キュンキュンする青春小説『黄色い目の魚』偏愛レビュー【高尾苑子】
著者
佐藤 多佳子
出版日
2005-10-28

この話はわたしが中学生の頃に読んだ本です。冒頭からどんどん惹きつけられる、甘酸っぱく、ずきずきするような青春ストーリー。佐藤多佳子さんの本は中学生のころから好きで、今でもよく読み返しています。魅力的な登場人物に、繊細なストーリー。なんとなく胸にすっと水が入ってくるような感じの印象の本が多いです。佐藤多佳子さんの小説で読みやすくておすすめなのが『一瞬の風になれ』。本屋大賞にもなっていたので読んだことがある方も多いかもしれません。スポーツ系の青春物で、この本は読むだけでもう一度青春を送った気になれるくらい。青春系の本が好きな方はぜひこちらも読んでみてください! そしてこの『黄色い目の魚』は『一瞬の風になれ』と比べると少しだけセンシティブな感じ。嫌いなものが多くて、不器用なみのりと、本気にならないように適当にふわふわ生きてきた「木島」の物語。ふたりは「絵」を通して不器用にかかわり合っていきます。この年代のころだけに感じていたようないろんな感情。とりだしてもう一回眺めてみるのは恥ずかしいけど、ぜひ一度この本を通して覗いてみてください。きっと忘れてしまっている素敵な思い出にもう一度出会えると思います。

バスタブの上の窓は西向きで、午後はすりガラスが黄金のようにまぶしく、夕方には紅や紫や不思議な桃色に染まった。あの午後はなんて長かったんだろう。どこにもつながらない、まるで永遠のような時間だった。

ここの文章がお気に入りです。なんとなく小さいころに遊んでいた場所や一緒にいた友達を思い出します。放課後の学校の階段とか、部活の友達とか、練習していた合唱の歌とか。夕方どきのあの時間、この世は幸せなことしかないような気持になる時間。何かあるわけじゃなくても幸せになれる時間。大人になったら忙しくて忘れてしまっている子供のころのこんな時間。ここの文章を読むといつも思い出します。“どこにもつながらない、まるで永遠のような時間”。すごく懐かしいです。

小さい頃の木島や、中学時代のみのりも少し出てくるけど、この本の大部分の舞台は高校時代の2人です。子供時代を抜けたくらいのところ、大人になるのはまだ先のところ。本の語りはみのりと木島が交代の形式で、みのりから見た木島、木島から見たみのり、それぞれの視点から読めることで、素直になれないなりに関わりあおうとするじれったい2人の関係性もテンポよく読み進められます。2人は両思いだということになかなか気づかないので、2人の片思いの描写も可愛いです。

教室の机で背中を丸めてノートに落書きする木島。暑い森戸神社のバス停でアクアブルーのTシャツを着て私を待っていた木島。(略)なくしたくない、どれもこれも。どうしたら、なくさずにいられるんだろう? どうしてなくすことばっかり考えてしまうのかな?

こんなふうに好きな人を眺めていてキュンキュンする感じ。それも幸せいっぱいな感じじゃない、常に不安と隣り合わせの感覚。そんな描写がすごく沁みます。強烈に不安で、切ない感じ。この本はあらゆるところにこんな感覚が隠れています。大切なものができて、なくしたくなくて、守りたいのにとどまらない。いろんなことが変わっていくのを本当に怖がっている感じ。感じたことがありますか?

変わっていくことを受けいれ、ラストで2人はこれからも一緒にいる約束をします。変わっていくことを受け入れたばかりか、積極的に変わろうとする2人。「通ちゃん」のアトリエで現実逃避をしていたみのりは木島と出会い、外の世界で大人になっていくことを決め、何にも本気になれなかった木島は不器用で一途なみのりに出会ったことで、どんなことがあっても諦めないと思えるものを見つけます。みのりや木島を変えたのは結局自分自身だけど、2人はこの時期にここで出会う必要があった。こんなロマンチックさもおすすめポイントです。

テンポのいい文章で読みやすいし、登場人物もみんなリアルにいそうで、読んでいて面白いです。みのりも木島も、愛想がいいタイプではないし、一見とっつきにくそうだけど、もっとよく知りたくなるような魅力があります。中学生のころ読んだ時とは読んでみた感想もずいぶん変わりましたが、いま読んでもやっぱり大好きな本でした。青春小説はその時期に読むべきだとよく言われますが、この本はいつのタイミングで読んでも魅力的な小説だと思います。

『黄色い目の魚』に関連したおすすめ本

著者
佐藤 多佳子
出版日
2009-07-15

高校陸上部が舞台の青春小説。自分には才能がないとずっと続けてきたサッカーをやめ、高校で新たに陸上部に入った主人公の新二。もっと速く走るために努力を続ける姿や、嫉妬したり本気でぶつかり合ったりする姿。仲間とともに成長していく主人公たちに勇気をもらえます。

著者
佐藤 多佳子
出版日
2003-08-28

小学生の姉弟はその夏、左腕のない男の子に出会う。自転車とピアノ。どしゃぶりの雨のプール。海の味のゼリー。鬱屈としたような、濁ったような感情が多々出てくるのに、不思議に澄んだ透明感のある作品。

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