開高健のおすすめ文庫本6選!題材はベトナム戦争からグルメ、釣りまで様々!

更新:2021.11.24

芥川賞作家でもある開高健。今回は開高による、極端な振れ幅を揺れ動く、スケールの大きな作品を5作、ご紹介します。

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太く短く生きた作家、開高健とは?

開高健は、1930年生まれの作家です。大阪で生まれ、15歳になる年に敗戦を迎えますが、その直前に父親が亡くなってしまいます。極貧の環境で戦後を生きていくことになった開高は、旋盤工などをしながら大学に通い、文学活動を始めました。そこで出会い結婚した夫人の伝手で、酒造会社のサントリーに入社。コピーライター・編集者として活躍することになります。

サントリー在籍中に『裸の王様』で芥川賞を受賞。初期作品は、会社員経験をもとに企業や役所などの組織の問題を寓話的に描き出したものでした。私的な視点の小説が多かった時代に、開高の社会的な視点は新鮮に受け止められたのです。

しかし次第にフィクション作家としては低迷し苦悩するようになります。開高は様々なルポの仕事を引き受け、ドキュメンタリーを書くことで閉塞を打破しようとしました。そしてついに、特派員としてベトナム戦争の現場に赴きます。その命がけの体験から、最高傑作ともいわれる『輝ける闇』と『夏の闇』が生まれました。

開高はまた、食と釣りを誰よりもディープに愛する大趣味人であり、後半生の彼はこの2つのテーマのエッセイを次々に書いてゆき、エッセイストとして名声を博すことになります。一見、人生を謳歌しているように見えた開高ですが、実は50歳ごろにはもう満身創痍になっていました。1989年、食道がんで逝去。まだ58歳でした。

開高健初期作品!組織の愚かさと巨大なエネルギーを描く

この本に収められている開高健の初期作品は、いずれも面白い作品として知られます。芥川賞を取った作品は「裸の王様」ですが、ここでは開高が最初に注目を浴びた出世作「パニック」を紹介しましょう。

「パニック」は、ネズミの大量発生を扱った小説です。120年に一度発生するという大繁殖。その兆候を読み取った役所の技術職員俊介は、上司に危険を伝え対策を練ろうとしますが、硬直しきった役人たちは全く動こうとしません。

著者
開高 健
出版日
1960-06-28

役所というものの腐敗と怠惰を、「パニック」のようにリアリティを持って描いた小説は、日本にはそれまでありませんでした。組織が持つ危うさを開高は初めてくっきりと表現したのです。のちに流行するリアルな企業小説の先駆けでした。

ついにネズミは野に溢れて甚大な被害とパニックをもたらします。そして結局、ネズミは人間の対策によってではなく、本能的な暴走によって水に飛び込み消えていくのです。

「一万町歩の植載林を全滅させ、六億円にのぼる被害をのこし、子供を食い殺し、屋根を剥いだ力、ひとびとに中世の恐怖をよみがえらせ、貧困で腐敗した政治への不満をめざめさせ、指導者には偽善にみちた必死のトリックを考えさせた、その力がここではまったく不可解に濫費されているのだ」(『パニック・裸の王様』より引用)

制御できない過剰なエネルギーが、暴れまわったあげく無意味に消えていく……。そういう場面を書かせたら、開高の右に出る者はいません。カツンカツンと鎚を打ち付けるような、リズミカルで詩的な文体が、圧倒的な力への感動と怖れを伝えてきます。組織、戦争、集団心理、そして大都市と大自然。彼は生涯、巨大な力で動き続けるものに取り憑かれていました。どうしようもなく惹かれながら、同時に恐怖を抱き続けたのです。それが、開高文学の源泉でした。

複雑怪奇なベトナム戦争の泥沼、至高の戦場文学

1964年、つまり東京オリンピックの年、開高健はひとつの決意をします。ベトナム戦争の現場に出かけていって、実情を見てこようというのです。ベトナム戦争がいかに悲惨な戦争であったかは多くの小説や映画が語っていますが、開高もまたその泥沼のような有様に衝撃を受け、自らもゲリラの襲撃を受けて九死に一生を得ることになります。

3年後、ベトナム体験を書き記した小説『輝ける闇』を書き上げます。戦争の狂気、複雑怪奇な状況、その中で吹き出す食欲と性欲。そういった諸々が、開高一流の、抽象的にも見えるのに生々しい文章で綴られていきます。

著者
開高 健
出版日
1982-10-27

「18歳の少年は静かに光のなかを歩いていき、柱にくくられ、一声叫んでから撃たれた。…銃声が起こって空にみち、少年の声を乗せて波は広場をかけぬけた」(『輝ける闇』より引用)

人間は機関銃のあけた穴ひとつでただの袋になることを、嫌でも思い知らされる世界。若いゲリラが銃殺されるのを、開高はただ見ていることしかできません。戦いに参加すらしていない自分はなぜここにいるのか、開高はそう自問しますが、それはやがて、身も蓋もない本音の呻きに変わるのです。

「右、左、そして背後からいっせいに銃弾がとんできた。私は雑草のなかに体を投げた。…口いっぱいのつまった甘い泥の匂いにむせ、卑劣の感触に半ばしびれ、ふいに空が昏れて額におちかかってきて、いやだと思った。つくづく戦争はいやだと思った」(『輝ける闇』より引用)

人の狂気と良心と情熱と堕落を渾身のテキストで書き続けてきて、最後に開高はここにたどり着くのです。戦争はいやだ、という、誰にでも言えるかもしれない言葉が、これほど説得力を持ったことがあるでしょうか。『輝ける闇』に書かれた言葉は、全てが魂を振り絞った詩であり全身で考え抜いた洞察です。ある批評家は、名作だとか凡作だとか、そんなことがどうでもよくなる作品というのがこの世にはあるのだ、それがこれだ、と言いました。

『輝ける闇』のあとの虚脱……

「その頃も旅をしていた」(『夏の闇』より引用)

『夏の闇』は、こんな痺れる書き出しで始まります。『輝ける闇』で強烈すぎる体験をした男は、「すりきれかかっていて、接着剤が風化して粘着力を失い、ちょっと指でついただけでたちまち無数の破片となって散乱してしまう」精神状態に陥っています。開高健が躁鬱を抱えていたことは多くの論者が指摘していますが、これまでずっと躁状態の感覚を言葉にしてきた開高は、ここでは鬱のどん底にある自分を徹底的に描いてみせるのです。

食べるか眠るか、あるいは異性と交わるか、それ以外ではソファから立ち上がる気力もないという、退廃の極みにある主人公のもとへ、昔恋人だった「女」(名前も出てきません)がやってきて、主人公は彼女とひたすら会話し交わります。本書で起きることは、ただそれだけです。

著者
開高 健
出版日

海外で波乱万丈の人生を送る「女」は主人公とは逆に生気に溢れ、性を貪りながら明るくしゃべりつづけます。いわゆる「いい女」。輝くような魅力を放つ「女」に主人公は魅了されます。それでも主人公は、彼女にきちんとのめり込むことすらできません。

「『おねがいが一つある』
『なあに?』
『ママゴトでやってほしいんだ』
 いってから私は口をつぐみ、タバコに火をつけた。女は私の狼狽に気がついたようではなかった。つきでた高い胸のしたに腕を組み、首を少しかたむけ、夢中のまなざしで堂々と微笑していた」(『夏の闇』より引用)

この幼児的ともいえるワガママさ。主人公は何かが決定していくのが怖いのです。だから、かりそめの遊びにしようとするのです。ズルいですね。それにしても「なあに?」というたった一言から伝わる、「女」の自信と母性はどうでしょう。「女」は怠惰な主人公に根気よく付き合います。

しかし、主人公は見てしまうのです。女の前向きの顔の裏にある孤独な闇を。それをただ見ることしかしない主人公に、女は「あなたは自分すら愛していない」と言います。それでも女を「見る」ことをきっかけに、主人公は自分を苦しめたベトナムの記憶に向き合い始めてゆきます。

本書はエロスと緊張感溢れる恋愛小説であり、闇の底を描く鬱小説でもあり、食べ物と釣りの快楽を描く小説でもあります。戦後文学の最高峰の一つといわれる作品。全ての言葉にぎっしりと複雑なニュアンスが詰まり、濃密な、とても濃密な時間が読者を待っています。ぜひ、心に余裕のあるとき、のめり込んで読んでください。

開高健が生んだ最強の食エッセイ!思わずノドが鳴る!

『夏の闇』でベトナムに戻ることを決意した開高健ですが、結局、続編『花終る闇』を書き上げることはできませんでした。『夏の闇』以降の彼は、むしろ、明朗快活でバイタリティ溢れるエッセイストとして人気を得ることになります。それは挫折だったのでしょうか、それとも彼なりの前向きな道だったのでしょうか。しかしそんなことはいったん忘れましょう。なぜなら彼のエッセイには、彼が積み重ねてきた旅の経験が、最上の形で詰まっているからです。

著者
開高 健
出版日
1981-11-27

『地球はグラスのふちを回る』は、1981年に出版されました。食エッセイの中でも読みやすいといわれ人気が高い本です。酒と食と、ときどき釣り。それに旅で出会った人々の愉快エピソードがてんこ盛り。「闇三部作」ではあんなにシリアスで重たかった開高節が、ここでは大笑いしながら飛び跳ねるダンスのようです。これは、越前ガニを賞賛した一文。

「それはさながら海の宝石箱である。丹念にほぐしていくと、赤くてモチモチしたのや、白くてベロベロしたのや、暗赤色の卵や、緑いろの“味噌”や、なおあれがあり、なおこれがある。これをどんぶり鉢でやってごらんなさい。モチモチやベロベロをひとくちやるたびに辛口をひとくちやるのである。脆美、繊鋭、飽満、精緻」(『地球はグラスのふちを回る』より引用)

いやあ、楽しそうに書いてますね。全編こんな調子で、出て来る食べ物、出て来る食べ物、みんな「食べてみたい!」と思わせます。そして、もうひとつ、凡百の美食エッセイにはない、開高ならではの特長があります。

それは、高級なものもゲテ物もいっさい区別なく食べる、ということです。高級なものの価値を認め讃美を尽くしながら、怪しげなドロドロした物が大好きなのです。極貧で育ち、ベトナムやヨーロッパで地を這いずってきて、「深さは純粋よりも混濁に手助けしてもらわないとでてこないのじゃないか」(『夏の闇』より引用)と語った開高は、内臓を手づかみで食べ、ヤバそうなものを漬け込んだウォッカを一気飲みできるグルメなのです。

旅のおともに持っていくには最高の1冊、ぜひお試しあれ。ただし、読んでいると唾が溜まることだけが欠点といえるでしょう。

生きるために食うこと……

時代は戦後、場所は大阪です。その大阪の「新世界」という場末の歓楽街にある狭い路地、「ジャンジャン横丁」を、さまざまなゴミを担いで塵芥山のような男が歩いています。彼は、戸籍もなく、名もなく、家も仕事もない、よってお金もなく、食べ物にもありつけないそんな存在です。あだ名は「フクスケ」。

飢餓状態に陥りながらも食べ物を探し横丁をふらつくフクスケは、一人の女に呼び止められます。「兄さんなにが食べたい」。この女の一言が、フクスケを壮大なエネルギーの源へと導いていくのです。

著者
開高 健
出版日
1971-07-02

フクスケは「アパッチ族」という組織がある部落につれて行かれます。浮浪者や犯罪者が大手を振って生活できる最後の砦です。その部落を起点に生活を営む男、女、老人、子供……。戦後の時代環境も多分にありますが、ここに描かれている人間たちは最底辺の存在です。

生きるために、食うために考え出した「アパッチ族」の仕事は、日本国の財産である兵器工場の廃墟に眠っている、お宝の発掘。ありていに言えば泥棒です。

国家権力の網目を掻い潜り、命がけの発掘作業に集中する彼らの姿は、どことなく可笑しく、親しみを感じてしまいます。

読み進むうちに、登場人物の個性や人間性に親しみを覚えてくるのは、開高健の人間に対する偏見の無さなのでしょうか。

生きるために食う、食うために働く。

彼らが発散する、その原始的な欲求からくるエネルギーの力強さに圧倒されます

開高健が送る、釣り本に見せかけた大旅行記

開高健といえば釣り、そう思っている人もかなりいるでしょう。それほど、釣りファンの間では開高は人気が高い作家です。すでに『輝ける闇』のすぐあとに『私の釣魚大全』『フィッシュ・オン!』など、釣りエッセイを書いていましたが、大ヒットとなったのは、なんといっても本作『オーパ!』。あまりに好評だったので、このシリーズで計6冊も出しています。

本作は開高がブラジル・アマゾン地域に分け入り巨大魚ピラルク釣りに挑戦するエッセイなのですが、なんだ、私は釣りには興味ないからいいや、と思ってる人にこそ読んでほしい本です。というのはこの本は釣り本である以前に、物凄く質の高いアマゾン旅行記だからです。

著者
開高 健
出版日
1981-03-20

開高は旅する人でしたが、その旅に苦しい旅も多かったことは「闇三部作」で紹介しました。そんな開高が、実に伸び伸びと、屈託なく旅をし旅を語っているのがこの本なのです。

「わめき声、笑い声、叫び声のひしめくさなかで古風な銅鑼がガランガランと鳴り、『蛍の光』をマイクから流しつつ、われらが白塗り3000トンの『ロボ・ダルマダ』号はベレン市の第14号埠頭をギシギシと身震いして静かにはなれ、沖へ向かった」(『オーパ!』より引用)

開高は書き出しが巧い作家です。本作のこの最初の1文で、開高のワクワクが伝わってきます。重苦しい自問自答も、多義的なほのめかしも、哲学的考察もここにはなく、ただ好奇心と絶品の饒舌があるだけです。

もちろん、開高はブラジルの悲惨も見逃しません。食べ物のまずさも、虫やピラニアの恐ろしさも、ずるい人々の姿も、何もかもを書いてゆきます。滔々(とうとう)と流れる大河のような語りで、彼は彼が見た全てを語り続け、そしてそれが読者にとっても、とても気持ちいいのです。

誰にも真似出来ない文章芸と、何度も鬱を乗り越えながら磨いてきた観察力。ノーベル賞に近いともいわれた大作家が、熟練の芸を屈託なく披露している旅行記が本作です。しかも迫力ある写真つき。釣りに興味のない人も、読めば止まらなくなること請け合いです。

開高健という作家は、いずれまた、今以上に再評価される日が来るだろうと思います。それだけの質の高さと個性、そして大きな振れ幅を持っていました。ぜひ、その濃くて豊かな世界に触れてみてください。

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