えた朝も、まるで終わりそうにない夜も、白い部屋に一人ぽっちの真昼間にもわたしと共にあってくれた。 人のぬくもりを知らない硬骨な「十代」だったわたしが、そんな季節に出会ったわたしの原点ともなった本を紹介する。アイデンティティなんてない。ただこの本が共にあったこと、それがわたしがわたしで或る所以だ。

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「眠りすぎると脳も腐るのだ そのせいか私はいろんなことを忘れる 薄いヴェールをかぶせたような記憶は 夢よりもっと非現実なものとなる」

著者
華倫変
出版日
SNSの普及により個人のホームページがほとんど息をしていない今、彼女だったらどうしているだろう?

「私はあと100日後、自らによって死にます」と自身のホームページで宣言した「光うさぎ」というハンドルネームの少女。その死に向かう100日間を激情的に描いた表題作「高速回線は光うさぎの夢を見るか?」をはじめとした9本の短編が収録されている2003年心不全により若くして逝去した著者の遺作である。

著者は生前、某ネット掲示板のメンタルヘルス板に集う者をからかい茶化す荒らしに徹底抗戦を挑んでいた…などという逸話もあり、表題作ではそんなネット上でのやり取りが生々しく描かれている。
また、著者の作品に登場する少女たちはみんな日常にありながらギリギリの精神状況にある。「あぜ道」では多重人格を患う少女、「高速回線は光うさぎの夢を見るか?」では自らによる死を予告する少女。わたしはそんな少女たちに美学を見出していた。作品の中では危うい少女たちの存在が美しいと肯定されているからだ。

「青春が終わってからが本番だ お前を殺して 俺は生きるよ」

著者
TAGRO
出版日
2013-10-11
表題作「DON`T TRUST OVER 30」をはじめ、7本の短編が収録された短編集。
わたしはこの本を当時から愛聴していたムーンライダーズの曲名と同じタイトルであったことに惹かれ手に取った。それが本書及び著者の作品との出会いだった。

特に印象に残っている話は「The world full of angry young men.」である。
25歳に満たない人間に精神年齢を鑑定することが義務化された世界の話で、主人公である少女・裕子が高校を卒業してからもセーラー服を纏い続ける妙子との会話から大人になるということはどういう事なのか考えさせられ、そんな大人になっていく少女の葛藤が描かれている。

この作品を初めて読んだ頃わたしはまさしく主人公の裕子と同じような気持ちを抱いていた。それも時が経ち、セーラー服ももうちょっと似つかわしくないそんな「大人」になってしまった今妙子が大人になっていくようにわたしは少女にこの作品を通して何かを説きたいのだ。

他にも、結婚を迫られる30過ぎの漫画家、薬漬けの女、セックスをしてる間に泣きじゃくる男、様々な人物が登場する。わたしは子供の頃大人になれば人間は完成するものだと思っていたが、決してそうではなく、当時この本読んで抱いた「全ての大人は未完成である」という観念はあながち間違っていなかったのだなと大人になった今思う。

「僕と結婚して下さい!!ちゃんと働くからっ」

著者
福満 しげゆき
出版日
十代の頃、学校の窓ガラスを片っ端から割るような反骨精神をむきだしにした目で(あくまで例えである)ひたすらにこの本の著者である福満しげゆき先生の作品を読んでいた。自分が適応できない世界の中でそんな世界が悪いに決まっている!と決めつけ、しかし何も行動には移せない自分を作品に投影して気持ちを晴らしていたのだ。

福満先生の初期の作品では「ぼくの小規模な失敗」など鬱屈とした青春を描いたものが多い。わたしはその中でも当時一番読み込んだ本書をまず紹介したい。

この本に収録されているほとんどの作品は成年向けのエロ雑誌に掲載された、いわゆるエロ漫画だ。
徹夜明けに街にでてみたら透視能力が覚醒していたり、家に宇宙人が入ってきて戦闘になったり、授業中の妄想のような短編が収録されている。

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